【2430】 ネコ耳モードこの想い届くまで  (いぬいぬ 2007-12-30 20:45:52)


 このSSは、【No:2429】からの続き(後編)となります。よろしければ前編から先にお読み下さい。





 卒業式を間近に控えた冬のある日。
 珍しく4月並みに暖かい陽気を満喫するかのように、一人の少女が芝生の上で寝転がっている。
 体を丸め、穏やかな表情で眠るその姿はまるで、日向ぼっこを楽しむ猫のようであった。
 ・・・・・・てゆーか彼女は猫(ゴロンタ)だった。




『 私のしたことっていったい・・・ 』
 幸せそうに眠るゴロンタ(少女バージョン)の横でどんよりと呟くのは、自称“リリアンの子羊達の祈りが産み出した存在”、マリアである。
 今、彼女は、幸せそうに眠るゴロンタとは対極に位置するように、酷く落ち込んだ表情をしていた。
 ついでに、両手両膝を大地について、その体勢までも落ち込んでたりする。
 何故、彼女がここまで落ち込んでいるのかというと・・・ 勘違いから暴走した挙句に自分が巻き起こした奇跡が、全て無駄だったと思い知らされたこと。その後で、格下だと思っていた相手(ゴロンタ)に説教を喰らい、それに反論できなかったというダメージの連打を受けたからである。
『 ・・・だから動物ってキライなのよ。こっちの常識通じないし 』
 むしろ自分が常識ハズレな暴走をした事実は、心の棚の奥に封印済みのようだ。
『 人間だったら・・・ リリアンの生徒ぐらいなら、あの状況から舌先三寸でいくらでも丸め込んでやれるのに・・・ 』
 ・・・やはりマリア像の化身と言うよりも、妖怪とかに近い存在なんじゃないかと思えるようなことをほざくマリア。
 まあ、これを機会に、因果応報という言葉を身をもって覚えてもらいたいものである。
 そんなブツブツと愚痴るマリアをよそに、ゴロンタは何かに気づいたらしく、突然ぱっちりと目を覚ました。
 鼻をひくつかせ、何かを探るように周りをキョロキョロと見回すゴロンタ。
 しばらくはそうやって視線を巡らせていたゴロンタだったが、ある一点でその視線がピタリと止まった。
「 あれぇ? 今日はいないのかなぁ・・・ 」
 そんなセリフと共に、ゴロンタの視線の先をこちらに向かって歩いてくるのは、ツインテールが特徴的な子狸娘、福沢祐巳だった。
「 そうね、いつもこの辺りにいるとも限らないから・・・ 」
 祐巳の隣りには、藤堂志摩子の姿もあった。
「 そっかぁ・・・ じゃあ、無駄になっちゃったかな? コレ 」
 そう言って祐巳が顔の高さまで持ち上げたのは、コンビニなどで使われるレジ袋のようだ。
 ガサガサと音をたてるそれの中には、何か細かい物が入っているようである。
「 別に腐るものでもないし、今日でなくても良いのではなくて? 」
 志摩子は慰めのようなセリフを口にするが、祐巳の表情は晴れない。
「 うん、まあそうなんだけどね・・・ 」
 苦笑いと共にビニール袋を見つめる祐巳。
 その時、突然真横から現れた手が、その袋の中にガサガサと差し入れられた。
「 へ? 」
 あっけに取られる祐巳を置き去りに、差し入れた手の持ち主は、さっさと袋の中身を取り出していた。
 そして、中身を豪快にボリボリと食べ始める。
「 ちょっ・・・・ ちょっと! それキャットフードだよ?! 」
 どうやら祐巳の持つ袋の中身は、ドライタイプのキャットフードだったようだ。
「 そ、そんなの食べたらお腹壊しちゃうよ! 」
 いきなり自分の持ち物を奪われたことよりも、相手の体調を気遣うあたりは、お人好しな祐巳らしいところだ。
 だが、そんな祐巳の心配する声など聞いていないのか、いきなりキャットフードを食べ始めた人物・・・ ゴロンタは、手の中のキャットフードを食べ尽くし、再び袋の中身に手を伸ばす。
「 だ、ダメだったら! お腹壊しちゃう・・・ よね? 」
 自分の言っていることに自信が無いのか、途中から志摩子に問い掛けるかたちになる祐巳のセリフ。
 聞かれた志摩子も、さすがにそんなことは知らないらしく、「 さあ? 」と首を傾げるばかりだ。
 志摩子もはっきりしたことが解からないので自信を無くしたのか、祐巳は一瞬、困った顔で固まる。
 そんな祐巳のスキを突き、ゴロンタは再び袋からキャットフードを取り出し、ボリボリと食べ始めた。
「 あ! だ、だからそれキャットフードだって・・・ 」
 慌てる祐巳に、ゴロンタは無表情に「 大丈夫 」と答える。
「 で、でも、やっぱり猫用だから、人間が食べて良いかどうかは・・・ 」
 不安そうな祐巳に向かい、ゴロンタはやはり表情を変えること無く呟く。
「 コレいつも食べてる 」
「 ああ、それなら・・・・・・ って、ええっ?! 」
 ゴロンタの発言に驚く祐巳。
 それはそうだろう。キャットフードを常食とするリリアンの生徒がいるなどとは、想像したことも無いだろう。
 ボリボリとキャットフードを食べるゴロンタの姿に、あっけにとられる祐巳と志摩子。
「 いつもって・・・ ホントに大丈夫なの?! 」
「 うん。美味しい。 」
「 お、美味しいんだ・・・ 」
 じつはこのキャットフード、祐巳がゴロンタのためによく持ってくるものなので、ゴロンタとしては日常的なお昼ご飯でもあるのだ。
 今は人間の姿なので、「いつも食べてます」と言われても、祐巳の混乱に拍車がかかるだけだが。
 ゴロンタは祐巳が止めなくなったのを良いことに、袋の中身を遠慮無く食べ始める。
 しばらくは呆然とした顔でゴロンタを見つめていた祐巳だったが、ふと我に返り呟いた。
「 これ、ゴロンタのために持ってきたんだけどなぁ・・・ 」
 どうやら祐巳は、ゴロンタにお昼ご飯としてキャットフードをあげるために校庭に出てきたらしい。
 ただ、肝心のゴロンタが見当たらないわ、キャットフードは知らない人に食べられてしまうわと、目的を達成できなくてちょっと落ち込み気味のようだ。
 じつは目的はきっちり達成されているのだが、祐巳は目の前の少女がゴロンタであるなどとは当然気付かない。
 一方、祐巳の寂しげな呟きを聞いたゴロンタは、一度食べるのを止め、こう言った。
「 ありがとう 」
「 ・・・・・・はい? 」
 自分のためにキャットフードを持ってきてくれたという祐巳に、素直にお礼を言うゴロンタ。
 いきなりお礼を言われても、目の前の少女がゴロンタだと知らない祐巳にとっては、意味不明なだけだったが。
 そういえば、今この場でゴロンタが少女の姿になっていると知っている、唯一の存在がいたはずなのだが・・・
『 そうよ、私は何も間違ってないわ。そうよ、私は奇跡の担い手マリア! 私最高! 私いずびゅーてほー!』
 ・・・何やら落ち込んだポーズのまま、小声でブツブツと自己暗示をかけていて、不気味なことこの上なかった。
 こんな状態では、マリアが祐巳に「それはゴロンタなの」と説明するのは難しそうだ。
 てゆーかこんなのに「 この娘、私の奇跡でこんな姿になってるけど、じつは猫なの! 」なんて説明されたら、いくら祐巳でも「 うん、わかったから病院に行こうね 」とあいまいな笑顔で返すしかないであろう。
 それにしてもゴロンタ、キャットフードをいきなり食べ始めたり、“ゴロンタ”に対する祐巳のコメントに答えたり、祐巳に対して正体を隠そうとかいうつもりはさらさら無いらしい。
 まあ、別に誰かに「正体を明かしてはいけない」と言われた訳でもないし。猫という生き物が、元々そういうマイペースなものなのかも知れないが。
 しかし、もしもゴロンタが自分の正体を猫だとバラしてしまったら、信じてもらえるかどうかはともかく、病院や警察に連行されかねないし、色々とややこしい事態になりそうなのだが、マリアはその辺のところをどうするつもりなのだろうか?
『 そうだわ! とりあえず、あのバカ猫を元に戻しちゃえば、全ては無かったことに! 』
 どうやらゴロンタを猫に戻して、自分の失敗を無かったことにするつもりのようだ。
 いったいどうすれば、こんな『自分良ければ全て良し』な、気持ち良いほどに自分勝手な性格になるのだろうか?
『 そうと決まればさっそく・・・ って、いない?! 』
 呆れたことに、自分のことばかりが大事で、ゴロンタが勝手に動き回っていることにすら気づいていなかったようである。
 と言うか、マリアはゴロンタを人間の姿にした最初の茂みの辺りから動いておらず、茂みの中でブツブツと自己暗示をかけていたのだった。
 ・・・こんな怪しいヤツが、よく通報されなかったな。
『 マズいわ! あの我がまま猫、いったい何処に・・・・・・・・・ ああああぁっ!! なんか知らない娘と絡んでるうううぅ?! 』
 ゴロンタの傍にいる、祐巳と志摩子の姿に驚くマリア。
『 マズい! 本格的にマズいわ! 』
 焦った顔で叫ぶマリア。やはり、ゴロンタが人間になっていると知れると、何か不都合があるのだろうか?
『 もしアレが猫だってバレたら・・・ 』
 バレたら?
『 芋づる式に、私がしくじったってことまでバレちゃうじゃないのよ!! 』
 ・・・どこまでも自分本位なやつである。
 むしろバレて恥をかいたほうが、マリアの今後のためになりそうな気もするくらいである。
『 それだけじゃないわ! もしアレが私(マリア像)の起こした奇跡だってバレたら・・・ 』
 ・・・バレたら?
『 私に奇跡を起こして欲しい人間が寄ってきて、忙しくなっちゃうじゃないのよ!! 』
 ・・・・・・・・・・・・・・・うん、一度、倒れるまで忙しく働いてみたらどうだろう?
 倒れた後は、二度と立ち上がらない方向で。
 あくまでも自分本位なマリアは、慌てて立ち上がると、ゴロンタ目がけて全力でダッシュし始めた。
 ・・・って何故走る? オマエさっき、ゴロンタの前で瞬間移動とかしてなかったっけ?
『 させるかぁぁぁぁっ!! 』
 意味不明な叫びを発しつつ、マリアはゴロンタの前まで駆け寄った。
 そして、ゴロンタを猫の姿に戻そうと、再び光を集めようと右手をかかげ・・・
『 ああっ?! ここで元に戻したら、私の仕業だってバレちゃうじゃない!! 』
「 ・・・・・・あの、どちら様ですか? 」
『 え? ・・・・・・しまったぁぁぁ! 姿消すの忘れてたぁぁぁぁっ!! 』
「 えっと・・・ (色々な意味で)大丈夫ですか? 」
 あまりにも慌てていたため、素で祐巳と志摩子の前に駆け込んでしまったマリア。
 その結果、祐巳には不審がられ、志摩子にはいろいろな意味で心配されてしまったのだった。
 落ち着きが無いのも、ここまでくると憐れを通り越して、わざとやっているのかと聞きたいくらいだ。
 自分を見つめる祐巳と志摩子の視線が痛かったマリアは、さすがにこれはヤバいと思ったのか、しばらく視線を泳がせていたが、すっと息を吸い込むと・・・
『 せ、戦略的撤退〜! 』
 そう叫ぶなり、一目散に逃げ出した。
 いきなり目の前に駆け込んで来て、意味不明な言葉を叫びながら走り去っていったマリアの姿に、祐巳と志摩子は訳が解からないという顔だ。
 ちなみにこの騒動の間、ゴロンタもマリアの姿を見ていたはずなのだが、キャットフード優先とばかりに完全無視を決め込んでいた。
 ゴロンタの中で、マリアの価値はキャットフード以下なようだ。
「 今の人、誰だったんだろう? 」
「 さあ? どことなく見覚えがあるような気もするのだけれど・・・ 」
 いつも真剣に祈りをささげているせいか、志摩子はマリアの顔に見覚えがあることに気づいたようだが、さすがにあんなに騒がしい行動をする危なそうな人物とマリア像とは、イコールで結べなかったようだ。
 さて、祐巳と志摩子の前から逃げ出したマリアだが、あっという間に二人の視界から消えてしまった。
 どうやら祐巳たちに目撃されたことにテンパって、自分だけ安全圏へと逃走したようである。ゴロンタ(少女バージョン)を残して。
 もうそのまま帰ってくるなと言いたいほどの、自分本位な行動である。
 一方、残されたゴロンタはというと、置き去りにされたことに気づいているのかいないのか、それとも、そんなことはハナから気にして無いのか、祐巳の持ってきたキャットフードを食べ終えて、のんきに手など舐めていた。その姿は、人としてはいささかはしたないが、猫らしいといえばじつに猫らしい。
 お昼ごはんを食べ終え、しばらくボーっと立ち尽くしていたゴロンタだが、突然すぐ脇の芝生へと踏み込むと、ゴロリと横になる。
 そして、そんなゴロンタのマイペースな行動をぽやっとした顔で見ていた祐巳に、ゴロンタは視線で何かを訴えてきた。
「 え? 何? 」
 祐巳の問い掛けに、ゴロンタは無言で自分の隣りの芝生をぺしぺしと叩く。
「 ・・・ここへ座って欲しいってことかしら? 」
 祐巳よりも先にゴロンタの主張に気づいた志摩子がそう言うと、祐巳は意味が解からないながらも素直にゴロンタの隣りに座った。
「 えっと、私に何か・・・ ふあ?! 」
 隣りに座った祐巳が何か言うよりも先に、ゴロンタは祐巳の膝に向けて寝転がった。
 突然、膝枕にされた祐巳だったが、そこはお人好しな彼女のこと、慌てながらもゴロンタを振り払うような乱暴なことはしなかった。
「 あの、突然そんなことされるとあの・・・ 困るって言うかその・・・ 」
 困惑する祐巳をよそに、祐巳の膝に頭をのせたゴロンタは、うっとりと目を閉じ、じつに幸せそうだ。
「 うん、思ったとおり聖よりやわらかい 」
「 え? 聖って・・・ 聖さま? え? アナタ3年生ですか? 」
 初めて乗る祐巳の膝枕のやわらかさに、ゴロンタはそんな感想を述べる。
 それを聞いた祐巳は、ゴロンタが聖を呼び捨てにしたことで、彼女が3年生なのかと思い、なおさらその頭をどかすことができなくなった。
 いきなり見知らぬ人に膝枕にされ、どうして良いか解からずオロオロする祐巳を見かねたのか、横から志摩子が助け舟を出す。
「 あの、祐巳さんが困っていますから、できればそこをどいていただきたいのですが・・・ 」
 先ほど、ゴロンタが聖を呼び捨てにしたことで、志摩子も彼女を3年生・・・ しかも、呼び捨てにするほどなのだから、自分の姉と親しいクラスメートか何かなのかと思い、なるべく丁寧に呼びかけてみた。
 だが、そんな志摩子を、ゴロンタは不機嫌そうににらむと、一言で斬り捨てた。
「 うるさい。オマエ嫌い 」
「 ・・・・・・何ですって? 」
 ゴロンタの一言に、何かのスイッチが入ったのか、突然冷たい気配を帯びる志摩子。
 隣りでそれを見ていた祐巳も、友人のその豹変ぶりに凍りついた。
「 アナタに嫌われても別に困りませんけど、いくら上級生とはいえ、初対面の人間をオマエ呼ばわりなんて、失礼ではなくて? 」
 あくまでも静かに、しかし断固として譲らない姿勢でキレる志摩子。
 そんな志摩子の放つ冷気にも怯まず、ゴロンタはなおも志摩子に口撃を続ける。
「 聖は優しいけど、オマエ優しくなかったから嫌い 」
「 ・・・アナタに優しくしなかった覚えなど無いわ。するつもりも無いけど。それと、はやくそこからどきなさい 」
 志摩子に容赦無く斬りつけるゴロンタと、もはや敬語も使わなくなってしまった志摩子。
 間に挟まれる格好になった祐巳は、小動物よろしく、ぷるぷると震え出した。
 そして、志摩子に言われたことに対し、ゴロンタがムッとした顔で反論する。
「 アタシは忘れてない。オマエ、聖にアタシに優しくするなって言った。だからアタシ、オマエ嫌い 」
 ゴロンタは、いつぞや聖にエサをもらっている時に、志摩子が聖に「最後まで面倒を見られる訳ではないのに、一時の優しさはかえって残酷だ」などと言っていたことを指摘しているのだが、目の前の少女がまさかゴロンタだなどと思わない志摩子には、言われた意味が解からない。
「 何を言っているのか解からないわ。いいからそこをどきなさい 」
「 ヤダ 」
「 どきなさい! そこは私の予約席よ! 」
 ・・・予約席って何? と祐巳は思ったが、普段からは想像もつかない志摩子の大声に脅え、突っ込むこともままならなかった。
 野生の怒りと、白く冷たい怒りに挟まれ、祐巳はどうして良いのか解からず、ただぷるぷると震えるばかりだ。
 ゴロンタと志摩子のにらみ合いで、祐巳の周囲の空間は薄ら寒い気配に満ちていた。が、突然、それまでの寒さなど問題にならないほどの冷気が背後から現れた。
「 ・・・・・・・・・私の祐巳の膝を占領しているのは、どこのどなたかしら? 」
 その美貌から冷たい怒りを撒き散らしつつ、小笠原祥子登場。
 さすがのゴロンタも、その身を緊張させて祥子をにらむ。
「 お・お・お・おね・おね・ご・ご・ご・・・ 」
 めっちゃ振るえながらも姉に挨拶をしようとするところは、さすが祐巳。妹バカここに極まれりといったところだ。・・・言葉になってはいないけど。
「 ごきげんよう祐巳 」
 それまでの冷気が嘘のように、優しく祐巳に挨拶を返す祥子。
 だが次の瞬間、先程以上の冷気をまとい宣言する。
「 今、その邪魔者を排除するから、少し待ちなさい 」
 見るものを石にしかねない眼光で、ゴロンタをにらみつける祥子。
 ゴロンタは祥子とはあまり絡んだことが無く、特に好きとも嫌いとも思っていなかったのだが、いきなり祥子から叩きつけられた敵意に、思わず無言で鼻にシワを寄せ、牙を見せて威嚇し始める。
「 どこのどなたか存じませんけど、私の妹の膝は私だけのものよ? 私以外の誰にも譲る気は無いわ 」
 祥子の“祐巳は私のもの宣言”に、今の状況も忘れ、ちょっと嬉しくなる祐巳。
 どうやら子狸には、Mっ気だけでなく、下僕根性までも生まれつつあるらしい。
「 さあ、速やかにそこをどきなさい! 」
「 シャァァァァ! 」
「 まるで野良猫ね・・・ いえ、むしろ泥棒猫かしら? 私の言うことが聞こえないの?! さっさとどきなさい!! 」
「 シャァァァァ! カァァァァ!! 」
 祥子のセリフに、猫まるだしな威嚇で応えるゴロンタ。
 ゴロンタが威嚇しつつも自分の膝の上から動かないので、祥子の怒りの波動を真正面から浴びることになった祐巳は、ちびりかねないほど震え上がっていた。
「 どきなさい! この泥棒猫! 」
「 そうよ、そこをどきなさい! 」
 ここぞとばかりに、志摩子もゴロンタに向かって攻撃を再開する。
「 シャッ! フシャァァァァァ!! 」
「 威嚇など無意味よ、さっさとどきなさい! 」
「 どきなさい! そこは私の予約席よ! 」
「 カァァァァ! 」
「 ・・・待ちなさい志摩子。予約席って何?! 」
「 予約席は予約席です祥子さま。いずれ私のものということです 」
 よほど頭に血が昇っているのか、余計なことまで素直にぶっちゃける志摩子。
 志摩子のセリフを聞き、祥子の怒りの波動の半分が志摩子へと向けられる。
「 ンナァァァァァゴォォォォ・・・ 」
「 何ですってぇ?! 祐巳の膝は未来永劫、私の指定席よ!! 」
「 甘いです祥子さま。アナタが卒業すればこっちのものです! 」
「 オアァァァァァ・・・ ンナァァァァゴォォォ・・・・ 」
「 やかましいわよこの泥棒猫! 志摩子! アナタも私の敵にまわるというの?! 」
「 そもそも私のほうが祐巳さんとの付き合いは長いんです! アナタなんか文化祭の頃まで祐巳さんの存在すら知らなかったクセに!! 」
 それは私も傷つくから言わないで欲しいなぁ・・・ などと、震えながらも祐巳は思ったが、もちろん言葉にはできなかった。目の前で争う3人が怖かったから。
「 な・・・ そんなことは関係無いわ! 私と祐巳の間には、時間を超越するほどの深い愛があるのよ! 」
「 それはアナタの思い込みです! どうせ薔薇の館でぶつかったのが蔦子さんなら蔦子さんを妹にしてたのでしょう?!」
「 カァッ! カァァァァァァァ!! 」
「 わ、私もちょっとそんな気はしたけど・・・ 祐巳が唯一無二の私の妹であることに変わりは無いわ!! 」
 そんなこと思ってたんですか? お姉さま。
 祐巳はちょっとだけ泣きたくなった。
「 いいから祐巳を渡しなさい!! 」
「 祥子さまこそ消えてください!! 」
「 フゥゥゥゥゥ! フシャァァァッ!! 」
「 五月蝿いわよ! この野良猫娘! 」
「 小寓寺の名において調伏するわよ!? この化け猫!! 」
「 カァァァ! カァァァァァァ!! 」
 ああ、どうかこの3人を止めて下さい。祐巳はマリア様に心から祈った。
 ・・・マリア像の化身がこの事態の元凶だなどとは、露知らずに。
 もはや事態は収拾不可能なまでにヒートアップしたかと思われたその時、4人に向けて、落ち着いた声がかけられた。
「 どうしたの? そんなに騒いで。はしたないわよ 」
「 紅薔薇さま! 」
 絶賛威嚇中のゴロンタを膝の上に抱えたまま、祐巳はすがりつくような目で声の主・・・ 蓉子を見た。
「 どうしたの? 祥子。大きな声を出したりして 」
「 それは・・・ この人が私の祐巳の膝を占領していたから・・・ 」
「 もう、少しくらい良いじゃないの。アナタは祐巳ちゃんのお姉さまなんだから、これからいくらでも膝枕くらいしてもらえるでしょう? ねえ? 祐巳ちゃん 」
「 はい、それはもういくらでも! 」
「 ホラ、祐巳ちゃんもこう言ってるじゃない 」
「 ・・・・・・はい 」
 まずは蓉子の貫禄と祐巳の笑顔で、祥子が沈黙。
「 志摩子はどうしたの? 」
「 あ、はい。祐巳さんが膝枕にされて困っていたので・・・ 」
「 ・・・そこのアナタ 」
「 ニャ・・・ 」
「 悪いけど、祐巳ちゃんの膝からどいてもらえるかしら? 」
「 う・・・ 解かった 」
「 これで良いわよね? 志摩子 」
「 ・・・はい 」
 蓉子の迫力に、思わず祐巳の膝からどいたゴロンタと、それによって争う理由が無くなった志摩子も沈黙。
 さすが紅薔薇さま。あれほどヒートアップしていた3人を、瞬く間におとなしくさせてしまった。
「 紅薔薇さま! ありがとうございました! 」
「 たいしたことはしてないわよ? 」
 感謝のあまり抱きついてくる祐巳の頭を、よしよしと撫でる蓉子。
 しかも、それを羨ましそうに見つめる祥子と志摩子の視線も、未だに警戒感もあらわな瞳でこちらを見ているゴロンタの視線も、軽く受け流している。
 まさに貫録勝ちである。
 そんな余裕綽々な蓉子だが、ふとゴロンタの視線に何か棘のようなものを感じ、彼女に向き直る。
「 ・・・そこのアナタ 」
「 ウニャッ?! 」
 突然見つめられ、ゴロンタは少し警戒感を強めた。
「 アナタから何か敵意のようなものを感じるのだけれど・・・ 私はアナタに何かしたのかしら? 」
 蓉子からすれば(猫のゴロンタは何度も見かけていたが)初対面の少女から敵意を向けられる覚えなど無いので、不思議に思い、そう聞いたのだった。
「 ニャ・・・ オマエ、聖とアタシが寝てるとこ、邪魔した 」
 以前、ゴロンタはお昼休みに聖にキャットフードをもらい、その後、彼女と一緒に芝生の上で昼寝をしていたことがあった。
 そして、蓉子が偶然それを見つけ、「 もうすぐ授業が始まるから起きなさいよ 」と、聖を起こして校内へと手を引いていったことがあったのだ。
 ただ、それだけのこと・・・ だったはずなのだが。
「 ・・・・・・・・・・・・詳しく聞かせてもらおうかしら? 」
 聖と寝ていたという相手が猫か人間かで、蓉子の中では話の重要度が天と地ほど違ってくる。
 先ほど争っていた3人など問題にならないほどの冷気をまとい、蓉子は一瞬で鬼と化した。
「 フゥゥ・・・・・・ ウ・・・ 」
 蓉子から発せられる冷気に、一瞬威嚇の声をあげようとしたゴロンタだったが、野生の魂が「これは威嚇など効かない相手だ」と判断し、再び沈黙する。
「 聖に近付く邪魔者は、残らず排除したはずなんだけど・・・ 」
「 ウ・・・・・・・・・ 」
 先ほどまで、祥子と志摩子の二人を相手にしても、一歩も退く様子を見せなかったゴロンタだが、さすがに蓉子の視線からは目を逸らした。
「 まあ良いわ。・・・・・・あら? ちょうどあそこに聖もいるじゃないの。せっかくだから一緒に尋問しましょうか 」
 この物語の冒頭で、陽射しの中で芸術品と化していた聖だったが、不幸にも今の蓉子に発見されてしまったようだ。
 ・・・ただベンチで日向ぼっこしていただけで、聖には何の落ち度も無いのだが、ここは運が悪かったと諦めてもらうしかないだろう。
「 さあ、行きましょうか? 」
「 フギャ?! 」
 蓉子はゴロンタの襟首(セーラーカラー)をつかみ、軽々と片手で持ち上げて運びだす。
 普通の人間と比べて良いものかどうかは解からないが、どう見ても今のゴロンタの背格好からすると50kg前後はありそうなものなのだが・・・
 襟首をつかまれ持ち上げられたゴロンタは、猫らしく手足を丸め、おとなしく運ばれていってしまった。
「 さ、さあ祐巳! 午後の授業が始まるわよ! 」
「 そ、そうですね、お姉さま! 」
「 そ、そうよ祐巳さん! 山百合会の幹部としても、遅刻なんかしてはいけないわ! 」
 鬼神と化した蓉子を見送り、残された3人は、慌ててその場から離脱したのだった。
「 ・・・ところで志摩子、聖さまのことはほっといて良いの? 」
「 お姉さまはきっと、私が幸せならば喜んでくれると思います 」
「 ・・・・・・アナタ意外と良い性格ね 」
「 ありがとうございます 」
「 ・・・誉めてないよ、志摩子さん 」
「 そうよ。それに、さっきアナタが予約席とかほざいていたのも忘れてないわよ! 」
「 予約席がダメだとおっしゃるなら、キャンセル待ちということで 」
「 ・・・アナタとは後で決着をつけてあげるわ 」
「 望むところですわ 」
「 ・・・・・・・・・・・・(私の都合とかは・・・ 聞いてくれないんだろうなぁ) 」
 こうして、それぞれの胸に嫌な禍根を残しつつ、マリアの起こしたハタ迷惑な奇跡の騒動は、一応の幕を閉じたのであった。







 ちなみにこの後。猫っぽい少女と、訳が解からないといった顔の白薔薇さま、ついでに何故かマリア像と同じ衣装をまとった美女(ゴロンタの様子を見にきたところを蓉子に捕まったらしい)までもが、まとめて正座させられて、紅薔薇さまに説教を喰らっている光景を何人かの子羊たちが目撃したそうな。

 リリアンで、その後もマリア様の奇跡が起こったのかどうかは、神のみぞ知るところである。



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