「さて祐巳ちゃん」
「ハイ、白薔薇さま」
下足室で、偶然白薔薇さま佐藤聖と鉢合わせた紅薔薇のつぼみの妹福沢祐巳は、連れ立って薔薇の館に来たのだが、何故か今立っているのは館の裏手。
館の影になっているせいか、若干雰囲気が薄暗い。
「祐巳ちゃんも、とうとう山百合会の関係者になったワケだけど」
「はい」
「別に薔薇さまだその妹だと言ったところで特別ってこともないんだけど、それでも一般的な生徒から見たら特別な存在に見えてしまうのは、祐巳ちゃんも良く分かってると思う」
「ええ」
ほんの少し前までは、祐巳も一般生徒の一人に過ぎなかった。
彼女からすれば、薔薇の館の住民は、まさに天上の人に等しい存在だ。
「つまり何が言いたいかというと、特別な存在として見られている以上、本意不本意は別にして、時には特別な振る舞いもしなければならないってこと。分かる?」
「……一応」
「それは、薔薇さまだけでなく、もちろんつぼみもその妹にも当て嵌まるわけだ」
「はい」
「そう言うことなので、祐巳ちゃんにも徐々にでいいから、覚えていって貰いたい」
「分かりました」
「それじゃ、そんなワケで」
言うなり聖は、そのまま薔薇の館の壁に取り付き、ガッシガッシと登り出し、二階の窓からヒョイと会議室に入っていった。
「……え?」
残された祐巳は、茫然自失。
特に梯子やロープがあるわけでもなく、垂直の壁を何の迷いも躊躇いもなく登った聖に、見てはいけないものを見たような気がした。
「あれが……特別?」
「あら、祐巳ちゃん」
片眉を上げて、訝しげな顔をしていた祐巳の背中に声をかけたのは、
「あ、黄薔薇さま。ごきげんよう」
「ごきげんよう。何してるの?」
黄薔薇さま鳥居江利子だった。
「……何と言えば良いのでしょうか。白薔薇さまが……」
祐巳が指差す先には、開いたままの二階の窓。
「ああ、そういう事ね」
即座に理解した江利子は、
「祐巳ちゃんには、イキナリこれは難易度が高いわねぇ」
腕を組んで、二階を見上げていた。
「ま、でも、焦る必要はないから。自分のペースで覚えていって」
「はぁ……」
「それじゃ、そんなワケで」
言うなり江利子は、そのまま薔薇の館の壁に取り付き、ガッシガッシと登り出し、二階の窓からヒョイと会議室に入っていった。
「……へ?」
残された祐巳は、茫然自失。
特に手掛かりや足掛かりがあるわけでもなく、垂直の壁を何の迷いも躊躇いもなく登った江利子に、見たくないものを見てしまったような気がした。
「あれが……特別?」
「あら、祐巳ちゃん」
両眉を下げて、困った顔をしていた祐巳の背中に声をかけたのは、
「あ、紅薔薇さま。ごきげんよう」
「ごきげんよう。何してるの?」
紅薔薇さま水野蓉子だった。
「……何と言えば良いのでしょうか。白薔薇さまと黄薔薇さまが……」
祐巳が指差す先には、開いたままの二階の窓。
「ああ、そういう事ね」
即座に理解した蓉子は、
「まったくあの二人は……。入ったばかりの祐巳ちゃんに、出来るわけないわよね」
腕を組んで、二階を見上げていた。
「そうね。いきなり二階は無理でしょうから、まずは一階の窓から慣れていってもらいましょう」
すぐ傍の窓を、カッチャリ開ける蓉子。
確か一階の窓は、全て内側から鍵がかかっているはずだが。
「じゃぁ祐巳ちゃんはここからね。私は、先に行ってるから」
言うなり蓉子は、そのまま薔薇の館の壁に取り付き、ガッシガッシと登り出し、二階の窓からヒョイと会議室に入っていった
「……お?」
残された祐巳は、茫然自失。
特に穴や出っ張りがあるわけでもなく、垂直の壁を何の迷いも躊躇いもなく登った蓉子に、見なかったことにしたい気分になった。
「あれが……特別?」
「祐巳!!」
あんぐりと口を開いたままの祐巳を、やや不機嫌そうな口調で呼ぶ声が響く。
見ればそこには、祐巳の姉である紅薔薇のつぼみ小笠原祥子が、眉を吊り上げて見下ろしているではないか。
「何をぐずぐずしてるの。早く上がってらっしゃい!」
「は、はい!」
祐巳は、蓉子が開けた窓を閉めると、普通に入り口を通って二階へ向かう。
「ごきげんよう、遅くなりました」
『ごきげんよう』
既に会議室には、祐巳以外が勢揃い。
隙を見て祐巳は、祥子にこっそり聞いてみた。
「さ……お姉さまも、壁を登れるのですか?」
「もちろんよ」
(特別……ねぇ?)
唯でさえ、山百合会関係者としての自信が無い祐巳は、更に自信が無くなった。