ウィーン、と自動ドアが開く音がして、牛銀店員の春日部恭一は爽やかな笑みを向けた。
「いらっしゃいま……!」
爽やかな笑顔と若さ(21歳)溢れる挨拶が信条のナイスガイ、恭一の挨拶が途切れた。
爽やかな笑顔が、徐々に強張ったものに変わって行く。
そんな恭一に気付いたお客様が、天女もかくやという美しい笑みを浮かべる。
「ごきげんよう、一人なんですけど」
「お、お一人様ご案なーい!」
思わず、語尾が震えたのを気付かれなかっただろうか。
まるで空を飛んでいるかのように、優雅な歩みで恭一の後を突いてくるそのお客様――少女と呼んでも良い年齢のその人物に、店中の店員の視線が集まる。
それは少女があまりにも美しいからか?
それも、ある。ふわふわの髪の毛を伸ばし、常に優しい笑みを湛えたその少女は、マリア様のような慈愛と神秘的な空気を漂わせている。100人の男子が100人とも、きっと街中ですれ違えば思わず振り返りたくなることだろう。
だが、違う。違うのだ。
少女を座席に案内した恭一の頬を流れる汗の意味するところは、そんな理由からではない。
一人のお客様を、恭一は迷わず大テーブルに案内する。
少女は優しく「ありがとう」と微笑むと、白魚のような指先でメニューを開いた。
「そ、それではご注文が決まりましたら――」
「メニューのお肉の部分を、上から順にお願いします」
恭一に皆まで言わせずに、少女が天使の笑顔を崩さぬままに言う。
「三周ほど」
「や、焼肉大王、入りましたーーーー!」
「な、なにーーーー!!」
「さ、捌け! 牛を捌け! 一頭丸ごともってこい!」
「て、店長! 牛タンが……牛タンが25人前しか残っていません!!」
「ひ、ひっこ抜いて来いっ!!」
恭一が転がり込むようにして焼肉大王の来訪を告げた厨房は、俄かに騒々しくなった。
シェフ一同が、必死の形相で肉を切り始める。店員が一人、冷凍庫に駆け込んでいく。
日曜日の昼下がり、東京都下の焼肉店『牛銀』に、ハリケーンが来襲した。
優雅にその少女は箸を操り、ブラックホールの如き勢いで肉という肉を飲み込んで――
少女は支払いのカード明細に『藤堂志摩子』とサインをして帰っていった。
ここはK駅近くの焼肉店『牛銀』
時々、天使のような焼肉大王が襲来するスリリングなお店である……。