【2478】 妄想大爆発………もちろん失敗。  (若杉奈留美 2008-01-16 19:49:15)


新年1発目投稿。
もう回復してるかな?


「…はい?」

今、なんと言ったのか。
祐巳はおのれの脳内検索機能を一瞬のうちにフル回転した。
先ほど目の前の店員さんが言ったセリフを、もう一度探し出す。

(…今、「お帰りなさいませ、お嬢様」って言ったよね…?)

目の前にいる店員さんはこれ以上ないほどの素敵な笑顔で祐巳の次のリアクションを期待している。
しかしながら、店員さんのあまりにもその場にそぐわないいでたちとかわいらしい笑顔にやられ、
祐巳はどうしていいのやら分からずかなりパニクっている。

(確かにこのスーパーはリニューアルしたけど…よりによってどうしてそっち方面へ行っちゃうのよ〜!)

白いレースのついたヘッドドレス。
濃い茶色のシンプルなワンピースの上に、たっぷりとしたレースをあしらった白いエプロン。
短めの丈のワンピースと、黒いニーソックスの間から膝の肌色がチラリと見える。
そしてエプロンの胸あたりに、「まゆ」と書かれた名札がある。
ご丁寧にも名前の横にハートマーク入りで。

そう、スーパーひまわり堂M駅前店は、メイドスーパーとしてリニューアルしてしまったのだ。


ことの発端は先週の折込チラシ。

『スーパーひまわり堂M駅前店、リニューアルオープン!
来ればわかる!』

それ以外何も書かれていない。
普通スーパーがリニューアルしたら、『リニューアル記念大特価!』とか、
『先着30名様に粗品贈呈!』くらい書いてありそうなものなのに、
そういったフレーズは一切ない。

「祐巳、様子見てきてくれる?お母さん、どうも行く気がしないのよねぇ」

すでに母の中では警戒モードが全開であるらしい。

「いやな予感がするの?」

返事を返した娘に、母は溜息交じりで告げた。

「とにかく行ってきてちょうだい」


…そして行ってみた結果がこれである。

「え、え〜と…なぜ、そんな格好をしているの?」

手にした缶をテーブルに置くと、まゆは祐巳の質問には答えず缶をレジに通し、
目の前のキーを押すと、高らかに告げた。

「おしるこ缶ホット、98円が1点!ありがとうございます、98円のお買い上げでございます、お嬢様!」
「そ、そんなでかい声で言わないで!」

一斉に視線を投げかけられ、祐巳はさらにあたふたするばかり。
とりあえずお金を出した。

「100円のお預かりでございます、お嬢様!」
「いや、お嬢様はいいから!はやくお釣りちょうだい!」
「かしこまりました!2円のお返しでございます、お嬢様!」
「だから声がでかいんだってば〜!」

お嬢様の戸惑いなどどこ吹く風でご奉仕に没頭するメイド…もとい店員のまゆ。

「いってらっしゃいませ、お嬢様!」

たったひとつのおしるこ缶のために、なんでここまで…。
祐巳は母親の気持ちが痛いほど分かった。
溜息をつきながらまわりを見ると、客はごく普通の主婦が大半。
その中に男性も何人かいたが、やはり普通のサラリーマンとか学生ばかりのように見える。
店員さんがメイド(男性店員は執事)になっていても何の疑問も持っていないらしく、慣れた感じで会話を交わしている。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
「少なくてごめんね。これお願い」
「ねえ、パスタソースってどこにある?」
「はい、ご案内いたします、ご主人さま」

ここで祐巳はあることに気づいた。

(なんだかリニューアル前より客が減ってる気が…)

予感が的中し、スーパーひまわり堂は瀬戸山グループに身売りされることとなった。
それから祐巳は行っていないが、噂によると…

「足の踏み場がないほど店が散らかっている」
「店のいたるところにGが繁殖している」
「店長が汚ギャルだ」

とにかくろくな話が聞こえてこないが、真相は闇の中である。


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