すっかり日も暮れ、夕闇が辺りを支配する。
仕事で最後まで残っていた白薔薇姉妹、すなわち白薔薇さま藤堂志摩子と白薔薇のつぼみ二条乃梨子は、肌を刺す冷たい空気の中、二人並んで歩いていた。
いつもの分かれ道で、マリア像に手を合わせる。
「……寒いわね」
空を見上げながら、白い息を吐きつつ、志摩子が呟く。
いかにも寒そうに、両手をすり合わせている。
「志摩子さん、手袋持ってないの?」
「ええ」
「寒いでしょ?」
「大丈夫よ、慣れているから」
小さい頃から実家の手伝い等で、真冬の水仕事も当たり前にこなして来た志摩子のこと、このぐらいは我慢できる範囲だ。
実際志摩子の両手は、真冬にも関わらず、ヒビもアカギレもシモヤケなく、綺麗なもの。
「そんなのダメだよ」
乃梨子は思わず、開いている志摩子の手を取って、両手で包み込む。
「これで少しは暖かいでしょ?」
「ふふ、そうね。乃梨子の手って、とっても暖かいのね」
寒さで赤い乃梨子の頬が、更に赤くなる。
以前、黄薔薇のつぼみにも言われたが、どうやら乃梨子の手は、かなりの熱を帯びているようだ。
「そ、そうだ。良い考えがあるよ」
乃梨子は、照れ隠しに、ちょっとした思い付きを口にする。
「はい、これを履いて」
ポケットから手袋を取り出して、右手側を志摩子に渡した。
そして自分はもう片方を左手に履く。
これで、志摩子は右手、乃梨子は左手が手袋に包まれたことになる。
「それで、こうすれば」
乃梨子は右手で、開いている志摩子の左手をそっと握った。
「二人とも、両手が暖かくなるよね」
「ほんと。流石は乃梨子ね」
はにかんだ笑みを浮かべた乃梨子と共に、手を繋いだまま校門に向けて歩く。
「あ、あのね志摩子さん」
「どうしたの?」
何かを言いたそうにしていた乃梨子、やっと踏ん切りが付いたのか、足を止めて志摩子と向かい合った。
「この前、由乃さまに教えて貰ったんだけど、もっと、もっと暖かくなる方法があるよ」
「そうなの? どうすれば良いのかしら」
「それはね……」
やや躊躇していた乃梨子だが、思い切って、志摩子の胸に飛び込んだ。
「こうするの」
「……そうね。身体だけでなく、心まで暖かくなったみたいだわ。由乃さんに、感謝しなくっちゃね」
まるで母に抱かれて眠る子供のように、安らかな気分に包まれる乃梨子。
まるで愛しいわが子を抱き締めるように、優しい気分に包まれる志摩子。
時と寒さを忘れて、寒空の下、抱き合い続ける二人。
そこに、
「あのさぁ……」
割り込んだ、無粋な声が一人分。
驚きの余り、乃梨子は一瞬にして志摩子から離れ、照れと恥ずかしさで真っ赤っか。
「あら、お姉さま。ごきげんよう」
「せせせせせせせーさま!?」
「や、ごきげんようお二人さん」
誰あろう、割り込んだ声の主は、前代白薔薇さまにして志摩子の姉、佐藤聖。
「せっかくイー気分のところ悪いんだけど。早くしないと、バスに間に合わないよ?」
「まぁ」
志摩子が腕時計を確認すれば、確かにあと5分もしないうちに、バスが来る時間。
「乃梨子、急ぎましょう。お姉さまも」
「あぁ、私はまだ大学に用があるから」
「そうですか、ではお先に失礼します。ごきげんよう」
乃梨子の手を取って、駆け出す志摩子。
「ごごごごごきげんよー」
「ハイ、ごきげんよう」
二人は、あっと言う間に姿を消した。
「良いの?」
「もちろん。もう志摩子は私から離れてるし、しっかりした妹もいるからね」
影から、一人の女性が姿を現し、聖に言葉短く問い掛けた。
知的な、そして大人びた雰囲気を持つ聖の友人、加東景。
「それに、さ」
「それに?」
眼鏡をキラリと光らせて、聖の次の言葉を待つ。
「いざとなったら、カトーさんが甘えさせてくれるもんねー」
飛び付こうとした聖の言動に景は、
「調子に乗らない」
べっちん
カトーさんの容赦ない平手打ちが、サトーさんの頬に炸裂した。