【2496】 浮いた話はありません凄く殺伐としてるお祭り  (グレイメン 2008-01-19 03:57:38)


 

 2回目の投稿です。長文ですので注意。1/20 少し改訂しました。


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 暇だから。
 そんなごく単純な理由で午前中の街を散策していた蔦子は、それを見た瞬間思わずぱちくりと目を瞬かせた。眼鏡を一度外して専用の布でレンズを拭いてから、もう一度かけ直してそれを目に納めてみた。



 雑踏の中に浮かぶ、真っ黒な女神。



「……白薔薇さま?」

 駅前の広場で何故か上下を黒の服に身を包んだその人は、どう見ても元白薔薇さまこと佐藤聖さまだった。先月卒業なされたばかりで、確かリリアンの大学の方にそのまま進学したのだと祐巳さんから話を聞いたことを思い出す。
 
 彫りの深い顔立ちとその真っ黒な服装が相まってか、何とも神秘的というか、パリのモデルみたいな美人オーラを余すことなく放っている。

「ある意味目に毒だね」

 そんな事を口にするのも、そんな白薔薇さまに街行く人々の視線が集中しているからだ。というより、あの人の半径5メートルに誰も人が寄りつかないように見えるからでもある。恐らく気のせいではないだろう。

 無意識に蔦子は首に下げていたカメラを構え、シャッターを切ろうとした。しかし何とか理性を総動員して、それを踏み留まる。

「危ない危ない……」

 被写体の事情も把握しないまま写真を撮るのは、蔦子のポリシーに触れることだ。この前のイエローローズ事件の際も、それで後味の悪い写真を撮ってしまうことになり、結局その写真を祐巳さんに押しつける事になってしまった。
 二度とそんな失敗は繰り返すまい。そう思った蔦子は少しだけ、若干の、ほんのちょっぴり、自制することを覚えたのだった。

「しかし、何してるんだろう」

 改めて白薔薇さまの方に視線を戻すと、何とその張本人とばっちり目が合ってしまった。げっ、と口から声が漏れたが後の祭り。こちらにずんずんと歩いてくる白薔薇さま。 



「やっほー、カメラちゃん。実に奇遇だね」



 周りの状況に気付いているのかいないのか、大口開けて快活に笑いながら聖さまは蔦子に声を掛けた。

「……ごきげんよう、白薔薇さま……ではもう無くなったんでしたね。どうお呼びすれば?」

「別に何でもおっけー。佐藤さんでも聖さんでも聖ちゃんでもせっちゃんでも」

「では聖さまと」

「ぶっぶー。つまんないなーカメラちゃんは」

 それ以外にどう呼べと。蔦子は内心そう思ったがそれを表情に出すようなへまはしない。

「……何をされていたのか、聞いてもよろしいでしょうか?」

 蔦子はさっきの疑問の核心に迫るべく、聖さまに問いかけてみた。

「あ、この格好のこと?うーん、そうだね……」

 聖さまは顎に手を当てて考えるような仕草をしながら、蔦子の姿を足元から頭の天辺までじっくりと眺めた。そして下は大丈夫か、とか何とかかすかに呟いた後。



「これからちょっとしたお祭りがあるんだけど、カメラちゃん、一緒に行ってみない?」



 そんな風に誘われたのだった。いきなりの提案に呆然とした蔦子だが、それに興味を持ったのは確かなことで。その上、元薔薇さま達の「すっごい」写真が撮れる筈だから、と付け加えられてしまっては、蔦子に承諾する意外に選択肢が残っている筈もない。



 


 それから5分後。蔦子は駅前の服の量販店の中に居た。何故か、と問われれば、聖さまに引き摺られて来たから、としか言いようがない。

 聖さまは蔦子に服のサイズを聞いた後、さっきから何やら服を見比べて吟味しているようだ。その服というのが全て、黒色なところが気になるが。

「……うん、まあこれでいいや」

 そう言うと、聖さまはそのまま選び終わったらしい服をレジまで持って行き、精算を済ました。そして入り口で待っていた蔦子の元に戻ってくるやいなや、はい、とその服を蔦子に手渡した。

「……えーと。どういうことでしょうか?」

「はい、プレゼント。必要になるから、後で着替えといてね」
 
 そう言った聖さまはすたすたと入り口へ歩いていった。が、何かを思い出したようにこちらを振り向き。


「そういえばカメラちゃん。あなた、今誰かお付き合いしている人は居る?」


 何の前触れもなく、蔦子にそう問いかけた。

「はい?」  
 
 あまりにも唐突なその質問に蔦子は困惑の表情を浮かべる。さっきからそうだが、聖さまの行動の意図が全く掴めない。

「だーかーら、今交際中の異性もしくは同姓は居るのかってこと」

 同姓は無いだろう、同姓は。そんなことに内心ツッコみつつ、いませんが、と返事する。聖さまはそう、なら大丈夫だね、とだけ呟いて、またずんずんと歩いて店を出て行った。蔦子は一瞬呆気に取られたようにその様子を眺めていたが、すぐに気を持ち直して後を追いかける。

「お待ち下さい、聖さま。今の質問、どういった意図で?それに、これからどこへ行かれるのですか?」

 聖さまに追いついた勢いそのままで蔦子は問いかけた。その質問にも聖さまは歯牙にもかけないご様子で、そのまま前を向いたまま口を開く。

「前者についてはノーコメントで。後者はさっき言ったでしょ。お祭り、って」

「それはさっきお聞きしました。だからそのお祭りの内容を……」

「それは後のお楽しみ。今は黙って私に着いて来なさーい」

「……」

 飄々と言う聖さまに、返す言葉も見つからず。黙々と聖さまの背中を追う蔦子。溜息ついでに前へと眼を向けると、前方に聖さまと同じく真っ黒な服で歩いている見覚えのあるお顔が。


「紅薔薇さま……?」


 そう。やはり先月卒業なされたばかり、元紅薔薇としてリリアンを率いたその人、水野蓉子さまがそこに居た。

「やっほー、蓉子。卒業式ぶり」

 聖さまも気付いたのか、手を振り上げながら声を掛けると、蓉子さまはこちらを振り返った。どこか困惑気味な表情だったが、聖さまを見つけると少し安心したような表情。そのまま聖さまに挨拶を返した。

「ごきげんよう、聖……って、リリアンはもう卒業したんだったわね。なかなか癖が抜けなくて困るわ」

「特に蓉子は真面目チャンだからねー」

「何よ、もう」

 そう言ってカラカラと笑う蓉子さまは先月までとは打って変わって気さくな感じで、何だか意外だと蔦子は思う。学園に居た頃はもっとお嬢様オーラというか、完璧超人然とした雰囲気を常に漂わせていたものだが、今ではその様子もなりを潜めているようだ。こっちが素なのだろうか。
 
 蔦子は取り留めもなくそんなこと考えていると、蓉子さまは聖さまの少し後ろの方に居た蔦子に気付いたのか、意外そうな表情を浮かべた。

「あら、蔦子ちゃんじゃない。どうも、ごきげんよう」

 と蔦子に挨拶した。 

「ごきげんよう、蓉子さま。聖さまとはさっき駅前で偶然お会いしまして。今日はお祭りとやらがあるので、一緒に行かないか、と」

「誘われたわけね。なるほど、納得したわ」

 私も江利子に誘われたのよ、とそう付け加えて頷いた蓉子さまは笑みを浮かべた。
 
 




 聖さまがずんずんと先頭を歩き、二人がその後ろを着いて行き、道中を進む。ふと蔦子は視線を感じて顔を上げると、隣の蓉子さまが先程の聖さまと同じように、私の服を下から上まで視線をエレベータさせていた。
 
 さっきから何なんだろう。蔦子が理由を聞こうか考えあぐねていると、蓉子さまと眼が合った。

 蓉子さまは私の視線に気付いたようだ。ごめんなさいね、と呟いた後、前に居た聖さまの隣に並んだ。

「……聖。蔦子ちゃんの上着、黒い服じゃないのだけれど、大丈夫なの?江利子は確か……」

「さっきそこで買ってきたからだいじょーぶ、安心しなって」

「それなら良いのだけれど……」

 そう言って蓉子さまは軽く眉間に皺を寄せて視線を地面へと向ける。何やら考え事をしているご様子。そして溜息を一つ、顔を上げると聖さまの方を振り向いた。

「聖。ひとつ聞きたいのだけれど……」

「何で黒い服を着るのかって?さぁ、行けばわかるんじゃない?お祭りって言ってたからには、お葬式とかでは無い事は確かだけど」

「……出かける時母にはお葬式にでも行くの、って聞かれたわ」

 そう言って、肩を回す仕草をする蓉子さま。そんな仕草でさえ絵になっていて、蔦子はカメラを向けていなかったことを少し悔やんだ。

「……それにしても、何か不安なのよ。まず江利子から誘ってきたという時点で、何か一悶着あるとは踏んでいるのだけれど」

「まあ、あの江利子の事だから。まともなことじゃまず無い筈だしね、でもま、気にするだけ心の無駄遣いってもんだよ」

 その言葉を聞いた蓉子さまは、そうよね、と軽く溜息を吐いた。蔦子はその姿を写真に納めようとファインダーを覗きこむと、何故か視界は真っ黒で。



「悪いけど、写真は本番までとっといてね」



 カメラのレンズに手を当てた聖さまにそう言われ、蔦子は渋々カメラを降ろしたのだった。






 既に正午近い時刻。聖さま曰く待ち合わせ場所だという建物の前に着くと、今回の元薔薇さま集会の原因だと思われる、その人。



「ごきげんよう、3人とも」



 元、黄薔薇さま。鳥居江利子さまがやはり全身真っ黒な服に身を包み、扉の前でずんと仁王立ちしていた。卒業しても相変わらずのその気怠げなその瞳。しかし今は少々ご機嫌な様子で、余程これから行われるお祭りとやらが楽しみなのだろう。

 珍しい。蔦子はそんなことを思った後、カメラが使えない今の状況を嘆いた。ああ、これじゃ生殺しじゃない。

「ごきげんよう、江利子。今回はお招き頂きありがとね」

「ごきげんよう。江利子、リリアンはもう卒業したのだからその挨拶はそろそろ直さないとね」

 二人が口々にそう返事すると、江利子は満足気に頷いた。そしてそのままその視線を蔦子に向ける。

「蔦子ちゃんも来たのね。……このお祭りの事、ご存知だったのかしら?」

「いえ、たまたま聖さまに駅前でばったりと会いまして。そのまま誘われて来たのですが」

「なるほど、わかったわ」

 そう言った江利子さまは、やはりと言うべきか、蔦子の服装へと視線を上下させる。ちなみに蔦子は聖さまに言われ、さっき買ったばかりの真っ黒な上着を着て、全身黒に包まれている。ちなみに元着ていた服は折り畳まれて袋の中。

 全身真っ黒の3人組、しかも内二人が相当な美女とだけあって、道中周囲の視線に蔦子は辟易とした。前に居た二人は慣れっこなのかっ開き直りなのか、あまり気になさっていない様子だったけど。

「参加資格は十分ね。聖、あっちの確認は?」

「二人ともオッケ。居ないってさ」

「そう。準備万端ね」
 
 そう呟くと、江利子さまはくるりと振り返り、行くわよ、とだけ呟いて建物の中へ入っていった。聖さまが後に続いて、蔦子と蓉子さまは怪訝そうな顔同士で見合わせた後、中に足を踏み入れた。

 建物は小さめのホールで、入り口にはマイナーな演歌歌手や落語家の公演ポスターが貼られている。自動ドアをくぐると、先に行っていた二人が少し奥にある階段を下っていくのが見えた。

「ちょっと早いわよ、江利子、聖」

 蓉子さまはそう行って駆け足で二人の後を追いかける。蔦子もそれに続く。

 階段を下り、B2と表示された階で廊下へと移動する。少し長めの廊下は先の方になるに連れて照明が暗くなっていて、何とも不気味な雰囲気を醸し出している。

 そして二人は、廊下の突き当たりの部屋の前で立ち止まっている江利子と聖に追いついた。その部屋の扉には何やらポスターが張ってある。江利子さまは面白いわ、と呟きながら、聖さまはひゅー、と口笛を吹いて、ポスターを眺めている。蔦子もそれに倣ってポスターに目を移す。



「ブラック・デイ・パーティ……?」



 そこに書かれている文字に、穏やかじゃないな、と蔦子は思った。黒地のポスターに赤字で書かれたそれは、なんともバイオレンスで。

「ちょっと、江利子、聖。何なの、これ……?」

 と、蓉子さまが不安を口にしてしまうのも無理はないだろう。実際カメラを握る蔦子の手にもいささか緊張の汗が滲んでいた。

 しかし江利子さまはそんな不安げな二人の様子など気にも止めずに、扉を開けると何の躊躇いもなしに中へと入っていった。聖さまも、心配要らないよ、と二人に言うと同じく扉の中へとひょいっと吸い込まれていった。

 蓉子さまと蔦子。少しの逡巡の後、お互い緊張した顔を見合わせる。そして蓉子さまの行くわよ、という合図に頷きで返すと、二人は同時に扉を見据えた。

「……行きましょうか」

「……はい」

 覚悟を決めると、二人は部屋の中へと足を踏み込んでいった。ここまで来たのだから、後はもうどうにでもなれだ。


 

■ 

 部屋の中は、何とも物々しい雰囲気に包まれていた。意外と広いその部屋には20〜30人ぐらいの人が、均等に並ぶ4人掛けの丸テーブルにそれぞれ座っている。暗くて確証は持てないが、恐らく皆黒い服を身に纏っていると思われる。偶にひそひそと抑え気味の声で話す人は居るものの、辺りは重い沈黙に包まれていた。

 扉のすぐ側から受け付けらしき人がぬっと現れたのには驚いたが、承っております、どうぞ、とだけ呟くとその人は扉の横に戻り、ずっと目を伏せ暗い表情を浮かべていた。何だかその人からは凄い悲壮感が漂っていて、思わず蔦子は一歩後ずさった。

 二人が会場に足を踏み入れると、新たな来場者に気付いたのか周囲の人が二人に目を向ける。暗めの照明の中、向けられる無数の視線。そしてざわ……と、会場がひそひそ声で満たされる。何やら、かわいそうに、とか。勿体無い、とか。そんな感じの呟きが聞こえてくる。
 
 よく祐巳さんから肝が太いと評される蔦子であっても、今の状況に恐怖を感じていた。ていうか誰でもビビると思う、これ。

 蔦子の考えを肯定するように、雰囲気に耐え切れなかったのか蓉子さまがおろおろと辺りを見回すと、テーブルに座ってこっちに手を振る聖さまが見えた。二人は慌ててテーブルの間を抜けて、悠々とテーブルに座っている聖と江利子のもとへと駆け寄る。

「ちょっと、何なのこれは。何か本格的に危なさそうな雰囲気を感じるのだけれど、気のせいじゃ無いわよね」

 とりあえず椅子に座った後、蓉子さまが落ち着かない声で二人に問いかけた。

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。もう少しで始まるだろうし、そうなったら嫌でもわかるわ」

 江利子さまはそう軽く蓉子さまを嗜めた。さっきよりもその瞳を愉悦に細めて、この状況を楽しんでいるようである。流石というか、何と言うか。

「嫌でもって……何が起こるのよ、ちょっと、江利子」

「しっ。もう始まるみたいだよ」

 聖さまがそう制止すると、急に部屋の中央がライトで照らされた。そしてその中心には、やはり全身黒尽くめ。黒いマントをつけ、シルクハットを深めに被り顔を隠した、何とも怪しげな人物が佇んでいた。

 そして腰を曲げ仰々しく挨拶すると、その口を開いた。



「レディース&ジェントルメン。孤独な紳士淑女達よ、今宵もこの時がやってきた」



 良く通るが胡散臭い声がマイク越しに会場に響く。どうやらその人はこの怪しげなお祭りの司会者であるらしい。 



「奇しくも3年連続このパーティの司会を務める事となってしまった私を、あなた達は笑うだろうか?いや、笑えないだろう。何故なら、この会場に来ている者は、皆同志なのだから」



 暗闇の中からまばらな拍手が起こる。江利子さまと聖さまもそれに倣い拍手しているようだ。蓉子さまは状況が掴めないのか周りをきょろきょろと見渡している。蔦子はとりあえず静観して現状維持に努める。

 中央の人物は適当なステップを刻んで踊りながら、酔っているかのように演説を続けている。そして一瞬照明が消え、辺りが完全な暗闇に包まれたその瞬間。



「さぁ……始めようか。今宵の、ブラック・デイをォ!!」



 一際大きな司会者の叫びが響くと同時、会場に急に照明が灯される。突然目を襲う強い光に、蔦子は視界を奪われる。と同時に、目の前でカチャン、と何かが置かれるような音。

 眩しさに耐えて目を開くと、そこに置かれていたのは。

「料理……?」

「何かの麺……かしらこれは。嫌に黒いのが気になるけど……」

 目の前にはひとつの皿とフォークと、それにおしぼりとナプキン、水の入ったコップ。中央の割り箸の入った筒を覗けば、どうみてもただの洋風形式の食事セットが置かれていた。若干底が深い皿の上には黒いソースが掛けられた麺料理らしきものが乗っている。

 テーブルの横にはいつの間に待機していたのか、やはり黒の衣装(ゴスロリ、というやつだろうか)に身を包んだ人が、料理と食器を乗せたワゴンを押して、各テーブルを回り料理を置いて回っている。どうやら、この場においてのウェイトレスにあたる役目をしているようだ。

 全部のテーブルに料理が置かれると、その漆黒のウェイトレスたちは会場の奥の通路へと消え、かと思うとすぐさま戻ってきて端の方のテーブルに腰掛けた。

 中央に居た司会はそれを確認するとその顔を覆っていたシルクハットを取った。中身は意外にも純朴そうな青年で、そのギャップに蔦子が驚いていると、その人は笑みを浮かべつつ口を開いた。



「と、余興はこれぐらいにして。皆さん、今日はこのパーティにご来場下さりありがとうございます。今日は日頃の鬱憤を晴らすため、おいしい料理をご用意させていただきました。これで元気をつけて、明日からまた、脱・独り身へ向けて頑張りましょう!」



 会場が盛大な拍手に包まれる。先程までの重苦しい空気など露とも残っていない。

 そして皆カチャカチャと音を立て食事を始めた。見てみるとどのテーブルも和やかなムードで談笑しつつ、料理を楽しんでいるようだ。

 蓉子さまは目を白黒させ、口はだらしなく開かれていて、は?と時折よくわからない声が漏れるばかりで、ひたすら呆然としている様子だった。もちろん、そういう蔦子も大して変わらないのだが。
 
 あまりの雰囲気の落差に全く着いていけていない二人を、江利子はいたく満足気にうふふと微笑み、と聖は腹を抱えて笑っていた。そうしてひとしきり二人の様子を楽しんだあと、江利子さまはネタバラシを始めた。



「つまりね、こういうこと」






 江利子さまの説明によると、本日4月14日お隣の国韓国では、バレンタインデイ、ホワイトデイにちなみ、ブラックデイなるものが開催される習慣があるらしい。何でも、その二日に全くチョコを貰えず渡さず、寂しく独り身でいる人達が鬱憤を晴らすため、黒い服を着て、チャジャンミョンという黒味噌をかかった麺を食べるという、後ろ向きなのか前向きなのかよくわからない行事なんだそうだ。
 それを知った日本人がこっちでも開催しようと始めたのがこのパーティで、江利子さまは偶々友達づてにそれを知り、面白そうだから、ということで二人を誘ったというのが事の次第らしい。

 ちなみに参加条件は、上下黒い服を着ることと、恋人が居ないこと。

「なんだ、そういうことだったの。早く言ってくれれば……って、江利子の性格なら言う筈ないわよね」

 蓉子さまは説明を受けて落ち着いたのか、溜息をつきながらコップの水を口に運んでいる。

「そうそう。私は話貰った時点で内容分かってたから、じゃあ一緒に蓉子弄ろうか、という方向で固まって」

「それが今回の目的だったってわけ。まあ私の場合、あの人が居るんだけど、来年にはもう来れなくなるように、ていう願掛けも兼ねてね。うふふ」

 そう言って江利子さまは底の見えない笑みを浮かべる。この人がそう言うと、嘘も本当になってしまいそうな気がして、何となく空恐ろしい。花寺の教師だったかしら、確か。ご愁傷様、と心の中で合掌しておく。
 
「というわけで、どう?ご理解頂けたかしら?」

「はぁ……はいはい、ご理解頂きましたわよ」

 江利子さまのその言葉に更に気が抜けたのか、蓉子さまは椅子にどっしりと腰掛けた。蔦子の緊張もとっくに解けていて、今はおしぼりで手を拭いているところ。

「蔦子ちゃんが来たのは、流石に予想外だったわね。まあ、なかなか楽しい反応見させて貰ったわ。役得、役得」

 そう言って、江利子さまはうふふ、と余程嬉しいのか堪えきれないらしい笑みをはみ出させていた。この人、卒業しても全然変わってない。蔦子の口から溜息が漏れた。

「それはそうと、冷めない内に食べちゃおうよ。おいしいらしいよ、これ」

 と言って、聖さまがフォークでそれを指差す。確か、チョジャンミンと言ったか。要するにジャージャー麺に近い料理らしい。

「何でも、この日のために有名な中華料理店の料理長一日雇って、貸し切り状態で作らせてるらしいわよ。うふふ、大した徹底振りね」

「そうなの?……まあ、お腹もすいたことだしね。頂こうかしら……」

 と、蓉子さまが手を合わせ、料理を口にするべくおしぼりに手を伸ばす。と同時、聖さまが右手で右耳を触る。それを見た蔦子は、カメラの準備を始める。第一段階、解除の合図だ。

 次に蓉子さまは手を合わせて、いただきます、と行儀良く食事前の挨拶を行う。きちんとやる所が、何とも蓉子さまらしいと蔦子は思う。もちろん、その間にも聖さまの合図は続いており、胸の前で十字を切るような仕草をする。これが、第二段階。カメラを両手に持ち替え、いつでもシャッターが切れるように備える。
 
 そして、蓉子さまはフォークに手を伸ばし、その麺をスパゲティのようにぐるぐると巻いて、それを口に運ぶ――その瞬間。


 聖さまが右手を銃の形にして、パーン、と発砲するような動作。


 来た。この瞬間を、ずっと待ってたのだ。その合図が示す意味、それは、カメラ完全解禁――

 蔦子の眼鏡がキラリと光った。


「きゃっ、何これ。やたらと跳ねるわね、この味噌」

「カレーうどんみたいね。どうしても跳ねちゃうから、汚れても良いようにって、黒い服着てくるらしいわよ」

「ああ、なるほどね……って、蔦子ちゃん?何カメラ構えて――」



「不覚にも口元をソースで黒く汚した水野蓉子さまテイクピクチャー!!」



「なぁっ!!」

 驚く蓉子に構わず、蔦子はここぞとばかりにシャッターを切りまくる。この数時間、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかの如く。
 

 ――そう、今の私はただ写真を取るための存在、檻から放たれたケモノ、何者も私を止めることは出来ない――

 
 その端では二人の様子を見た聖さまが大口を開け仰け反って大笑い、仰け反りすぎて椅子が倒れそうになり。江利子さまは腹筋が崩壊を始め、江利子大震災が発生し、局地的大被害に襲われている。


 ――そうしてその日の蔦子のフィルムには、口元を味噌でべとべとに汚してはしゃぐ元三薔薇さま達という、「すっごい」写真が刻まれることとなったわけであった。



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