あったかい缶を、よーく振って、開ける。
口をつけ傾けると、ちょっとゆるい『あんこ』が口を満たす。
なんとなく、すぐに飲み込むのは勿体無い気がして、口に含んだまま、しばしその甘さを堪能する。
あー
おいしいなぁ
やっぱり、甘いものっていいよなぁ
「幸せそうね」
志摩子さんが微笑みながら言う。気がつけば、皆が私を見ていた。
「あ、うん。聖さまからの差し入れなんだけど」
「祐巳さんだけ?」
由乃さんは私の分は無いのかしらと無心する。
「うーん。私には理解できなかったんだけど、聖さま曰く、祐巳ちゃんがコレを飲む事が皆への差し入れ、だそうです」
「・・・確かにね、祐巳さんの顔みてたら、なんか和むし」
「違いないわ」
笑顔を交わす由乃さんと志摩子さん。どうやら聖さまの考えは正しかったらしい。
「でも、お汁粉って美味しいの?私、飲んだことない」
「え?由乃さん飲んだ事ないの?」
私にとっては日常的な飲み物なので、ちょっとびっくり。
「飲んでみる?」
お汁粉の缶をテーブルに置くと、
皆の目の色が変わった。
「・・・いいの?」
由乃さんが頬を紅くして缶に手を伸ばすと、
「お待ち下さい」
瞳子が横合いから缶をひったくる。
「まずは、妹である私からが筋かと」
缶を口元にゆっくり近づけつつ、小さく、カンセツカンセツと呟く瞳子。関節?サブミッション?
「お待ちなさい」
瞳子が口をつける間際、志摩子さんの手が瞳子の手首を鷲づかみにする。瞳子の手首からミシミシと聞こえるのは、いったい何の音だろう。
「私も頂きたいの、公平にジャンケンで順番を決めましょう?」
ニコニコ笑う志摩子さん、あれ?笑ってるん、だよね、それ。
結局、瞳子・由乃さん・志摩子さんでジャンケンの結果、志摩子さんが勝ちました。乃梨子ちゃんは「私は別に、飲んだ事ありますし」だそうです。
缶を手に取り、うっとりと見つめる志摩子さん。・・・何で?
缶に口をつけると顔が真っ赤になった。由乃さんは舌打ち、瞳子は志摩子さんを睨んで、乃梨子ちゃんは私を睨んでる。恐いよ乃梨子ちゃん。私、何かした?
「ごちそうさま」
志摩子さんが缶を置く。頬を薔薇色に染めて、なんかふわふわしてる。
私は缶を手に取り、振ってみる。
「まだ、残ってるけれど?」
飲む?と瞳子と由乃さんに、目で問い掛ける。
「うーん、微妙ね。祐巳さん分薄まってるし、むしろ志摩子さん分のほうが強いし・・・」
えーと由乃さん、なんの話?
「ならば、私が」
瞳子が缶を手にとり口元にもっていくと、
「ちょっと待ったぁっ!」
瞳子の手を鷲づかみにした乃梨子ちゃんが口を開く。
「えーと、あの、実は飲んだ事なくてですね」
「・・・乃梨子」
可愛そうなモノを見る目で呟く瞳子。由乃さんはテーブルを叩いて大爆笑だ。・・・ねぇ何で?
ジャンケン、そして由乃さん勝利。
「うーん、まぁ、これはこれで」
ごちそうさまでした、と由乃さん。ちらちらと私を見ては顔を赤くする由乃さん。何だろう?と微笑み返すと、真っ赤になって下を向いてしまった。
「次!次は私の番ですわ!」
瞳子が乃梨子ちゃんを威嚇する、が、
「あー、いいよ、別に」
「へ?」
「もう、ね。なんか価値が無いっていうか・・・」
遠い目をする乃梨子ちゃん。あれ?飲んだ事ないから飲みたいって言ってたのにね。
じゃあ瞳子が飲むのかな、と横を見ると、瞳子は由乃さんをじっと見ている。缶は由乃さんが持ったままだ。
「ふっふっふっ。瞳子ちゃーん?」
にやん、と笑う由乃さん。そして缶を高く掲げる。
「これ、欲しい?でーも残念、飲みきっちゃいましたー」
ぐはっ、と血を吐き倒れる瞳子。って瞳子!瞳子ー!!
空き缶には用はないよねーと、ゴミ箱に缶を捨てる由乃さん。瞳子は倒れた伏したままカンセツと呟いていた。・・・プロレス、好きなんだね瞳子。今度のデートはプロレス観戦にしようね。
帰り道、なんとなく落ち込んでいる瞳子に聞いてみる。
「そんなに飲みたかったの?お汁粉」
「・・・別に」
んー、元気ないなぁ。
「ねぇ、瞳子。缶のお汁粉ってね、飲むのむずかしいんだよ」
「はぁ」
怪訝そうにこちらを見る瞳子。
「こう、ね、口元についちゃうんだよね。で、忘れた頃に唇を舐めると甘いという」
「それが、何か?」
「甘いのだけでも味わってもらおうかと思ってさ」
瞳子に逃げる隙を与えず、私は、その甘い残滓を瞳子の唇に移す。
その見返りに、私の唇は瞳子の唇に残ったダージリンの残滓を貰う。
「間接じゃなくてごめんだけど」
「・・・いえ、こちらのほうがずっといいです」
そっと、差し出された手を繋ぎ、私達はバス停に向かう。ゆっくりと、ゆっくりと。
少しでも永く、瞳子を感じていたいから。
少しでも永く、この甘い、甘い残滓に浸っていたいから。