【2502】 想いは募る  (沙耶 2008-01-20 02:36:06)


【No:2486】→【No:2493】→これ

「祥子は、本当にここにいるの?」
祐巳はノックの為に突き出した拳を一旦下ろし、蔦子に声をかけた。
「教室にはいなかったし。山百合会の幹部の方達は、学園祭の準備で連日薔薇の館に集まっているていう話よ」
そういいながら、蔦子は祐巳を再び扉の方に向き直らせた。
目が、早く行けと訴えている。
祐巳としては明日でも別に良かったのだが、蔦子は明日まで我慢出来ないらしく、ここまで引っ張ってこられた。
「そう。連日きているんだ……」
朝、祥子が言っていた寄るところって此処の事だったんだ。

祐巳と蔦子が館の前で話していると、突然2人の背後から声が聞こえた。
「山百合会に、何かご用?」
「はっ!?」
祐巳と蔦子は、バネ仕掛けのように振り返った。
「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら」
そこに立っていたのは天使だった。
……って言うのは冗談で、確かクラスメートの…
「志摩子さん!!」
そう、藤堂志摩子。幼い頃から祥子や瞳子を見ていた祐巳でさえ、一瞬本物の天使かと見間違える程の美少女である。
「ねえ、どうして志摩子がここにいるの?」
祐巳が疑問を口にすると、なぜか蔦子が説明する。
「ああ、志摩子さんは白薔薇さまの妹になって、白薔薇の蕾になったのよ。だからここにいるのは当然ってワケね」
ナルホド。『姉妹』の事は、瞳子に聞いている。日本の生徒会が世襲制だったとは驚いた。
「祐巳さんと私、紅薔薇の蕾にお話があって。志摩子さん、取り次いでいただけないかしら」
蔦子はちょうどいいとばかりに志摩子に取り次ぎを頼む
「あら、そういうことだったら、お入りになったら?祥子さまは多分二階にいらっしゃると思うし」
志摩子はやわらかな巻き毛を揺らしながら、扉を開けて二人に手招きをした。

中に一歩踏み込むと、そこは不思議な空間が広がっていた。
『ボロっ』
思わず本音がでる。
「どうかして?」
幸いな事に突差にでたのがフランス語だった為、二人にはわからなかったらしい。
祐巳は何でもない。と声を出さずに伝えると階段を見上げた。
いったい、いつの時代に建てられたものなのだろう。リリアンの高等部校舎だって決して新しいものではなかったけれど、少なくともこんな風に階段がギシギシ音をたてたりはしなかった。
階段を上りきると、右手にビスケットのような扉が現れた。先頭の志摩子に続いて扉の側までやってくると、中から突然耳をつんざくような声が聞こえてきた。

「だからって、どうして私がそれをしなければならないのですか!」
扉越しだから、これはそうとう大きな声だ。
ん?この声は…
再び同じ声が叫んだ。
「横暴ですわ!お姉さま方の意地悪!」 聞き覚えのあるこの叫び声。
「良かった。祥子さまいらっしゃるみたい」
志摩子さんはドアノブに手をかけた。
「えっ」
「やっぱり!祥子の声だわ!」
祐巳は嬉しくなった。約二年会えなかったけれど、祥子はやっぱり祥子なのだ。相手が誰であろうと言いたい事はきちんと言うし、時には癇癪も起こす。それでこそ祐巳の大好きな祥子なのだ。
だが蔦子は違ったらしい。先程の大声にびっくりしている。
それに対して志摩子さんは「いつものことよ」と微笑してから、ノックもせずにゆっくりと扉を開けた。
と、その瞬間。
「わかりました。そうまでおっしゃるなら、ここに連れてくればいいのでしょう!ええ、今すぐ連れてまいります!」
という捨てぜりふともいえる言葉とともに、一人の生徒が勢いよく部屋から弾き出されてきた。

内側からドアノブに手をかけたところで、廊下側から扉を開かれてしまったため起きた不幸な事故だった。


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