【No:2486】→【No:2493】→【No:2502】→これ
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「どうぞ」
湯気の立ち上がる赤い液体が白いカップに七分目ほど注がれ、目の前に置かれた。これは、紅茶という飲み物だ。
「ミルクとお砂糖は?」
背の低い、お下げ髪の少女が籠に入ったスティック状の物を差し出した。
「いえ、結構です。」
断ってから、祐巳はボンヤリと考えていた。
この状態は何なんだろう。
あの時、扉から飛び出してきた祥子を祐巳は受け止めた。
カナダではアイスホッケーのチームに入っていたので、あれぐらいの衝撃ではびくともしない。
祐巳に気がついた祥子は、何故だかにっこりと笑い扉の中に戻っていったのである。
そして今、祐巳は紅茶を頂きながら向かいに座る三人の生徒に興味深そうに観察されていた。
「さて、そろそろ説明して頂けないかしら?」
祥子の真向かいに座る、ボブカットの生徒が話しかけてきた。
祐巳は誰が誰だかわからなかった。
それに気がついた志摩子が
「あの、祐巳さんは今日転入してきたばかりなんです。」
「あら、そうなの。ではまずは自己紹介からね。私は祥子の姉で紅薔薇さまの水野蓉子です。」
「白薔薇さまの佐藤聖。志摩子の姉よ」
「黄薔薇さまの鳥居江利子よ。そっちの背の高い子が私の妹で支倉令。おさげの子がその妹の島津由乃ちゃん」
「あ、一年桃組三十五番。福沢祐巳です」
祐巳はみんなに向かって頭を下げる。
「なるほど、フクザワユミさん。漢字でどう書くの?」
困った。流石に自分の名前くらい漢字で書けるけれど、口で説明なんて出来ない。祥子に視線を送ると、ため息をつきながら
「福沢諭吉の福沢、しめすへんに右を書いて祐、それに巳年の巳ですわ」
「めでたそうで、いいお名前」
「あら?もしかしてカナダからの転入生って祐巳ちゃん?」
「そうです」
「ああ、先生が言っていた。編入試験ほぼ満点だったのに……」
黄薔薇さまが嬉々として話しかけてくる。
何故知っているんだろう…ああ、それ以上は祥子が怖いから言わないで欲しい。 そんな願いが通じる訳もなく…
「答えをほとんど平仮名で書いて半分近く点数を落としたって?」
その瞬間、薔薇の館が驚きと笑いに包まれた。
恐る恐る祥子を見ると、美しい顔の眉間に皺をよせている。
『あれだけ教えたのに…私が行かなかった二年、ちゃんと勉強していたの?』
怒った祥子は恐ろしい。
『いや…あのね?勉強はしていたんだよ?だけど漢字って形が複雑って言うか…えっと読むのは全然問題ないしっ』
必死に言い訳する。
『はぁ…私が小等部の頃に使っていた教科書上げるから、勉強しなさい!!』
うう…実はリリアンの小等部の教科書なら持ってるんだよね。瞳子に同じ事を言われて。
もっと怒られそうだから言わないけど。 「あ〜祥子?話を進めていいかしら?祥子と祐巳ちゃんは知り合いなのね?」
いけない。いまの状況を忘れる所だった。
みんながびっくりした目で2人を見ている。
「すいませんお姉さま。私の親戚がカナダに別荘を持っていて、祐巳はそちらの近所に住んでいたんです」
別荘と聞いてみんなが目を白黒させている。
祐巳の住んでいた所は別荘地の近くだったので、日本人は皆別荘を持っていると思っていたのだが。
「ああ、それでフランス語。『祐巳ちゃん英語は?』」
江利子が話しかけてきた。
『日本語よりは』
『ふむ。何か困った事があったら相談にのるよ。ただし、フランス語は勘弁ね』
『先生にも頼まれているから、遠慮せずにいらっしゃい』
聖と蓉子も英語で喋りかけてくる。
『ありがとうございます』
みんな英語は達者らしい。流石は生徒会の人間だ。
「さて、そろそろ本当に本題に戻るわよ」
どうやら話が逸れすぎていたらしい。もう随分と時間もたっていたようだ。
祥子が静かに語り始める。
「先程の約束を果たさせていただきます」
「約束?」
蓉子が聞き返した。
「妹を作れば文句はないのでしょう?ですから私、祐巳を妹にします」
祥子は、祐巳の肩を抱いてどうだとばかりに前面に押し出した。
『ちょ…ちょっと祥子、どういうこと?』『祐巳は黙ってなさい』
「さっきの話」の内容を知らない祐巳には、何のことだかさっぱりわからない。祥子は説明してくれないし。
蔦子や志摩子に助けを求めてみたものの、首を横に振られてしまった。
「それって。もしかしてドアを出る直前に喚いてた捨て台詞?」
三人の薔薇さまたちは、探るように祥子をみた。
「もちろん」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ、祥子はそのまま流暢に、祐巳の度肝を抜くような言葉を発した。
私は、いまここに、福沢祐巳を妹とすることを宣言いたします、と。