【No:2486】→【No:2493】→【No:2502】→【No:2508】→これ
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祐巳が目を白黒させている間にも、話はどんどん進んでいく。
「あら、いいじゃない。もうロザリオはあげたの?」
よくないでしょう。
「まだです。ご希望ならば皆様方の前で、儀式をしてもかまいませんけれど?」
いや、わたしが構うから。
「それもいいわね」
ちょっと待って。
みんな祥子を止めなくていいの?
そもそも話が全然見えない。
「どうしたの祐巳ちゃん、何か言いたげ」
ようやく聖が祐巳の様子に気がついた。
「今ここで儀式を行うことに、何か不満があるのかしら」
「あ、二人きりのほうがいいとか?」
「案外ロマンチストなのね」
いや、そういうことじゃない。
もっと他にあるでしょう…
そこで、ようやく驚きから自力解凍した蔦子が「はい」と挙手をした。
(ああ、蔦子もいたんだっけ)すっかりその存在を忘れていた祐巳だった。
「何かしら、武嶋蔦子さん」
「お見知り置きとは、光栄です。白薔薇さま」
「勿論、あなたのこと知らない生徒はいなくてよ。有名人ですもの」
蔦子…どんだけ?――祐巳は心の中でつぶやいた。
「恐れ入ります」
蔦子は眼鏡の位置を直してから、続けた。
「部外者と片付けられればそれまでなのですけれど、それでもこの場に同席をお許しいただけた者として一言よろしいでしょうか」
「もちろん?」
「私には、話が全然見えません。と言うよりもですね。祐巳さんと紅薔薇の蕾が姉妹になる、と言うのはまぁ良いとして、それが「先ほどの話」とやらにどう関係して入るのかが全く見えないのですが」
よくぞ聞いてくれました!忘れてごめんね蔦子。
「その通りね。説明なしでは失礼だわ」
江利子がうなずくと、祥子が慌てて立ち上がった。
「説明なんて必要ないわ。私が妹を決めた、それだけのことなのだから。今日はもう解散」
「何勝手なこと言っているの。解散したけりゃ、一人で帰りなさい。」
蓉子の言葉に祥子は仕方なく着席した。 そこで漸く事の次第を説明される。
曰わく、学園祭で山百合会による劇を上演すること。
祥子はその主役に抜擢されたらしい。
ここまでは良かったのだが、祥子は相手が不満らしい。
今年は花寺の生徒会長がゲストで参加するらしいのだが…
「私が納得できないのは、今になって配役を替えるということです。学園祭まであと二週間というのに」
祥子が蓉子に噛みつく
「だから、王子は最初から花寺の生徒会長に決まっていたの」
「嘘です。昨日の本読みまで、令が王子の台詞を言っていたではありませんか」
するとそこで、
「あ、私は初めから代役って聞いていたけど」
電気ポットの蒸気ごしに、令は手を挙げた。
「ほら、見てみなさい。祥子以外はみんな知っていたわよ。」
「私のいないところでお決めになったのね」
形勢が不利になってきた祥子は歯軋りをした。
「何言っているの。内緒で会議を開いたりしないわよ。…あ、でも祥子は何度か話し合いをサボった事があったわね。もしかしたらその時に、決まったのかも知れない。だとしたら自業自得じゃない?男嫌いも程々にしないと、こんな目にあうのよ」
男嫌い?そんな話は聞いた事がない。現に二年前だって祐巳の友達と普通に話していた。
あ、でも祥子のパパはカナダに来たこと無かったっけ。祥子もパパの話題はいつもはぐらかしていた。
いや、でも…
ぼんやりと考えていた時、何やら視線を感じたので顔を上げると、聖が顎を突き出し目を細めて笑っていた。
『面白いね』
『は?』
『百面相していたわよ』
『えっ!?』
祐巳は慌てて顔を押さえた。しかしもう遅い。
『意外性があって、なかなかよろしい』
それって。
絶対誉め言葉じゃない事は確かだ。聖の笑いを押し殺している顔が全てを物語っている。
「えー。しかしなぜ、祥子さまが主役に難色を示したことと、祐巳さんと姉妹になることが繋がるのでしょうか。プレートには会議中とありましたが、それは主役交代の話し合いだったのですか?」
蔦子はマイペースに質問を続けた。
「最初は確かに会議だったのよね」
「議題の大半は、簡単に決定するものだったから、スムーズに進んだのだけれど」
「最後に回した我々の劇の打ち合わせ中に、祥子がごねたものでね」
「黙らせようとして、ちょっと痛いところを突っついてみたら、爆発しちゃったの。祥子って外面がいいから人気があるんだけど、気性が激しくて手が付けられないの」
薔薇さま方は淡々と語った。よく分かります。
「ちょっとですって!?あれは、ちょっと突っつくなんて代物ではありませんでしたわ!ずしりと、私の心臓にめり込みました」
祐巳のこめかみに、たらりと汗がつたった。
おかげさまで、話がずいぶん見えてきた。負けず嫌いの祥子の事だ、そこまで言われて黙っているはずがない。売り言葉に買い言葉。それで先ほどの「今すぐ連れてまいります!」…なわけだ。
なんだかばかばかしくなってきた。
「ま…そういうわけで、祥子が連れてきたのが祐巳ちゃんって訳ね。まぁあんなに直ぐに連れてくるとは驚いたけれど。」
蓉子は微笑しながら続けた。
「ただし―シンデレラの降板までも認めたわけではないわよ。その辺、忘れないでね」
「約束は!?」
ふふん、と蓉子は鼻で笑った。
「それはあなたが勝手に喚いていただけでしょう?妹のいない人間に発言権はない、とは確かに言った。だから今後はご自由にどうぞ発言して頂戴」
「じゃあ、役を降ろして下さい」
「だめ」
「なぜです」
「男嫌いは役を降りざるを得ないほど重大な理由にはなり得ないわ。ただ『嫌』と言うのをいちいち認めていたら、世の中回って行かないの。そういうの我が儘っていうの」
そう言って蓉子は自らの手を頬に当て、わざとらしく大きなため息をついた。
「帰ります」
祥子はすっくと椅子を立ち上がった。
「待って」
蓉子は座ったままで、自分が打ちのめした妹を見上げて言った。
「祐巳ちゃんはどうするの?」
「え?」
「姉妹を結ぶんでしょう?それとも、降板が無理だったからって、姉妹になるのも止める気?」
明らかに楽しんでいる。
「もちろん―」
そのまま止める、と言ってくれるのを期待していた。
だが。
「もちろん、祐巳は私の妹ですわ。ああ、そういえば儀式が途中でしたわね」
そう言って祥子は胸元のポケットからロザリオを取り出した。
『動かないで、祐巳』
祥子が命じる。
祐巳が展開についていけずオロオロしていると、
「お待ちになって」
志摩子が叫んだ。
「先程から、祐巳さん何か言いたげです。祐巳さんのお気持ちも聞かなければならないのではないでしょうか」
ナイス志摩子!
「なるほど。確かに祐巳ちゃんの気持ちも大切ね。だけど…祐巳ちゃん祥子の事大好きでしょう?」
聖が聞いてくる。
祐巳は全員の顔を見渡し、意を決して言った。
「祥子の事は大好きだけど…妹にはなりません」