大学を卒業した私は、とある中小企業のOLをやっていた。
いつも通り定時で、仕事をあがる。
「おつかれさまでした」
「やっと終わったわね。それじゃあ、楽しんできてね」
そう声をかけてくれたのは、先輩の鈴木さん。その言葉に、私はハイ、ありがとうございますと言って、オフィスから飛び出した。
早足で駅へと向かい、タイミングよく滑り込んできた黄色い電車に乗り込む。
こんなにすぐ家に帰りたいと思ったのは久しぶりだ。家には瞳子がいるから。
劇団の千秋楽が先日終わった瞳子は、久しぶりの長い休暇と言うことで昨日からうちに遊びに来ていた。
「ご飯何作ってくれるのかな……」
流れていく車窓をぼんやりと見つめながら、夕ご飯、楽しみにしててくださいね。と出がけにそう言って見送ってくれた瞳子のことを思い出す。
久しぶりの姉妹水入らず。きっと楽しい時間が過ごせるだろう。
自宅近くの駅に着き、近くのスーパーでスパーリングワインを2本買う。嬉しいことがあると買うワイン。チリ産の安いワインだけど、 甘くてお気に入りだ。それと一緒にベイリーズとカルアと牛乳。そして、ロックアイスを買う。これで晩に飲むお酒には困らない。
おつまみにチョコレートやポテトチップを買い込み、停留場で待っているバスに乗り込んだ。
家へ向かうバスは需要が少ないのか、いつもあまり込んでいない。だから、今日も、いつも通り座ることができた。
ここから家の近くの停留場までは約15分。私は目をつぶって、バスが出発するのを待った。
ピンポーン
停車を告げるベルの音で私は目を開けた。
気がつくとバスはとっくの昔に駅の停留所を離れ、次はもう降りるべき停留所だ。
昨日も遅かったし、それなりに仕事も忙しかった。疲れていたのだろう。
バスが次第にゆっくりになり、そして止まった。
早足で、通りを歩き、家へと向かう。久しぶりに瞳子とのんびりできる。それがとても嬉しい。
私は、とんとんと階段を軽やかに駆け上がると、家の扉を開けた。
「瞳子。ただいま……」
扉を開けて、中にいるはずの瞳子にかけた声は尻すぼみになってしまった。
1LDKの部屋は真っ暗だった。
そして立ちこめるかぎなれない匂い。
(この匂い、なに?)
嫌な予感が胸一杯に広がる。
靴を脱ぎ、部屋にあがったところで、ピチャリと音がしてストッキングを通して、じんわりと何かが染みこんできた。
顔をしかめながらも、とりあえず明かりをつけた。
部屋の中に間違いなく瞳子はいた。胸やおなかを包丁で刺され、血まみれになった瞳子が。
おなかの傷からしみ出した血が玄関の方までながれ、私の足をぬらしていた。
「と、瞳子……」
私はそう、声を絞り出そうとして、失敗した。
明かりがついているのに目の前がくらくなる。
どさっと、言う音が遠くから聞こえ、私は意識を失った。
「……さん。祐巳さん」
肩を揺すられて、私は目を覚ました。
「瞳子、瞳子は!?」
「瞳子ちゃん? 今日は用事があって先に家に帰ってるって、祐巳さん、言ってなかったっけ」
「え?」
目の前にリリアンの制服を着た由乃さんが立っていた。
「薔薇の館?」
「何当たり前のこといっているの? もしかして、寝ぼけてる?」
「え? うん。そうかも」
「どうかした?」
「ちょっと嫌な夢見ただけ」
「そう? ならいいんだけど」
私は立ち上がり、流しへと向かう。
嫌な夢を見たせいか。のどがからからだった。
「お茶煎れるけど、由乃さんも何か飲む?」
「お茶? 煎れてくれるのは嬉しいけど、祐巳さんそろそろ時間じゃないの? だから起こしたんだけど」
「え? 時間?」
「祐巳さん。本当に大丈夫? 今日瞳子ちゃんちにお呼ばれしてるんでしょ? バレンタインのお礼とやらで」
「え? ああそうだね。今何時?」
そう言いながら、私は腕時計に目をやる。
「うそ! もうこんな時間!?」
指定の時間に瞳子の家の運転手さんが校門の前に来てくれる約束なのだったのだが、その時間からもう5分も過ぎていた。
「片づけは私がやっておくから」
あわてている私を見て、由乃さんがそう言ってくれた。
「ありがとう」
そう言って、私は机の上に乗っていた筆箱を鞄の中にしまうと、薔薇の館を飛び出した。
今日は楽しかった。今までこんなに二人でゆったりと話す時間はなかった。
本当はもっとお話ししていたかったけれども、夜も遅くなって、おやすみといって、部屋にもどってきた。
すでに深夜2時を回ってる。さすがに眠くなってきた。すぐにでも寝ようと思って、ベッドにはいるとコンコンと遠慮がちに扉をたたく音がした。
「はい。
「私です。入ってもいいですか?」
「瞳子? どうしたの?」
私はなにがあったのだろうと、首を傾げながらドアを開けた。
「えっと、その」
青いパジャマに薄手のピンクのカーデガンを羽織った瞳子は、ドアが開かれても、中に入ってこないで、部屋の前でもじもじとしていた。
改めて瞳子を見ると、後ろ手に枕を隠し持っているに気がついた。
瞳子の家の客室においてあるベッドはセミダブルで、女の子が二人寝るには十分な広さがある。
「瞳子。よかったら一緒に寝てくれない。このベッド広すぎて、一人で寝るのは寂しいのよ」
そう言うと、瞳子は一瞬嬉しそうに顔を輝かせ、すぐにあわてて渋い顔になる。
「一人で寝るのが寂しいなんて、しょうがないお姉さまですわ」
そんなコロコロと表情を変える瞳子がかわいくて、私は思わずクスリと笑ってしまった。
「な、何を笑っているんですか。私は、お姉さまが寂しいと言うから、仕方なくですねぇ」
「はいはい。せっかく来てくれたし、私が寂しいから一緒に寝よ。いつまでも、こんなところで突っ立っていると風邪引いちゃうから、お布団に潜るよ」
そう言いながら、瞳子を部屋に招き入れて、お布団の中に潜り、窓側に寄る。
その横にすぐに部屋の電気を消した瞳子が潜り込んできた。
暗い部屋にカーテンを通してぼんやりと月明かりが差し込む。
もぞもぞと、お布団の中で瞳子が何かをやっている。
それに少し疑問を思いながら、ゆったりと目を閉じる。
「お姉さま」
闇に吸い込まれそうになる瞬間、瞳子に呼ばれた。
それは、迷い子のようにか細い声。
「ん? なに?」
眠気をこらえて目を開けると、目の前に瞳子の顔があった。
私に覆い被さるようにして、私の顔をじっとのぞき込んでいた。
「どうしたの?」
そう言って、私は瞳子の顔に手を伸ばす。
柔らかくあたたかい肌に手を当てる。
「お姉さま。大好きです」
そう言って、瞳子は私にそのまま顔を近づけてきた。
そして、□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇
「と、瞳子!?」
「お姉さま」
そのまま□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇
「お姉さま?」
その瞳子の声は本当に消えてしまいそうで……。
だから、わたしは何も言わずにこくりと頷いた。
「お姉さまっ」
喜びの声とともに抱きついた瞳子は□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇
そして、◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■
そのまま■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆
やがて、□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇■◆□◇
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それとともに、私は暗闇の中へと沈んでいった。
ピンポーン
停車を告げるベルの音で私は目を開けた。
「え?」
気がつくとそこは、バスの中。次はもう降りるべき停留所だ。
昨日も遅かったし、それなりに仕事も忙しかった。疲れていたのだろう。
しかし、何という夢を見たのだろうか。思わず赤面してしまう。
夢の中で、さらに夢を見てしまう。というのは、何とも不思議な気持ちだ。
とりあえず、近くにあった荷物を持って、バスから降りた。
あんな夢見た後だとちょっと顔合わせづらいなあ……。
そんなことを思いながらてくてくと通りを歩き家へと向かう。
でも、まあ、本当に、瞳子に会うのは久しぶりだし、二人きりでのんびりできるのだからと、気持ちを切り替え、とんとんと階段を軽やかに駆け上がると、家の扉を開けた。
「瞳子。ただいま」
「おかえりなさいお姉さま」
瞳子の声が聞こえて来てほっとする。
夢の中で、瞳子は血を流して倒れていたから。
「お疲れ様でした。お姉さまのために、腕によりをかけて作っておきました」
「そう? 楽しみだなあ」
そう言いながら、私はコートをクロゼットにしまった。
「座っていて下さい。すぐできますから」
そう言われて、素直にテーブルの前に座る。
「はい。お姉さまのために、腕によりをかけて作りました」
瞳子がそう言いながら出してきたのは、お茶漬け。
そのお茶漬けは大粒の苺が何粒も浮かべられ、その上に苺が見えなくなるくらいたっぷりと練乳がかけられたいわゆる苺茶漬け練乳大盛というやつだった。
「瞳子、ありがとう。これ大好物なの」
瞳子の腕によりをかけた料理に、嬉しくなって、早速それを口の中に入れた。
「……さん。祐巳さん」
肩を揺すられて、私は目を覚ました。
「苺茶漬け、苺茶漬け練乳大盛は!?」
「苺茶漬け? 祐巳さんお茶漬けに苺をいれるの?」
「え?」
目の前にリリアンの制服を着た由乃さんが立っていた。
「薔薇の館?」
「何当たり前のこといっているの? もしかして、寝ぼけてる?」
「え? うん。そうかも」
「どうかした?」
「ちょっと……」
「そう? ならいいんだけど」
私は立ち上がり、流しへと向かう。
好物と思っているものを食べ損なったので、なんだか急におなかがすいたのだ。お茶でも飲みながらクッキーでもと思ったからだ。
「お茶煎れるけど、由乃さんも何か飲む?」
「お茶? 煎れてくれるのは嬉しいけど、祐巳さんそろそろ時間じゃないの? だから起こしたんだけど」
「え? 時間?」
「祐巳さん。本当に大丈夫? 今日瞳子ちゃんちにお呼ばれしてるんでしょ? バレンタインのお礼とやらで」
「え? ああそうだね。今何時?」
そう言いながら、私は腕時計に目をやる。
「うそ! もうこんな時間!?」
指定の時間に瞳子の家の運転手さんが校門の前に来てくれる約束なのだったのだが、その時間からもう5分も過ぎていた。
「片づけは私がやっておくから」
時計を見てあわてた私を見て、由乃さんがそう言ってくれた。
「ありがとう」
そう言って、私は机の上に載っていた筆箱を鞄の中にしまうと、薔薇の館を飛び出した。
ピンポーン
停車を告げるベルの音で私は目を開けた。