【2547】 さばいばる自分ルール  (海風 2008-02-14 09:44:46)


これはヤオイでグダグダな話です。
あと志摩子さんが微妙にひどい目に遭います。注意してください。







 志摩子さんがたそがれていた。
 ああ見えてぼんやりしている姿すら珍しい彼女が、今はぼーっと廊下に佇んでいた。
 放課後も少し経ち、帰る者も部活の者も、それぞれ在るべき場所へと消え、校内は閑散と風が走り抜ける。
 そんな場所に一人、志摩子さんがいた。
 視線の先は窓ガラスの向こう――薔薇の館。
 本来なら、今現在、彼女もそこにいる時間のはずだ。
 いつにない儚げな横顔を数枚いただいた後、私はカメラを降ろして歩み寄った。

「志摩子さん、どうしたの?」

 ゆっくりと振り返った志摩子さんは、弱々しく微笑んだ。

「ごきげんよう、蔦子さん……ええ、そうね。私はきっと、あなたを待っていたの」



 
「つまり相談に乗ってくれと」

 率直に言うと、志摩子さんはうふふと笑った。

「そう。何も言わなくても用件を察してくれる蔦子さんに、話を聞いてほしかった」

 はあ、なるほど。  

「部室まで来れば良かったのに」
「放課後なら、居る確率の方が低いんじゃなくて?」

 もっともだ。
 こうして誰もいない廊下に一人佇んでいたら、知らない相手でも私はきっと歩み寄っているだろう。志摩子さんが無意識に私を求めてここにいたのなら、私か新聞部の人が発見して声を掛ける可能性は低くはないと思う。
 ただ、明確に私を待っていたわけじゃなさそうだから、こうして会えたのも偶然……またはマリアさまのお導きだろうか。

「まあ相談くらいなら乗るけど、長くなる?」
「あ、もしかして用事が?」

 なくはない。いつでも。ここが女子校であり女子高生が居る限り。私の用事はいつもある。

「用事はいいんだけど、長いなら座れるところに移動しない?」

 そもそも廊下に立っているだけでは、寒い。動いている時はそこまで気にしないけど、立ち止まると爪先から寒気が這い上がってくる。
 志摩子さんは平気なんだろうか。……ま、寒さには強そうだけど。




 誰もいないミルクホールに移動して、志摩子さんにおごってもらったホットコーヒーを手に座る。ちなみに彼女もコーヒーだ。
 そう言えば、志摩子さんとは一年生の時は同じクラスだったけど、あまり二人でゆっくり話したことってなかったな。

「蔦子さんとゆっくりお話するのって、初めてだったわね」

 ぼんやり考えていたことが一緒だったようだ。祐巳さんとともに薔薇の館を訪ねたのが、とても遠い昔のことのように思える。

「先に聞くけど、薔薇の館の方はいいの?」
「ええ。遅れるって話を通してあるから」

 なら結構。
 「じゃあ聞きましょうか」と言う代わりに、微笑んで首を傾げる。
 志摩子さんは、両手で紙コップを包み込むようにして、空に視線を向けた。

「発端は……明確なものはなかったと思うの。ただ」
「ただ?」
「なんとなく居辛くなっちゃって」




 それは祐巳さんが瞳子ちゃんを妹にして、数日が過ぎた頃だったかしら。
 祥子さまと令さまの卒業を間近に迎えて、私たちは山百合会の仕事に追われて忙しい日々を送っていたの。
 ちょうどあの日、珍しく全員がデスクワークに向かっていたわ。
 時折り、瞳子ちゃんが祐巳さんに、小声で仕事のことを聞く以外、静かな時間が過ぎていたの。
 そんな時だったわ。




「なあ祐巳すけや」

 ……祐巳すけ?
 聞き流してしまいそうだったけれど、私の頭はその引っ掛かる言葉を捉えてしまった。
 思えば、これが発端だったのかも知れない。

「なんじゃね由乃おじいさん」

 よし……おじいさん!? 由乃おじいさん!?
 引っ掛かりは、明確な疑惑へと変わる。
 顔を上げた私は、そこでまた新たな疑惑を抱えた。
 みんな、声を掛けた由乃さんも、返事をした祐巳さんすらも、誰も書類から目を上げていなかった。つまりそんな呼び合い掛け合いをしておきながら、それでも仕事の手を休めてはいなかった。
 だから、疑問に思ったのも私だけだったみたいで……
 戸惑っていると、由乃さんは黙々と書類に目を通しながら続けた。

「勘違いしてるかも知れないから言っておくけど、ヨシズミの眉毛は炭とかじゃないからね」

 よ、よしずみ? すみ?

「え、うそ? ほんと? あーそうなんだー……だから天気予報当たらないんだね」
「甘いわね祐巳の丞。当たらないことが当たっているのよ」
「さすが由乃お嬢様、訳知り顔だね。ヨシズミマニアだね」
「マニアはよせ」
「濃い顔スキー?」
「間近では見たくないわねー」

 …………
 ……え? 終わり?
 え? え? 今のやり取りは、なに? なんだったの? ゆみのじょう? お嬢様?
 会話の意味が全然わからなくて、私は顔を伏せたままの二人を交互に見ることしかできなかった。会話の意味を聞いた方がいいのか迷いながら。
 すると、由乃さんが顔を上げて、じろりと私を睨んだ。

「志摩子さん、手が止まってるよ」




「――わからなかったの。何も。今もわからないわ」

 語る志摩子さんは、とても悲しげだった。
 ……いや、なんというか……

「それ、本当に意味はないと思うわよ」

 掃除中にマンガとか読みふけったりする、一種の現実逃避じゃないだろうか。しーんとした場にいると無性に話をしたくなるとか。そういうのじゃないだろうか。

「蔦子さんもそう思う? 乃梨子もそう言っていたのだけれど」
「うん」

 そんなことを真剣に悩むのが志摩子さんらしいとも思うし、祐巳さんと由乃さんなら、その手の意味なさそうな会話もしそうだ。
 これで難なく問題解決――と思っていたのだが、志摩子さんは手にあるカップの中に壮大な溜息を吐いた。

「話はここからなのよ」

 あ、なんだ、続きがあるのか。
 私はコーヒーを一口、肩をすくめた。

「どうぞ」




 それから更に数日が過ぎた頃だったかしら。
 祥子さまと令さまの卒業もいよいよ現実味を帯びてきて、私たちは激化する山百合会の仕事に追われて忙しい日々を送っていたの。
 ちょうどあの日、また珍しく全員がデスクワークに向かっていたわ。
 時折り、瞳子ちゃんが祐巳さんに、計算ミスなんかを注意する以外、静かな時間が過ぎていたの。
 そんな時だったわ。




「なぁ祐巳っち」

 ……祐巳っち?
 聞き流してしまいそうだったけれど、私の頭はその妙に引っ掛かる言葉を捉えてしまった。
 思えば、これは前回のあの時と一緒だった。

「なんだい由乃ッティ」

 よし……由乃ッティ!? ティ!? お茶!?
 妙な引っ掛かりは、明確な疑惑へと変わる。
 顔を上げた私は、そこでまた新たな疑惑を抱えた。
 みんな、声を掛けた由乃さんも、返事をした祐巳さんすらも、誰も書類から目を上げていなかった。つまりそんな呼び合い掛け合いをしておきながら、それでも仕事の手を休めてはいなかった。
 だから、また疑問に思ったのも私だけだったみたいで……
 とても戸惑っていると、由乃さんは黙々と書類に目を通しながら続けた。

「勘違いしてるかも知れないから言っておくけど、今私はみんなに催眠術を掛けて『仕事をしている夢』を見せているの」

 さ、催眠術? 夢?

「え、うそ? ほんと? あーそうなんだー……じゃあ夢の中ならこんなあくせく働かなくていいんだね」
「甘いわね祐巳郎。もし催眠術が失敗していたら、まったく仕事をしていないことになってしまうわ」
「さすが由乃ぶ(よしのぶ)、詐欺師だね。あとうなじが最近色っぽくなったね」
「エロい目で見るのはよせ」
「エロスキー?」
「竹刀で叩くプレイならいつでもいいよー」

 …………
 ……え? 終わり?
 え? え? 今のやり取りは、なに? なんだったの? ゆみろう? よしのぶ?
 会話の意味が全然まったくわからなくて、私は顔を伏せたままの二人を交互に見ることしかできなかった。会話の意味を聞いた方がいいのか迷いながら。
 すると、由乃さんが顔を上げて、じろりと私を睨んだ。

「志摩子さん、手が止まってるよ。真面目にやってよ」




「――私にはもう何もわからないわ。あの二人のことも、もうわからない」

 語る志摩子さんは、とても悲しげだった。
 ……いや、なんというか……

「やっぱりそれ、本当に意味はないと思うわよ」

 試験勉強の途中に「ちょっと息抜き」の休憩がいつの間にか本題になっていた、などの一種の現実逃避じゃないだろうか。黙々と何かをしている友人を見るとつい耳に息を吹き掛けたり髪をいじったりしてちょっかいを出したくなるとか。そういうのじゃないだろうか。

「やはり蔦子さんもそう思う? 乃梨子もまたそう言っていたのだけれど」
「うん」

 そんなことを真剣に悩むのが志摩子さんらしいとも思うし、祐巳さんと由乃さんなら、その手の意味なさそうな会話もしそうだ。
 これでようやく問題解決――と思っていたのだが、志摩子さんは手にあるカップの中に壮大な溜息を吐いた。

「話はここからなのよ」

 あ、なんだ、続きがあるのか。
 私はぬるくなったコーヒーを一口、肩をすくめた。

「どうぞ」




 それからまた、更に数日が過ぎた頃だったかしら。
 祥子さまと令さまの卒業もいよいよ目前に迫ってきて、私たちは目も回りそうな山百合会の仕事に追われて忙しい日々を送っていたの。
 ちょうどあの日、またまた珍しく全員がデスクワークに向かっていたわ。
 時折り、瞳子ちゃんが祐巳さんに、「早く春休みにデートしたいですね」なんてイチャイチャする以外、静かな時間が過ぎていたの。
 そんな時だったわ。




「ヘイ坂東祐巳三郎」

 ……バンドーユミサブロー?
 三度目くらいは強引にでも聞き流してしまいたかったけれど、私の頭はその微妙に引っ掛かる言葉を捉えてしまった。
 思えば、これは前回前々回のあの時と一緒だった。

「アーハン? 由乃丸」

 よし……由乃丸!? マル!? なんか漁船の名前!?
 微妙な引っ掛かりは、明確な疑惑へと変わる。
 顔を上げた私は、そこでまた新たな疑惑を抱えた。
 みんな、声を掛けた由乃さんも、返事をした祐巳さんすらも、誰も書類から目を上げていなかった。つまりそんな呼び合い掛け合いをしておきながら、それでも仕事の手を休めてはいなかった。
 だから、またまた疑問に思ったのも私だけだったみたいで……
 とてもとても戸惑っていると、由乃さんは黙々と書類に目を通しながら続けた。

「勘違いしてるかも知れないから言っておくけど、私、最近胸が急速に発展途上なの」

 む、胸? どうしていきなり胸の話なんて?

「え、うそ? ほんと? あーそうなんだー……まあ私もそうなんだけどね」
「甘いわね祐巳かおる。あなたはもう貧で乳としてキャラが立っているのよ」
「さすが由乃屋、牛丼的だね。今度一緒に食べに行こうよ」
「初デートで牛丼はよせ」
「焼肉スキー?」
「食後のブレスケアは忘れないでねー」

 …………
 ……え? 終わり?
 え? え? 今のやり取りは、なに? なんだったの? ゆみかおる? よしのや?
 会話の意味が全然まったくさっぱりわからなくて、私は顔を伏せたままの二人を交互に見ることしかできなかった。会話の意味を聞いた方がいいのか迷いながら。
 すると、由乃さんが顔を上げて、じろりと私を睨んだ。

「志摩子さん、手が止まってるよ。真面目にやってよ。もう遊んでる暇なんてないんだからね」




「――ちょっとだけ理不尽な気がしたわ」

 語る志摩子さんは、とても悲しげだった。
 ……いや、なんというか……

「やっぱりどう考えてもそれ、本当に意味はないと思うわよ」

 何かの折に仲間内で点呼を取ることになって自分が最後だったら嫌でもボケなければならないと思うような、一種の現実逃避じゃないだろうか。猫を見るとついつい追いかけて行ってでも触ってしまいたくなるとか。そういうのじゃないだろうか。

「やはり蔦子さんもそう思うのね? 乃梨子もまたまたそう言っていたのだけれど」
「うん」

 そんなことを真剣に悩むのが志摩子さんらしいとも思うし、祐巳さんと由乃さんなら、その手の意味なさそうな会話もしそうだ。
 これでようやくやっと問題解決――と思っていたのだが、志摩子さんは手にあるカップの中に壮大な溜息を吐いた。

「話はここからなのよ」

 あ、なんだ、続きがあるのか。
 私は少し冷めてきたコーヒーを一口、肩をすくめた。

「どうぞ」




 それからまた、更に数日が過ぎた頃だったかしら。
 ……ふふふ。
 また同じような話が繰り返されると思った?
 残念ながら、今度こそ、ここからが本題なのよ。




「ねえゆーみん」

 来た。
 由乃さんの意味不明の呼び声。
 ここ一週間ほど、真剣に悩まされたあれが、またやってきた。
 私はこの時を待っていた。
 乃梨子は言ったわ。「この会話に意味などない」と。

「なにさ由乃ん」

 当然のごとく、由乃さんと祐巳さんのやり取りに反応している人は、私以外にいない。
 ――そう、私はこの時を待っていた。

「勘違いしてるかも知れないから言っておくけど、ローリングクレイドルは投げ技じゃなくて関節技よ」

 ……ローリングクレイドルってなにかしら?

「え、うそ? ほんと? あーそうなんだー……でもあれって相手の協力がないと実現できなさそうだよね」
「甘いわね祐・巳ッキー。プロレスは魅せる格闘技でもあるのよ」
「さすが特攻隊長由乃さん、ドラゴンスクリュー的なスピードと破壊力を兼ねてるね」
「凶器で流血はよせ」
「正統派スキー?」
「初代虎マスクは強かったよねー」

 …………
 よし、ここだ! 今よ!

「ヨシノーネ、フグ食べたことある?」

 何気なさを装って書類に目を通しているふりをして勇気を振り絞って発言した。
 今混ざらないと、私は一生、親友二人と一線を分かつ関係でしかないと思ったから。
 正直に言えば、自然とそんなわけのわからない会話ができる二人が羨ましくて、少しだけ嫉妬もしていたのかもしれない。
 私だって無理をすればなんとかこなせるってことを、ちゃんと証明しておかないといけない。
 二人が遠くへ、手の届かなくなる場所へ行く前に、二人を捕まえておかないと。
 じゃないと、尊いものを失ってしまいそうだから。

「「……え?」」

 ……え?
 疑問符のある声に、私は顔を上げた。
 すると、全員が私を見ていた。
 なんだか、とても言いづらそうな、居心地の悪そうな顔をしていた。

「……志摩子さん、急にどうしたの?」

 え?

「ヨシノーネってなに? 私のこと? なに急にバカみたいなこと言い出してるの?」

 ……由乃さんの冷ややかな目が痛い。

「ま、まあまあ。志摩子さんも疲れてるんだよ」

 ……祐巳さんのフォローが逆に痛い。

「志摩子さん、大丈夫? 今日はもう帰った方が……」

 ……乃梨子の不安と心配がなぜか痛い。

「…………」

 何も言わない瞳子ちゃんの気遣いが、無言で責めているようで痛い。

「くだらないこと言ってないで仕事してよね。今そんな冗談聞いてる余裕ないわ。フグなんてどうでもいいわよ」

 由乃さんが眉を吊り上げ、鋭く私を睨んでいた。

「……ご、ごめんなさい。つい……」

 集まる視線が刃のように冷たくて。
 私にはもう、謝ることしかできなかった……




「――というわけなの……」

 語った志摩子さんは、やはり溜息を漏らした。

「……そりゃ行きづらいわ」

 現場に居なかった私ですら空寒いし、なんだか切ない。
 由乃さんたちの反応もあんまりだ。そもそもの原因は由乃さんと祐巳さんにあるのに。
 なんというか、どう必死に探しても掛ける言葉が見つからない。
 私は当事者じゃないし、由乃さんでも祐巳さんでもない。どんな気持ちで意味のない掛け合いをしていたのかなんて、わかるはずもない。
 ただ、志摩子さんがどれだけの痛みを覚えたのかだけは、明確ではないまでも大まかにはよくわかる。

「ねえ、蔦子さん」
「な、なに?」
「私と祐巳さんと由乃さんって……友達なのかしら……?」

 ……数分前なら「そうだ」と答えたが……今は断言できない……

「本当はヨシノーネなんて言いたくなかったのに」

 そりゃそうだろう。志摩子さんの性格を考えてもそうだろうし、私も呼びたくない。周囲と本人の反応が怖すぎる。
 それを実際口にした志摩子さんはすごいと思う。真似したくはないけどすごいと思う。
 そんな無理をしたいほどあの二人のことを大切に思っている、という気持ちが伝わってくる。

「もう何もわからない……」

 顔を伏せる志摩子さん。
 
「…………」

 私もわからない。
 ……そう、わからないのだ。
 ならば手は一つ。

「私が聞いてみる」
「え?」
「祐巳さんと由乃さんに、どういった意味と理由があって意味不明なやり取りをしたのか聞いてみる」

 今の志摩子さんには聞きづらいだろう。絶対的な味方だと信じていた乃梨子ちゃんにすら痛みを感じるのだ、今山百合会に味方はいないと思っていい――少なくともこの件に関しては。
 まさか志摩子さんをのけ者にしよう、なんて、それこそ意味不明な陰謀があるとは考えられない。卒業間近のこの忙しい時期に、仲違いなんてしている暇もないだろう。

「本当? 聞いてくれる?」
「いいよ」

 それくらいならお安い御用だ。
 けど……一つだけ、先に言っておこう。

「でも、明確な答えが返ってくるとは期待しないでね」 
「……それは、どういう意味?」
「会話自体に意味もなければ、もしかしたら――」
 



「え? そんなこと話したっけ?」
「話した……ような気もするけど、記憶にないなぁ。祐巳さんはどう?」
「全然憶えてない。いきなり志摩子さんが変なこと言い出したのは憶えているけれど」
「そうよね。私もそれは憶えてる。蔦子さん聞いてよ、私志摩子さんに『ヨシノーネ』って呼ばれたのよ? どういうこと?」
「フグがどうとか言ってたよ」
「どうでもいいわよフグなんて。今は仕事でしょ、仕事」
「仕事といえば、最近志摩子さんの様子が変だよね。体調でも悪いのかな?」
「うーん……三年生がいなくなる寸前だから、ちょっと不安定なんじゃない?」




「――だってさ」

 放課後のミルクホールで待ち合わせして、志摩子さんに報告してみる。
 もしかしたら、と考えていた予想が大当たりだ。
 祐巳さんと由乃さん、本当に無意識というか、どうでもいい類の話として何も考えず、記憶にも残らないような反射的反応で会話を交わしていたらしい。

「……あの二人がわからない」

 わからなくていいと思う。そもそもわかろうとする気持ちが無駄になるほど、無駄なやり取りなんだから。

「山なし、落ちなし、意味なし……それでいいと思うけど?」

 乾いた風が吹き抜ける。
 ……ああ、そうか……




 最後の最後に、私も志摩子さん並に、痛いことを言ってしまったようだ。
 こんなに寒くなるなら、思いついても言わなければよかった。

「寒いわね」
「ええ、寒いわね」

 私たちは、何を言っても滑る空気の只中にいて。
 静かで寂しい虚無の塊のようなこの時間は、嫌味なほどにゆっくりゆっくりと流れていくのだった……






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