【2548】 エピソード1ミステリーの館へ交錯  (大熊猫飯店 2008-02-15 02:53:23)


大熊猫飯店  LUCKY PANDA HOTEL CORP.
 大猫 原案 + くま一号 文


†  †  †

[SIDE A] ROSA CHINENSIS EN BOUTON

 バレンタインデーの朝早く。私は、カードを隠すためにおそろしく早く登校した。

 二月の早朝は寒い。暖房の効いたバスから降りたとたんに、キンと冷気が身を包む。朝が弱い私にとっては目が覚めていい、そんな強がりをつぶやきながら、古い温室へ向かう。
 隠し場所は決めてある。バスには早朝の部活に出るらしいリリアンの生徒が二人だけ。校舎の角を回っても誰もいない。よし。

 ロサ・キネンシスの根本にビニールに包んだカードを埋めて温室を出る。さて、祐巳が気がつくかどうか。ここのところ私を避けている理由を話してくれない祐巳だけれど、私のカードを探してくれるのだろうか。と、視界の端にちらりと制服が動いたような気がした。

 見られた!? 振り返った瞬間にふわり、と霧に包まれた。

 わーっ、わ……と。しゃがみ込んだ瞬間、同じようにしゃがみこんだ私自身が、すっ、とすれ違ったような気がした。
低血圧の私が寒い朝にふらり、とするのはめずらしいことではないけれど、今のはなんだったんだろう?しゃがんだまますれ違うっていうのがそもそもどうにかしている。

 たまにとんでもない早起きなんかするもんじゃないわね、と立ち上がる。人影は消えていた。背の低い人のようだったけれど、まさか祐巳? この時間に待ち伏せてまで私のカードを探してくれるのならむしろうれしいけれど、まさか、ね。隠し場所、移した方がいいだろうか。

 教室に鞄を置いてから薔薇の館へ向かう。令や志摩子がいつカードを隠すかは聞いていないけれど、朝から隠しておくわけにはいかない場所だ。まだ登校してはいないだろう。
 でも、なぜかわからないかくれんぼを続けている祐巳が、すぐに来るかもしれない。

 途中で、『ごきげんよう、紅薔薇さま』と挨拶された。『ごきげんよう』と思わず返してしまったけれど、選挙が終わっても私はまだつぼみだ。ちょっと気が早い。今日が試験日のお姉さまがお聞きになったらなんとおっしゃるだろう。



 二階へ上がって扉を開けようと手を掛けたところに、いきなり由乃ちゃんの声が聞こえてきた。

「祐巳さん! まさか、祥子さまにバレてないでしょうね」

 え?

「そうねえ。やっぱりどう考えても祐巳さんが一番危険に見えるわ」

 志摩子も?

「う、うん、大丈夫、だと思う」
「思うって何よ思うって」
「自信はなさそうねえ」

 祐巳!!

 あ、あなたたち、一年生三人でいったい私に何を隠しているの?何なの、いったい。血が上って怒鳴り込もうとした瞬間、違う声が聞こえた。

「はいはいはい、祐巳さんを問い詰めてもしょうがないから。今日の手はずをおさらいしましょう」
「まあ、いまさらしょうがないわね」
「そりゃあ、お姉さまに弱いのはわかってるけどさあ……ぶつぶつ」
「ふふふふ、祥子さまも祐巳さんには弱いから大丈夫かもしれないわ。今日は新聞部とタイミングをぴったり合わせなければいけないんだから確認しましょう」

「じゃあ、新聞部の動きね。えーと、ルール説明は私一人。参加者が中庭に集まっている間に新聞部員が準備を完了する、これはいいわね」

 ん? 会議の司会は三奈子さんじゃないわね。この声は聞き覚えがある。三奈子さんの妹の一年生だ。えーとマミちゃんだったかしら。今日の手はずでそんな話はなかったけれど。三奈子さんはいないの? なぜ一年生だけで話が進んでいるの?

「えーと、その間に私はトイレに行ってくる、と」
「違うっ。説明の間はつぼみはその場にいなきゃダメでしょ」
「しっかりしてよ、紅薔薇のつぼみ」
「あー、そうか、えへへ」
「うふふ、祐巳さんはそのくらい適当でいた方が顔に出なくていいわ」
「志摩子さん、ひどーい」

 ちょっと待って。祐巳、あなたも気が早すぎる。いいえ、そうじゃないわ。

 背筋をぞくっ、と駆け上がったのは寒さではない。おかしい。祐巳まで勘違いをするはずがない。まわりじゅうがおかしくなってしまったのだろうか。いいえ、さっきの挨拶から考えれば、おかしくなったのは私だ。おちつけ、祥子。

 この打合せは、一年未来の話としか思えない。何が起きたというのだろう。ここで中へはいって行くべきだろうか。いやもう少し様子をうかがった方がいいだろう。なにが起きているのか皆目わからないのだ。

「はいはいはい、トイレは説明会の前、でなければ、薔薇の館に入る前よ。いい?」
「とんでもないこと思いついちゃったなあ」
「はあ、祐巳さんじゃなきゃ思いつかないわよ。カードの上に座ったままって」

 ……聞いてしまった。

「今年は、祥子さまの後をついて歩くよりも祐巳さんの顔を見てる人の方が多いかもしれないわね」
「志摩子さあん。もう」

「あなたがた、祐巳の顔を見つめるのはやめてくださらない?」
「あはははは、似てる似てる」
「乃梨子」
「ごめんなさい、志摩子さん」

 ぶっ。こらこら、由乃ちゃんも似てるってあのねえ。私はそんなしゃべり方をしているの。なんだこの子は。それも姉をつかまえて志摩子さんって。どうやら志摩子はたいへんな子を妹にするらしい。でも、この子のおかげだろう、こんなに生き生きとした志摩子は初めてだ。

 妹。祐巳は妹を見つけただろうか。少し……知るのが怖い。
なんだか今心配するところが違うような気もするけれど。

 そうこうするうちに、打合せは一休みになったらしい。ビスケット扉に近づいてくる気配がして身構えた。とにかく、私は紅薔薇さまで薔薇の館にいてもおかしくないらしい。誰かが扉を開けたらあとはなるようにしかならない。でも扉は開かなかった。他の人に聞かれたくないらしい話が聞こえてくる。

「ねえ志摩子さん。来るかな、瞳子」
「先週土曜日、なにかあったの?」
「わからないよ、わからないんだけど紅薔薇さまと何かあったみたいなの。それで、心を開いてくれたように見えたんだけど」
「でも、また仮面をかぶっちゃった?」
「それもわからないの。はあぁ、もう祐巳さまのロザリオもってって押しつけちゃおうかしら。松平瞳子!じたばたしないでそこへ直れ!」
「乃梨子ってば。わたしたちには見ていることしかできないけれど、祐巳さんはどーんと構えているわよ。祐巳さんに任せておきなさい」
「わかってる、わかってるけど、今、動かないといけないのは瞳子だよ」

 とうこ? 松平瞳子って、あの瞳子ちゃんか。うーーん、どうやら入って行かなくて正解らしい。これはとても対処できないし、一年前からやって来たと言ったって信じてもらえはしまい。
 いや、それよりもっと悪いかもしれない。タイムトラベルというのは夢があるけれど物理的にはあり得ないだろう。それよりも……さっきふらっとした時に一年分の記憶をなくした、というほうがありそうだ。いきなり保健室から病院というのもちょっと勘弁して欲しい。

 祐巳なら必ず助けてくれる。けれど、だからこそ一番知られるのが怖い。

 そういえば、令はどうしたのだろう。


[SIDE B] ROSA CHINENSIS

 朝早く登校したのは、別に祐巳がカードを隠すところをこっそり追いかけようというのではない。なんだか早く起きてしまった。それはたぶん手提げ袋の中の包みのせい。包みを確かめてはにやにやしている姿、というのは紅薔薇さまとしてはあまり人に見せたくはない。教室の前で渡すのは無理よね。

 でも、気になるものは気になる。祐巳がカードを古い温室に隠すということはないと思う、ないと思うけれど、ついうきうきと温室の前まで来たのも無理もない。ね、無理もないでしょう?

 そこで、ふわり、とまわりに霧がおりた。

 あらら、立ちくらみか、としゃがんでやりすごす、それも瞬時。たいしたことはなかったらしい。
でも、早く教室に入った方がよさそうだ。あれ?誰だろう、温室に入っていったけれど。ふふふふ。祐巳も人気者になったものね。こんなに早くから待ち伏せされているわ。人のことは言えないというのは、なし。

 美冬さんによく似ていたけれど、髪が長かった。一年生かしらね。今年は土を掘ってはいけないとかいろいろ制限もあるし、ここに来るのはよほどの勇者ね。

 そう思ったらすぐに出てきた。

 え?

 今、鞄に隠したのは紅いカード! 今持ち出してどうするのよ。祐巳も馬鹿なことを、同じところに隠して裏をかいたつもりなのかしら。

 待って!! 美冬さんだわ。間違いない、髪が長かった去年の美冬さんよ。
それじゃあ、あのカードは祐巳のカードじゃなくて私のカードなの?

 いったいどうなっているの?


†  †  †

 バレンタインデーに決着つかず。三話になりそう。
……原作のかっ飛びについて行くために、原案と全然違っていたりして。だって、原案クリスクロスの前だったんだもん。


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