【2559】 しずくのまま荒れるいろんな手段を  (海風 2008-03-09 01:35:52)



 時期はレイニーブルーの後半、パラソルの頭の方です。
 途中でコーヒーが欲しくなる程度に長いです。注意してください。





 祐巳さんに捨てられるかもしれない。
 たったそれだけのことで、ここまで動揺するとは思わなかった。
 雨音の静寂に一人きり。
 そんな中にいると、嫌でも涙が溢れてくる。




「ごきげん……よう……」

 薔薇の館に志摩子さんが来た。
 そして私の顔を見て、思いっきり引いていた。

「……由乃さん? 何かあったの?」

 引いちゃう気持ちはよくわかる。
 だって、自分でも信じられないほど、ドバッと出てるから。いろんなものが。

「し、しまこさん……」

 弱々しく囁く私に、志摩子さんは断固として言った。

「話は聞くからまずは出てるものを拭いてからにしてちょうだい。それと胸は貸さないから、こっちに来ないで」

 ……なんだ。冷たいな。

「じゃあ、胸はいいからとりあえずハンカチ貸して」

 すでに自分の物は、役に立たないくらいビチョビチョだから。

「……あげるわ。返さなくていいから」
「悪いから絶対返す。この場で返す」
「じゃあ貸さない」
「友達の鼻水くらい笑顔で受け入れなさいよ」
「それはそれ、これはこれ」

 普段のふわふわした志摩子さんには珍しいほどキッパリしたNOの意思表示。
 ――そう、私の涙の理由は、たぶんこういうことなんだろう。




「ごめん。落ち着いた」

 志摩子さんが来るまでどん底に居たが、話している内に色々と落ち着いてしまった。
 自分の動揺の理由がちゃんとわかったからだろう。
 流しで顔とハンカチを洗って、志摩子さんに借りたハンカチで顔を拭いて。
 なんか嫌そうな顔をしている志摩子さんのスカートのポッケに無理やりハンカチを返して。
 なんとなく、少しだけ、心のモヤモヤが晴れた。

「……それはいいけれど、こんなところで話すの?」
「だって会議室だと誰か来るじゃない」

 特に、祥子さまには絶対に言えないことだから。というか、顔を合わせたらいきなり怒鳴り散らしそうだから。「祐巳さんほったらかしで何やってるんだ」って。
 というわけで、志摩子さんを一階倉庫に引っ張ってきた。ここなら静かに話す分には誰にも悟られず、邪魔も入らないだろう。
 薄暗いので表情は読みづらいが、志摩子さんは確かにそこに居る。

「実は、祐巳さんに捨てられたかもしれない」

 口に出すのも嫌だったが、ここまで引っ張ってこれる志摩子さんには話せるし、話すべきだと思った。
 令ちゃんにも、乃梨子ちゃんにも、祥子さまには絶対話せないし、話したくないが。
 志摩子さんには、話せる。
 祐巳さんと同じく、志摩子さんも友達だから。

「祐巳さんに? 捨てられた? ……また何かしたの?」
「またって何よ」

 結構思ったことを言い合えるのだから、私にとっては志摩子さんも祐巳さん同様、その辺の人とは違うんだろう。

「別に、ただ、薔薇の館に行こうって誘っただけよ。そうしたら行かないって言って、腕を振り解かれた」
「それだけ?」
「薔薇の館と一緒に切り捨てられた、って考えられない? 私の考えすぎ?」
「……いえ、可能性はあるわね。それに、そう言われると私にとっても他人事じゃないわ」

 祐巳さんと祥子さまの間に何かが起こっていて、それはどう見ても絶対に祥子さまが悪いとしか思えなくて。
 私は祐巳さんに「一緒に抗議する」と言ったが、フラれてしまった。

「……やっぱり祥子さまのこと?」
「そうみたい」

 私もこの日を迎える直前まで令ちゃんのことで不安定になっていたから、まだ感情面が揺れやすいのかもしれない。
 それに。
 今日、それもついさっき自覚したが。
 祐巳さんと志摩子さんは、私の友達だから。
 いつからか自然とそう思っていたが、改めて認識したのは、ついさっきだ。
 心臓病があったせいで、今までそういう存在はいなかったから。
 本音を言える他人なんて、祐巳さんと志摩子さん以外、いないことに気付いたから。
 だから、それを失ったと思っただけで、涙が止まらなくなった。
 令ちゃんとのケンカとも違うし、普通の友達とのケンカともちょっと違うと思うし、友達からの初めての明確な拒絶に感情をどこに向けていいのかわからず、自分の中に溜めて。
 そして、器から溢れてしまった。
 感情の高ぶった子供が理由もなくぐずって泣くのと、そんなに大差はないかもしれない。

「祐巳さんと祥子さまのことは、私も気にはしていたけれど……」
「乃梨子ちゃんのことで気が回らなかった?」

 最近は志摩子さんも不安定になっていた。いや、最近じゃなくて、聖さまが卒業してから、だろうか。
 無事、乃梨子ちゃんを妹にしたことで安定したとは思うが、すぐに余裕が生まれるほど志摩子さんも器用ではないだろう。普段揺れないくらい安定してる人が不安定になると、意外と長引くから。

「それもあるけれど、それ以上に口を出すのが憚られたから、かしら。祐巳さんも苦しそうだったけれど、祥子さまもおかしかったもの。事情もわからず首を突っ込むと、問題がややこしくなって、余計な混乱を招きそうで」

 それは……確かに。

「でも、薔薇の館に誘っただけで祐巳さんに切られた、かもしれない……と由乃さんが判断したのなら、もう限界なんじゃないかしら」
「限界って……祐巳さんと祥子さまが別れるってこと?」
「由乃さんを……いえ、山百合会の皆を拒絶してでも、祥子さまと会いたくないってことでしょう?」

 ……そうなるんだろうな。

「…………」
「…………」

 静かな雨音が聞こえる。
 沈黙が、やけにうるさい。

「……祐巳さんが居ない山百合会なんて……」
「志摩子さん」
「なに?」
「もう一度同じこと言ったら、鼻かんだティッシュをポッケに入れるわよ」
「言わないからやめてちょうだい」

 もし祥子さまが祐巳さんを切ってあの松平瞳子に走るようなことがあったら、正面から堂々と、嫌がる祥子さまのポッケに特盛りで鼻かんだティッシュ入れて嫌がらせしてやる。怒られるの覚悟して泣くまで入れてやる。何度でもやってやる。
 そうでもしないと、絶対に気持ちが収まらない。
 ……まあ、それは決定として。

「私はどうしたらいいのかな?」
「どう、って?」
「だから、ほら、祐巳さんが……その、祥子さまとアレして、山百合会から居なくなったとしても、よ。それで交友関係がなくなるなんて嫌だし、納得できないから」
「……そうね。山百合会がなくても友達だものね……あ」

 ん?

「ねえ由乃さん、もしもよ。もしもの話よ」
「もしも?」
「もしも、祐巳さんが…………薔薇の館に来る理由がなくなったとするわ」
「言葉を選んでも意味が同じならティッシュ入れるわよ」
「だからもしもの話よ。やろうとしたら乃梨子に言いつけるから」

 ……それ、大した脅威には思えないんですけど。最近できたばかりの妹に言いつけてどうなると。

「とにかく、祐巳さんだけ山百合会から居なくなったとするわ。その場合、由乃さんはどうするの?」
「…? どうするって?」
「だから、一緒に山百合会をやめてしまう……とか」

 言われて気付いた。そうか、そういう道もあったか。

「正確に言えば、つぼみは『薔薇さまのお手伝い』だったわね。山百合会の役員ではない。つまり山百合会に奉公する義務はない」
「奉公……ね」

 つい言ってしまった言葉に、志摩子さんは苦笑する。

「……そっか。別に一緒にやめてもいいわけか」

 薔薇さまになりたい、なんて特に執着もないし。令ちゃんとはお隣同士だから山百合会がなくても会えるし。山百合会の仕事に未練があるわけでもなし、頑張ってもお金とか貰えるわけでもなし。黄薔薇さまである令ちゃんには悪いと思うしメンツも潰しちゃうけど、こればっかりは気持ちが納得できない結果が待っているかもしれない。
 それよりも、だ。
 念願の剣道部にも入ったし、これからスポーツに燃えるのも悪くない。休みは祐巳さんと遊んで、一緒にカラオケとか行って、ウィンドウショッピングとかして。
 そういう山百合会とはすっぱり手を切った普通のリリアン生としての学園生活というのも、なんとなく興味はある。少なくとも、今までできなかった分だけ。

「由乃さん。私には義務があるのよね。山百合会に奉公する義務が」

 私が考えていることがわかったのか、志摩子さんは突然そんなことを言い出した。

「大変ですね、白薔薇さまは」

 私と祐巳さんは「つぼみ」止まりだけどね。

「由乃さんがいないともっと大変になるのよね」
「平凡に遊ぶだけの学生生活も悪くないと思わない?」
「私を捨てて?」
「たまには一緒に遊びましょう。遊ぶ暇があれば」
「やめたらポッケいっぱいの銀杏をプレゼントするわ。遠慮しなくていいのよ。ええ、山百合会をやめても友達なんだから。遠慮なんてさせないわ。たまには山葵もあげるわよ」

 それはとても嫌なので、やっぱり残る方向で考えた方が良いらしい。




「やめるやめないはともかく、祐巳さんとの仲直りは私も賛成よ」

 そりゃ、反対する理由もないでしょうさ。

「それで、由乃さんはどうするべきだと?」
「……どうしたもんだろう」

 ケンカだったら謝れば終わりだ。でも今回のは、私が謝る、というのも、なんか違う気がする。だってケンカじゃないからね。

「どっちが悪いってわけでもないと思うのよ」
「そうね。由乃さんは、祐巳さんと祥子さまの問題に巻き込まれただけだものね」

 そうなんだよなぁ。強いて探す気がなくても悪い人を探すなら祥子さま以外いないし。……やっぱ腹いせにやっとくか? ポッケに鼻かんだティッシュ。

「じゃあ、答えは一つじゃないかしら」
「一つ?」
「由乃さんがどれだけ祐巳さんを想っているか、祐巳さんに包み隠さず伝えるのよ」

 ほう! なるほど、それはいい!

「でも由乃さんの性格からすると、面と向かって言うのは、きっと無理だと思うわ」

 それは自分でもそう思う。さっき泣いてるどん底にいたって、それに浸るような悲劇のヒロイン思考は一切なかったから。だから面と向かって訴える……ってのは無理だろう。そこまでできそうにない。
 ……でも、それもなんか可愛げないな。令ちゃんと違って可愛げないな、私。

「だから電話とか、手紙を利用するといいんじゃない? でも電話だと祐巳さんが出ないこともあり得るから、手紙の方が伝わる確率は高いかしら」

 なるほど! それはなかなか……ん?

「……それってラブレター書けってこと?」

 私がどれだけ祐巳さんを想っているか包み隠さず手紙に書く――つまりラブレターでは?

「これまでと違う意味でお付き合いをしたいなら、これまでと違う意味の愛を込めて書けばいいんじゃないかしら」
「ちなみに志摩子さん」
「なあに?」
「私が志摩子さんに、これまでと違う意味の愛をしたためた手紙を渡したら、志摩子さんどうする?」
「…………」
「…………」
「……由乃さんが本気で望むなら、私――」
「あ、もういい。怖い。言うな」

 暗闇の中で妙に熱い視線を感じ始めたので、しかもじりじりと距離を詰められて妙に身の危険を察したので、とっとと話を切り上げた。




 話の区切りもついて結構時間も経っていたので、私たちは倉庫から出た。もう会議室には、令ちゃんや乃梨子ちゃんや、問題の祥子さまも来ていることだろう。

「手紙はいいわね。それにする」

 この先、祐巳さんと祥子さまがどうなるかはわからないが、決着がつく前に私の気持ちだけは伝えておきたい。
 山百合会なんて関係なく私は祐巳さんが好き、という気持ちを。
 結論はすぐ出なくてもいいから、でも、どんな結果が出ようと、手が届く距離にいる内に動いておかないと後悔しそうだから。

「私に手紙をくれるの?」

 志摩子さん、まだ引っ張るか。

「私と銀杏、どっちが好き?」
「…………よ、由乃さん、かしら」
「一瞬でも迷うような人に捧げる、そういう意味の愛はないわね」

 志摩子さんは「それは残念」と、大して残念でもなさそうな顔で笑った。ここまでの流れはわかりづらい冗談だったらしい。

「それより志摩子さん、ティッシュ持ってる? 私もう使い切っちゃって」
「…? 持っているけれど、どうするの?」
「鼻かんで祥子さまのポッケに突っ込んでやろうかと思って。腹いせと嫌がらせで」
「…………」

 志摩子さんは嫌そうな顔をしたが、躊躇なくポケットティッシュを差し出した。
 祐巳さんを傷つけ振り回す祥子さまに対する気持ちは、志摩子さんも私と同じなんだろう。

 ――まあ、幸か不幸か、結局祥子さまはこの日、薔薇の館に来なかったけど。 




 紅薔薇の二人がいないので、できる仕事も少なく、さっさと山百合会の仕事は終わった。

「それで、なんて書くの?」

 令ちゃんと乃梨子ちゃんには帰ってもらって、残った私と志摩子さんは手紙作成に入っていた。
 本当はなんか恥ずかしいし一人でやりたかったが、過程も結末も気になる志摩子さんの気持ちもわかるので、ここで一緒にやることにした。
 雨は相変わらず降り続けている。
 ……この空のどこかの下で、今、祐巳さんは何をしているんだろう。
 自暴自棄になってなければいいけど……


  ――その頃の福沢祐巳、知らない人の家でシャワーの真っ最中


 いかんいかん。深く考えるとどんどん暗い方に、それも最悪の方に考えてしまう。
 今は考えるより、私にできることをやろう。
 ……でも。

「どんな感じがいいんだろう」

 ノートを広げてシャープペンを転がして腕組みして罫線入りの白紙を睨んでも、さっぱり思いつかない。
 文通はおろか、ラブレターは当然、授業中に友達同士が回すメモみたいなのさえ書いたことのない私だ。
 言うと、志摩子さんは「わかったわ」と頼もしげにうなずいた。

「私の言う通りに書いてみて。それを参考に由乃さん好みの修飾をすればいいわ」
「それだ! お願いね志摩子さん!」
「ええ。それじゃ――」

 志摩子さんはエヘンと咳払いした。




   雨煙る鬱々とした日々、如何お過ごしですか?

   大自然の前には、人間の何と無力な事でしょう。

   この間、うちで雨漏りしてしまいました。

   そろそろ修繕の必要が




「ちょっと待て志摩子さん! どうでもいいことばかりだ!」

 機械的に志摩子さんの言葉を書き上げているだけだったので、ちょっと気付くのが遅れたが。
 これ、世間話じゃないか。
 これじゃ祐巳さんへの想いなんて何も伝わらないどころか、何を伝えたいかすらわからないじゃないか。

「え? ……あら、ごめんなさい。文通のつもりで考えていたわ」
「文通って……やってるの?」
「ええ、今年の四月から」

 ふうん……誰と文通してるんだろう。


  ――A ロサ・カニーナ


「今度は大丈夫よ。任せて」
「頼むわよ?」




   この秘めた想いを抑える事ができず、気が付いたら筆を取っていました。

   朝露の楚々な輝きを見る度に、微笑むあなたが浮かびます。

   決して強くない雲に紛れる淡い月光に、あなたの優しさを思い出します。

   草木も眠る今、あなたは何を想い、眠るのでしょう。

   私はあなたの事を想うだけで眠れなくなり、ついつい授業中に




「ちょっと待て志摩子さん! これラブレターだ!」

 途中で妙だと思ったものの最終的にどうなるか様子を見ていたが、やっぱり方向がまるっきり違っていた。
 これ、ラブレターだ。
 これじゃ祐巳さんに違う意味の愛を伝えることしかできない。

「しかも『ついつい授業中に居眠り』とか続ける気だったでしょ!?」
「由乃さんの手紙なんだから、堅苦しいだけじゃ、らしくないわ」
「そういう余計な気遣いはいらん!」

 ……まあ、その方が私らしいとは思うけどね!

「次に行きましょう」
「今度こそ頼むわよ!?」




   めっちゃ好っきゃねん。めっちゃ好っきゃね




「明らかに違う! なんで関西弁使うのかもわからん!」

 私はビリビリとノートを被り、ウガー!と丸め、オラァ!とその辺に思いっきり投げつけた。

「よ、由乃さん、落ち着いて……」

 怯え震える志摩子さんは胸の辺りで握り拳を作り、上体を私から少しだけ遠ざけていた。

「これが落ち着いてられるか! ……というか志摩子さん、今怖がってるのと同じくらい若干引いてない!?」
「……だっていきなりキレるから……」
「そりゃキレるわ! こっちは真面目に考えてるんだから! 必死なのよ!」
「硬い表現よりは、祐巳さんに伝わると思って……」

 ……それは、まあ、わかるけど!

「いきなり関西弁はないでしょ! 悪ふざけに思われたら元も子もないじゃない!」
「そ、そうね。わかったわ。次こそは」
「ほんっっっっとーに頼むわよ!?」




   今年の銀杏狩り、一緒に行きたいです。

   祐巳さんの居ない銀杏狩りなんて、拾うべき銀杏を踏み散らしながら銀杏を探す様なものです。

   何時も側に居る人が居なくなるのは寂しいです。

   何時も食べたい銀杏が秋にしか拾えないのは寂しいです。

   リリアンを卒業したら、新しい銀杏狩りの場所を調べねばなりません。

   銀杏さえあれば、私は何も要りませ




「……途中までは悪くないと思う。ええ、途中までは悪くないと思うの。でも明らかに論点がズレていってるの」

 祐巳さんに送るべき言葉を考えているはずなのに、銀杏に対する想いに摩り替わっている。
 なんだ。
 これはなんなんだ。
 もしや志摩子さんにとっては、祐巳さんは銀杏以下の存在なんだろうか。

「ごめんなさい。ちょっとお腹が空いてきちゃって」

 ……それは私もだけど。

「祐巳さんは今頃、何か食べているのかしら?」
「……どうだろうね」


  ――その頃の福沢祐巳、見知らぬ女子大生に「いいの。やらせて」と言われている


「交代」

 私はノートとシャープペンを志摩子さんに差し出す。

「私が考えるから、今度は志摩子さんが書いて」
「……そうね。その方がいいわね」








「早く何か言って」
「……ごめん、なんか恥ずかしくて。やっぱり私が書く」
「しっかりしてよ、由乃さん」

 志摩子さんには言われたくない――そんな思いはあったが、結局言わなかった。
 ノートとシャープペンを取り返し、揃って溜息をつく。

「……じゃあ、行くわよ」
「よし来い」




   最近、髪切った?




「それ聞いてどうするの!」

 ついつい書いちゃったじゃないか! どうでもいい一文を!

「世間話からの方が入りやすい気がして……ダメ?」

 上目遣いで「やっちゃった。ごめんね☆」と言いたげな志摩子さんの顔がちょっと腹立たしい。

「口頭だったらそれでいいと思うけど、手紙なんだから筋違いじゃない!」
「そうね、手紙だものね」
「本当にお願いだから頑張って!」
「ええ、任せて。次は大丈夫だから」




   祐巳さん、ごめんなさい。薔薇の館に無理に誘った私が悪かったです。

   でも祐巳さんがいない山百合会なんて、私には何の価値もありません。

   もし祐巳さんが山百合会を抜ける事になったら、とてもとても寂しいです。

   今度デートしましょう。




「……微妙に違う気がする。なんかラブレターっぽい」

 それと、取ってつけたように加えられた最後の一文。はたしてデートに誘う必要はあるのだろうか。

「特に嘘はダメでしょう。私、祐巳さんがいない山百合会に価値がないとは思ってないし」

 志摩子さんもいるし、令ちゃんもいるし、乃梨子ちゃんもいるし。祥子さまは今微妙だけど。

「そう? ……そうかもしれないわね。次に行きましょう」
「OK」




   祐巳さんとイチャイチャできないなんて、由乃悲しいの。

   お願い、別れるなんて言わな




「別れる前にそういう意味では付き合ってない! 恋人に向けて書いてるわけじゃないんだから!」

 しかもこの私女々しいよ! こんなの私じゃないでしょ!

「時には素直になることも大切なんじゃないかしら」

 ……しれっと的を射たことを…! ええそうですよっ、祐巳さんとイチャイチャできなくなるのは悲しいですよっ!

「もっと、こう、シンプルな方が伝わるんじゃないかしら? 由乃さんはどう思う?」
「……そうね」

 私が書くんだから、シンプルな方がらしいわね。別にラブレター書いてるわけじゃないんだしさ。

「一行か二行に短くまとめましょう」
「わかった」




    これからも祐巳さんに私の名前を呼んで欲しいし、私も祐巳さんの名前を呼びたい。

    今度デートしましょう。




「……さっきも思ったんだけど、デートに誘う必要はあるの?」
「祐巳さんとデートしたくないの?」
「いや、そうじゃなくて」

 一行目もそうだけど、脈絡がなさすぎる。
 いきなりこれ伝えられても、祐巳さんだって困るんじゃなかろうか。
 そう志摩子さんに聞いてみると、志摩子さんは「確かにそうかもしれない」と答えた。

「いきなりこんな手紙を貰っても、なんだか怖いものね」
「でしょ?」

 怖いというか、私は気持ち悪い。言いたいことは伝わるけど、なんかね。それと手紙の内容が一行目二行目を合わせると、単にデートに誘いたいだけな感じがする。

「でも冷静に考えると、さじ加減が難しいわね。ラブレターの方がまだ簡単だわ」

 それは言える。

「ケンカしたわけじゃない友達と仲直りする手紙だもんね。正直、謝るのも筋違いな気がするわ」
「――わかったわ、由乃さん。その辺を踏まえて次に行きましょう」

 お、なんか考え付いたか?




    祥子さまなんて高慢ちきで鼻持ちならない女なんて捨てて、私の妹になり




「内容が危なすぎるから! 内容が危なすぎるから!」

 こんな手紙が万が一にも祥子さまの目に触れたら、私は消される! 確実に消される!

「それとロザリオで友情を繋ぎとめるってどうなのよ!? なんか違わない!?」
「友情じゃなくて姉妹として」
「同級生は無理でしょ!」
「由乃さんが留年すれば祐巳さんの妹になれるわ」
「冗談じゃないけど仮にそれ狙ったとして、留年するまではどうするの!? 来年四月までに祐巳さんに妹ができてたら!?」
「その場合は黄薔薇さまとして復帰すればいいんじゃないかしら」
「何事もなかったかのように復帰するの!? 私放置か!? なんのフォローもなしか!?」
「冗談よ、冗談」

 そう笑う志摩子さんだが……嘘だ。言ってる時はそこそこ本気の目だった。
 ……というか。

「志摩子さん」
「なあに?」
「もう飽きてきてない?」
「…………」
「…………」
「…………私が色々考えたからって、結局は由乃さんと祐巳さんの問題だと思うの」

 やっぱり飽きてたよ! そうだと思った!




 嫌がる志摩子さんのポッケに無理やり鼻かんだティッシュを詰め込んでやった。そう、祥子さま用にストックしておいた分を。

「由乃さんひどい……乃梨子に言いつけてやるから……」

 手を突っ込む勇気もなく、微妙に濡れて微妙に重いティッシュ入れっぱなしのポッケに半泣きになった志摩子さんと一緒に薔薇の館を出て、二人で帰路に着いた。
 いつの間にか、雨は上がっていた。


 家に帰って一人で、祐巳さん宛ての手紙を考えた。
 でも、志摩子さんと同じで、何も思いつかなかった。




 その翌日、祐巳さんの方から謝ってくれた。
 あれだけ考えさせられたのに、呆気なく悩みは解消された。

 まあ、それはそれでいい。

 あとは、祥子さまと祐巳さんがどうなるか、見守るだけだ。
 もしこれ以上、祥子さまが祐巳さんを傷つけるようなことがあれば。


 祥子さまのポッケに鼻かんだティッシュを入れて泣かせてやるだけだ。









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