【2585】 今週の山百合会に関する質問  (海風 2008-04-03 09:41:27)




すげえ、キー引いちゃった……登録したの誰ですか?


これは【No:2553】の迷惑SSの、本来考えていた形のものです。
空腹時に読み出すと途中で辛くなるほど長いです。注意してください。











「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 さわやかな朝の挨拶が、澄み切った青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。


 の、だが。
 しかし、今日だけは。
 今日だけは、お祈りもそこそこに、みな足早にマリアさまの前を通り過ぎていく。
 早く、早く。
 それぞれにある心が、足を動かすことを命令する。
 早く、早く。
 上級生のお姉さま方に習いスカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、でも可能な限り早く。


 憧れの薔薇さま方が、私たちの質問に答えてくれるかも知れないから。









 新学期が始まったばかりの春のこと。
 三時間目の休み時間、トイレから教室に戻ろうと歩いていたら、廊下に由乃さんと志摩子さんの姿を見つけた。何やら話し込んでいるようだ。
 二人は、私を見つけて手招きする。

「祐巳さん聞いた?」

 由乃さんが聞いてくるものの、心当たりはなかった。いきなり「聞いた?」と聞かれても、主語がないとさすがにわかるわけがない。

「何かあったの?」
「ええ、さっき真美さんが――」

 そこまで言って、周囲に目を配る。どうやら人目を気にしているようだ、けれど……ここに新米ながらも薔薇さま三人が集っているのだから、注目を集めてしまうのは無理もないと思う。
 でも場所を移すには、ちょっと休み時間が足りなさそうなので、その選択肢はなしだ。

「さっき真美さんが、バレンタインみたいに恒例化したい新企画を持ってきたらしいのよ」
「しんきかく?」

 それって、またつぼみに何かやらせるとか、そういうのだろうか。
 でも私たちはもう三年生で、由乃さん以外は妹も……あ、つぼみを陥落するための裏工作か。
 私たちが一年生だった頃の、かつての初バレンタインイベントは、そういう風に根回しされたのが発端だった。私たちもついに表舞台から裏舞台に活躍できるようになってしまったわけだ。そう考えるとちょっと感慨深い。

「まあ、志摩子さんが聞いたんだけどね」

 なんだ。自分のことのように言うから、てっきり由乃さんが聞いたのかとばかり思ってしまった。

「それってどんな企画なの?」

 たぶん由乃さんも今それを聞いていたんだろう。私たちは話の持ち主の志摩子さんに目を向けた。
 あの世間を騒がせた三奈子さまはもう卒業しちゃっているから、企画を詰めたのは新聞部部長の真美さんのはずだ。
 真美さんが無茶な企画を出すとは思えないから、持ち込んだ人の人柄と、今までの付き合いだけで、話を聞くだけの価値は十分ある。
 新聞部に因縁がある由乃さんもそう思うからこそ、新聞部企画でも嫌な顔をしていないのだろう。

「先に言っておくけれど」

 志摩子さんは、いつもとちょっと違う、少しだけ強さを感じる眼差しで私たちを射抜いた。

「私は真美さんが持ってきた企画、とても乗り気なの」
「「おや」」

 志摩子さんがやる気まんまん、なんて珍しいものに、思わず由乃さんと顔を見合わせる。

「私たちが反対しても、意見を曲げないってこと?」
「お互い譲れるところは譲り合いたいと思うけれど、企画自体は絶対に実現したいわ」

 志摩子さんがここまで賛成の意を示すってことは……「まともで真面目」なんだろうね。

「……だってさ、祐巳さん」
「うん……内容を聞いてないからまだなんとも言えないけれど、志摩子さんが賛成なら、方向も間違ってはいないと思う」
「でしょうね。――とにかく志摩子さん、肝心の企画内容を教えてよ」

 そう、それを聞かないと、私たちは賛成も反対もないわけだから。
 志摩子さんは周囲を気にして、顔を寄せて小声で囁いた。

「『薔薇さまお悩み相談室』ですって」

 ば、ばらさまおなやみそうだんしつ?

「詳しくは聞いていないけれど、名前が示す通りの企画らしいの」
「それって、一般生徒たちから悩みや相談事を募って、私たちが答える……って感じ?」
「名前が示す通りなら、恐らくそうだと思うわ。詳しくは今日の放課後に正式に真美さんが提案しに来るそうよ」

 志摩子さんは私たちから離れた。内緒話はここまでのようだ。

「もし企画名から大きく逸脱するような企画なら、また考え直すけれど。でも名前の通りなら、ぜひやりたいの。私が誰かのお役に立てるなら喜んで参加するわ」

 なるほど……志摩子さんらしいな。だから乗り気なんだ。
 でも、そうだね。

「名前の通りなら、私も構わないよ。……といっても、私が誰かの悩みに答えられるかどうかわからないけれど」

 そう言って笑うと、志摩子さんがいつもの3割増くらいに顔を輝かせた。ああ、美人の微笑みっていいよね。

「新聞部からの企画ってところで、なんんか引っ掛かるのよね……私は現時点では保留にしとく」

 由乃さんの気持ちはわかる。
 初バレンタインでは外堀を埋められてお姉さまが強制参加、という、やられた方は悔しくて忘れられない罠にハマッたことがあるだけに、素直に合意するのは嫌なんだろう。
 真美さんのことだから、驚くような裏がある、とは思えないけれど。でも一度やられているので警戒するのもしょうがないと思う。

「じゃ、あとは真美さんから企画を聞いてからってことで」

 放課後は早めに集合、ということで、私たちはそれぞれの教室へと別れた。




 放課後、約束通り真美さんが企画書を持ってきた。
 企画の名は、聞いていた通りの「新薔薇さまお悩み相談室」。
 薔薇さま方に対する個人的な質問から悩み相談まで、幅広く質問を募って答える、という内容のもので、定期的に行いリリアンかわら版の片隅に載せたいのだそうだ。
 バレンタインほど大規模でも時間を取るわけでもなく、準備も特に必要ないし、本当に片隅に載せる程度のものらしい。

「中には深刻な悩みもあるでしょうけど、個人的な質問も受け付ける形にしたいのよ」

 内容が内容なので短く簡単な説明が終わり、真美さんは踏み込んだ概要に入った。

「個人的って、どの辺まで?」

 由乃さんが問うと、準備してきたかのように真美さんはつかえることなく答える。

「倫理的にもリリアン的にも問題があると判断した質問は、私たちが事前に取り除くわ。許せる範囲で言うなら、由乃さんの好物とか、好きな小説のジャンルとか、日常的に話せる程度のプライベートくらいまでかしら」

 そう言われたところで、ピンと来た。

「それって、今までちょくちょく載せていた『薔薇さまへの取材』程度のもの?」

 私が言うと、由乃さんも志摩子さんもピンと来たらしい。

「ああいうのから発展して考えたのね」

 かつてベストスールに選ばれて取材を受けたことのある令さま・由乃さん。その由乃さんは納得の度合いも大きかったようで、騙されまいと構えていた姿勢から力が抜けたのがわかった。なんだか安心したようだ。

「そう……個人的な質問もありなのね」

 志摩子さんは……迷える子羊を救う気になっていたせいか、ガッカリ方面で若干力が抜けたのがわかった。志摩子さんの考えていた「お悩み相談室」より、少しばかりフランクだったようだ。

「でも、真美さんが許せてもこっちが許せない質問ってあるんじゃない? 人の価値観はそれぞれなんだから」

 力が抜けた由乃さんだが、やはり鋭く突っ込みを入れる。……もしくは、もう気持ちは決まっていて、単に真美さんの反応を楽しみたいだけなのかもなぁ……
 もしやオモチャになっているかもしれない真美さんは、由乃さんどころか、私たちの予想を越えた答えを準備していた。

「実はもう一つ捻りを加えたいの」

 ん? 捻り?

「内容はタイトル通り、質問や悩みに答えるだけ。でも一つだけ特殊なルールを加えたいわけ。
 募った質問は、くじみたいに中身が見えないようにして伏せておくの。そして薔薇さま方が順番に引いていく」

 というと、こっちはランダムで質問を選ばなきゃいけないってわけね。

「その中には、紅薔薇さまへ、とか、黄薔薇さまへ、とか、特定の個人向けの質問もあるんだけど、それはそのくじを引いた人が答えるの。わかる?」

 ……ん?

「ああ、なるほどね。そりゃ面白い」

 由乃さんは早々にルールを理解したらしく、ニヤリと笑う。

「誰がどの質問に答えるか、本当にわからなくするわけね?」
「ご名答」

 ……え?
 話がわからなくなってきた私に、由乃さんが優しく説明してくれた。

「たとえば祐巳さんが、『白薔薇さまの趣味はなんですか?』って質問を引いたとする」
「あ、うん」

 質問が書いてあるくじは伏せられている。広げるまで内容はわからないから、そういうこともある。うん、ここまではわかる。

「でも、その質問に答えるのは、指名されている志摩子さんじゃなくて、質問を引いた祐巳さんになるのよ」
「えっ……あ、そうか。そういうことか」

 ようやく合点がいった。何があってもどんな内容でも質問を引いた人が答えるって、それを徹底するわけか。

「仮に私が祐巳さんへの質問を引いたとして、その質問の答えを知らない場合はどうするの?」

 志摩子さんの疑問ももっともだ。

「性格から推理するもよし、偏見と想像で直感を信じるもよし、適当に答えるもよし。悩みや質問にそのまま答えるだけじゃ、ちょっとスパイスが足りないじゃない?」

 真美さん、スパイスと来たか。でも偏見とか適当はまずいんじゃないだろうか。

「真面目な企画にしてもいいけど、真面目にすると暗くなると思うのよ。校内新聞なんだから、できるだけ明るくしたいの。暗いのは社会のニュースだけでいいじゃない」

 うーん……まあ、そうかもね。本当に真剣に、それこそ自分の力ではどうにもならないことで悩んでいる相談ばかりが集まってしまうと、それは真剣に答えるしかなくなってしまうから。結果暗くもなるだろう。
 それに、あまりに難しい問題だと、答えることもできない。不用意な一言が誰かの人生を大きく狂わせることもあるんだから。

「志摩子さんの想像していたものとは違うかもしれないけど、公開されることが前提になっているから、倫理的に許せてもリリアンには相応しくない質問もあるでしょ?」

 倫理的に許せてもリリアンには相応しくない質問、というと……?

「たとえば、どんなもの?」

 首を傾げる私と同じく、志摩子さんも掴みかねたようだ。

「だからさ」

 志摩子さんの代わりに乗り気になった由乃さんが、私たちの求める「たとえ」を出してくれた。

「『姉妹でキスしたりしますか?』とかよ」

 な、なんと!? そんなプライベートにグイグイ突っ込んだ質問を!?

「いや由乃さん、それは倫理的にもリリアン的にもOKよ」
「あれっ」

 あれっ!? いいの!?

「え? 倫理的にダメじゃないの?」
「テレビで堂々と放送できる行為なら問題ないわよ? リリアン的にも、よその姉妹がどこまで親密なのか気にならない?」

 それはまあ……気になりますが。でも教師に止められそうなアレだと思うんだけれど……

「友達に質問できても薔薇さまにはできない、という一般生徒の心理をベースに考えて。その基本から『友達』や『薔薇さま』の垣根を壊す。質問内容はその程度だと思って」

 なるほど、わかりやすい。

「志摩子さんも、こう考えてほしい」
「え?」
「悩みは大なり小なり人それぞれ。その『小』の方の悩みを聞く、って。極々小さいことでも解決に導ければ、校内新聞にしては上出来だと思うのよ」

 この説に、志摩子さんはいたく共感したらしく、「そうね、そうね」と二回うなずいた。




 私たちが概ね賛成の方向で内容を頭に叩き込んだことを確認すると、真美さんは言った。

「あと、事後報告っていうのは嫌だから、最初から正直に言っておくわ」

 何を言い出すのかと警戒してしまうくらい、真美さんは真剣な表情だ。

「この企画は、去年の夏頃には生まれていたの。発案者は私の姉、築山三奈子」

 その名前が出た瞬間、由乃さんはピクリと眉を動かした。

「なんですって?」

 乗り気だった態度が一転、思いっきり引いてしまったようだ。

「怒らないでよ。『イエローローズ事件』、あったじゃない」

 お姉さまが暴走して、かつての黄薔薇さまである鳥居江利子さまや山百合会の肖像権を著しく侵害したあの事件よ、と、真美さんは語る。

「あの一件、お姉さまは本当に反省したの――というかさせたんだけど。だからこの企画も私が今まで止めていた。そしてお姉さまが卒業したから今日持ってきたの。企画自体は面白そうだし問題ないとも判断していたから私的にはOKだったんだけどね」

 でも反省を徹底させるために今日まで封印していた、と真美さんは笑った。

「今更『イエローローズ事件』を詫びるのもお門違いだし、蒸し返すつもりもないけど。でも前新聞部部長が筋を通したことの報告と、現新聞部部長として健全で安全な企画を保証する。――この企画が通ろうが通るまいが、これだけは先に宣言したかったのよ」

 ……おおー。思わず拍手したくなるくらい、真美さんかっこいい。ほら、由乃さんもちょっとグラッと来たみたいよ。

「で、どう? やってくれる?」

 予想外の殺し文句に、由乃さんでも、文句など言えるはずもなかった。




 翌日、かわら版に「新企画・薔薇さまお悩み相談室に質問を募集します。悩み、相談事、個人的な質問などなどありましたら、気軽に投稿してください。」という記事が載った。投稿は新聞部部室前の特設ボックス。
 数日かけて質問を集め、それを新聞部部員総出で選り分け、私たちのところへ回ってくるのだそうだ。

「多いわよ」

 反響に関して聞いてみれば、真美さんは嬉しそうにそう答えた。
 実はこの企画を少し考えてみて、私も思うことがあることに気づいた。
 ――とある一年生に、憧れの上級生がいたとする。その人は薔薇さまの妹で、畏れ多くて話し掛けることもできず、遠くから見詰めることしかできない。
 写真の一枚でも持っていれば心の救いになるかもしれないけれど、それも自分の背景にエンピツ大に偶然写っているだけの虚しいものが一枚きり。
 そんな憧れの薔薇さま――つぼみに一番近しい人物が、かわら版でご自分への質問や意見を語ることになった……というわけだ。
 私だって一年生の当時、この企画があって、蓉子さまが祥子さまのことを語っている部分があれば、目を皿のようにしてチェックしまくったに決まっているんだから。
 一年前の体育祭で、一緒に踊ったロボットのような子もいた。バレンタインでチョコレートをくれた子もいた。柄じゃないけれど私のファンも、ちょっとはいるみたいだし。
 あの頃の私のような一年生や二年生なら、この企画はすごく喜んでくれるんじゃないかと思う。




 それから一週間後の今日、「薔薇さまお悩み相談室」が実地された。




 その日の放課後、取材の準備をしてきた真美さんと日出美ちゃん、写真撮影の蔦子さんがやってきた。

「もう一度だけ、簡単に説明しておくわね」

 内容は頭に叩き込んでいるものの、真美さんは始める前に、おさらいをすることにしたようだ。
 というのも、つぼみ二人の「どんなものか拝見したいので」という主張が通り、瞳子も乃梨子ちゃんもこの場にいるのだ。
 それと、あの有馬菜々ちゃんも。
 まだ由乃さんの妹ではないけれど、瞳子と乃梨子ちゃんが「面白いことするよ」と連れてきたのだった。
 この企画に限りは部外者になってしまうが、行く行くは「答える側の人」になる可能性も大いにあるので、軽く同席を許可されたわけだ。

「概要はタイトル通り、質問や悩みに答えるだけ。でも一つだけ特殊なルールがあるの。
 それは、質問を引いた人が答えること。誰に向けての質問でも。だから、紅薔薇さまへの質問を、黄薔薇さまや白薔薇さまが答えることもあるわ。
 それと、できるだけ『わかりません』や『知りません』という答えはやめてね。推測でも憶測でも想像でもいいから、何か答えてちょうだい。じゃないと記事に起こせないから」

 やっぱり「想像」とか、その辺が引っ掛かるけれど……その辺を「面白そう」と判断している由乃さんは、やっぱり乗り気だ。
 ちなみに初回のみ、「薔薇さまお悩み相談室」の載るスペースを大枠で取っているらしい。写真も載せちゃうつもりで。新聞部もやる気に満ち溢れている。蔦子さんのカメラとフィルムのチェックも余念がない。

「日出美、準備してちょうだい」
「はい」

 日出美ちゃんは持ってきたA4サイズの茶封筒から、四つ折り程度に畳んだ紙を取り出して丁寧にテーブルにばら撒いた。数は……かなりある。五十枚くらいかな?

「その紙に質問や悩みが書いてあるの。中は引いてからのお楽しみ」

 お楽しみ……ねぇ。私は不安の方がちょっとあるけれど。

「それじゃ、始めましょうか」









  1周目 黄薔薇さま

「さあ引くわよ」

 厳選なジャンケンの結果、由乃さん、志摩子さん、私の順で答えることになった。
 由乃さんは腕まくり(する振り)して、獲物を狙う目で紙を睨み――

「これだ!」

 気合い声を上げて、運命の質問を選んだ。

「えー、なになに……『紅薔薇さまは、どうして祥子さまを姉に選んだんですか?』……か。祐巳さんへの質問だったみたいね」

 へえ、そんな質問もあるのか。……選んだというか、選ばれたって意識が強いけれど。もしくは見つかった、か、ぶつかっちゃった、か。

「ちなみに、大部分が無記名だけど、ペンネームみたいな匿名の投稿もあってね。その場合は紙に名前も書いてあるから」

 そんな真美さんの補足。一般生徒にはわからなくても自分たち、もしくは私たちにわかるもの、逆に一部の生徒のみわかるもの、自分の投稿の目印。そういう意味でのペンネームらしい。

「祐巳さんがどうして祥子さまを選んだのか、ね」

 由乃さんは猫のように目を細めた。

「うん、答えは『顔』ね」

 かっ、顔っ…!?

「由乃さんそれはちょっと! ストレート過ぎない!?」
「え? 事実でしょ?」

 い、いや、厳密に言うとそうなんだけれど……やっぱり容姿で気になって、それから内面を知りたくなるというか、やっぱり初対面は顔というか、その……

「日出美、『紅薔薇さまはどうして祥子さまを姉に選んだんですか?』の答えは、『顔』よ」
「はい、祐巳さまは祥子さまを顔で選んだ……と」

 メモらないで! 日出美ちゃんメモらないで!
 だが願い虚しく、由乃さんの答えはキッチリと取材ノートに書き込まれてしまった。
 あ、あぁぁぁ……少しくらい飾ろうよ……ちゃんと性格だって好きになったのに……顔だけ気に入ったわけじゃないのに……
 …………
 どうでもいいけれど、菜々ちゃんが顔を背けて肩を震わせて声を殺して笑ってるのがすごく気になるんですが。




  1周目2番目  A 白薔薇さま

「次は私ね」

 微妙にヘコんだ私は放置され、二番目の志摩子さんは気構えもなくサクッと紙を選んで広げた。

「……『うちの実家がお寿司屋なんですけれど、どうしたら薔薇さま方は食べに来てくれますか?』」

 お寿司? なんか……すごいな、質問に脈絡がなさすぎて。でも一人一人の意識は別なんだから、それはまとまりもなくて当然か。

「お寿司かー。いいよねー」

 由乃さんが記憶の底にあるお寿司の味を思い出すと、乃梨子ちゃんも「そうですね」とうなずく。

「あのお寿司はおいしかったですよね」

 あのお寿司と言えば。私たちに共通するお寿司と言えば。

「あ、祥子さまのところの? あれはもう……特上も特上、政治家が税金で、芸能人が経費や接待費や大物ぶった先輩のおごりで食べてるやつじゃない?」

 うんうん、あれはすごかったよね。……税金だの経費だのは偏見だと思うけれど。

「ええ、あれはおいしかったわね」

 乃梨子ちゃんと由乃さんが「おいしかった」と盛り上がる中、静かに志摩子さんも同意した。

「日出美、『うちの実家がお寿司屋なんですけれど、どうしたら薔薇さま方は食べに来てくれますか?』の答えは『腕前』よ」
「はい、白薔薇さまは舌が肥えているので並の寿司職人では却下……と」

 え、いや、真美さん! 日出美ちゃん!

「違うわ」

 志摩子さんが、いつもは滅多に見せないキリリとした真剣な目をした。そうそう、はっきり否定しないと。

「『腕前』ではなく『お金』よ。普通の学生の身分で、ちょくちょくお寿司なんて食べられないもの」

 ……う、うん……志摩子さんは正しい。正しい、けれど……ストレートに『お金』って言い方も……

「日出美、訂正よ。答えは『お金』よ」
「はい、高校生のお財布でも安心なお店ならOK……と」

 ……これでいいんだろうか。
 あと菜々ちゃん、声殺して口元隠しても、顔も耳も真っ赤にして肩を震わせていたら、笑ってるのバレバレだよ。

「ちなみに私は、お肉も好きよ。焼肉をひたすら食べるの。メニューを三周くらい、ひたすら」

 ……それは聞いてないですよ、志摩子さん。真面目な顔して言ってもそれは聞いてないですよ。




  1周目3番目  A 紅薔薇さま

 さて、最後は私……と。
 中身がわかるわけでもないのにそれなりに選んで、一枚の紙を取り上げてみる。

「……『そろそろ髪型を変えてみたいんですが、白薔薇さまだったらどんな髪型にしてみたいですか?』」

 読み上げてみて、少しホッとした。よかった、比較的安全な質問だ。それと志摩子さんへの質問のようだけれど……ルールに乗っ取って、私が答えるんだよね。

「志摩子さんの髪型か」

 由乃さんがつぶやくと、なんとなく志摩子さんに視線を向けてみる。
 志摩子さんの髪型……今がベストって感じのふわふわロングだけれど、他の髪型は……

「そういえば、前からあまり髪型なんて気にしたこともないわね」

 本人は気にしたことがないらしい。良い意見はもらえそうにないな。
 私は必死で、志摩子さんの髪型を頭の中でいじってみる。

 ――ショートな志摩子さん

 似合うだろうけれど、今に見慣れているから違和感あるなぁ。

 ――もっとウェーブを激しくした志摩子さん。

 本気で金髪碧眼の西洋人形みたいでかなり似合いそうだけれど……でも志摩子さんの髪も目も金髪碧眼じゃないから、やりすぎって感じもあるか。

 ――もっとロングにした志摩子さん。

 なんかもっさり重そうだ。

 ――オールバック志摩子さん。

 微妙に違うか。美人だから似合いそうだけれど。

「祐巳さんみたいなツインテールはどう?」
「どうかしら」

 私が考え込んでいる間に周りは盛り上がっているらしく、由乃さんが色々と候補を挙げている。

「やってみたら? 祐巳さん、スペアのリボン持ってる?」
「ううん」

 首を振る私の横で、瞳子が「私のでよろしければ」と、鞄から紺色のシックなリボンを二本出した。
 「借りるよ」と持って行ったのは乃梨子ちゃん。だが何気ない動作のようで、その目その態度が「何人たりとも志摩子さんに触るな」と語っていた。
 そんな乃梨子ちゃんが私たちを警戒しつつ、志摩子さんの髪の束を二つ作り、サイドで結わえた。
 「どう?」って感じで志摩子さんを正面から見ようと覗き込み……

「――くあぁっ!?」
「乃梨子!?」

 乃梨子ちゃんは堕ちた。正視三秒くらいで。

「どうしたの乃梨子!? 大丈夫!?」
「だ、だいじょぶ……気にしないで……」

 鼻を押さえてなんとか意識を保つ乃梨子ちゃんに、ツインテール志摩子さんが心配げに顔を曇らせている。
 うん、乃梨子ちゃんほど直撃じゃないけれど、すごく似合うと思う。いつもは綺麗って感じだけれど、今はそこにプラス愛くるしさとか加わるような感じで。可愛い。いい。
 そして蔦子さんが狂ったようにシャッターをガシガシ切っている。……怖いから見るのやめよう。

「日出美、『そろそろ髪型を変えてみたいんですが、白薔薇さまだったらどんな髪型にしたいですか?』の答えは『ツインテール』よ」
「はい、ツインテール……と」

 え!? 私答えてないよ!?
 ……でもこれ以上志摩子さんの髪型を考えてもいいのが思い浮びそうにないから、流しておこう。
 なんて考えていると、菜々ちゃんが「乃梨子さまはどうしたんですか?」と由乃さんに質問して、由乃さんは「病気なのよ」と答えていた。
 確かに一種の病気ではあると思う。「お姉さま大好き病」という、リリアン限定の。




  2周目  A 黄薔薇さま

「ここからはさくさく行きましょう」

 由乃さんは、えいやっ、と紙を選んで広げる。

「……『リリアンの制服って、街中だとすごく浮いてませんか? 匿名、高等部からの編入生』」

 それは、リリアンの生徒なら誰もが一度は思うことだ。普通の学校の制服なんて、膝上丈のギリギリなスカートがあたりまえみたいになっているから。

「浮いてるわね。気のせいじゃないわ」

 由乃さん、それは自信満々に言い切ることじゃないと思うんですが……




  2周目2番  A 白薔薇さま

「では、引きます」

 乃梨子ちゃんが「そのままの方がいいよ!!」とかなり必死に力説したので、ツインテールのままの志摩子さんはすっと、ほっそりした指を伸ばし紙を一枚引いた。

「……『最近、妹のことで悩んでいるのですが、薔薇さま方も妹のことで悩んでいたりしますか? 匿名、新米姉妹』」

 妹のことで悩み、かぁ。
 私からすれば、姉であれ妹であれ、悩みがない方がおかしいと思うけれど。
 お姉さまから見た私は、落ち着きがなくてボケてて成績も平均点で……なんて、大小含めて悩んだりしたこともあっただろう。
 反対に私から見たお姉さまは、やっぱり常識……というか、世間と隔たりがあるところが、心配であったり面白いところであったり。自分にできることは他人もできると思っていたり。あと男嫌いの行く末とか、柏木さんとの今後とか。
 でも、そういう悩みも、付き合いが長くなっていくと、段々認められるようになるんだよね。後半二つは別として。

「妹のことで悩み……と言えば」

 志摩子さんはチラリと自分の妹に視線を配る。

「やっぱり乃梨子の妹のことかしら」
「えっ?」

 ツインテール志摩子さんに見惚れっぱなしの乃梨子ちゃんには、寝耳に水の話題だったようだ。

「急かす気はないけれど、追々考えてちょうだい」
「は、はい……」

 微妙に嫌そうな乃梨子ちゃん的には、まだまだ志摩子さんと二人きりの姉妹がいいんだろう。




  2周目3番  A 紅薔薇さま

「じゃあ、引きます」

 二周目最後の私は、ほどほどに選んで紙を引いた。

「……『黄薔薇さまに質問です。どうしてそんなに暴走系なんですか?』」

 ……うっわぁ……しんどいの引いちゃった……

「…………」

 ほら、由乃さんが「わかってるわね?」って顔で笑ってるよ……でも目が笑ってないよ……

「あー、えーと…………『なんちゃって武士だから』……かな」
「ぷふーっ!」

 由乃さんの視線を避けつつ言うと、菜々ちゃんが思いっきり吹き出した。

「そ、そのピッタリな呼称はなんですか!? 意識だけ高くて実力が伴ってなさそうなところが……あ、ダメ、ツボ入った…!」

 ……あの、由乃さんが、すごく睨んでるんだけれど……
 でも菜々ちゃんは由乃さんなど怖くないらしく、しばらくテーブルに伏せて笑い続けていた。



  3周目  A 黄薔薇さま

「菜々、いい加減にしなさいよ?」
「ククク……は、はい……」

 なんとか笑いを噛み殺したいけれどそれができないで苦しむ菜々ちゃんに、由乃さんは更に不機嫌そうに顔を歪めると、バッと紙を引いた。

「……『姉妹になると三つの袋が肝要と言われていますが、その三つとは?』」

 それ、結婚のお約束の話じゃ?

「一、堪忍袋。二、握り拳を隠すポケットの袋。三、誰かの身体くらいスポッと入りそうな大きい麻袋。以上」

 よ、由乃さん……由乃さん怖いよ……麻袋を何に使う気なのよ……




  3周目2番  A 白薔薇さま

「引きます」

 由乃さんと菜々ちゃんの険悪な空気をものとも……いや気づいていない志摩子さんは、手近な一枚を取った。

「……『紅薔薇さまと瞳子さんの初デートはどこでしょうか? バレンタインイベントは抜きで。ぜひお教えください』」

 あ、私への質問だ。
 しかしながら、ルールに乗っ取って、質問を引いた志摩子さんが答えることになる。想像と偏見で。

「祐巳さんたちの初デート……どこかしら……」

 志摩子さんはふわふわと視線を漂わせて、少しだけ眉間にしわを寄せる。

「ちなみにもうしました? 遊園地は……最後の方だけ会えたんでしたよね?」

 少しでも姉に情報を与えたいのか、乃梨子ちゃんが聞いてきた。

「バレンタインくらいのデートらしいデートはまだかな。一緒にお出かけ程度なら少しは……あ、そうだ」

 ちょっと思いついてしまった。

「この際だし、初デートは志摩子さんが答えた場所に行ってみようよ。ね、瞳子?」
「えっ、……ええ、まあ、別に、構いませんけれど……」

 瞳子はぷいっと顔を背けて、渋々って感じで首を縦に振った。――これは照れてるな。

「そうなの? 責任重大ね」

 なんて言いながら、さっきまでの真剣さはなくなって、笑いながら志摩子さんは考えた。

「……そうね、今の時期なら、桜並木を一緒に歩くというのはどうかしら?」
「あ、いいね」

 満開の桜の中、二人で歩く散歩道。お弁当なんか作ってきちゃったりして。
 うんうん、なんかいい感じの初デートに……

「――けっ、毛虫がいるから嫌です! 絶対嫌です!」

 ……ならないみたいだね、うん。そういえば瞳子、毛虫嫌いだったね。……うん。




  3周目3番  A 紅薔薇さま

「じゃあ、引くね」

 「桜並木」という言葉から「桜の季節もそろそろ終わるし、お花見しない?」と由乃さんがこっちに復活し、その方向で真美さん日出美さん蔦子さんも含めてプライベートの予定が立ってしまったけれど、今はこっちが主題である。
 私はやはり少しだけ選んで、紙を摘み上げた。

「……『志摩子さんが好き、という気持ちを、ニ十文字以内で答えてください。本人なら乃梨子さんでお願いします』」

 「え」と、思わず顔を見合わせる私と志摩子さん。
 えっと、志摩子さんが好きという気持ちを、二十文字以内で答えろ、と……再確認しても間違いなくそう書いてある。
 ……仕方ない。言うしかない。
 何気に瞳子と乃梨子ちゃんの目が痛いけれど、これはそういう企画なんだから。しょうがないじゃない。
 あと由乃さんと菜々ちゃん、こんな時ばかり同じように目を輝かせないで。

「えー……綺麗なだけじゃなくて可愛いから……す、好き、です……」

 文字にして、これで十九文字のはず。指を折って数えたんだから間違いない。どもったところと句読点とかはなしで。

「祐巳さん……」

 あ、志摩子さんが赤面してる。……いや、私もたぶんしてるけどね。さすがに恥ずかしい。

「私も祐巳さん、好きよ」
「う、うん……」

 気持ちは嬉しい。本当に嬉しい。
 でも、瞳子と乃梨子ちゃんの視線がビシバシ刺さっちゃって、とても痛い。
 あと由乃さんと菜々ちゃん、ニヤニヤしすぎ。




  4周目 黄薔薇さま

「次は私ね」

 由乃さんはまだニヤニヤしつつ、まだまだ照れている私やら志摩子さんやらを見ながら紙を引いた。

「……『白薔薇さまの夢はなんですか?』」

 志摩子さんの夢か。確か、シスターだったっけ?

「銀杏並木に住むこと?」

 いや由乃さん、それはもう家なき子だから。

「そうね。それも一つの夢よ」

 って志摩子さん、いいんだ!? 一つの夢なんだ!?
 ……志摩子さんが、わからない……




  4周目2番  A 白薔薇さま

「私の番ね」

 いささかショックを受けている私など眼中にないらしく、志摩子さんはささっと紙を引いた。

「……『この間、授業中についつい居眠りをしてしまいました。その時よだれを垂らしていたようで、気がついたらノートがびしょびしょになっていたのですが、薔薇さま方もこんなことありますか? 匿名、祐巳さん今度デートしようね』」
「え、誰?」

 匿名の名前で引っ掛かった。誰だこれ。さん付けってことは、きっと同級生だと思うけれど。
 ……桂さんかな?

「これが記事になるなら、向こうから言ってくるんじゃないかしら?」

 志摩子さんの言う通りなので、今は気にしないことにした。
 それにしても、授業中に居眠りか。今の時期は特に眠くなっちゃうからね。
 私は胸を張って断言しよう。
 「ある」と!
 ……自慢にもならないから言わないでおこう。

「恥ずかしながら、私はあるわ。祐巳さんと由乃さんはきっとないでしょうね」
「いやあるよ!」
「あるある!」

 自慢にならないかと思ったけれど、私と由乃さんはなぜか力強く同意してしまった。きっと由乃さんも、私と同じように自慢にならないから黙っていたクチなのだろう。
 ついでに瞳子や乃梨子ちゃんや菜々ちゃんや真美さんや日出美ちゃんや蔦子さんにも聞いてみると、やっぱり「ある」そうだ。よだれの量はマチマチのようだけれど。
 案外もしかしたら「ない」方が少数派なのかもしれない。世間的にも。




  4周目3番  A 紅薔薇さま

「じゃあ、引くね」

 しばらく「子供の頃、授業中に消しゴム千切って友達に投げなかった?」「あるある」「しかも髪に引っ掛かってそのまま放置とか」「あるある!」と、あるあるネタで盛り上がった後、私は紙を引いた。

「……『高校からの編入組なので、お姉さまというフレーズに慣れません。それに代わる代名詞なんてないのでしょうか?』」

 というと……

「ああ、わかるなー」

 乃梨子ちゃんが深くうなずいた。

「私も抵抗ありましたから。だって『お姉さま』なんてその手の趣味の…………あ、いえ、やめておきます」

 きょとんとしている私たちの視線に気付いたのか、乃梨子ちゃんは先を告げなかった。いったい何を言いたかったのだろう。その手の趣味ってなんだろう。

「さま付けすら、普通に暮らす一般人からすればまったく馴染みがないですからね。初めて聞いた時はぎょっとしました」

 今まであまり気にしなかったが、言われてみるとそうかもしれない。私もずっとリリアンだから世間一般とちょっとズレている、ということだろうか。

「でも『お姉さま』は伝統だから、それに代わる呼び方って言われてもなぁ……」

 お姉さん。お姉ちゃん。……なんか違うな。
 姉様……は、もうお姉さまと大して変わらないか。
 姉君。これじゃ時代劇だ。
 考えてみてもさっぱりだが、真美さんに「知らない」とか「わからない」とかはやめてくれと注意されているから、なんか答えないと。

「えーっと…………『お姉さにゃん』とか……はは、ダメだよね」

 全員が吹き出した。あはは、やっぱり笑われたか。
 ――だが、後に「お姉さにゃん」がちょっとしたブームになることなど、今の私たちは知る由もなかった。




  5周目  A 黄薔薇さま

「もう五周目ね」

 由乃さんは言いながら、紙を引く。

「……『姉や妹を唸らせる、とっておきのトリビアを教えてください』」

 トリビア……というと、人生には役に立たない無駄な知識? TVでやってたアレ?

「トリビアねぇ……なんかあるかな」

 首を傾げる由乃さん。

「トリビアってなあに?」

 志摩子さんは質問自体を掴めないらしく、由乃さんとは違う意味で首を傾げている。

「知ってても役に立ちそうにない無駄知識、でいいのかな?」

 私が言うと、何人かそうそうとうなずいていた。志摩子さんあんまりバラエティ番組は観ないのかな?

「ふうん……たとえばどんなもの?」

 たとえば? いや、急にはちょっと……

「有名な話なら」

 と、由乃さんが言った。

「レントゲンと言えばX線写真。でもレントゲンって、学者の名前なんだよね。ドイツ生まれのウィルヘルム・コンラート・レントゲンがフルネームよ」

 へえーへえーへえー。心の中の「へえボタン」を連打してしまった。

「ああ、それなら知っているわ。さすがにフルネームは憶えていないけれど」
「でしょうね。有名すぎて、もうトリビアって感じじゃないよね」

 ……すみません、知りませんでした。

「そういう話なら……北大路魯山人の話でいいのかしら?」
「ん? ろさんじん? 陶芸家の?」

 サラリと志摩子さんの口から有名人の名前が飛び出し、由乃さんは露骨に反応する。

「魯山人は陶芸も有名だけれど、書家でもあり、料理人でもあったのよ。昭和三十年頃に、無形重要文化財……いわゆる人間国宝に指定されたそうだけれど、本人はそれを断ったんですって」

 へえーへえーへえー! 連打も連打、乱打してしまった。

「やるわね、志摩子さん」

 思わぬライバル(?)出現に、挑戦的にニヤリと笑う由乃さん。だが志摩子さんはきょとんとしていた。張り合いのないライバル関係が生まれた……のかもしれない。

「それじゃ、進化論でどうかな。かの論理はダーウィンが提唱したのが有名だけど、本当はそれ以前にもう発表されてたの。それもダーウィンの祖父が先に似たようなの出してたんだって。他にも何人かいるらしいわよ」

 へえーーーーー!!




  5周目2番  A 白薔薇さま

「引きます」

 しばしトリビアで盛り上がった後、志摩子さんが紙を引いた。

「……『黄薔薇さまに質問です。自分の寝言はどんなことを言うと思いますか?』」
「そんなの聞いてどうするのよ」

 確かにどうするんだろう。でも質問は質問だ。答えなきゃ。

「由乃さんの寝言……『令ちゃんのばか』とか?」
「なんで夢の中でまで令ちゃんと戯れなきゃいけないのよ」

 確かにそうだなぁ、と思うわけで。いやそもそも、本当にそんなことを知ってどうしたいんだろう。質問を寄せてくれた人は。




  5周目3番  A 紅薔薇さま

「それじゃ、引くね」

 五周目最後の私が、やはり少しだけ選んで紙を引いた。

「『黄薔薇さまは妹を作る気はあるんでしょうか? 恐れ多いのですが、一年生でよろしければ私が立候補したいのですが……』」
「お」

 由乃さんが興味ありげな声を漏らす。そうだね、これ由乃さんのファンの質問だね。
 ……というか、これは由乃さんが答えるべき質問だよね。どう考えても。
 でも、質問を引いた私が答えなきゃいけないのか……あんまり姉妹問題には口を出したくないんだけれど……

「…………」

 無表情で私を見ている菜々ちゃんの視線も、ちょっと気になるしね。
 さて、なんて答えたものか。
 「もう有馬菜々ちゃんという妹候補がいるから」なんて……言えないよなぁ。由乃さんと菜々ちゃん、今は姉妹になるかならないかの微妙なところにいるみたいだし。刺激したくない。

「……もし本気でそう考えているなら、本人に直接聞いてみた方がいいと思う。それができないくらいなら、きっと由乃さんの妹としては上手く付き合えないんじゃないかな。少なくとも、由乃さんにそれを聞ける下級生が、一人は確実にいるから」

 これくらいならいいよね、という視線を向けると、由乃さんは微妙な顔をしていた。隣にいる「由乃さんにそれを聞ける下級生」を気にして。




  6周目  A 黄薔薇さま

「……」

 微妙な顔のまま、由乃さんは黙って紙を引いた。

「……『紅薔薇さまの最新のボケを教えてください』だって」

 え!? さ、最新のボケ!?

「最新の……常に更新してるから、私も全ては把握し切れてないのよね」

 ……うぅ……

「記憶に残ってるので言えば、アルゼンチンとアンゼルチンのどっちが正しいかわからなかった、とか」
「由乃さま、それはもはや古い情報ですわ。最新は、DHAを漫画か何かのタイトルと勘違いしたことです」

 と、瞳子……姉を売るなんて……!

「え、そんな微妙なボケを!? DNAならまだわかるし実際あったはずだけど、DHAで!?」
「由乃さま、DHAって言ったらアレですよ? マグロの目玉とかに含まれてる頭の良くなる成分ですよ」
「ププッ。きっとDHAで頭良くなりたかったのねっ」
「残念ながら漫画じゃないですけどねっ」

 隣の仮妹と盛り上がる由乃さん。……早く姉妹になっちゃえばいいのに。気が合うんだから。

「なんですかお姉さま。ご不満なら大好きな志摩子さまにお言い付けになったらどうですか」

 妹の裏切りをどうしてやろうかと見ていたら、瞳子がツンと顔を背けた。どうやらさっきの「二十文字」を根に持っていたらしい。
 …………ふうん。そういうこと言うんだ。へえ。

「志摩子さん、そういうことなんだけれど」
「ふふふ。瞳子ちゃんは可愛いわね」
「かっ…!?」
「でしょ? お姉さまを巡って嫉妬しちゃうって、やっぱり姉妹の宿命だよね」
「し、しっと!?」
「ええそうね。可愛いわよね、瞳子ちゃんほどわかりやすいと」
「わ、わかりやすい!?」

 そんなこんなで、耳まで赤くなった瞳子が「ごめんなさい」を言うまで、私たちのキャッチボールは続けられた。もっとも、志摩子さんは狙わず素でやってると思うけれど。
 「妹を手玉に取るなんて、三年生の貫禄がついてきたわね」と、なぜか真美さんと蔦子さんが感心していた。




  6周目2番  A 白薔薇さま

「これって何回くらい答えればいいの?」

 なんて聞きながら、志摩子さんは紙を引いた。真美さんは「各自7枚を想定しているから、もう少しがんばって」と返答。あと一周か。

「質問と答えだけで詰めると枠が余っちゃいそうだから、ここでの対話も簡単に記事に起こしてみるつもり」

 かなり機嫌の良さそうな真美さん。相当面白がっている様子。……いや、面白いではなく、楽しい、だろうか。私も結構楽しいから。

「わかったわ。――『白薔薇さまに質問です。最近のお悩みなどありますか? 匿名、その節はお世話になりました×2』」

 お、志摩子さん自分への質問を引いちゃった。……って、お悩み相談なのに、志摩子さんの悩みを聞きたいんだ。

「それ、バレンタインの時の下級生二人じゃない?」
「そうみたいね」

 由乃さんのツッコミに、志摩子さんはふふふと笑った。人気あるなぁ志摩子さん。

「最近の悩み……真っ先に浮かぶのは乃梨子の妹のことだけれど、さっき答えたから別のことの方がいいわね」

 志摩子さんは「うーん」と悩む。……だんだんツインテールに違和感がなくなってきたな。

「あ、そうだわ。薔薇の館の一階の倉庫の整理と掃除は、そろそろやっておかないといけないわよね」

 意外な着地点に降り立ったようだ。そうか、倉庫の整理と掃除か。……確かにそろそろやった方がいいかも。

「何があるのか、私たちも把握し切れてないものね」

 由乃さんも同感のようだ。そう、あそこには意外な物もいっぱいあるんだよね。

「真美さん、その時は手伝ってね」
「えっ!?」
「こうして新聞部の企画に付き合ってるんだから、今度はこっちの都合にも付き合ってくれるわよね?」
「う…………予定が決まったら教えてちょうだい」

 痛い所を突かれた真美さんは、苦笑しながらそう答えた。手が増えればその分だけ楽になるので、私も志摩子さんも悪いな、とは思いつつ、フォローはしなかった。




  6番目3番  A 紅薔薇さま

「あと一周だね」

 言いながら、私は紙を引いた。

「……『正確には薔薇さまへの質問ではないのですが、瞳子さまの髪型って、どうやってセットしているか教えていただけないでしょうか? あの強靭なバネの効き具合は市販品で可能なのでしょうか? 匿名、実際にドリルヘアーをやってみたいの会一同より』……」

 ド、ドリルヘアーって……せめて縦ロールにしておこうよ。

「ドリルって…!」

 菜々ちゃんが極々小さくつぶやいて顔を伏せてプルプル震えている。その横の由乃さんもプルプル来ている。

「……別に笑ってもいいですよ」

 憮然とした瞳子は、不機嫌って態度を隠そうともせず言葉を放った。
 が、笑うのを我慢していた人たちは、本人に「笑ってもいい」と言われると、逆に笑いが引いてしまったようだ。怒ったら大笑いしたんだろうな。

「でも、確かに疑問に思うわよね。ほら、この前の『三年生を送る会』で瞳子ちゃん髪下ろしていたじゃない。で、すごいまっすぐなストレートだったでしょ?」

 由乃さんは比較的新しい記憶を呼び起こしたようだが、『とりかえばや物語』でも瞳子の髪は巻いていなかった。

「普段あれだけまっすぐなの? だったら巻くの大変じゃない? そもそもあの長さの髪を長時間巻いたまま維持できるってすごくない?」

 それは……確かにすごいかもしれない。この縦ロールは市販品のヘアセットアイテムで作ることが可能なのだろうか。

「私が答えてもいいですけれど、お姉さまが答える義務があるんでしょう? そもそも私たちはこの企画では部外者ですし、私が答えるのは筋違いですわ」

 ……それも、確かに。本来ならつぼみはここにはいないはずだから。

「うーん……市販品じゃたぶん無理だと思う。専用のカーラーなりなんなり使って、更にスプレーなんかも必要だと思う」

 なんか自然と瞳子の反応をうかがい恐る恐るに答えてしまった。
 そして。

「…………フッ」

 かすかに鼻で笑った瞳子のその反応に、本当のところはどうなのか、無性に気になってしまったのだった。あとでちゃんと聞いておこう。




  7周目  A 黄薔薇さま

「これで最後ね。よーし、いいの引くわよー」

 選びに選んで、由乃さんは「そいやぁー!」と叫びながら紙を引いた。無駄に気合十分だ。

「えー、『白薔薇さまが最近読んだ本について教えてください。ついでに感想なんかもいただけると。 匿名、図書委員からです』……当たりなのかハズレなのかちょっと微妙ね」

 期待ハズレに突拍子もないわけでもなく、当たりと言うほど面白くもなく、普通の質問だった。由乃さん的にどう反応していいのかわからない辺りが微妙なんだろう。

「志摩子さん、最近本読んだ?」
「ええ」

 志摩子さんは肯定はするが、内容には触れない。

「うーん……乃梨子ちゃんならわかるんだけどなぁ」
「え? そうなんですか?」
「うん。最近読んだ本は『もう恋なんてしないなんて言わないなんて言わないよ』でしょ?」
「なんですかそれ。あてずっぽうですか」

 呆れる乃梨子ちゃん。……それにしても回りくどいタイトルだ。

「志摩子さんが読んだ本かぁ……なんだろうなぁ……うーん…………『銀杏の妖精リコリコ』とか?」
「なんですかそれ」

 呆れる乃梨子ちゃん2。なんか童話か絵本の名前みたいだ。

「あったら読むわ。かならず」

 あ、志摩子さんが異常なまでに真剣な顔で食いついた。




  7周目2番  A 白薔薇さま

「引きます」

 志摩子さんは最後でも自分のペースを崩さず、さっと紙を引いた。

「『黄薔薇さまに質問です。少々気が早いですが、もし今度のバレンタインイベントでまた私がカードを発見したらどうしますか? 匿名、忙しいのはわかるけど剣道部にも顔を出しなさいよ』」
「田沼ちさとか!!」

 くわっと目を見開き身構える由乃さん。激しいリアクションだ。

「もし三冠達成したら、バレンタイン以降の卒業までの残りの高等部生活、すっっっっごい仲良さげに、それこそ恋人のように接してやるわよ! 常にイチャイチャして腕組んで蔦子さんに記念写真頼んだり一緒にお弁当食べて『あーんして☆』とか膝枕したりされたりしてやるわよ! やれるもんならやってみなさいよ!」

 うわ……由乃さん、えらいことを公約しちゃった……
 ちさとさんの書いた通りちょっと気が早いけれど、来年のバレンタインはどうなることやら。少し期待もしてしまうし、少し怖い気もするし。

「……だそうです」

 どちらにせよ、最後の質問を本人に答えられてしまった志摩子さんは、ちょっぴり寂しそうだった。




  7周目3番  A 紅薔薇さま

「これで最後だね」

 ようやく最後の質問だ。結構楽しかったけれど、これで終わり。私は最後の紙を引いた。

「……『ネタをくれ! ネタをくれ!! それが無理なら時間をくれぇ!! 匿名、修羅場の最中の創作系の人達より』……」

 …………

「……えっと、残念ですがどうすることもできません。ネタは自分で探して、時間は自分で上手くやりくりしてください……」

 最後の最後で微妙なモノを引いてしまったせいで、最後の最後で微妙な空気のまま、「薔薇さまお悩み相談室」は微妙な後味だけを残して終了した……









 私立リリアン女学園。
 十八年間通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢さまが箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている貴重な学園である。


 だが、純粋培養されていない世間に言わせれば、結構変な人達の巣窟なのかもしれない。








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