【260】 地雷を踏んだかも  (いぬいぬ 2005-07-25 02:11:44)


「加東さ〜ん♪」
「何?佐藤さん」
「今ヒマ?」
「ええ、特に予定は無いけど」
「じゃあ、お茶しない?」
「良いけど・・・どうしたのよ急に?」
「今、私以外の元薔薇様二人が近くの喫茶店まで来てるのよ。そういう訳で、ご一緒にお茶でもいかがですか?加東景さん」
「そういう訳なら喜んで。白薔薇様」
こうして私は、(元)薔薇様達の集うお茶会に参加する事となった。


「初めまして、加東さん。私が元紅薔薇の水野蓉子です」
そう言って微笑んだのは、肩口で黒髪を切りそろえた綺麗な人。なるほど、佐藤さんが私に口うるさく注意されると「蓉子みたい」と言ってたのは、この人の事か。いかにも優等生って感じで、さぞや高校時代の佐藤さんには手を焼いていたのだろう。
「そして私が元黄薔薇の鳥居江利子です。って前にも言ったわね」
隣りに座っていた鳥居さんがそう言って笑う。あいかわらず綺麗なデコ・・・おっと、「デコチン」がNGワードだって佐藤さんが言ってたっけ。
「初めまして、加東景です。水野さんの噂は佐藤さんからかねがね・・・」
「あら、どんな噂なのかしら?」
水野さんが微笑みながら、佐藤さんを軽く睨んだ。
「別に・・・大した事は言ってないわよ?」
いけしゃあしゃあと言う佐藤さんに、水野さんも「どうだか・・・」なんて言いながら苦笑している。三人とも仲が良いんだろうなぁ。
それにしても、それぞれタイプは違うけど三人とも美人で、こうして揃うと壮観ね。
「加東さんには、一度会いたいと思っていたのよ。梅雨の頃に、祐巳ちゃんがお世話になったんですって?本当にありがとう」
「いえ、大した事はしてないんですよ。むしろ佐藤さんが助けてあげたようなものだし」
「あら、ずぶ濡れの祐巳ちゃんを部屋に招いて、乾かしてくれたんでしょう?」
「そうそう、あの時加東さんが居合わせなかったら、祐巳ちゃん風邪ひいてたろうね」
佐藤さんが、自分の手柄のように言う。
「じゃあ、やっぱり祐巳ちゃんの恩人ね。祐巳ちゃんは私にとっても大切な子だから、改めて言わせてね?ありがとう」
「そこまで言われるほどの事じゃないんだけど・・・」
何か急に恥ずかしくなってきたな。私は照れ隠しのように言葉を続けた。
「それに、祐巳ちゃんが本当に立ち直ったのって、やっぱりお姉さまの・・・祥子さん?と仲直りできてからなんでしょう?」
「まあ、そうかもね。なんだかんだ言っても、祐巳ちゃんは祥子大好きだからなぁ」
佐藤さんが、あの頃を懐かしむように笑った。
私は以前から疑問に思っていた事を、水野さんに聞いてみる。
「やっぱり、リリアンの姉妹っていうのは、精神的な繋がりが強いのかしら?」
「そうね。親兄弟とは違う種類の強い繋がりを持っているわね」
水野さんも、懐かしむような笑顔を見せる。
「そうか・・・じゃあやっぱり、祐巳ちゃんみたいに、お姉さまが傍に居てくれれば、妹はどんなに落ち込んでいても立ち直っちゃったりするんだ・・・」



・・・あれ?なんで水野さん、急に無表情になったんだろう?
「・・・・・・そうね、普通はお姉さまが傍で慰めてくれれば、立ち直るわね・・・・・・まあ、中には妹の顔見た途端に立ち直っちゃう特殊な子もいたけどね」
・・・・・・怒ってる?
何かトラウマ刺激しちゃったのかな・・・ 何やら「祥子ったらあの時・・・」とかブツブツ言い出してるし。
「そ、それはそうと!」
佐藤さんが、急に大声を出した。やっぱり話題変えたほうが良いのかな?
「加東さん、8月だってゆうのにホットコーヒーなんて、暑くないの?それとも薫りにこだわるほどのコーヒー好き?」
「ああ、今、奥歯の詰め物取れちゃってて、冷たいモノがしみるのよ」
私が話題に乗ると、あからさまにホっとした顔になる佐藤さん。やっぱり私は踏み込んじゃいけない所に踏み込んだのかな?
それにしては、鳥居さんは楽しそうに私達を眺めてるわね?
まあ、深く追求しないほうが身のためだろう。何か水野さんの目が怖いし。
「なんだ〜。じゃあ、歯医者に行かないとね。なんなら、付き添ってあげようか?」
「もう・・・幼稚園児じゃあるまいし、一人で歯医者くらい行けるでしょ、普通」




・・・・・・あれ?にこやかに私達を眺めてた鳥居さんまで無表情になっちゃった?
私、また何かやらかした?
「・・・・・・・・・・・・そうよね。普通、一人で歯医者くらい行けるわよね」
あ、鳥居さんに微笑みが戻ってきた。
・・・でも、さっきまでと微笑みの種類が違うような?てゆーか乾いた笑いってやつ?
遠い目をして乾いた笑みを浮かべる鳥居さんがメチャメチャ怖い。しかも「さっさと行ってれば、私もあの革命が観戦できたのに・・・」とか呟いてるし。
革命って何だろう?聞いてはいけない事なんだろうか?
「え〜と・・・そろそろお開きにしようか!」
唐突に佐藤さんが宣言する。
いくらなんでも早すぎるかとも思ったけど、水野さんと鳥居さんがこの様子じゃあ、賢明な判断かも知れないわね・・・
「そ、そうね。そうしましょうか」
水野さんと鳥居さんを刺激しないように、私は財布を取り出して、小銭を用意し始める。佐藤さんもカバンの中から財布を捜しだした。
その時、佐藤さんのカバンから、文庫本が落ちた。
「あ」
佐藤さんが呟き、本を拾い上げた。
「・・・・・・あれぇ?」
本はもう拾ったはずなのに、まだキョロキョロしている。
「どうしたの?佐藤さん」
「いや、これに挟んどいたはずなんだけど・・・何処行ったかな」
床に目をやり、辺りを捜している。
「シオリなら、私余計に持ってるから、一枚あげようか?」
「いや・・・あれぇ?何処だろう」
何やら独り言がエスカレートしつつある水野さんと鳥居さんから、一刻も早く離れたい私は、佐藤さんの様子にだんだん苛立ってきた。
「もう!いつまでもシオリにこだわっててもしょうがないでしょう?こだわってたからって、シオリがあなたのトコに帰ってくる訳でも無いでしょうに!」



・・・・・・おや?佐藤さんが固まった。
「・・・・・・そうだよね・・・いつまでもこだわってても、しょうがないよね」
あれ?私?また私、何か地雷踏んだ?
佐藤さんは立ち尽くしたまま、「帰って・・・こないよねぇ・・・」とか呟いている。
なんか泣きそうな顔で呟き続ける佐藤さんに、私はかけるべき言葉が見つからない。





ブツブツと呟き続ける3人が再起動するまでの数分間は、まさに針のムシロだった。
なんかいたたまれない感じで、こちらを伺いつつヒソヒソ話をしてる店員の視線が痛かったが、私はどうする事もできずに、ただコーヒーをすするしか無かった。

今度、佐藤さんにNGワードを書き出してもらおう・・・
とりあえず山百合会全員分のやつを。


一つ戻る   一つ進む