【2607】 悩める乃梨子ちゃんそっとしておいて  (篠原 2008-04-30 05:33:36)


『マーガレットにリボン』より


 ホワイトデーのお返しの相談をするお姉さま達にお茶をいれて、乃梨子と瞳子は薔薇の館をあとにしていた。

「ところで、祐巳さまが下級生にチョコ貰ったりお返しを考えてたりって、瞳子は何か思うところはないの?」
「乃梨子こそ」
「志摩子さんはほら、ああいう人だから」
「お姉さまも、ああいう人ですから」
 お互いに顔を見合わせて笑う。
 全くヤキモチをやかないと言ったら嘘になるかもしれないけど、そんなことがバカらしくなるような人達ではある。
「薔薇さまなんですから当然のことでしょうね。それに、ちゃんとクラスと名前はひかえてあるから大丈夫です」
 うふふと黒く笑う瞳子に嫌な汗をかく乃梨子。
「いやまて、何が大丈夫なんだ?」
「冗談はさておき」
「本当か? 本当に冗談か?」
 何故か、乃梨子の顔を覗き込んだ瞳子がふふふと笑う。
「な、何?」
「白薔薇さまがマーガレットもどきの正体を言い当てたからって、乃梨子が得意そうな顔をすることは無いでしょうに」
「別に得意そうな顔なんてしてないでしょ」
 嘘だった。
 あの瞬間、さすがは志摩子さん! と思ったのは事実だ。
 いや、思っただけで顔には出さなかったから嘘ではないか。しかし、本当にうちのお姉さまは博識だ。思い出しただけでも誇らしい気分になる。
 瞳子が笑い出した。
「乃梨子って、本当に表情豊かになったわよね」
 なんですと?
「……これでもクールなキャラで通ってたんだけど?」
「……………」
「何? その呆れたような顔は」
「人前で大泣きする人間をクールとは言わない」
「うっ」
 そ、そんなには泣いてない、と思う。
「マリア祭で白薔薇さまの為にあんなに派手な立ち回りをした挙句大泣きする様は、なんて熱いハートの持ち主なんでしょうと評判でしたわ」
「熱いハートってなんだよ」
 ていうか思い出させるな。そんでお前はまず謝れ。

「瞳子はさ………」
「何?」
「なんか落ち着いちゃったよね」
「落ち着いた、ですか?」
 少し怪訝そうに首を傾げる。
「穏やかになったというか、一頃の危うい感じが無くなって……安定した?」
「ああ」
 納得したように頷く。
「そうかもしれません」
 そう言って瞳子は微笑んだ。
「でも、それを言うなら乃梨子だってずいぶんと柔らかくなったわよ」
「そうかな」
「入学当初は『寄るな係わるなうっとおしい』っていうオーラが凄かったけど、今は自分から他の人に係わっていくでしょう?」
「………」
 そんなに露骨………だったかもしれない。
「! 気付いててまとわり付いてたのか?」
「だっておっかしいんですもの」
「面白がってたんかい!」
「まあ、それは冗談ですけれど」
「あ、あのね……」
 本当にどこまで冗談なんだ、こいつは。
「基本的にここの子羊たちは善意のかたまりですから」
 私と違って、と付け加えて笑う瞳子。
「外部生でしたし、確かに雰囲気は違っていたのでいろいろ評判になっていたのは確かですけどね」
「知らないところでどんな風に言われてたのか、今更だけど怖くなるな」
「他ですと、乃梨子はガ」
「うるさい黙れ」
「……なんですの。自分から聞いておいて」
 そんな拗ねたような顔は祐巳さまにだけ見せてろ。
「乃梨子が受け入れられ易いように、あることないこと言いふらした瞳子の努力を少しは」
「おまえかーーー!!」

 とある3月の、あいかわらず平和なリリアン女学園の放課後の一コマだった。


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