オリキャラ
【No:2631】からの続き
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はぁ。
マリア像の前で祐巳はため息をついていた。
一週間前、矢代がリリアンにやってきた。
それは祐巳のことを思ってのことだった。
矢代が言うことは祐巳も理解していた。
わかってはいる。わかってはいるけれど、すぐに割り切れるものではなかった。
そのことで祐巳はずっと悩んでいた。
はぁ。
悶々としながらも、祐巳はマリア様にお祈りを捧げた。
もはや日課となっているお祈り。どんなに悩んでいても忘れることはない。
「祐巳」
ふいに後ろから声が。
その声は祐巳の聞きなれた、大好きな声だった。
「ごきげんよう。お姉さま」
「ごきげんよう。で、どうしたのかしら?」
「・・・?何がでしょう?」
祐巳には祥子が一体、何を指して言っているのかがわからなかった。
「ため息、ついていたでしょう?」
なるほど。
どうやら祥子には見られていたようだ。
「申し訳ありません」
「一体、どうしたのかしら?」
「今日も家の用事がありまして・・・薔薇の館には行けないんです」
「そう。用事なら仕方ないわね。でも、大丈夫?」
祥子はそっと祐巳の頬を撫でた。
「ここ一週間、ずっと忙しくしているのでしょう?
祐巳は頑張りすぎるところがあるから心配なの」
「お、お姉さま・・・」
この一週間、祐巳は矢代との約束を守って薔薇の館には行っていなかった。
“家の用事があるから”と断っていた。
祐巳は以前のように仕事を行うようになっていた。だから用事があることは確かなのだ。
嘘はついていない。嘘は。けれど・・・
祐巳の心は痛んでいた。
だってもう二度と、薔薇の館に行くことはないのだから―――
「行きましょう。祐巳」
そんな祐巳の心情には気付くこともなく、祥子は一足先に校舎へと向かっていった。
祐巳は後には続かなかった。
その場に立ったまま、じっと祥子の姿を見つめていた。
「祐巳」
「・・・矢代。
学校では知らない人なんだから、話しかけたりしちゃだめだよ」
「そうね。でも祐巳が心配なのよ」
「・・・ごめんね、矢代」
申し訳なさそうに謝るものの、祐巳は一度も矢代の方を見なかった。
祐巳の視線はずっと祥子を追っていた。
「先に行くね」
祐巳はとぼとぼと歩き始めた。
そんな祐巳の背中に矢代は呟いた。
「祐巳・・・そんな悲しい顔しないで。あなたは私だけを見てればいいの。
それにしても。
ほんと邪魔ね・・・小笠原祥子」
放課後。
「矢代。学校では喋らないって・・・」
「わかってる。でも、祐巳がちゃんとしないから」
「それはどういう意味?」
「山百合会のこと」
「ちゃんとしてるよ!
ここ一週間、薔薇の館には行ってないし、仕事だって前よりも多くこなしているじゃない!」
「ほら、そうやってすぐむきになる。
あの人たちと私たちは違うのよ。一緒にはいられないの。
はやく忘れなさい。それが祐巳のためよ」
「・・・」
「それに、ロザリオも。まだ返してないのでしょう?
そんなもの、さっさと返してしまいなさい」
「矢代!」
祐巳は怒った。
たとえ薔薇の館に行かなくなったとしても、姉妹の関係はそうそう割り切れるものではなかった。
二人の間には嫌な空気が立ち込もった。
「祐巳さん!」
唐突に祐巳を呼ぶ由乃の声が聞こえた。
祐巳がハッとして声の方に目を向けると、そこには由乃だけではなく祥子、蓉子、聖、志摩子、江利子、令の姿が。
「由乃さん。・・・お姉さま」
「祐巳。あなた用事があったのではなくて?」
静かに問う祥子の声に、祐巳は心を痛めた。
「祐巳。どういうことなの?用事はどうしたの?」
何も答えない祐巳に、祥子は質問を繰り返した。
しかし、その問いに答えたのは祐巳ではなかった。
「祐巳」
一同は驚いた。
矢代がいることに気付いていなかったのだ。
「あ、あなた・・・!矢代さん!」
「ごきげんよう。山百合会の皆さま。
私たちは用事がありますので、お先に失礼します。祐巳、行きましょう」
矢代がこの場から祐巳を連れて行こうとするものの、祐巳は動かなかった。
「祐巳」
「うん。わかってる。行こう、矢代」
再度呼ぶ矢代の声。
その声に反応して祐巳もこの場を去ろうとする。
が、祥子はそれを許さなかった。
「お待ちなさい。どういうことかちゃんと説明なさい」
祐巳はとても悲しい表情をしていた。
「明日・・・明日まで待ってください。ちゃんとしますから」
辛そうにそれだけ言うと、今度こそ祐巳は矢代と共に去っていった。
一夜明けた放課後。
ここ、薔薇の館には山百合会メンバーが揃っていた。
「一体、どういうことなの?」
居づらそうに俯いてばかりの祐巳を見かね、祥子が促すように聞いた。
にもかかわらず祐巳は答えようとしない。
「祐巳?矢代さんとはお知り合いなの?」
「・・・・・・」
誰も声を発しなかった。
静寂が薔薇の館を包み込む。
「祐巳!説明なさい!」
「祥子、怒鳴らないの。祐巳ちゃんも、どういうことか話してくれないかしら?」
堪らなくなって怒鳴る祥子。
そんな祥子をたしなめ、祐巳には優しく諭すように話しかける蓉子。
その声に祐巳は意を決した。
顔を上げ、じっと祥子の顔を見る。その表情は真剣そのものだった。
「祥子さま」
「祐巳?!」
いつもとは違う呼び方に、祥子はうろたえた。
しかし祐巳の表情はかわらない。
薔薇の館は異様な雰囲気に包まれていた。
今まで見たことがないほどの祐巳の真剣な顔。
そんな祐巳に飲まれてしまい、薔薇さま方でさえ言葉を挟むことなど出来そうになかった。
「祥子さま。これを・・・ロザリオを・・・お返しします」
祐巳は首からロザリオを外した。
あまりの衝撃に動けずにいる祥子。
そんな祥子の手に、祐巳はそっとロザリオを握らせた。
そしてそのまま鞄を持って帰ろうとする。
「まって・・・待って、祐巳ちゃん!どうしたの?」
珍しく困惑した聖の声色に、祐巳は足をとめるものの何も答えようとはしない。
祐巳はただ皆の顔を見つめていた。
一人ずつ、まるで焼き付けるかのようにしっかりと。
最後に一度深々とお辞儀をすると、そのままくるりと踵を返して薔薇の館から出て行った。