【265】 逆行した  (まつのめ 2005-07-26 16:01:58)


 マリみてで逆行モノが読みたいという不埒な考えの元、キーワードと登録してしまった
んですが、お題だけ登録しおいて自分で書かないというのは、作家さま方にあまりに失礼
なのではないかと思い当たり、投稿させていただきました。ちょっと場違いだったかも。

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 なんだか早く起きてしまったので早めに家を出、いつもより早く学校に着いてしまった。
 この時間、校門から続く道はまだ生徒の姿がまばらだ。偶には早く来るのも良いもんだなどと思いつつ祐巳はのんびりと銀杏並木を歩いて二股の分かれ道まで来、いつものように手を合わせてマリアさまにお祈りをした。
(マリア様、今日も一日見守ってください。あと早くお姉さまに会いたい)
 そんないつものプラスアルファのお祈りが通じたのか、校舎の方へ向かおうとしたところで後ろから「お待ちなさい」と凛とした声が響いた。
 その聞き慣れた声は間違えるはずもなく、祐巳は優雅に振り返ると満面の笑みを浮かべて言った。
「ごきげんよう、お姉さま」
 今日もお姉さまのお顔は麗しく早朝のせいか少しだけぼーっとしたご様子が祐巳の目にはむしろ神秘的にさえ見えて……。
(あれ?)
 どうしたことか、お姉さまは「ごきげんよう、祐巳」と返事が返さないで、訝しげに祐巳を見つめていた。
「どうかされましたか?」
「ごきげんよう、聞き間違いじゃなければいまあなた今『お姉さま』と言ったかしら?」
「え?」
 そんなことを言うなんて、昨日は夜更かしなさって寝不足なのかしら。お姉さま朝は弱いお方だし。
 そう思ってちょっとおどけてこう言った。
「ええ、間違いじゃありません。祥子さまのことを『お姉さま』と呼んだのは、不肖ながらあなたの妹、福沢祐巳です。お姉さま」
「それはおかしいわね、いつの間に私は妹をもったのかしら。ねえ祐巳さん?」
 お顔に出ていないけどお姉さま何かご機嫌が悪いのかしら。それとも何かお考えがあってこんなお芝居を続けられるのか?
「えーっと、それは忘れもしない去年の学園祭の後、後夜祭の時校庭の隅で……」
「あら、それは無理があるわよ。去年私は一年生。下級生ならあなたはそのとき中等部でしょ?」
「へ?」
 なんで中等部? いま祐巳は二年生だから、去年は一年生だ。
 祥子さまは不可解なことをおっしゃる。
「思い出したわ。その髪型マリア祭で見た覚えがある」
 一年生のマリア祭の時すでに祐巳を覚えてくれていたなんて嬉しい事実に顔がほころぶ。いや問題はそこじゃなくって。
 お姉さまは襟の内側からなにやら鎖を取り出していた。
「それに、あなたが妹だって主張しても私のロザリオはちゃんとここにあるわ」
 それは確かにあの時お姉さまからいただいた筈のロザリオだった。
「ええええっ!?」
 そんな筈は、と襟元を確認、確認……。
 ……そういえば、今朝はロザリオを首にかけていなかった?
 珍しく早起きしたせいで忘れていたのかもしれない。
 ロザリオを首にかけるのは習慣になっていたから、いちいち意識してなかったし。
 でもどうしてそれをお姉さまがもっているの?
 混乱する祐巳に息がかかるほど近づいてお姉さまが言った。
「祐巳さん」
「はいっ」
「持って」
 お姉さまは自分で持っていた鞄を祐巳に差し出した。
「あ、はい」
 思わず受け取ったけどこれって……
 そして祐巳のタイに手を伸ばし、手早く形を整えた後、お姉さまはそのお美しい顔でにっこり笑われた。
「罰ゲームか何かかしら?」
「ほぇ?」
「でも何でかしら、不快じゃなかったわ」
「あ、あの……」
「楽しいひと時をありがとう。授業に遅れないようになさいね」
 そう言って「ごきげんよう」と去っていく後姿を祐巳は呆然と立ち尽くして見送った。


「へんな祐巳さん。どうしてそんなこと聞くの?」
 今年の3月まではそうであった一年生の教室の自分の席につくと、祐巳は前の席の桂さんに今日が何年何月何日かを確認した。
「どっきりとかじゃなくて、本っ当にそうなのね?」
 祐巳が真剣にそう聞き返すと、桂さんはなぜか心配そうな顔をした。
「祐巳さん、大丈夫? もしかして具合悪い?」
 そういって祐巳のおでこに手をあてた。
「だっ、大丈夫……」
 なのかな? だってみんなと祐巳で認識が一年もずれてる。
 でもいまの桂さんの表情を見て、これ以上主張しても自分がおかしく見られるだけだと分かった。
 タイムスリップ? そんな馬鹿な。
 でも、目の前の現実は自分の昨日は確かに二年生だった筈という記憶よりもずっとリアルに現実だった。
「なんか夢、見てたみたいだから……」
 そう言い訳を口に出してふと思う。祥子さまと姉妹になっていろいろなことがあって、それでも何とか乗り越えて来たのは実は全部夢だったとか?
「祐巳さん!」
「え」
 急に桂さんは立ち上がって私の手を引いた。
「保健室いこ!」
「なんで?」
「涙出るほどつらいなら言ってよ。ほら早く」
「涙?」
「こんなに顔色悪いのに」
 顔に手をやるといつのまに流れたのか頬がぬれていた。



「祐巳さん」
 自分を呼ぶ声に目がさめると目の前には桂さんがいた。
「……なあにそのがっかりした顔」
 ここは保健室。
 目がさめたら夢だった、なんて期待してたから桂さんの顔に思い切りがっかりしたのだ。
「でも、顔色良さそうね。お昼どうする?」
「あ、うん」
 ショックだったけど、こうなった理由もわからないけど、目の前の現実がこうである以上それにしたがって生きるしかないという、一種の悟りというか諦めというか、一眠りしたらなんか覚悟が出来てしまっていた。
 結局、午前中の授業をサボって寝ていたわけだが、しっかりお腹はすいていて、教室に戻って桂さんとお弁当を食べた。



 放課後になって掃除の後、蔦子さんが祐巳のところにやってきた。
 もちろんあの写真の件だ。
 しかし、覚えのあるやり取りの末、目の前に出てきた写真を見て祐巳は目を剥いた。
「な、なな」
 なんとも無防備な祐巳の笑顔の写真だった。
「こんないい笑顔の祐巳さんはじめてよ」
「ちょっとまって、まさかこれをパネルにして飾りたいとか言わないよね」
「あら、すごいわ、どうして判ったの?」
「きゃ、却下っ! こんなの恥ずかしいよっ!」
 どこに隠れていたのやら、ちょうどお姉さまに声をかけられて「ごきげんよう」と振り返った瞬間の写真だった。
「えー、今年撮った中でも一、二を争う出来なのに。まあいいわ、実はこっちがメインなんだけど、どう?」
「あー」
 今度は見覚えのあるお姉さまが祐巳のタイを直している写真だった。
「これを学園祭のときパネルにして展示したいのよ。これなら承諾してくれるかしら?」
「私は良いけど」
「それでね、祥子さまにも承諾いただかないといけないんだけど」
「私にそれをお願いする気?」
「あら、今日の祐巳さん物分りがいいわ。その通りよ。協力して頂けるかしら」
 まあ予想通りというか、ここで嫌といっても蔦子さんのことだから口八丁で言いくるめられてしまって結局行くことになるんだろうから要求するものは要求しておく。
「その写真両方私にくれるなら」
「いいわよ。もともと交渉材料に使うつもりだったんだから」


 蔦子さんの交渉がスムーズに進みすぎたらしい。
 祐巳たちが薔薇の館のビスケットの扉の前に来たとき、祥子さまのあの叫び声は聞こえてこなかった。
 祐巳たちは志摩子さんを先頭に何者かに衝突することもなく会議室に入った。
「ごきげんよう」
 志摩子さんが声をかけると薔薇の館の住人たちの視線がいっせいに扉の前の3人に集まった。
 元三薔薇さま、いや、ここでは現薔薇さまなのか、が麗しいお顔をそろえて座っていらっしゃる。
「ごきげんよう、そちらはどなたかしら?」
 紅薔薇さまは優雅に微笑んでお声を発した。
「あ、こちら、祥子さまにご用があるとかで」
「祥子に?」
 紅薔薇さまが聞き返すも、祥子さまは不機嫌そうな表情でこう言った。
「悪いけど取り込み中なの。後にしてくださらない?」
「あら、祥子、それはないんじゃない。折角ここまで来てくださったのに」
「話を逸らさないでください。どうして私の意見は聞いてくださらないのですか?」
 案の定、あの話の真っ最中だった。
「山百合会の一員だからって言うわけね」
「令だって話には加わっているのにおかしいじゃありませんか」
「だってねぇ」
 白薔薇さまと黄薔薇さまが意味ありげに目を合わせてる。
 志摩子さんが祐巳たちに「どうします?」と聞いてきた。待ってみるか、急ぎでなければ日を改めるか。
 祐巳も蔦子さんも待ってみたいということで意見が一致した。祐巳は言うに及ばす、蔦子さんもこのやり取りに興味があるようだった。
「令は妹が居るわ」
 紅薔薇さまの言葉に祥子さまの顔が強張る。
「それがこの話とどう関係するのでしょうか」
「祥子はこんな時期になっても妹一人も作れないでいるじゃない」
「それはっ、学園祭の劇の配役の話とは関係ないでしょう」
「半人前ってことよ」
 ここまでやるのか。三年生三人対祥子さま一人。祥子さまだって好きで妹を作らないでここまで来たわけじゃないと思うのに。
 祥子さま、言葉に詰まって黙ってしまった。というか爆発寸前だ。
「わかった? だから半人前の祥子に発言権はないの」
 紅薔薇さま追い討ちをかけないでください。
 祐巳は祥子さまの爆発に備えて頭を抱えて縮こまった。
「横暴ですわ! お姉さまの意地悪!」
「なんとでも言いなさい、一人前と認めて欲しいのなら早く妹をつくることね」
「わかりました。そうまでおっしゃるなら、ここに連れてくればいいのでしょう! ええ、今すぐ連れてまいります!」
 そう言って踵を返して祐巳たちの方へ向かってくる祥子さま。
 あ、まずいこのままお姉さまに出て行かれたら祐巳との接点が失われてしまう。
 そう思ったら、すれ違いざま無意識に祐巳は祥子さまの手を捕まえていた。
「お姉さま!」
『え?』
 しまった! つい『お姉さま』って。
 祐巳は思い切り注目を浴びてしまった。
「あの、いえ、祥子さま……」
 困った。
 呼び方の言い改めたものの、呼び止めた後のことなんて考えていなかったのだ。


「あなた、今朝の子ね」
「あ、はい!」
 覚えていてくれたのが嬉しくて思わず顔が綻んだ。前回はすっかり忘れられていたし。
「そうだわ、あなたお姉さまはいて?」
 祥子さまは小さな声で祐巳だけに聞こえるように囁いた。
「え? あ、居ます、いえ居ません。今は居ないんです。居ないんです」
「何回も言わなくてもいいわ。なら今朝の続きをしましょう」
「今朝の?」
 そう。朝はまだ出会っていないはずなのに思い切り『お姉さま』を連発してしまったのだ。
 祥子さまは再び振り返って凛とした張りのある声で言った。
「お姉さま方にご報告いたしますわ」
「あら、なにが始まるのかしら?」
 薔薇さま方は興味津々と祥子さまに注目した。でもなんか紅薔薇さまの表情がちょと硬い気がするのはなぜだろう。
「祐巳、自己紹介なさい」
 祐巳は祥子さまの手でみんなの中心に押し出されてしまった。みんなの視線が注目する。
「にっ、いや一年桃組、福沢祐巳です」
「そう、フクザワユミさんね。漢字でどう書くのかしら」
「福沢諭吉の福沢にしめすへんに右と書いて祐、それから十二支のへびの巳です」
「おめでたそうで良い名前ね」
 白薔薇さまが華やかに笑われた。
「はあ、恐れ入ります」
 前回はカチコチに緊張していて余裕が無かったが、今回は返答する余裕があった。特に白薔薇さまは本性を既に知っているので畏まったりしない。
「それで?」
「その福沢祐巳さんが何かしら?」
 薔薇さま方は何を思ったのか立ち上がり、祐巳を取り囲むように前へ出てきていた。これじゃ祐巳が薔薇さま方に詰問されているみたい。
「あ、あの……」
 流石三薔薇さま。三人そろわれるとすごい迫力。『前』よりも度胸はついてるけど、このプレッシャーにだけは慣れるこということはなさそうだ。
「祐巳」
 祥子さまの声が後ろから響いた。
「は、はい!」
「言ってあげて、私は祐巳のなに?」
「あ、えーと……」
 いいのかな? と思った。だってこの時点でお姉さまから見れば祐巳は今日会ったばかりのただの一年生のはずなのに。
「祐巳。早く。私はあなたの?」
 覚悟を決めた。背筋をぴんと伸ばして宣言した。
「お、お姉さまです!」
「あら」
 薔薇さまは顔を見合わせる。
「そういうことです」
 後ろにいて見えないけど、胸を張って得意げな顔をしてる祥子さまの姿が目に浮かんだ。
「祥子、一応聞いておくけどその場しのぎでこの子にこんなこと言わせてるんじゃないでしょうね?」
 いや、絶対その場しのぎで言ってると思うんだけど。
「それは心外ですわ。こんなことが無くても、ちゃんと紹介するつもりでしたもの」
 流石は祥子さま。嘘を押し通す気だ。
「でもこの子」
「ひやっ!」
「ロザリオつけてないわよ」
 白薔薇さまがいつの間にか背後に回って後ろから襟元に手を這わせていた。
「どういうこと、祥子?」
「それは……訳あって儀式はまだなんですわ」
「訳って何よ?」
 黄薔薇さまが腕を組んで詰問する。
「と、とにかく、祐巳は私の妹です! 私が選んだ妹にお姉さま方からどうこういわれる筋合いはありませんわ」
 薔薇さま方から守るように祥子さまは祐巳の肩を抱いた。
「そうね。確かにたとえその場しのぎだとしても祥子が積極的に選んだのなら文句はいえないわ」
「その場しのぎではありません!」
 あくまで主張を押し通す祥子さま。この後どうするおつもりか、祐巳は心配になった。
「まあいいわ。認めましょう」
 紅薔薇さまの言葉に今まで曇っていた祥子さまの表情がぱあっと晴れわたった。
「でしたら」
「でも劇の配役は変わらないわよ」
 表情の晴れ間は一瞬だった。
「そんな、約束が違いますわ!」
「約束? 妹が出来たら一人前と認めるって話?」
「発言を聞いてくださるのではなかったのですか?」
「そうだったわね、では存分に発言なさい」
「シンデレラの役を下ろしてください」
「だめよ」
「どうして?」
「『男嫌い』ってだけじゃ今さらわざわざ主役を変える理由にはならないわ。あなたの場合、嫌いってだけで別に気分が悪くなるとか貧血を起すとかじゃないのだし」
 いや、貧血なら起すと思いますけど、それは未来の話だ。
「次期紅薔薇さまのあなたなら当然判っているものと思っていたのに、あなたを教育した私のせいなのね」
 紅薔薇さまはふぅ、と物憂いげにため息をひとつついた。
「もう帰ります」
 ああ、祥子さまとうとう反論できなくなって撤退。このままじゃ相当落ち込んでしまう。
「待って」
 出て行こうとする祥子さまの背に紅薔薇さまが声をかけた。
「なんでしょう」
「最後に一つだけ。祐巳さんは今でもあなたの妹なのかしら?」
「当然ですわ」
 祥子さまは即答した。
「よかったわ。ここであなたが祐巳さんを見捨てるようなら私はあなたとの姉妹を解消しなければならなかったから」
「私はそんなこといたしません。祐巳」
「は、はい」
「いらっしゃい。一緒に行きましょう」
「あ、あのっ、お姉さま」
「どうしたの?」
「いいのですか? このままで」
「祐巳?」
 この表情は、祐巳が何をいわんとしてるのか図りかねるって顔だ。
「紅薔薇さま、お姉さまの役、代役を立てるとかもう一考願えませんか?」
 祐巳は紅薔薇さまに向かって言った。
「あら、祥子をかばってくれるんだ」
 いつのまにか席に戻っていた白薔薇さまがニコニコしながら言った。
「だって、話し合いを休んだ祥子さまに非があるにしても、知らせもしないで決定してしまうなんてひどいと思います」
 やっぱり前より度胸がついてる。でも前の時はよく紅薔薇さまに意見できたものだと感心してしまう。
「あらあら」
 なにやら黄薔薇さまは楽しそう。
「今だって、三対一でこんなの話し合いじゃ」
「お黙りなさい!」
 祥子さまの鋭い声で祐巳の言葉が中断した。
「お姉さま?」
「祐巳、私のために言ってくれてるのは判るわ。でも、それ以上お姉さま方を悪く言わないで」
 祥子さまは祐巳の隣に並び、祐巳の頭を抑えて一緒に薔薇さまたちに向かって頭を下げた。
「お姉さま方、申し訳ありません。あとでよく言い聞かせますので」


「そうね。祐巳ちゃんの言うことも一理あるか。確かにこのままだと無理やり主役をやらせることになる訳だし」
「妹一人説得できないのに生徒会を指導できるのかってことね」
 そこまで言った覚えは無いのだけれど。
「分かったわ。祐巳ちゃんの意見も聞きましょう」
「え?」
「三対二よ。まだ差があって申し訳ないけどその分譲歩はするわ。あなたの意見を言って」
「意見って……」
「祥子を主役から降ろしたいっていうのならその代案を出して頂戴」
 結局、詰問の相手が二人になっただけだった。
 祐巳を加えたところで三薔薇さま相手では戦力の底上げは微々たるものにちがいないのだ。
 それでも一矢報いようと祐巳は発言した。
「あの、相手役の方を変えるわけにはいきませんか?」
「それは無理。花寺の生徒会長に協力してもらうことは決定事項なの。ちなみにほかの役をやってもらうってのも駄目よ。わざわざゲスト出演してもらうのに脇役をやらせるわけには行かないでしょう」
「でしたら、お姉さまの役を変えるしか」
「誰がやるの?」
「えっ、誰って」
「誰かが代わりに主役をやることになるわよね。あなたの代案では誰が主役をやってくれるのかしら?」
 誰って……そうだ令さまとか。
 傍観者を決め込んでる令さまに視線を向けるとあからさまに目をそらされた。
 じゃあ、志摩子さんは……いつのまにか流しの方に逃げてるし。
 意外なところで由乃さんは? 『私にやれると思ってるの』って顔でにらみ返された。
「祐巳、もういいわ」
 祥子さまが祐巳の肩に手を置いた。
「あなたは十分やってくれたわ」
 そんな弱気な。尻尾を巻いて撤退するお姉さまなんて見たくありません。
 これはだけは言いたくなかったんだけど、仕方が無い。最後の手段だ。
「そ、それなら、不肖わたくしが……」
 前も祐巳か祥子さまのどちらかってことになったわけだから、これで祐巳に決まる可能性は高いはず。
 ただ今度は賭けなんかじゃなくて決定しちゃうんだけど。
「おー」
「祐巳ちゃん勇敢だね」
 ぱちぱちぱち。
 なんか黄薔薇さまと白薔薇さまから拍手が。
「そうね、確かに姉のあけた穴を妹が埋めるのは理にかなってるわ」
 紅薔薇さまももう席に戻られてテーブルに肘をつき顎のあたりで手を組んでいた。
「祥子さまのようにはいきませんが、頑張ればなんとかなるというか頑張りますから」
 ところが。
「馬鹿にしないで」
「え?」
 祥子さまの声に振り向くと、これは……
「あなたが私の代役ってどういうこと?」
 お姉さまはお怒りの表情をされていた。
「で、でも、そうすればお姉さまは主役を降りられるでしょう?」
「私もずいぶんなめられたものね。あなたなんかに私の代役がつとまるわけ無いでしょう?」
 そりゃ、お姉さまとは比べるべくも無い祐巳だけど、そんなはなっから否定することはないでしょうに。
「それはひどいんじゃないですか。まだやってみてもいないのに。確かにお姉さまみたいに美しさは無いかもしれませんけど」
 いちおう三薔薇さまに可愛いって評価を頂いたことだってあるのだ。お情けかもしれないけど。
「じゃあ、あなたは主役を立派に演じられるって言うのね」
「立派になるように努力します」
「遊びじゃないのよ。これは山百合会主催の劇なの。努力して出来ませんでしたじゃ済まないのよ?」
 そりゃ確かに正論だけど、祐巳もそれに関しては返す言葉も無いんだけど、ここではいそうですかと折れるわけには行かないのだ。
「遊びだなんて思ってません! お姉さまが主役を降りたいっておっしゃるから」
「私のせいにするのね」
「だってそうじゃありませんか、私はお姉さまのために代役を買って出たのに」
「そんなことは判ってるわ」
「判ってません!」
「お黙りなさい!」
「黙りません! だったらお姉さまはどうなさりたいのですか!」
「私がやるわよ」
「え?」
「あなたがやるくらいならシンデレラは私がやります」
「ええ!?」
「ええ、やってあげますとも。見てなさい、あなたなんかに代役は勤まらないってこと思い知らせてあげますから」
「お、お姉さま……」
「そういうわけですから」
 お姉さまは紅薔薇さまに向き直って言った。
「やるからにはキッチリやり遂げますからお姉さまは心配なさらないでください」
 ではごきげんよう。とあっけにとられる一同を残してお姉さまはビスケットの扉から出て行ってしまった。


 なにがなにやら。
 あんなに嫌がってたのにお姉さまは薔薇さま方の前でご自身が主役を務めると宣言してしまった。
 みんなそんな祥子さまの急変ぶりにあっけにとられてるんだとばかり思っていたのだけれど……
「え? ええ!?」
 気が付くとみんなの視線が祐巳に集中していた。
 ここに一緒に来た蔦子さんに至っては、なにか珍獣でも発見したかのような目で。なんで?
「お見事、祐巳ちゃん」
「面白いものを見せてもらったわ」
 白薔薇さまはなんか楽しそう。黄薔薇さまなんか目を輝かせてるし。
「あ、あの」
「あの祥子と対等に口論してたわ」
「しかも祥子が自分から進んでやるように誘導まで」
「狙ってやってたのなら恐ろしい子だわ」
「ね、狙ってなんかいません!」
 だって結局のところお姉さまをあの柏木さんと主役を演じるよう仕向けてしまったなんて不本意もいいところ。
「まあ知らずにやってたとしてもそれはそれでたいしたもんだわ。ねえ蓉子」
 紅薔薇さまは相変わらず黙っていた。
「どうしたの? さっきから黙っちゃって」

「祐巳さん」
 紅薔薇さまは重々しく口を開いた。
「はい?」
「あなた、何者?」


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