※このSSは、【No:263】のSSと繋がっています。先にそちらを読む事をお薦めします
・・・・・・「そんなモン続けんな」って突っ込みは無しな方向でお願いします。
「十字軍がまた活動してるですって?!」
由乃の絶叫が、放課後の薔薇の館にこだました。
「そんなに死にたいかぁぁぁっ!!!」
「まって由乃!私じゃ・・・おぐわぁっ!」
その日、由乃の剣は音速を超えたらしい。
放課後の薔薇の館に、山百合会のメンバーと新聞部の山口真美、高知日出美が集まっていた。全員が、緊張の面持ちで座っている。
まあ、約一名、ボロボロになって床に転がっていたが、誰も気にしていなかった。
「もう、違うなら違うって最初に言いなさいよ」
「そんな・・・由乃が聞いてくれな・・・・・・すいません、花瓶は勘弁して下さい。死ぬから」
薔薇の館を訪ねてきた新聞部姉妹がもたらしたのは、おっぱい十字軍が活動を再開したという情報だった。
「で?令じゃないとすると、他のメンバーが活動を再開したという事かしら」
祥子は冷えきった視線で令を問い詰める。
「いや・・・それも無いと思うんだ。みんな私が必要以上にズタボロになって登校してきたのを見てるはずだから」
「じゃあ、今度は必要な分だけズタボロにしましょうか?」
「ポットはやめて!ていうかフタ開いてるし!」
「フタがどうしたっていうの?」
「熱っ!!やめて由・・・熱うっ!!」
「由乃さん、もうその辺にしておこうよ・・・」
このままほっておいたら世界残酷ショーを見せられかねないので、祐巳が止めに入る。
「ううっ。ありがとう祐巳ちゃん」
「触らないで下さい。変態がうつりますから」
「ひ、酷いよ祐巳ちゃん・・・」
おっぱい十字軍にいたせいで、いまだに令の格付けは最底辺のままだった。それはともかく。
「でもおかしいわね。令の知るメンバーなら、次は無いって事を知っているはずよ。同じ暴挙に出るとは思えないわ」
祥子はそう分析する。実際、「次は警察に突き出す」と言われ、それでも犯行を繰り返す根性の入った変態は、さすがに居ないだろう。もし再びおっぱい十字軍としての活動を再開するのなら、その後の人生と引き換えなのだから。
「真美さん、何か情報は掴んでないの?」
志摩子が尋ねると、真美も困った顔になる。
「まだ何も。今回は私自身が現場を目撃したんだけど・・・その後、運動部を中心に探り入れてみたけど、収穫無しよ」
「何か特徴はありませんでしたか?背が高いとか、太っていたとか・・・」
乃梨子も手がかりが無いか聞いてくる。
「前回と同じよ。白覆面の集団が数人がかりで襲っていたわ」
「変態どもめ・・・今度こそ引導渡してやるわ」
由乃は早くも竹刀を握りしめていた。
「真美さん、見た目ではなくて、何か行動に特徴は無かったの?」
祐巳は別の視点から犯人像を割り出そうとしている。
「行動ねぇ・・・」
「逃げる時に、すごく足が速かったとか・・・怪我をして足を引きずっていたとか・・・」
「そうねぇ。しいて言えば、やけに引き際が良かったかしら?わたしが『何をしてるの!』って声をかけたら、一瞬でバラバラに散開したわ。何か統制の取れた動きって感じで」
その言葉を聞いて、令が疑問の声を上げた。
「一瞬で?なんの未練も無さそうだったの?」
「ええ、全員が一瞬で」
その言葉に、令は何やら考え込んでしまった。
「何よ令ちゃん。何か思い当たるフシでも・・・まさかやっぱり前回の事件の時のメンバーが・・・」
「ち、違う!違うからイスを置いて!」
「じゃあ何?!」
由乃にイスで脅されながら、令が自分の意見を述べる。
「とりあえず、私の知る十字軍のメンバーじゃないと思う。あの当時のメンバーなら、そこにおっぱいがあるのに、何の未練も無く逃げ出せやしないはずだから・・・」
「なるほど、変態は変態を知るって事ですね」
「乃梨子ちゃん、酷いよ・・・」
「気安く名前を呼ばないで下さい」
「うっ・・・早く人間扱いされたい」
なんかもう令の扱いは、迷い込んできた野良犬以下だった。それはさておき。
何か思うところがあるのか、祥子が意見を言う。
「そうね・・・変態のことは変態に聞くのが一番でしょうから、令の言うとおり、当時の十字軍とは別物と見るのが正しいのかも。いずれにせよ情報が少なすぎるわ。今日の所は全員で下校して、明日また改めて集まりましょう。良いわね?」
ここで議論していても、犯人が判る訳でもない。一同が祥子の意見に賛成し、今日は下校する事になった。
「それにしても、今回のほうが厄介かも知れないわね」
まだ竹刀を握っている由乃は忌々しげに呟く。
「そうですね。前回はある意味判りやすい変態が相手でしたから、ターゲットの予測もつき易かった。そういう意味では、今回は犯人の行動が予測できません」
乃梨子も不機嫌だ。前回は自分の予測が(由乃共々)外れていたので、今回は何としてでも自らの推理で犯人を特定したいのかも知れない。
「いったい、何を基準に襲ってるんだろう?」
祐巳は不安げに呟く。前回は“巨乳派”にも“貧乳派”にも属さず、ターゲットにはなりえなかったが、今回は予測がつかないのだ。
「そう言えば、前回はお姉さまも“巨乳派”に狙われていたかも知れないんですよね」
祐巳は祥子を振り返る。
「・・・いや、それは無かったよ」
令がおずおずと言った。
「あら、どうして?志摩子みたいに“不可侵”の存在だったのかしら?」
祥子が聞くと、令は何やら目をそらした。
「・・・・・・由乃ちゃん」
由乃がカバンからコンパスを取り出して令に向けると、令が慌てて喋りだした。
「言う!言うから!針の部分コッチ向けないで!」
「それで?」
祥子の問いかけに、令はしぶしぶ話す。
「えっと・・・単純に報復が怖かっただけ・・・」
「由乃ちゃん、カッターとか持ってない?」
「素直に喋ったのに?!」
「持ってますよ」
「持ってるの?!」
しかし、祥子はカッターを受け取らず、溜息を一つついた。
「解決の糸口が掴めないからって、令を虐めて憂さ晴らししても仕方ないわね」
「私の存在って、いったい・・・」
なんかもうサンドバッグ並みの扱いを受けて、令が落ち込む。
しかし、解決の糸口が掴めないのは事実であり、その事が一同の雰囲気を暗くしていた。
「志摩子さんは何か良いアイディア無いかな?」
乃梨子が問いかけると、志摩子は微笑みながら、祐巳の後ろに回る。
「そうね、犯人グループは・・・こんな感じかしら?」
そっと祐巳を羽交い絞めにする志摩子。その行動の意味が判らずに、一同が戸惑っていると、志摩子の背後から白覆面の集団が現れた。
「な!志摩子、あなたまさか・・・」
祥子の射るような視線を平然と受け流し、志摩子は微笑んでいる。
「今回の十字軍は、別に変態集団って訳じゃないんですよ?」
「どういうつもりよ!志摩子さん!」
由乃は竹刀を構えるが、それでも志摩子は余裕の微笑みを見せる。
「今回編成された十字軍は、リリアンの父兄によって組織されたの」
「志摩子さん?!」
乃梨子は、どう動いて良いのか判らなかった。どんな敵だろうと叩き潰すつもりだったが、まさか相手が自分の大切な姉だとは思わなかったのだ。
「今回の十字軍の目的はね?良家のお嬢様に、ある種のトラウマを植えつける事なの」
「と、トラウマ?」
真美も次の行動に移れないでいた。
「そう。自分の娘が大切な父兄の方々は、娘がむやみに男性に近付かないようにするにはどうすれば良いのか模索していたの。その中に偶然、前回の十字軍の被害者のお父様がいらしてね?十字軍に襲われてから、自分の娘がひどく触られる事に嫌悪感を抱いている事に気付いたの」
「まさか・・・」
令が蒼白になる。
「そう。ある種のトラウマを植えつける事ができたなら、自分の大切な娘が、自ら男性に近付く事を拒絶するんじゃないかと考えたのよ」
「十字軍を使って、男性恐怖症にしようっての?」
由乃が間合いを詰めようとするが、十字軍に阻まれる。
「触れられる事を恐れていれば、自動的に人に対して距離を取る。そんな防御反応をかわいい娘達に植え付けるために・・・」
「十字軍を再開したって訳ね」
令がうつむく。前回も今回も、発端が自分達なのだから、ショックも大きかった。ましてやそれが、トラウマを産んでいたとなれば尚更だ。
「許せないわね」
祥子が一歩前へ出る。十字軍が阻もうとするが、祥子の鋭い眼光にたじろいでしまう。
「理念も手段も許せないわ。だいたいそれは男性恐怖症ではなく、人間恐怖症って言うのよ!そんなんで、その後の人生にまで影響が出たら、どう責任を取るつもりなの!」
祥子はなおも志摩子に詰め寄ろうとするが、祐巳を楯にされ、思うように近づけない。
そんな時、志摩子が囁いた。
「祥子さま。十字軍に入りませんか?」
「何を馬鹿な事を・・・」
「今なら、祐巳さんを好きにできますよ?」
祥子はなんとなく、羽交い絞めにされている祐巳を見る。
「・・・・・・・・・・・・」
「十字軍に栄光を」
志摩子が唱え、
「十字軍に栄光を」
祥子が続いた。
《寝返りやがった!!》
二人を除く全員が、心の中で叫ぶ。十字軍までも。
「乃梨子」
「何、志摩子さん」
志摩子は勤めて冷静に答える。未だにどうしたら良いのか判断が付きかねていたのだ。
「私ね・・・あの・・・」
「だから何?」
志摩子がモジモジと頬を染めて、何か言おうとしている。
「乃梨子になら・・・頬擦りされても良いのよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「十字軍に栄光を」
「十字軍に栄光を」
《コイツも寝返りやがった!》
「ちょっと乃梨子ちゃん!あんたおっぱい十字軍なんて異常者だって言い切ってたじゃない!」
由乃が激激高して叫ぶ。が、
「由乃さま」
「何よ」
「人間は、常に進化し続ける生き物なんですよ」
「うわ・・・冷静に開き直りやがった。しかも嫌な方向に」
「・・・・・・前々から、大きくて柔らかそうだなぁとは思ってたんですよ」
「・・・ついでにカミングアウトしやがった」
もはや見方は3人だけ。由乃が焦っていると、志摩子は令に優しく語りかけた。
「令さま。こちらにはあなたの理想が待ってますよ?」
「私はもう・・・」
「この人数なら、由乃さんを抑えるのも容易いですし・・・」
「由乃を裏切る訳には・・・」
「こっちに来れば、ちゃんと人間扱いされますよ?」
「十字軍に栄光を!」
「・・・・・・令ちゃん、後で産まれてきたことを後悔させてあげるからね?」
由乃の暗い呟きに、一瞬ビクッとなる令だったが、志摩子の後ろに隠れて出てこない。
まあ、まともに人間扱いして欲しいのだろう。てゆーか、今までの日々が辛すぎたのだろう。
「真美さん、日出美ちゃん」
志摩子は、新聞部姉妹に語りかける。
「こういう言い方は嫌なんだけど・・・・・・薔薇様3人に逆らって、瓦版を発行できるのかしら?」
「・・・権力に屈した報道機関なんて、存在価値が無いわ」
「日出美ちゃんにも苦労を掛けても?」
「!」
「廃部になったら、三奈子さまも悲しむでしょうねぇ」
「・・・・・・・・・」
「十字軍に栄光を」
「くっ・・・・・・十字軍に栄光を」
「お姉さま!」
「日出美。あなたまで巻き込む訳にはいかないわ」
「日出美ちゃん?」
「・・・・・・・・・十字軍に栄光を」
新聞部姉妹は、権力に屈した。
由乃は追い詰められていた。もう味方はいない。竹刀を握る手に、嫌な汗が滲む。
「由乃さん?」
「・・・・・・・・・・・・」
「仕方ないわね。十字軍のみなさん、実力でねじ伏せて下さいますか?」
「えっ?!ちょ、ちょっと!説得無し?!なんで私にだけ実力行使なのよ?!」
「まあ、オチみたいなモノだから・・・」
「ひどっ?!なんで私がオチなのよ!そういう役なら、そこにいる祐巳さんでも良いじゃない!」
「由乃さん?!」
「何よ!友達ってのは損な役回りをするものだって言ってたじゃない!」
「うわっひどっ!?その言葉、そっくりそのままお返しするわよ!」
「それじゃあ、十字軍のみなさん。お願いします」
志摩子は何事も無かったかのように号令をかけた。
「え?結局私なの?!なんで2回も・・・イヤァァァッ!!」
前回同様、由乃は十字軍の犠牲となった。
いや、おっぱいに愛情も何も無い今回の十字軍の機械的な動きは、前回以上に由乃の精神にダメージを与えた。
こうして第二次十字軍は、白い戦女神を得て、リリアン制圧を成し遂げたのだった。
ちなみに、白い戦女神は、「公孫樹の樹を今の5倍植える」とかいう条件で買収されたとかなんとか・・・