【2669】 狸たちのララバイ  (さおだけ 2008-06-30 22:00:55)


このkeyを入れた人の想像とは違うものになったかなぁ。
段々レイニーになってきました。暗いのが明るくなるのって好きです♪
今週中に終わらせられ……いや無理かな。再来週くらいには……うん。

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】





  ■■ SIDE 聖



だいたいさ、アメリカだって夢魔の事は分かってるんじゃないの?
はっきり言ってあれは人間の管轄外だよね。
なのに徹底駆除に乗り出すとか……自殺行為じゃない?
そりゃ放って置いたら増えるし、被害者も増えるかもしれないけどさ。
天使っていう駆除専門の人が居るんだから、そんなに力んでしなくていいと思うんだよね。
私は八つ当たりするように扉を開けた。

「ごきげ……んよう?」

「お姉さま……」

「な、何かな。この重い空気は」

自分の声が体温くらいの温かさだとして、ここは氷河期だ。
空気ってより入ろうとする足が重い。なんか帰りたくなる雰囲気だった。
志摩子はちょっと安堵したように私を見ている。
き、期待しないで。原因すら分かんないんだからさ。

「ど、どうしたの?」

「………聖さまには関係ありません」

「いや、なんか入れないんだけど……」

「気のせいでしょう?」

あっち行け。目がそう言っている。
私は原因であろう祐巳ちゃんを見て……驚いた。
いつもなら祥子の目つきで竦みあがって叱られる妹みたいになっているのに、今日は違う。
こんなに恐ろしいオーラを出している祥子を見て、笑っていた。
泣きそうだけど、それは怖いからじゃなくて、なんていうか……未来が怖いから?
あれ、結局恐怖じゃん。もう訳分かんない。
私も混乱しているようだ。

「祥子、駄目だよ。聖さまは関係ないじゃない」

「分かってます。だからそう言ってるでしょう?」

「そんなに睨んだら失礼だよ。場所を変えようか」

「いいですわ」

祥子は立ち上がり、祐巳ちゃんも立ち上がった。
今気がついたけれど、机上にタヌキの縫い包みが鎮座していた。
隣には空になったカップがあって。

「すみません聖さま、ちょっと席を外しますね」

「あ、うん……」

隣をすり抜ける時の祐巳ちゃんの表情が、なんだか【お姉さま】だった。



  ■ ■ ■



それから暫くして、遅れてきた全員が揃った。祥子と祐巳ちゃんはいないけど。
蓉子は不思議そうな顔をして志摩子に尋ねる。
 どうしたの?
だけど志摩子もいまいち状況は分かっていないようだった。
首を振るだけで、蓉子の問いに答えられる者はいない。
ただ一匹、タヌキの縫い包みだけが困った顔で私達を見ていた。
やっぱり、祐巳ちゃんはタヌキ顔なんだなって思った。

「えっと……なんて呼べばいいの?」

「私?名前なんてないから、好きに呼んで頂戴」

タヌキは祐巳ちゃんより威厳があった。なんだか切なくなる光景だった。
タヌキはおかわりした紅茶を両手でカップを支えながら飲んでいる。
このタヌキを見ていると祐巳ちゃんが気になってくるが、まだ帰ってこない。

「じゃぁポコとタヌーとゴロリン、どれがいい?」

「………聖、貴女ネーミングセンスが欠落してるわ」

「じゃぁ蓉子はなにがいいの?」

「そうね……ポコのポの字をとってポポでいいじゃない?」

「聖につけられるくらいなら蓉子を薦めるわね」

「ええ〜、ゴロリンってば酷い」

「ゴロリン言うな」

ゴロンタっぽいからゴロリン。駄目かなぁ?
押し殺した笑い声がするので見てみれば、乃梨子ちゃんが笑っていた。
お腹を抱えて死にそうなくらいに悶えている。うん、駄目っぽい。

「じゃぁポポと呼んで頂戴。……乃梨子、笑うのやめなさい」

「くくく……はい、すみませんでした、ゴロリン」

「懲りてないのね」

一瞬だけだけど、殺気がした。
すぐに乃梨子ちゃんは背筋を伸ばして、敬礼でもするくらいに決まっていた。
このタヌキ…いやポポの方が立場は上らしい。

「それでタヌー、今日はどうしたの?」

「もぅ一度言ったら怒るわ、聖。まぁなんていうか、来た意味はないのよね」

「え、無いの?」

「ええ。祥子が連れてきただけだし。乃梨子は仕事しないし」

「それについては意義があります」

「何?現に職務放棄の下級天使乃梨子さん?」

「………くっ」

乃梨子ちゃんは黙った。ポポは溜息を吐いた。
ポポは仕方ないとばかりに乃梨子を説教し始めた。
見ている分には楽しいのだが、真剣なあたり随分とシュールである。
江利子もずっと笑っていた。堪える事をしないのだが、もはやBGMになっている。

「乃梨子、貴女、職務怠慢だと思わない?」

「それは、お姉さまが……」

「いい訳なんて聞かないわ。だって、もしも死んだりしたら取り返しがつかないのよ?」

「う………はい、肝に銘じておきます」

「重々、ね。頼んだわよ」

お姉さま?
そのキーワードに引っかかった志摩子の表情が少し変わる。
志摩子。お前は何をして乃梨子ちゃんの仕事を邪魔しているんだ?
疑るような視線を集めた志摩子が、驚いたような顔で辺りを見回した。
それに気付いた乃梨子ちゃんも慌てて否定する。

「ち、違いますっ、私は邪魔なんて……」

「そうです聖さまっ 志摩子さんのせいじゃなくて…」

「へー、じゃぁお姉さまって、誰なの?」

ギクリ。えー?何て言ったか分からないなぁー。
こらこら、目を泳がせるのは止めなさい。普段クールな子だから笑えてしかたないわ。
ふっふっふ、乃梨子ちゃんは墓穴を掘った。志摩子も興味津々で見ている。
さぁさっさとお吐きはさいな。

「天使にも姉妹制度っていうのがあるのよ」

「ちょ、このタヌキ!」

「…………乃梨子、貴女ここに来て礼儀を忘れたのかしら」

ポポの殺気が漲ってくる。
見方がいない!とばかりに小さく混乱に陥った乃梨子ちゃん。
楽しいなぁ、乃梨子ちゃんは綺麗な子だし、苛めがいがあるしね♪
しかしポポはまた溜息を吐いて、乃梨子ちゃんを無視して話しだした。

「黙ってても仕方ないでしょ?志摩子に教えないでいいの?」

「それは…だから……」

「私、乃梨子の話しなら聞きたいわ」

「ぐ!」

乃梨子ちゃんに痛恨の一撃!やったな志摩子!
ポポのよく分かる解説〜が始まり、乃梨子ちゃんが志摩子にチラチラ視線を送った。

「話しは簡単。このリリアンと同じで、妹の面倒を姉が見るの」

「じゃぁポポさん、乃梨子の姉って誰かしら?」

「………アウリエル7代目よ」

「??」

貴方達には、ウリエルと言ったほうが分かりやすいかしら。
四大天使の1人で……いわばここでの【薔薇さま】みたいなものね。
ポポはそう〆た。
それにしても……四大天使ときたか。また話しが大きくなってきたな。
私は腕を組んで考えるが、あまりそういう話しに興味がないためよく分からない。
志摩子の心底驚いた表情だけで察するとするか。

「ウリエルって、あの?」

「神話とかは作り話だけど、地位は本物よ。数億を従える大天使」

「!」

また溜息。ポポは癖のように溜息をした。
そして何かを諦めたように蓉子を見て、また溜息を吐いた。
蓉子はきょとん、としていたけれど、そう気にした風もなかった。

「アウリエル7代目は乃梨子にここを任せて、別に行動しているのよね」

「はい」

「ならその期待に沿えるようにね。私は帰るわ、祥子もいないし」

あ……まだ戻ってきてないんだった。
ここまで来たらもぅここには来ない気がしないでもないけれど、祐巳ちゃんは来るだろう。
どこかでそう思っている自分がいて、ちょっと苦笑した。
ポポは羽をパタパタさせると、宙に浮いて振り返る。手を上に上げて振る。

「ではまた」

バイバーイ、パタパタパタパタ。
擬音に困らないタヌキは、窓からその姿を消した。
乃梨子は「あー、あのタヌキー」なんて呟きながら頭を抱えている。
そりゃ重婚みたいな事をしているのだから気まずいだろうな。
さっき去っていった嵐が、またこの部屋で発生しそうだった。



  ■■ SIDE 祥子



お姉さまは私の後ろを付いて来くる間中、何も言わなかった。
あの温室までの道。たったそれだけがこんなに長く感じるとは思わなかった。
どうして、何も言わないのですか。
自分を棚に上げてお姉さまを責める台詞ばかりが脳裏に浮かぶ。

温室について、私はお姉さまに向き直った。
お姉さまは真剣な顔をしていて、だけど、悲しそうだった。
意味が分からない。どうしてお姉さまがこんなに泣きそうな思いを隠したような顔をしているのか。
泣きたいのはこっちだ。大切なお姉さまに避けられて……理由すら分からないのに。

「お姉さま」

「………はい」

小さな深呼吸。
私は手を握り締めて感情を抑えた。
ここで責めるような事を言っては、きっとお姉さまは傷ついてしまう。
だって、聞いているのだから。蓉子さまから、お姉さまの傷を。

「どうして、避けるのですか?」

優しく。体面だけでもいい。とりあえず、お姉さまを責めたりしてはいけない。
自分に言い聞かせると、私もお姉さまに見習って深呼吸をした。
お姉さまがとても小さく見えた。

「……避けてたんじゃ、ないんだよ」

「嘘です」

「それは……結果的に、なんだ…」

「結果?」

泣きそうなお姉さまが、搾り出すように言葉を紡ぐ。
お姉さまの握られていた拳が、だんだん青ざめていってしまっていた。
でも、まだ手は出さない。

「祥子さまが……私に、頼りすぎちゃいけないって……」

「頼る……?」

「私だって……っ!」

お姉さまが泣いていた。
嗚咽を漏らさず、ただただ涙を瞳から溢れさせて、泣いていた。
コップに入れすぎた水が静かに零れてしまうように、それは穏やかだった。

「いつまでも、祥子さまと一緒にいられるなんて事、無理、じゃない……!」

「!」

身体が動かない。
何。今の。まるで死刑を宣告されたような、そんな衝撃。
お姉さまの止まらない涙が、とうとう地面に模様をつくり始めた。

「なら、この短い間に……開いた距離に慣れなきゃって……私、思って……」

「…………」

「時は、すぐに満ちる…から……」

「…………」

青白くなってしまった手を、私には掴めなかった。
背中を向けたお姉さまを追いかけたくて、でも出来なくて。
お姉さまはピタリと足を止めると、最後に私に言う。

「私は、貴女の姉妹(スール)。それだけは、絶対に変わりません……」

「おねえさ…」

「ごきげんよう、祥子さま」

私の制止も聞かず、ただお姉さまは行ってしまった。
走っているわけでもないのに。届かない距離じゃなかったはずなのに。
今はもぅ、届かない距離になってしまった。



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