【267】 アルバムを見せたら桂さんのお姉さまが  (琴吹 邑 2005-07-27 01:16:59)


このお話は、琴吹が書いた「【No:215】全力連鎖アタックです」と
OZさんのかかれた「【No:204】その名は「桂」センチメンタル」に微妙に関係のあるお話です。


「ごきげんよう。写真部のエースさん」
「ごきげんよう。お写真は嫌いだと思ってましたけど、今日はどうなさいました?」
 部室に現れたのは、桂さんのお姉さま。
 普段、あまり写真をほしがらない人で、妹の桂さんの写真でさえを渡そうとしても受け取らない人だ。
 だからもっぱら、私が公開の許可を取りに行くだけ。
 そんなお方が、写真部に何のようかと首をかしげた。
「この間の桂ちゃんのテニスの試合の写真をもらおうと思ってね。蔦子さんなら、良い写真取っただろうと思ってね」
 先日のテニスの交流試合で、桂さんは強豪を破って優勝していた。あまり写真が好きではないこの方も、妹の晴れ舞台の写真はやはり手元に残しておきたいらしい。
「桂さんですね。えっと、桂さんはこれだな」
 ロッカーの中から桂さん用のアルバムを取り出す。
「そんなにあるの?」
「1年の時からですから、結構ありますよ。もっとも、こんなにいっぱいあるのは私の身近な友人や、山百合会の面々くらいですけど」
「なるほどね」
「これが、桂さんのアルバムです」
「ちょと見させてもらって良いかしら?」
「どうぞどうぞ」
 私が椅子を勧めると、桂さんのお姉さまはしっかりと腰掛け、後の方から丁寧に一枚一枚眺め始めた。
「おー桂ちゃんいい顔してるよ………。………この呆然とした顔、よっぽど勝ったのが信じられなかったのね」
 桂さんのお姉さまは本当に嬉しそうな顔をして、写真を眺めていた。
 私が笙子ちゃんとの仲を意識するのはこういうときだ。本来、写真をあまり好まない人でさえ、姉妹の写真となるとわざわざ、写真部には足を運んで焼き増しを頼んでくるのだ。
 私に妹はいらない。………でも、姉妹の絆で結ばれたあたたかい関係を見ると、いても良いかなと考えてしまう。私を特に慕ってくれている笙子ちゃんなら………。もし、私が笙子ちゃんにロザリオを渡すとして、笙子ちゃんは受け取ってくれるだろうか? 受け取ってくれないかも知れない。そんな可能性があるなら、別に一人でもかまわない………。桂さんのお姉さまを見ながら、そんな風にぼんやりと笙子ちゃんのことを考えていたら、嬉しそうに写真を見ていた、桂さんのお姉さまの顔が急に曇った。
「どうしたんですか?」
 今まであれほど楽しそうにしていたのに、急に顔が曇ったので私は思わずそう聞いていた。
「え? ああ、あの時のこと思い出しちゃってね」
 そう言って、桂さんのお姉さまが見せた写真は、マリアさまの前で、桂さんが桂さんのお姉さまにロザリオを返している写真だった。
「黄薔薇革命の時の………」
「私は意外とさっぱりしている方だから、多少のことは気にしないんだけどね。さすがにこのときはへこんだなあ」
 あの時ロザリオを返された姉さま方の心境は計り知れない。仮に私が笙子ちゃんと姉妹だったとして、ロザリオを返されたら、きっと当分は写真も撮れなくなるようなそんな気がした。
 だから、桂さんのお姉さまがロザリオを返された時、どういう態度を取ったのかすごく気になった。
「その時どうなされたんですか?」
「その時? なかったことにした」
「え?」
「私は桂ちゃんのこと好きだったからね。手元にロザリオがあるのは、桂ちゃんがうっかり、更衣室に忘れていったのを、私が確保しただけ。桂ちゃんと会えないのは、逃げていくのは桂ちゃんがはしかにかかって、私にうつさないようにしてくれるからって考えてた」
「それは、ずいぶん………」
「都合の良い考え? そうかもね。でも、そうじゃないと私が持たなかったし。良いこともあったのよ」
 そう言って、桂さんのお姉さまは別の写真を指さした。
 その写真は、桂さんが桂さんのお姉さまに飛び込んでいく瞬間の写真。日付から黄薔薇革命が終わった後だというのがわかった。
「私、この時のこと良く覚えてる。桂ちゃん、もう一度妹にしてくださいって、私に言いに来たんだよ。当然私は嫌だっていったけどね。そう言ったときの桂ちゃんの時の顔、この世の終わりが来たみたいだったよ」
 その時を思い出してか桂さんのお姉さまは軽く笑った。
「え? 今も桂さんとは姉妹ですよね? どうして?………あ、そうかなるほど」
「わかってもらえたみたいね。桂ちゃんはその意味わからなかったよ」
 それはそうだろう。桂さんが桂さんのお姉さまの気持ちをあの時理解する時間はなかったろうから。
「でも一応、お聞きして良いですか? 桂さんにそのとき、なんて言ったんですか?」
「『桂ちゃんと姉妹を解消したことなんて一度もないんだから、もう一度妹になんてできるわけないでしょ。これ、練習のときに更衣室に置き忘れてたのを私が預かってたよ。大事なものなんだから無くしちゃ嫌だよ』って。そのあと桂ちゃんはこの写真の通り私に向かって飛びついてきたんだけどね」
 桂さんのお姉さまが言う良いこと。 それは、黄薔薇革命で数多く一度別れてしまったという姉妹が出来た中で、桂さんの所はそんな事実はなかったと言えると言うこと。
 それは、端から見たら些細なことだけど、姉妹からしてみれば重要なことなのかも知れない。
 そしてその言葉は、桂さんのお姉さまがどんなに桂さんのことが好きなのか良く伝わってきた。
「本当に桂さんのこと好きなんですね」
 思わずこぼれた言葉に桂さんのお姉さまはにっこり笑ってきっぱりとこう答えたのだ。
「当たり前でしょ。桂ちゃんは私の大事な妹なんだから」
 そう言ったときの桂さんのお姉さまの顔は、その時カメラを持っていなかったのが悔やまれるくらい、優しく輝いていた。


 結局、桂さんのお姉さまは一枚だけ、写真を選んで持っていった。
 それは、優勝を理解した桂さんが桂さんのお姉さまに飛び込んでいく決定的瞬間ではなく、一本目のサーブを打ち込むその瞬間の写真だった。
 「わたしにいいテニスを見せたいって言ってくれたからね。その時の写真を持っていたいんだ」
 写真を選んだとき、桂さんのお姉さまはそう言ってた。


 客人がいなくなり一人になった部室で、私はアルバムを一冊取り出した。
 それは、私と一番仲の良い後輩のアルバム。笙子ちゃんのアルバム。
「妹か………」
 そう呟きながら、私はそのアルバムをぼんやりと眺めていた。


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