【268】 紅白抗争勃発  (篠原 2005-07-27 20:02:48)


※ がちゃSレイニーシリーズ、前回(【No:256】)までのあらすじ
 乃梨子にふられたら瞳子に妹になってもらうという約束を取り付けた志摩子は、そこでおもむろに自分の腕にまかれたロザリオを皆の前で見せるのだった。……それってなんだか詐欺っぽくない?



 昼休みに中庭でドラマが展開されていた一方、それとは別に学園内に噂の嵐が吹き荒れていた。

『白薔薇さまと紅薔薇のつぼみの妹最有力候補が、放課後の温室で秘密の逢瀬!』

 新聞部の暗躍があったことはいうまでもない。
 教室に戻った瞳子はまわりの空気が変だということにすぐに気が付いた。こういうことには敏感なのだ。
 乃梨子にさっきの事情を聞こうとしたがすぐに授業でそれも無理だった。
 次の休み時間、乃梨子がさっさと席を立って教室から出て行こうとするのを見て慌てて声をかけた。
「乃梨子さん」
 その瞬間、教室中の目が一斉に二人に集中するのが肌で感じられた。何? と振り向いた乃梨子の口調は酷くそっけなくて、瞳子も一瞬口篭もった。
「悪い、ちょっと用があって、話なら放課後にしてくれない?」
 瞳子も渋々頷くしかなかった。教室で好奇の目にさらされながらできるような話でもない。


 そして放課後には、昼の事件とも相俟ってさらに噂が加速していた。

『白薔薇革命勃発?』
『白薔薇姉妹、関係解消か!?』
『新たな白薔薇のつぼみは松平瞳子嬢!?』

 等々、さまざまな噂が飛び交い、学園激震の様相を呈していた。
 瞳子は激しい焦りを感じていたが、ムキになって否定してまわれば余計に憶測を煽るだろうことは目に見えていた。
「乃梨子さん、お話が」
 意を決して話しかける。
「私、これから薔薇の館に行くんだけど」
「放課後にと言ったのは乃梨子さんですわよ」
 その態度にひっかかりを覚えて、瞳子の口調もわずかに険しいものとなる。
「そうだっけ。何? 噂のことなら別に気にしなければいいでしょ。言いたいヤツには言わせておけばいい」
 話したいことは昼休みのこと、ロザリオのことだったが、あまりに噂に無頓着な様子に瞳子は不安を覚えた。致命的になりかねない類の噂だと、諌めるような言葉が口をついて出たのだが。
「むしろ瞳子には都合がいいんじゃない?」
「何を言っているんですか? むしろ乃梨子さんこそ一番気にしてるんじゃありませんか!?」
「気にしてないって言ってるじゃないっ!」
 シン、とあたりが静まり返る。
「乃梨子さん?」
「薔薇の館に行くから」
 鞄を引っ掴んで逃げるようにその場を離れる。

 まずった。と乃梨子は思った。あれではますます瞳子が孤立してしまう。瞳子があまりにしつこいから、つい。気にしてないったら気にしてないのに。


 祐巳は……ただ呆然としていた。それでも志摩子さんからの呼び出しを受け(取り次いだのは仏頂面の由乃さんだった)、古い温室に向かった。
「志摩子さん。昼に言ったこと、本気なの?」
「昼に言ったこと?」
「本当に乃梨子ちゃんと別れて瞳子ちゃんを妹にするの?」
 志摩子さんは祐巳を見てゆっくりと言った。
「………どうして、そんなことを聞くのかしら」
「え?」
「祐巳さんは瞳子ちゃんを妹にする気はないのでしょう? だったら関係のない話ではないかしら?」
「え、でも、……だって、そうしたら乃梨子ちゃんは? そんな……」
「それは私と乃梨子の問題だわ。それこそ祐巳さんには関係の無い話よ」
「関係ないことないよ! 薔薇の館の仲間なんだよ! みんなだって無関係じゃないよ」
「乃梨子なら、山百合会の仕事は手伝ってくれるわ。妹になる前もそうだったのだし。瞳子ちゃんだって今まで随分お手伝いをしてくれていたのだし、薔薇の館のメンバーになることに反対する人はいないと思うわ」
「でもっ! 妹なんてそんなに簡単に取り替えるものじゃないでしょう!?」
 志摩子さんは物憂げにため息をついた。
「私と聖さまの関係も、私と乃梨子の関係も、リリアンでいう『スール』の関係とはたぶん違うものなのよ。姉妹とかロザリオの授受とか、表面上の呼び方や制度は、私にとってはどうでもいいことなの」
 それはなんとなく感じていたことではあったが、祐巳には理解しがたい話でもあった。
「よくわからないよ。それに、どうして瞳子ちゃんを……」
「瞳子ちゃん、一人で傷付いていたわ」
 祐巳の言葉を遮るように、志摩子さんが言葉を被せた。
「同情で妹にするの?」
「いいえ。別に同情しているつもりはないわ。ただ、一人にしたまま、ほおってはおけないと思ったのは確かね」
「でもそれって、なんか違わない? 妹って……」
「さっきも言ったけれど。それは私にとっては大した意味を持たないわ。それは単に対外的な記号にすぎない。
 それに、どうして祐巳さんにそこまで言われなければならないのかしら?」
「え?」
「祐巳さんは瞳子ちゃんを妹にしなかったのだし、それに、瞳子ちゃんを傷付けたのは祐巳さんではなくて?」
 ああ、志摩子さんは怒っているのだと、祐巳はこの時思った。あまりにも静かな怒り方だったのでそれと気付かなかったけれど。本当に瞳子ちゃんのことを心配して、瞳子ちゃんを傷付けた祐巳のことを怒ってるのだ、と。
「ごめんなさい。今のは言い過ぎたわ」
 志摩子さんはすぐに謝ったのだけれど、祐巳には何も答えられない。
「瞳子ちゃんは強くて優しいけれど、とても繊細で傷付きやすいのね」
 ほら、志摩子さんはこんなにも瞳子ちゃんのことをわかってる。
「とてもかわいいコだと思うわ。祐巳さんや私が妹にしなくても、妹にしたがる人はいくらでもいると思う」
「……でも、瞳子ちゃんが承諾するとは限らないじゃない!」
 祐巳自身、醜い抵抗だと思った。
「ええ、そのとおりね。決めるのは瞳子ちゃん自身で、私でも祐巳さんでもない。そして瞳子ちゃんが心を決めているなら、他の誰かがとやかく言うことではないのでしょうね」
 しばらく祐巳を見ていた志摩子さんは、祐巳が何も言わないと見て取ると再び口を開いた。
「祐巳さんがどうして妹にしないのか不思議だったけれど、なんとなくわかった気がするわ」
「え?」
「祐巳さんは、誰も妹にする気が無いのね」
「そんなこと……」
「ない。と言える?」
「………」
 答えられない。
「私の話は終わり。昼休みには説明する時間が無かったから、祐巳さんには私の考えを伝えておこうと思ったのだけれど……」
 必要無かったみたい。最後にそう呟いて、志摩子さんは出口に向かった。
 一人取り残された祐巳が、どうしようもない敗北感に打ちのめされて見ていると、志摩子さんは出口の前で足を止めた。そこにもう一人の人物が立ちふさがったからだ。
「お姉さま」
 そこに魔法のように現れたのは、間違いなく祐巳のお姉さまだった。向かいあった二人は黙ったまま視線を合わせた後、志摩子さんが軽く会釈をしてその側を通り過ぎていく。やはり黙ったままそれを見送ったお姉さまは、あらためて祐巳の方を向いた。
「祐巳」
「お姉さま!」
 もう限界だった。祐巳は脇目も振らずお姉さまの胸にとび込んだ。


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