【2679】 助けに来られたくない  (さおだけ 2008-07-02 19:27:24)


乃梨子編 【No:2672】
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  ■■ SIDE 蓉子



目を覚ますと、白い天上が映っていた。
ここはどこだろう。
どうして、私はこんな所にいるのだろう。

「………………痛っ!」

頭が痛い。
どうしてこんなに頭が痛いのだったか。
私は身体を起し、自分の今の状況を把握するに努めた。
痛い。頭が痛い。

「あ、起きられたんですね」

「え……?」

私は声の主を探した。
視線を巡らせると、スライド式のバリアフリーのドアから顔が覗いていた。
ツインテールの、小動物チックな小柄な少女。
私を見て無邪気な笑みを浮かべていた。

「お姉さま、今お医者様を呼んできますね」

「おねえ、さま……?」

「はい。………憶えてらっしゃいませんか?」

「…………?」

憶えて、ない。
私が水野蓉子である事は分かっているのに。
こんな子、私は知らない。

「私、今幾つ……?」

「? 年齢ですか?今年は高校3年生です」

「うそ!?」

高校3年生!?
なんで?私の記憶ではまだ高校2年で……入学式直後のはずだ。
約一年、私の記憶が欠落している……?
少女は私に近づいて、そっと手を握ってくれた。

「私は福沢祐巳。リリアン2年生の、お姉さまの妹です」

「いもうと………」

「はい」

指を絡めて、彼女――祐巳ちゃんは優しく微笑んだ。
 チクリ。
あれ?どこかが今悲鳴を上げた気がした。
私はもぅ片手で胸元を押さえるが、痛みがない。

「どうかしましたか?」

「う、ううん。なんでもないわ」

祐巳ちゃんが心配そうに私を顔を覗きこんだ。
愛嬌ある顔が一瞬だけ、泣きそうに歪み、心配をかけたと思った。
 チクリ。
ああ、やっぱり何か違和感がある。
正体が分からないのに、私はこの子に罪悪感を感じている。
私は無意識に、彼女を抱き寄せた。

「? お姉さま?」

「……ごめんなさい」

「え?」

分からない。分からないのに。
謝らなきゃいけない気がして、とても謝りたくて。
私はそれだけを呟いた。

「……い、いやだなぁ、お姉さまは何も悪くなんてないじゃないですか」

抵抗はしなかったか、謝罪は否定された。

「何も……お姉さまは何も……」



  ■■ SIDE 祥子



蓉子さまが意識不明から3日後。
学校すら休みがちだったお姉さまから速報が入った。
というより、学校の方に連絡をして、教えてくださった。

蓉子さまが目を覚ました。

私達、つまり山百合会は職務を放棄して駆けつけた。
もともと紅薔薇が停滞しているのだから、これ以上仕事が溜まっても同じ事だ。
そんな事よりもお姉さまが気になってしかたがなかった。
温室で泣いて以来、お姉さまは全く泣いていない。
どこか壊れてしまったかのように、ずっと笑い続け、無邪気な笑みを晒している。



駆けつけた病室で、お姉さまはまだワラッテイタ。

「あ、来た来た」

蓉子さまのベッドの横で寄り添うように笑っていた。
しかし蓉子さまは困ったように私達を見ていた。
首を傾げて。
でも、後にいた薔薇様方をみて表情を和らげる。

「あら聖、それに江利子」

「よ、蓉子……もぅ大丈夫なの?」

「大丈夫と言えば大丈夫だけど、ちょっと困った事はあるわね」

「え?」

蓉子さまは理解しがたい事を言う。
「記憶がないようなのよ」。記憶がないようなのよ……?
何度かその言葉が頭を駆け巡り、だけどやっぱり理解できなかった。
だって、お姉さまはあんなに笑顔なのに?

「起きたら妹に孫まで居て驚いたわ」

「そりゃ……まぁ驚くだろうね」

聖さまが放心したように相槌をうつ。
蓉子さまは私を見て、「ごきげんよう、祥子さん」という。
何が何だか分からない。分からない事が増え続ける。
私はお姉さまを見た。
相変わらず、笑顔のまま蓉子さまの隣にいた。

無邪気に笑うお姉さまを見て、どこかでカチリ、音がした。



  ■■ SIDE 乃梨子



パニックになっている。
あの日、蓉子さまが【事故】にあった時、私はちゃんとパトロールしていたはずだ。
なのにあんな近くで夢魔に襲われたのに気付かなかった?
そんな馬鹿な。
確かにアウリエルお姉さまに比べたら新米だけど、そんな鈍くないはずだ。
アウリエルのお姉さまに怒られるかとも思ったけれど、何も言ってこないし。
どうして?私の職務怠慢じゃないの?

「お姉さま」

私は夜の病室に忍び込んだ。
そこでは眠っている先代紅薔薇さまと現薔薇様が揃っていた。
でもその中で、お姉さまだけは蓉子さまを見ながら起きていた。

「お姉さま」

「………ん、乃梨子?」

「目を開けたまま寝ていらしたのですか?」

「ちょっと……ぼーっとしてただけだよ」

お姉さまは目を擦った。
赤くなっている目が痒いのだろうか。けれどその瞳は乾いている。
私はお姉さまに近づいて、その顔を覗きこんだ。

「ん?どうしたの?」

「……………」

怒っていない。私が気付かなかったから、蓉子さまが襲われたのに?
あのタヌキ……ポポはお姉さまの分身だ。
そのポポが【アウリエルさま】らしく装って私に注意したのに、お姉さま自体が怒らない?
怒られない事に対して恐怖がわいてきた。見捨てられるような、恐怖。

「……ごめんね、乃梨子」

「は……?」

「蓉子さまについては、私の責任だから」

「え、あの?」

「これ……私がやった事なんだよ」

「は!?」

は、話しについていけない。
お姉さまは蓉子さまの頬を優しく撫でると、私に向き直った。
そして自然な流れで手を取ると、お姉さまは自分の羽を展開させた。
3対の羽。とても美しい、上級天使の証。

「外に出ようか」

お姉さまは微笑んだ。
いつものように柔らかいからこそ、怖かった。
お姉さまがお姉さまではなくなったような、おかしな感覚に陥った。



  ■ ■ ■



お姉さまは病院の屋上で足を止めた。
足と言っても宙に浮いているけど。仮にも天使だしね。
私と繋いでいた手を解くと、お姉さまは宝石を散りばめたような下界を見下ろした。
街灯が規則正しく並べられ、小数の民家では灯りが灯っている。
そんな美しい光景を見ながらも沈黙は続いた。
しかし、その沈黙を破ったのはお姉さまだった。

「蓉子さまにね、私の正体がバレちゃったんだ」

「え、」

「だから追及されて、でも答えられないから」

「…………だから、襲われたという風を装った?」

「うん」

あっさり答えられる。
だけど私があっさり認められるはずもなく、私が初めてお姉さまを責めた。
あんなに優しい人が?こんな強引な手段で?嘘だろう!?
そう思わずにはいられなかった。

「どうして、そんな事をしたんですか!?」

「どうしてって……」

「黙ってて貰うとか、方法は選べたのではありませんか!?」

「………」

黙る。お姉さまとは対称に、私はお姉さまに捲くし立てた。
本当はきっと、お姉さまに「仕方なかった」って言って欲しかったんだと思う。
したくなかったって、選べなかったって、そう言ってくれさえすれば、納得できるから。
だけど、お姉さまはまたワラッタ。

「私はアウリエル7代目なんだよ?……優先順位を明確にしなきゃいけないに決まってるじゃない」

「……っ!? お姉さまは……【アウリエル7代目】なのですか」

「そうだよ?私は【それ】で、乃梨子は【その】妹じゃない」

「…………っ!」

私は言い掛けた言葉を飲み込んだ。
違う。私は、アウリエル7代目の妹になったんじゃない。
私は貴女の、【祐巳】さまの妹になったんだ――っ!

「? なぁに?乃梨子」

「……………」

「なにか言いたいことでもあるの?」

【お姉さま】はワラウ。
私は首を横に振って、【お姉さま】に従った。
それから【お姉さま】とはすぐに別れて、そのまま志摩子【お姉さま】の元へ向かった。
分からない。
お姉さまが一体何をしたいのか、私には分からなかった。




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