No.265のつづきです
これでストックしてた分は全部です。無駄に長い。
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「は?」
何者といわれても。
「祥子に対しても物怖じしないてあれだけ言えるのは立派だわ。流石、祥子が妹に選んだだけのことはある」
「なかなかの掘り出し物だよね。祥子、お手柄だ」
「うふふ私気に入っちゃったわ。令が居なかったら妹にしたいくらい」
それは買いかぶりすぎです。薔薇さま方。
「でもね、何時あなたは祥子に出会ったの?」
楽しそうな白薔薇さま、目を爛々と輝かせてる黄薔薇さまに対して、紅薔薇さまはなにやら友好的とは言いがたい表情をしてる。
「えっと、お話をさせていただいたのは今朝ですけども……」
「そうよね。あの子は隠れてこそこそ後輩と会うなんて事、出来ないもの」
そんなに器用な子じゃないと紅薔薇さまは言う。
「でも、私はマリア祭の時から祥子さまのことは……」
「あなたのことは良いの。そういう性格だって思えば。でもね」
何故か紅薔薇さまはの語調は鋭く突き刺さるようだった。
そういう性格とは恐れ多くも紅薔薇のつぼみに対してもう以前から妹であったかのように振舞ってるってことを指してるらしい。
でもそれは『前』の一年分の記憶がそうさせているだけで、つまり誤解なんだけど、そんなこと言って信じてもらえるわけもない。
「ちょっと蓉子。何が気に入らないの?」
「祥子の態度よ。祐巳ちゃんをともすれば傷つけるような事を言ったわ」
「ああ、祐巳ちゃんには主役は無理って話?」
「祥子があんなこと今日会ったばかりの子に言うなんて」
それを祐巳が当然のように受け流し会話が成立していたのが腑に落ちないんだそうだ。
そうだったかな? 祐巳には自覚が無かったんだけど。
「そういえばそうよね。それだけ祐巳ちゃん信頼している?」
ああ、もしそうならなんて嬉しいことだろう。でも単純に事実を述べたって気がするんですけど。見た目も実力も平凡な祐巳ですから。
それを口に出したら白薔薇さまはこう返した。
「正直に話せるということは相手がちゃんと受け止めてくれるという信頼があるからよ」
だから、信じられないことだけど、祥子さまは祐巳をそういう意味で信頼してくれてるそうだ。
「前言撤回よ。祐巳ちゃん、あなたも納得できないわ。いつの間に祥子と親しくなったの? 噂が無かったってことは学校外? ご家族の関係で交流があったのかしら?」
洗いざらい白状なさい。そんな目つきで睨まれた。
「えーっと……」
どうしようか。いっそすべて話してしまった方が良いのかもしれない。祐巳はそんなに強くない。迫力のある紅薔薇さまに睨まれたらもう言いなりになってしまうしかないのだ。
そんな祐巳の危機を救ったのは白薔薇さまだった。
「あら、蓉子もしかして祐巳ちゃんに嫉妬してる?」
白薔薇さまは茶化すように言った。
「しっ、なにをいうのよ」
うわっ、なんか信じられないもの見た。紅薔薇さまが赤くなって慌ててる。
「あんまり祐巳ちゃんをいじめちゃ可愛そうだよ。祐巳ちゃんは山百合会の危機を救ってくれた恩人なんだから」
「そんな大げさな……」
白薔薇さまが大そうなことを言うので思わず反応してしまった。
「大げさじゃないわよ。祥子を手なずける手腕には期待してるわ」
そんなこと期待されても困ります。
「紅薔薇さま、まだ何か言いたそうね?」
「べつに。ただね、間違いなくその場しのぎだと思ったのに会話を聞いてたらなんか本当に仲の良い姉妹みたいに見えてくるんだもの」
いや、あの口論を見て仲が良いなんて紅薔薇さまはどんな目をしてるんだか。
「やっぱり嫉妬じゃない」
「でも、祐巳ちゃんは祥子と相性がいいわね。間違いなく」
「祥子さ、初めて『お姉さま』って呼ばれて張り切っちゃったんじゃない?」
黄薔薇さまと白薔薇さまが祥子さまをネタに盛り上がるのを「勝手にしてなさい」とでも言うように放っておいて、紅薔薇さまはまた祐巳の方へ向き直った。
「祐巳さん」
「は、はいっ!」
なんだろう。また問い詰められるのかと思い祐巳は緊張した。
紅薔薇さまは真剣な目で言った。
「あなたは積極的に祥子の妹を名乗ったんだから覚悟は出来てるわね?」
「覚悟?」
「祥子があなたを本当に妹にするかどうかはともかく、山百合会はあなたを逃がさないわ」
「にっ、逃がさない!?」
「そう。まだ納得できないことはあるけど、あなたは私たち三人に気に入られたのよ」
「蓉子、なに凄んでるのよ」
「素直に『祥子をよろしく』って言えばいいのに」
「はぁ、なんか自信なくなっちゃったわ」
紅薔薇さまはさっきまでの緊張感をなくしてため息をついた。
元々の話し合いの結論が出てしまったので、それから祐巳がここに来た理由の祥子さまが出て行ってしまったのでお話は終わりとなった。今度ゆっくりお話しましょうとか早くロザリオを貰っちゃいなさいとかいろいろ言われつつ、祐巳はまだなにやら固まってた蔦子さんを引っ張って薔薇の館を後にした。
「蔦子さん、蔦子さん!」
薔薇の館から教室へのの帰り道、祐巳は目の焦点が定まらない蔦子さんを揺すった。
「ほぇ?」
「もう、どうしたの? さっきからぼーっとして」
「あ、祐巳さん……」
蔦子さんは目の焦点があったと思ったら急に鋭い視線で祐巳を睨んだ。
「祐巳さんっ!」
「な、なに?」
「どうなってるのよ、祥子さまが薔薇さま方と喧嘩してるかと思ったら祐巳さんいきなり参戦しちゃうし、かと思えば祥子さまと口論しはじめるしそういえば山百合会の劇ってシンデレラだったのねそれはともかくいつの間に祥子さまと親しくなったのよ今朝だっていきなりお姉さまとか呼んでるし私見てたのよ祥子さまも満更でもなさそうだし最後は三薔薇さまにも気に入られちゃうしもうお姉さん訳わからないわ」
「つ、蔦子さん落ち着いて……」
誰がお姉さんか。何も知らない蔦子さんには展開が目まぐるし過ぎたようだ。なまじに鋭い頭脳が混乱に輪をかけて思考がパンクしてたらしい。
「祐巳」
迫り来る蔦子さんをなだめていたら、後ろからお姉さまの声が凛と響いた。
「あ、お姉さま、いえ祥子さま」
「いいのよ」
祐巳は「祥子さま」と言い換えたのだが、「お姉さまでいいのよ」と言うことなのか、それとも姉妹でないのに何回も「お姉さま」と呼んだことに対しての許容を意味するのか。
「あの、待っていらしたのですか?」
「そう。あなたが来るのを待っていたわ」
何故?
もしかしてさっきのことを怒ってらっしゃる?
「あのっ、先ほどは出すぎた真似をして失礼しました」
祐巳は思い切り頭を下げた。
そうなのだ、目の前の祥子さまは祐巳との一年間を経験したお姉さまの祥子さまでは無かったのだから。それなのに、つい、いつもの調子でぽんぽんと失礼な言葉を浴びせてしまったのだ。
「まったくだわ。あんなこと初めてよ」
「すみませんでした!」
ああ、大失態だ。これでお姉さまに嫌われてしまったらどうしよう。
ここで祥子さまとの接点が失われたら、祥子さまをお姉さまと呼ぶ未来は永遠にこないかもしれないのだ。
「頭を上げなさい」
「でも、私ったらあんな生意気なこと」
祐巳は下げた頭を上げられなかった。
祥子さまは祐巳の両肩に手を置いてそっと押すようにして祐巳の体を起させた。
「泣いていたの?」
そう言うと、白いハンカチでそっと祐巳の頬を拭ってくれた。
祐巳が落ち着くのを待って祥子さまは口を開いた。
「私ね、あの時考えたのよ」
祥子さまが祐巳を見る目は幼子をあやすような優しいまなざしだった。
「劇の内容も知らないあなたが私の為に頑張ってくれてるのに私は個人的な都合で役から逃げようとしていたって」
「そんなこと……」
劇の内容は知っていた。反則だけど。
祥子さまは思いを馳せるように虚空を見上げた。
「本当はね」
「え?」
「こんな形であの人に会うなんて絶対嫌だったの」
さらっと言ったけど『あの人』とは柏木さんのことだとわかった。
「でもね。もしかしたらいい機会なのかもしれないって」
どうしたことだろう。『前回』はあれほど逃げ回っていたというのに。
「そう思えたのは祐巳、あなたのおかげよ」
「ええっ!?」
そんな大層なことをした覚えはないのですが。
「どうしてかしら、あなたに『お姉さま』って言われると何でも出来そうな気がしてくるの」
それだけで? 『前』はお姉さまにそんなこと言われたこと無かったのに。
「だからね、これからもそう呼んでほしい、そばにいて力を分けて欲しいの」
って祥子さま。何でロザリオを取り出しているのですか?
「受け取ってくれるわよね」
祥子さまはもう鎖を大きく広げて祐巳の首にかける気満々。
祐巳は思わず一歩引いた。
「さ、祥子さま、あのっ」
「あら、いまさら拒絶する気? あれだけお姉さまと呼んでおいて」
往生際が悪わよと。
「い、いえそうではなくて、祥子さまの妹になるのは決して吝かではないのですけれども」
「回りくどいわね。いいたいことがあるのならお言いなさい」
祥子さまの眉が下がる。
「一つだけ、確認しておきたいことが」
何かしらと、祥子さまは輪になったロザリオの鎖をいったん引っ込めた。
「その、祥子さまは、どうして私を妹にするのですか」
「どうして? 理由ならもう言ったわ。私があなたのお姉さまになりたいからよ」
「その、成り行きで私が妹でなければならなくなったからではないのですか?」
「怒るわよ。何を聞いていたの? 私はあなたにお姉さまって呼ばれたいの」
「その、私でいいんですか? 本当に私なんかでいいんですか?」
祐巳とちゃんと向き合って欲しい。ちゃんと向き合って妹にして欲しい。それはもしかしたらとても贅沢なことなのかもしれないけど。祐巳はもどかしいと思った。この思いはどんなに言葉を積み重ねてもちゃんと伝わらないと思ったから。思いを言葉にしたとたん、それは心に秘めていたものから遠ざかってしまうような気がして。
以前に最初に申し込まれた時はそこにたまたま居たのが祐巳だったからという理由だった。今回だって最初の出会いを覚えていたとはいえ、やっぱりきっかけはその場しのぎなのだ。
確証が欲しかった。祥子さまは他の誰でもない祐巳を選んだのだという確証が。
「あなたはずいぶん自分を過小評価してるのね」
「だって……」
外見も中身も平均点の祐巳だから。
「もっと自信を持ちなさい。私をこんな気持ちのさせたのはあなたが初めてなのよ」
どんな気持ち?
「私は祐巳を妹にしたいの。いま拒絶したとしても絶対逃がさないわよ。必ず落としてみせますから」
信じていいのだろうか。祥子さまにここまで言わせたのがほかならぬ祐巳だってことを。
しかし、そんな不安とは裏腹に祐巳の顔の筋肉は正直に反応しちゃっているのだった。
「何をへらへらしてるの! 人がまじめに話をしているのに」
だって嬉しかったから。叱られても祐巳の表情は緩みっぱなしだった。
(分岐→【No:1251】)
「台無しね」
「つ、蔦子さん」
もう何枚か撮ったのだろうかいつのまにか復活した蔦子さんはカメラを構えていた。
「台無しついでに一つよろしいですか?」
何を思ったか蔦子さんは祥子さまに向かって言った。
「なにかしら?」
「特に祐巳さんだからって訳じゃなくて『お姉さま』という言葉でそういう気持ちになったってことはありませんか?」
「つ、蔦子さん」
「いやね、祐巳さんが納得できないのはその辺かなって思ったから」
確かに、祥子さまは下級生から『お姉さま』と呼ばれた経験は無かったかもしれない。いや確か瞳子ちゃんが『祥子お姉さま』って呼んでたはずだけど、瞳子ちゃんとは親戚付き合いだから、祐巳みたいな普通の下級生から呼ばれたのは初めてってことになる。
「そうね……」
蔦子さんの言葉に思い当たるところがあるようで、祥子さまは片手を顎に当てて少し考えこんでしまった。
「なるほど、それははっきりさせておいた方がいいわね」
ああ、蔦子さんなんてことを。せっかく祥子さまがその気になっていたのに、と思う祐巳はさっきと矛盾している。乙女心は複雑なのだ。
「じゃあ、あなた」
「え? 私?」
祥子さまの視線は蔦子さんを向いていた。
「そう、あなた、ちょっと私を『お姉さま』って呼んでくださる?」
『ええっ!?』
祐巳と蔦子さんの声が重なった。
そんな、まさか私がごねたから、代わりに蔦子さんを妹にするおつもり?
「何を驚いてるのよ」
「ど、どどどど」
「どうしてって、試してみたいのよ。祐巳以外の一年生から『お姉さま』って呼ばれるの」
お試し?
「では蔦子さんに『お姉さま』って呼ばれて『そういう』気持ちになったら、もしかして蔦子さんを妹にする可能性も?」
「あら、そうなるわね」
「こ、困ります! 私は姉を持つ気はありませんから!」
蔦子さんなんか必死だ。そんなに嫌なのかな。でも本気で見初められたら蔦子さん陥落しちゃいそう。
だから祐巳も焦ったのだ。祥子さまは何を考えていらっしゃるのか。
「大丈夫よ。ほら早くここへ来なさい」
何が大丈夫なのか。
まあ呼ぶだけなら、と蔦子さん渋々だけど祥子さまの前に出た。
「ええと、お姉さま?」
「心がこもってないわ」
出た。祥子さまのわがまま。
「そんなあ」
蔦子さんが困ってるところってもしかしてレアなんじゃないかな。
「ちゃんとやらないと今後一切写真を公開する許可出さないわよ」
「ええっ、それは困ります、お姉さま」
「やっぱり違うわ」
祥子さまは眉をひそめた。
「そ、そんな、お姉さま!」
「やっぱり蔦子さんじゃ駄目だわ」
「駄目!? どこが悪いか言ってください改善しますから」
「そうね。なんていうのかしら祐巳のと蔦子さんのとは……」
祥子さま、考え込んでしまった。
「祐巳さんね。それなら」
何を考えたのか蔦子さんはポケットから写真の束を取り出してなにか探している。
「これだわ」
「これって今朝の……」
今朝、祐巳が恥ずかしいと言った笑顔のアップだった。
「祐巳さんちょっとこれ持ってて」
そう言って眼鏡を外しカメラと共に祐巳に預けた。
蔦子さん本気だ。でも蔦子さん、なにやら勘違いしてる気がしてならないんだけど……
そしてしばらくその写真を見つめてたかと思うとよしっと頷いてそれをポケットにしまった。
「よくご覧ください」
「なにが始まるのかしら?」
蔦子さんは祥子さまに背を向けて立った。
そして、シーン1、3、2、1、スタート、みたいなノリで全身で振り返り「ごきげんよう、お姉さま」と。
残念ながら祐巳から蔦子さんの表情は見えなかったけど祥子さまがちょっと驚いたように目を見開いたのが見えた。
「今のはいい線行ってたわ」
「それでは?」
「でも私の妹には出来ないわ」
「えー」
「ねえ蔦子さん」
祐巳はがっかりする蔦子さんに話しかけた。
「蔦子さんって祥子さまの妹になりたいの?」
「ち、違うわよ! 写真を公開する許可が……あれ?」
ようやく勘違いに気づいたらしい。蔦子さんは首をかしげた。
「あら、振られちゃったわね」
「祥子さま、今のはいったい」
「やっぱり違うわね。でも判ったわ。さっき言った通り私はあなたを妹にする。あなたが納得しないって言うんなら納得するまで付き合ってもらうわ。いいわね」
なにが「でも判ったわ」なのか、祥子さまは勝手に決めてしまわれた。でもそんなところが祥子さまらしいくて素敵なんて思ってしまう祐巳の『お姉さま病』はおそらく『前』よりも進行しているに違いないのだ。
妹になる件は別に納得していないでもないのだけれど、蔦子さんの指摘で勢いが削がれたのか祥子さまは今すぐ渡そうって気がなくなってしまったようだ。
きっと祐巳が確証が欲しいなんて欲張ったから罰があたったのだ。