桜は関係ありません(笑)で、ドリルのお話です。
祐巳の章 【No:2692】(再会編) 【No:2694】(過去編)
蓉子の章 【No:2687】(始り編)
祥子の章 【No:2680】(再会編) 【No:2684】(過去編)
乃梨子の章 【No:2672】(始り編) 【No:2697】(現世編)
志摩子の章 【】(再会編)
由乃の章 【No:2696】(前世編)
瞳子の章 【ここ】(始り編)
本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
→【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→【No:2682】→【No:2683】→
【No:2686】→【No:2695】→【No:2701】→【】
あなたにあいたい。
私の中にある【それ】は、どれだけの月日を重ねても消えるものではなかった。
親しい友達がいて、大切な家族がいて、大好きなお姉さまがいるというのに、だ。
私には一体【だれ】が足りないというのだろうか。
その答えが分かったのは、人間を辞めたとき。
【私の世界】でかけているその【存在】を思い出して、私は泣くはめとなった。
どうして、どうしてどうしてどうして。
一体どうして私は【あの人】を忘れなければならなかったのか。
いくつもの【世界】を遡った先に、【あの人】は確かにいたというのに。
私にとって、【あの人】はたったそれだけの人だったのだろうか。
転生をすれば忘れてしまう程度の、【お姉さま】だったという事なのか……!
■ ■ ■
そなたには罪が有る。
「知っています」
止められたはずの友を見殺しにした。
「そうです」
そなたは罪を償わなければならない。
「でしょうね」
ここで【我】はそなたに選択肢を与えよう。
【悪魔】へと堕ちるか、【人間】となり地道に償うか。
「……ひとつ、聞いてもよろしいですか」
それでそなたの答えが出るのなら。
ならば【我】はそれに答えるのも吝かではない。
「私が聞きたい事はひとつです」
「私は、【何か】を忘れていませんか?」
■ ■ ■
暗い空間で私を待っていたのは、【人間ではないもの】だった。
それはグリフォンのようにもドラゴンのようにも見える、黒い、【何か】だった。
自分という定義すらあやふやな状態で【それ】の大きさを説明することもできない。
ただ言えるのは、【それ】の口は私という【存在】を容易く飲み込めるであろうという事だけ。
けれど一見すれば黒く大きな犬にも見える【それ】は、息荒く私に問いかけた。
「貴様ハ何ヲ望ンデ堕チタト申スカ」
「悪魔ト呼バレル存在ハ、大抵ガ【殺人鬼】カ【望ンデ堕チタ者】ダ」
「貴様ハ何ヲ望ンデ堕チタト申スカ」
よく意味は理解できない。
というよりも片言な話し方では正しく聞き取れている自信が無い。
しかし【それ】は私の言葉を待って、一言も話さない。
私は落ちた。
人間という輪廻の舞台から、【望んで堕ちた者】だった。
「私は、【何かを忘れている】」
「…………」
「だから、私はそれを取り戻したいのですわ」
【それ】は黙って私を見つめた。
長い間沈黙を保っていた気もするし、一瞬だった気もする。
しかし、もはや成長という【時間の概念】のない世界ではどちらも同じこと。
【それ】は溜息を吐いて話しを再開する。
「貴様モ大抵ノ者ト同ジカ。ナラバ良カロウ」
「堕チテ対価モ与エヌトナレバ道理ガ利カヌトイウモノ」
「貴様ニハコノ世界トイウ名ノ棺桶ヲ見セテクレヨウゾ」
「え……?」
【それ】は地面のようなところで(といっても下は見えない)私と並ぶ。
へたり込むように座っている私の頭を、突如大きく開けられた口で咥えた。
赤い。生きている証のように赤い舌が私の頬を撫でる。
「悪魔ハ世界ヲ憎ム。世界ハ、決定的ニ不条理ダ」
狭くなった私の視界が【潰された】。
比喩ではないそれは私という【存在】を霧散させるように散らせた。
しかし苦痛もなしに死んだとも思えない私は、ただただ【それ】を見つめた。
【自分】が【何】がすら分からなくなる感覚に陥り、私は困惑する。
「憎メ怨メ疎メ。与エテハ奪ウヲ繰リ返ス、アノ輪廻ヲ」
【それ】、つまり【悪魔】の口元は綺麗に吊り上げられていた。
血の如く赤い瞳に【何か】を滾らせて、【悪魔】は歌うように恨み言を繰り返す。
「全テヲ無ニ委ネルコトコソガ幸福。永久ノ安ラギヲ、ナンジニ与エタマエ」
私は全てを【思い出す】ために、ただそこから【消えた】。
■ ■ ■
「瞳子ちゃ〜ん!」
「■■さま。ごきげんよう」
「うん、ごきげんよう瞳子ちゃん」
朝の透き通った空気の中、後から【あの人】が私に声をかけてくれた。
来年には全校生徒の代表になるというのに、あいかわらず落ち着きの無い方だ。
マリア様の見ておられるこんな所で走って、シスターにでも見られたら大変なのに。
「■■、駄目でしょう?お祈りしないと」
「あ、お姉さま」
【あの人】は後から現れたお姉さまこと小笠原祥子さまに緩みきった顔を向けた。
私の中で「むっ」という嫉妬心が小さく生まれる。
しかし祥子さまに敵わないという事は重々承知している。
なんせ【大好きなお姉さま】なのだから。
祥子さまは小さく歪んだ■■さまのタイを自然な手つきで直してやる。
そんな間も、■■さまはずっと嬉しそうに微笑んでいた。
「ほら、出来たわよ」
「ありがとうございます!お姉さま!」
ダレ、ダッケ。
名前ガ入ルハズノ所ガ、ノイズデ聞キ取レナイ。
「さ、行くよ瞳子ちゃん」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「だ〜め」
私は■■さまに手を引かれ、強制的に歩き出した。
お祈りは?なんて野暮な事すら聞けず、■■さまは祥子さまの手を掴んでいる。
3人。そう、結ばれた手は、結ばれた私達は、3人いた。
祥子さまは■■さまに優しく微笑んで、手を振り解くことはなかった。
「早く行くわよ」
「はい、お姉さま」
祥子サマハ、私ノ【オ姉サマ】ナノニ。
ドウシテ、コノ人ハ祥子サマヲ【オ姉サマ】ト呼ブノカ。
「あ、そうだ瞳子ちゃん」
「なんですか?」
「そろそろ私の事は【お姉さま】って呼ぶこと。いい?」
「ぅ……はい、お姉さま」
「うん!よろしい!」
微笑ましい様子に、祥子さまがまた優しく微笑んだ。
私が今まで一度も見たことのないくらい、本当に慈しむような表情で。
「まぁ……祐巳ったら」
カチリ
ギィィィィィイイ……
■ ■ ■
どこかで、音がする。
私という【存在】の中にあったカケラ達が、これでもかという程、当てはめられていく。
カチリ カチリ
カチリ カチリ
カチリ
カチリ カチリ カチリ
カチリ カチリ
ああ、また音がする。
空白であったはずの所が、何か温かいもので満たされていく。
最後のピースが集まったというように、私というカケラは収まるべき場所に収まっていく。
随分と使われなくなった時計が立てる音のように、たまに軋んだ音を鳴らしながら。
『憎メ怨メ疎メ。与エテハ奪ウヲ繰リ返ス、アノ輪廻ヲ』
……………ああ、今なら私はその言葉の真意を理解する事ができる。
だって、憎いのだから。だって、怨んでいるのだから。
私から【大切】なものを奪い、あまつさえ【忘れさせた】、あの世界を。
背後に、気がつけば【あれ】がいた。
黒い毛むくじゃらの【それ】は、ニタァといやらしく哂いながら【私】を見た。
「ナンジ、輪廻ノ破壊ヲモクロム同士ナリテ、夢魔トナルヲ誓ウカ?」
【それ】は悪魔らしい誘惑をしてきた。
細かい事は分からないが、ただ世界を憎んでいるという事がまざまざと伝わってきた。
だから私は、【これ】はきっと【世界を壊そうとする】と核心できたのだ。
私は頭を動かす。
【それ】はまたニタァといやらしくワラウ。
「貴様ハコレヨリ悪魔ヲ名乗リ、輪廻ト天使ニ使ワレルガ良イ」
悪魔は私に背を向けた。
誘惑に乗らなかった私を用無しとしたのか、ただ満足したのか。
黒い犬のような【それ】は、それから二度と私の前には現れなかった。
■ ■ ■
「瞳子、少しいいか?」
「なによ。五月蝿いわね」
「そんな態度でいいのか?お前が欲しがってた情報をてにいれたのに」
「そういう事は早く言いなさい!」
「ひゃんっ」
私はあれから、革張りの羽を手に入れてこの空間に慣れていった。
同期であるこの【小さな友人】と共に、与えられる雑務を適当にこなしたり。
よく古めかしい話し方をするこの【小さな友人】は、私の胸くらいの大きさしかない。
しかし黒髪は祥子さまよりも長く、お尻あたりまで伸ばされている。
「で、どうしたんですの?」
「あ、ああ、消えた【祐巳さま】って人の事だろ?ほら、」
「?」
私は渡された書類を手に取り、硬直する。
まるでアルバイトの履歴書のようなそれには、あの頃と殆ど分からないお姿が映っていた。
私は写真を指差しながら【小さな友人】にどういう事かを無言で聞く。
「こっちでも知名度はそれなりだがな、それ、アウリエル7代目だ」
「アウリエルって……あの四大天使の!?」
「端的に言えばな。最近は新しく妹さまも迎えて、忙しいらしいが……」
「妹は!?どなたです!?」
「うぉう!」
【小さな友人】は投げつけるようにもぅ一枚の紙を、私に渡した。
そこにはやっぱり見慣れた姿が。あの無愛想な顔が映っていたのだ。
「…………」
「ビンゴか。ならさっそく……」
「……いいわ、分かっただけで満足ですわ」
「は?なんのために調べてたんだお前は」
「いいのです」
向かいの【小さな友人】が不満そうに頬を膨らませた。
いくら天使と悪魔とは言え、べつに睨みあってるわけじゃないから手続きを踏めば面会は可能。
だから「そんなに会いたいのなら会えばいい」と言ってくれているのだ。
しかし私には会うわけにはいかない理由が出来てしまっていた。
「……乃梨子さんが妹になられたんなら、今暫くはいいです」
「? いまいち分からんが?」
「それに未来的に危惧されている【夢魔】対策で忙しくなりますから」
「………………」
考え込む仕草をすると、「ふ〜ん?」というように笑った。
それには「瞳子って意外とシスコンだよね?」という意味が込められてる…気がする。
隠してもせん無いことだが、私は黙る事にした。
「くっくっく、【陰から密かに助けてあげたい】とか思ってると、将来ストーカーになるぞ?」
「な!……か、可南子さんじゃあるまいし!」
「誰だか知らんが酷い言い草だ」
【小さな友人】は暫く笑い続けていた。
本当は、こいつが言ったこと以外にも【会いづらい】とか有ったのだが、いちいち言うこともないか。
しばらくして【小さな友人】を叱り付けると、私は縦ロールを撫でた。
「また、【会え】ますもの……」
あの輪廻で、また。