【2707】 願わくば  (さおだけ 2008-07-14 20:27:21)


祐巳の章  【No:2692】(再会編) 【No:2694】(過去編)
蓉子の章  【No:2687】(始り編) 
祥子の章  【No:2680】(再会編) 【No:2684】(過去編)
乃梨子の章 【No:2672】(始り編) 【No:2697】(現世編)
志摩子の章 【】(再会編)
由乃の章  【No:2696】(前世編)
瞳子の章  【No:2702】(始り編)
可南子の章 【】

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
    →【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→【No:2682】→【No:2683】→
    【No:2686】→【No:2695】→【No:2701】→【No:2704】→【】



  ■■ SIDE 可南子



触るところから引切り無しに【憎悪】が雪崩込んでくる。
色でいうなら黒。それは手から頭、そして心に直接訴えてくる。

死んで欲しい。
苦しい。
殺してやる。

どれもこれも【助けて欲しい】の裏返ったようなものばかりで、私は眉を顰める。
膨大な数に救済を求められて、果たしてこの人は無視できるのか否か。

「………無理、よね」

力ずくで夢魔を消滅させるか、正攻法として【憎悪】の根源を解消させてやるか。
この人なら、もしも私の知っているとおりの人ならば、選択肢は後者しかない。
今までの夢魔も殆ど乃梨子さんに任せていたというのだから、一体どうなるやら。

「なら、こっちも力ずくで……」

祐巳さまに取り付いている夢魔を消すか、祐巳さまの意識を呼び戻すか。
方法は、二つに一つ。



  ■■ SIDE 祥子



「お姉さま、お姉さまぁ」

「なぁに祐巳。もう、そんなに呼ばなくても聞こえるわよ」

「えへへ……お姉さまっ」


祥子は夢を見ていた。
自分より少し小さいくらいの祐巳が、自分にじゃれついて笑っている夢を。
私は抱きついてきた祐巳の頭を優しく撫でて、自分から腕を回す。
祐巳は心底嬉しそうに笑った。


「お姉さま、今度の土曜日ってお暇ですか?」

「ええ、空いているわ」

「じゃぁ一緒に遊園地に行きませんか?」

「遊園地……そうね、行きましょう」

「わぁい!♪」


自分の一挙一動で嬉しそうに反応する祐巳。
私の中は愛おしさで一杯で、どこまでも温かかった。


「お姉さま?お姉さま、」

「………え?」

「どうかしたんですか?ぼーっとされてますけど……」

「いいの、考え事よ」


祐巳はちょこんと首をかしげたけれど、すぐに頷いた。
どこまでも【私】を信用している仕草に、私の胸は小さな悲鳴を上げた。



  ■ ■ ■



私は【お姉さま】の走る後をついていった。
ぼーっとしていた。もしかしたら走りながら夢を見ていたのかもしれない。
夢?夢は所詮夢だけど、あれは夢なんかじゃない。

『お姉さま!』

ほら、あんなに愛らしい祐巳の仕草を、声を、あの温かさを覚えている。
抱きしめたら柔らかくて、あの子はお日様の匂いがするの。
声をかけて、振り向いて私を確認した時の、あの歓喜に満ち溢れた顔を覚えている。
更に言えば一緒に暮らしていた事だってあったのだ。
夜伽で何をしていたか……私は、全て憶えている。

「…………私は、……」

記憶に押しつぶされてしまいそうだった。
どれが【一緒に暮らしていた】祐巳?どれが【結婚式をあげた】祐巳?
どれが【すれ違って他人になった】祐巳?どれが……【私が殺した】祐巳なの?
ここは、あれは、それは、どれ?

「祥子、しゃんとなさい」

「……おねえさま……」

あの記憶がなくて不安を押し隠したような表情のないお姉さまが、私を引っ張る。
お姉さまは私を見つめて、真面目な顔をしながら走る。

「記憶っていうのは、信じたいものを信じていればいいのよ」

「信じたいもの……?」

「人は信じられないことは拒絶するから。忘れてもいいの」

「…………」

お姉さまがそう仰られて、私は幾分樂になった。
なら、私はいつも笑顔で私を迎えてくれた祐巳だけを信じよう。
悲しい事があった、嬉しい事があった、恐ろしい事があった。
でも……私はそれを全部信じる事ができる。
全てを受け入れ、全てを肯定する事が出来る。
だって、全て【祐巳との記憶】なんだから。

「お姉さま、祐巳はどうしてるのですか?」

「分からない。分身が保てないくらいだから、消耗していると考えるのが妥当ね」

「………天使というのは、身体がないんですよね?」

「ええ。だから消耗しすぎると【消滅】する。輪廻には戻れない、【虚無】にね」

「………………!」

いっきに私は現実へと引き戻された。
力のなかった足に意識を集中させ、走る。
私の祐巳が消滅するだなんて、姉の私がさせるわけないでしょう!



  ■■ SIDE 乃梨子



ドリルと一緒に、私は本体と対峙していた。
祐巳お姉さまがやろうとしていた事、それを遂行するのが任務だからだ。
でも、本体と近づいて見て、幾つか分かった事がある。
ここからブラックホールのような黒い物体までかなり距離があるのに、意識に霧がかかったようになる。
黒い霧は私達の意識を削いでしまう勢いでそこにただ居た。

「く……瞳子、あんたは無事?」

「無事って……私達のいる空間もこんな様なのですわよ?」

「うわ、さすが悪魔ってところか」

角が回転しながら「悪ぃ子はいねがー!」とか言いながら追いかけてくるんだ。
なんて愉か……恐ろしい。私だったら(笑い)泣きしながら逃げそうだ。

「で、どうやって退治するんですの?」

「ちょっと瞳子、慣れてるんならなんとかしてよ」

「他人任せですのね!」

瞳子はドリルを肩で震わしながら怒鳴った。
現実逃避がしたいのか、私の中では瞳子をおちょくる事でいっぱいだ。

「……まぁいいですわ。私の言うとおりにしてくださいます?」

「よしきた」

「まず、そこに立って」

「うん」

「で、羽を広げて」

「こう?」

「そのまま夢魔に向かって全力で突っ込んでください」

「【なんでやねん】!」

「いえ、物理的に」

「なんでやねん!」

瞳子のお凸を叩いた。ペシっと言ういい音が響いた。
お前まで真面目な顔して現実逃避かよ!
どうやら瞳子もどう対処していいのか分からないようだった。
なんとも情けないものである。
しかし、これだけ馬鹿でかいものを私のような下級天使で対抗しようというのが無謀だ。
だからって引く気はないけれど、如何せんどうしていいものやら。

「瞳子、ドリルであれ壊して」

「貴女十八番の【呪い】でなんとかしてください」

「無理」

「無理ですわ」

さて、困った。



  ■■ SIDE 由乃



「…………ねぇ令ちゃん、あれってなんだと思う?」

「さぁ……新種のブラックホールとか?」

「ブラックホールってどういう仕組みだっけ?」

「さぁ………」

窓の外を見ながら、私達はどうしたもんかと空を見上げる。
横では速報だっていって切り替わったニュースがバンバン流れてきている。
五月蝿いくらいにキャスターがカメラに向かって叫んでいた。

『悪魔に触った人が次々に発狂しています!』
『気をつけてください!触れてはいけません!』

『ただいま入りました情報によりますと、アメリカが悪魔対策としてミサイルを導入しました!』

『和歌山県で発狂した人の意識がたった今戻り、回復しているということです!』
『なお、その男性は意味不明なことを言っているもようです』
『「全ては嘘だったんだ」「騙された」「■■はどこだ」と』

『アメリカのミサイルが日本に向かってきます!』
『着弾までに約―――と予想され、住民に皆さまは―――』

『また、悪魔は人間以外の動物にはなんの影響も及ぼさず―――』



「……………ねぇ、令ちゃん」

「なぁに由乃」

「……………なんか、お腹空いた」

「じゃぁ今日はお鍋にしよっか」

「うん」



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