【2708】 妹失格なくらい社交性の塊時が止まるとき  (C.TOE 2008-07-15 18:18:35)


「甘いわよ乃梨子ちゃん」

机の向かいで由乃さまが力説している。

「巷では三年生と一年生の関係はおばあちゃんと孫の関係なんて言われてるけど、必ずそうなるわけじゃないから」

随分狭い世間ですね、リリアン限定じゃないですか。乃梨子がそう思ってる間にも、由乃さまの演説は続く。

「あくまでも、三年生と二年生、二年生と一年生、それぞれの繋がりなんだから。人間関係に相性というものがある以上、三年生と一年生の相性が良いとは限らないわ」

リリアンの伝統には縁遠い乃梨子にも、これは由乃さま本人の事だとすぐにわかった。令さまのお姉さまはたしか……

「乃梨子ちゃんは知らないでしょうけど、去年、私と江利子さまがどれだけの死闘を繰り広げたか。まさに『嫁・姑戦争』だったわね」

そう、鳥居江利子さま。残念ながら乃梨子はどんな人か詳しく知らないが。

「その意味では、令ちゃんは立派な旦那さまだったわね、二人に挟まれておたおたするだけの。『どっちの味方なの!?』と何回いいそうになった事か」

隣から「由乃ー」なんて情けない声が聞こえるが、由乃さまは無視だ。その隣の紅薔薇さまは我関せずといった表情。そしてその隣の祐巳さまは困惑した表情。おそらく祐巳さまは巻き込まれた事があるのだろう。祥子さまのように関与しないのが正解だ。第三者が何を言っても聞き入れられる事は無いのだから。尤も祐巳さまにはそんな高等技術はなさそうだが。ちなみに乃梨子の隣の志摩子はさんきょとんとした表情。いいんだよ志摩子さん、貴女はこんな事理解できなくても。

「でも卒業式の前に、体育館裏に呼出された一年生は、そんなに多くないはずよ」

隣で「由乃!?」なんて令さまが驚いているが、由乃さまはやはり無視だ。

「さすが江利子さま、私を体育館裏に呼び出すんだから。仲がお世辞にも良いといえない関係でも、普通はそこまでしないからね」

乃梨子には、江利子さまがとんでもない人のように思えたが、しかし相手がこの由乃さまである。今の由乃さまそして令さまの関係を考慮すると、半分以上は由乃さまのイケイケ青信号に責任があるような気がしないでもないのだが。

「その点、祐巳さんはよかったわよね。蓉子さまは大人だったから。祐巳さん、蓉子さまにかなり可愛がってもらってたもんね」
「うん、まあねー」

えへへ、と笑う祐巳さま。蓉子さまという人は相当大人だった事は乃梨子にも容易に予想できる。なにせあの祥子さまを妹に迎えたのだから。

「祐巳さんは今も良い環境よね。瞳子ちゃんとの間に紆余曲折はあったけど、すくなくとも瞳子ちゃんと祥子さまに挟まれておたおたする事は無いからね」
「そうかなー?」
「そんなことありませんよ」

疑問符の祐巳さまに、意外にも瞳子が否定した。

「瞳子にとって、祥子さまは昔から大天使さまでした。厳格と寛容、その両方を併せ持ち、その気高い美貌は三千世界を照らし、凛とした態度は戦慄すら感じるほどでした」
「そうだよね、祥子さまは大天使さまだよね」

祐巳さまがのっかってきた。祐巳さまの目は既にあっちの世界に行っている。

「恒に先頭を歩き、倒れる時は前向きに、いえ倒れる事なんて決して無い、この世界の女神さま。気性が激しい部分もありましたけど、瞳子にはとても優しい、まさに大天使さま。昔から、祥子お姉さまの隣に居るだけで瞳子は幸せな気分になる事ができました」
「私なんて、隣に居なくても幸せな気分になれるよ」

それはそれで問題ではないですか祐巳さま。そんなつっこみすら起こす気になれないほど、紅薔薇家の一・二年生はトリップしていた。

「しかし!」

ビシッ!
突然瞳子が祐巳さまを指差した。差された祐巳さまは口を円く開けて驚いている。

「祥子さまは妹を迎えられてから変わられてしまいました。具体的な事は直接関係ないので省きますが、あの祥子さまを変えてしまうほどの人物。どんな人物なのか、瞳子はいろいろと情報収集致しました。そしてその過程で瞳子も惹きつけられ、でも同時に悩みました」
「何に?」

祐巳さまがのんきに聞き返す。この人は自分の環境をいまいち理解してないのではなかろうか。乃梨子はそう思ったが、瞳子に続きを促した。

「瞳子が祐巳さまの妹になったら、それはつまり、祥子さまを変えてしまった人物を姉に、祐巳さまに変えられてしまった祥子さまを長姉にするという事です。そんな環境に、自分は耐えられるのだろうか。自分も変えられてしまうのではないか」
「瞳子ちゃん、それは悩む必要はないでしょう?だって、私達は、祐巳に変えられてしまった物同士なのですから」

そう言って祐巳さまを間に挟んで瞳子と見詰め合う祥子さま。挟まれて幸せそうな祐巳さま。紅薔薇家は実は祐巳さまでもっていると最近になって気付いた乃梨子だった。

「4月からは、どうなるのかな」

令さまがそれとなくふってきた。現在由乃さまには妹がいないので、4月からの事が気にかかるのだろう。

「4月からね。たしかに三年生が志摩子さんなら乃梨子ちゃんがどんな一年生を妹に迎えても何の問題も発生しないでしょうね」

由乃さまの台詞に、それには乃梨子も自信がある。志摩子さんなら快く受け入れてくれる。むしろ問題は志摩子さんと二人きりになれない事だ。しかし、現在黄薔薇家には一年生は居らず菜々さんは不確定、瞳子は気分屋で先が読めないということを考えると、4月になったら乃梨子が早めに一年生を調達してこないといろいろと問題が発生する可能性がある。そう、一年生はずっと乃梨子一人だったという洒落にならない山百合会の黒歴史。

「祐巳さんも大丈夫ね。間違っても、一年生をいびる姑にはなれないから」

由乃さまの台詞に、瞳子が肯定した。

「ああ、それなら大丈夫です。祐巳さまのような迂闊者、そうはいませんから、たとえお姉さまがそう望んだとしても、姑・嫁の関係にはなりません。なるとしたら、瞳子が姑、私の妹が小姑、そして祐巳さまが嫁ですね」

可能性のある笑えない未来に、乃梨子は早めに新入生、それも優等生を調達してこようと心に決めた。


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