【2712】 余裕がない逃げ出した後  (MK 2008-07-19 19:10:41)


 作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】の続きです。ホラー…かも知れません。



「え、なんで…」
 その赤い文字のメッセージの後、また場面が変わり今度はどこかの部屋が映った、と思っていたら、テレビにはいわゆる砂嵐が映し出されていた。
 『解くカギはビデオの中に』の言葉通り、恐怖に身を震わせながらビデオを見続けていたのに、である。
「誰かが消したのかな」
「誰かって?」
「この場合、やはりこのビデオを撮った本人かと」
 とはいえ、もう一度見てみないことにはヒントとやらが分からない。
 私たちは、もう一度初めから見てみることにした。
 今度は電源を入れたままで。

「あれ、リモコン効くね」
 もう一度初めから見るために、巻き戻しを押した祐巳さまがつぶやいた。
「そうだね、なんか一時停止とかも出来るみたい」
 ほらほら、と一時停止したり、巻き戻し、早送りしたりしてみせる桂さま。
 今度は、普通のビデオと同じように操作が出来るようだ。

 キーンコーンカーンコーン

 初めから見始める私たちを止めるかのように、学校のチャイムが鳴り響く。
「え、もうこんな時間?」
 驚く祐巳さまにつられて時計を見ると、もうすぐ七時。
 薔薇の館を出たのは四時過ぎくらいではなかっただろうか。
 再び、私たちの間に満ちてゆく恐怖感と静寂。
 結局、その日は色々な答えが出ないままに解散となった。



「え、志摩子さんも休むって?」
 次の日の放課後、私が祐巳さまに告げたのはお姉さまの欠席予定。
 昨日帰宅してから、志摩子さんに電話をかけたところ、しばらく休むかも知れないけれど心配しないで、という由乃さまと同じセリフが聞けただけだった。
「はい、昨日はそれだけで電話を切ってしまったので」
 切ってしまった、ことには変わりないが、切るまでに葛藤があったのも確か。
 志摩子さんの方も、何か言いたそうで言えない、そんな感じが伝わってきたのだった。

「桂さんを訪ねてみたら、今日はお休みしてるって。やっぱりショックだったのかなあ」
 心配そうな顔でそう語る祐巳さま。
 祐巳さまの場合、自分のことより他の人のことを心配している様子がありありと顔に浮かんでいる。自分もあのビデオを見たのに、である。

「大丈夫ですよ、祐巳さま。それより瞳子はどうしたのですか?」
「あれ、瞳子、乃梨子ちゃんには伝えてなかったの?今日は、通し練習みたいで来られないんだって」
「あ、そういえば言っていたような」
 いけない、いけない。ビデオのことで頭が一杯になって今日は心ここにあらず、だったらしい。

「昨日、お姉さまも休んでいたから電話をかけたんだけどね」
 やはり、祐巳さまも気になって祥子さまに電話を入れたらしい。
 表情からすると、いいニュースでもなさそうだ。
「お姉さま、具合が悪いらしくて家の人が出てね。見舞いもいいって」
「そうですか。祐巳さまが側にいないと禁断症状でも出そうな方が…」
「何か言った?」
「いえ」
 ともあれ、今日は祐巳さまと私の二人だけ。仕事も書類整理くらいで早めに切り上げることとなった。

「今日はどうしますか?桂さまがいらっしゃらないとビデオは見られないことですし」
「あ、そういえば昨日の帰りにテニス部でまだ使うからって、視聴覚室にビデオは置いていたっけ。忘れてたけど」
 私だけではなく、祐巳さまも記憶が曖昧になっていたらしい。
 …って。

「テニス部がまだ使う、とおっしゃっていたんですか?」
「うん、そうだよ。…あ」
 祐巳さまも気付いたらしい。

 他のテニス部員が昨日のビデオを見る可能性がある、ということに。

「急ぐよ、乃梨子ちゃん」
「はい」
 中庭をなにやらただならぬ雰囲気で駆けていく、つぼみの二人に周りの視線が集まる。
 ああ、マリア様、どうか先生には見つかりませんように。
 どうかテニス部の方があのビデオを見ていませんように。



 どたばたどたばたどたばた。
 がちゃっ。

「…ご、ごきげんよう。紅薔薇のつぼみ…?」
「…ご、ごきげんよう。どうかされたのですか?祐巳さま、乃梨子さん」
 およそリリアンの生徒には似つかわしくない騒がしさで視聴覚室を訪れた私たちを迎えたのは、かなりびっくりした様子のテニス部一年生と思われる二人であった。
 信仰にはほど遠い私の願いはどうやら届いたようで、先生にも見つからず、目の前の二人も例のビデオは見ていないようだった。
 私とは別のクラスらしく、二人とも知らない顔だった。さて、どうしようか、と悩んでいると…。

「あ、えっと、昨日桂さんがビデオ使ってた隣で、私たちも別のビデオ見てたんだけど、そのまま忘れてたの思い出して取りに来たの。借り物だったから今日返さないとなーって急いでて…びっくりさせてごめんね。えへへへへ…」
「「は、はい…」」
 うわ、祐巳さまと思えないすごい機転。
 というか、最後の照れ笑いという名前の『兵器』で二人とも沈黙。
 私じゃ、こうは上手くいかないだろう。

 いやいや、それよりも今はビデオ。と思って部屋を見回してみると、ダンボールの隣にビデオが一本。しかも横に白いテープが貼ってある。
 おそらくあれだろう。
 よく見ると白いテープは運動選手がよく使うテーピング用のものだった。桂さまが昨日の片づけの時に、目印に貼ったに違いない。
 祐巳さまを振り返ると、少し緊張した顔で頷いた。祐巳さまも気付いたらしい。

「あ、これだよ。ごめんね、お邪魔してしまって」
「「いえ…」」
 緊張を解くかのように、再びにこやかに笑う祐巳さま。そのまま、ビデオを手にして私たちは視聴覚室をあとにした。

「ふう」
「お疲れ様です、祐巳さま。咄嗟によく出ましたね」
 視聴覚室を出ると同時にため息を吐く祐巳さま。緊張していたのか、ほっとしている表情だ。
「あ、ううん。あのビデオを手に入れなきゃって思ったら、口が勝手に…ね。それにしても…」
「それにしても?」
「あの子達がこのビデオ見てなくて良かったなあって…」
 …この人は。
 瞳子がこの場に居たら間違いなく、お姉さまは馬鹿なんですから、とでも言っていたことだろう。



「それにしてもどうしよっか。ビデオ見られるのって他にあるかな?」
「そうですね。テニス部と同じ理由で他の運動部の部室などはありそうですけど」
「他の生徒に、見ないでね、とは言えないしね。うーん」
「そうですね…」
 視聴覚室前の廊下で、他にビデオを見られる所を私たちは考えていた。
 もちろん、ビデオが見られるだけではなく、他の生徒が見ない、もしくは入ってこないというのが条件に加わる。
「どっかからテレビとビデオデッキ借りて、薔薇の館で見るってのは?」
「どこから借りてくるんですか。それに、ビデオを見ているときに瞳子が入ってくるかも知れませんよ」
「そうだよねえ。瞳子に見せる訳にはいかないし」
「はい…」
「うーん」
 階段が古いため薔薇の館の二階に誰か来れば、すぐに分かる。しかし足音を殺せる瞳子には、それが通じないこともある。
 もっとも、最近では足音を殺して上がってくることはないけれど。少なくとも祐巳さまと姉妹になってから、私が覚えている限りでは。
 ただ、やはり念には念を、としておくべきだと思う。状況が状況だけに。
「あ、新聞部なんかどうでしょうか」
「新聞部?あ、言い忘れてたけど、真実さんもここ数日お休みしてるよ」
「え、そうなんですか。てっきり呪いのビデオの噂の真相を追いかけてたりするのかな、とか思って」
「あ、噂のことね。私も今日…」

「「きゃああああああああああ」」
 がちゃっ。
 どたばたどたばたどたばた。

「どうし…えっ…」
 話している途中で、後ろにある視聴覚室から先程の二人が悲鳴と共に飛び出してきた。
 二人は、私たちに気付く余裕もないのか、そのまま廊下を駆けていった。
 二人に声を掛けようとして振り向いた祐巳さまが、そのまま固まったのを不思議に思い、祐巳さまの視線の先を追った私も、その場で固まることとなった。

 そこには。
 昨日と同じ文面が画面に映し出されていた。

「「な、なんで…」」
 かたーん。
 祐巳さまの腕の中から滑り落ちたビデオが床に落ち、その乾いた音が私たちの疑問の声をかき消した。



 ざざざざー。
 先程、例の文面が映っていたテレビには、昨日のビデオと同じくどこかの部屋が映し出され、その場面の途中で砂嵐に変わっていた。

 かちゃっ。
「とりあえず、それ確認してみようか」
 先に動いた祐巳さまがビデオを止めると、振り返って先程落としたビデオを指さしてそう言った。
「そ、そうですね」
 いけない。放心している場合じゃないのに。
 私は気を取り直して、ビデオを拾い視聴覚室に入っていった。
 不幸中の幸いと言っていいのかどうか分からないけれど。
 先程の二人は戻ってくる様子もなく、思いがけず他の生徒に見られることなくビデオが見られるという条件を満たしたのだった。

「どういうこと…」
 祐巳さまが疑問の声を上げるのも無理はない。
 先程の白いテープのついたビデオを確認すると、やはりと言うか、全く同じ内容のビデオだった。
「同じビデオがもう一つあったんでしょうか。それとも…」
「それとも?」
「ビデオが増殖したか…」
 自分で言った冗談に、照れ笑いをする気にもなれなかった。

 キーンコーンカーンコーン

「「え!?」」
 チャイムの音に驚いて時計を見るともうすぐ七時という時間だった。
 薔薇の館を出たのは四時前くらいではなかっただろうか。
 少なくとも昨日よりは早い時間にここに着いているはず。なにせ荷物は自分たちのカバンくらいで、その上走って来たのだから。
「どういうことでしょうか」
「一番可能性として高いのは…」
 そこで区切って、祐巳さまはビデオデッキの方に目を向ける。
「…あれが関係してる、という所かな」
「…ですね」
 かちり。
 テレビを消すと、再び静寂が部屋を支配した。



 あと四日。


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