【2721】 依然謎のまま長い戦いが続いてます  (MK 2008-07-27 15:14:24)


 作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】→【No:2712】→【No:2716】の続きです。ホラー…かも知れません。




「どうなってるのかな。あの時間の進み具合と言い、ビデオの操作と言い…」
「そういうのも含めての呪い、なんだろうね」
 帰り道、祐巳さまと桂さまが話している隣で、私は考えていた。
 含めての呪い、か。
 実を言うと、私の頭の中には一つの仮説があった。想像でしかないけれど。
 もっとも、それは私たちにとって事態を好転させることにはならないので、話そうとは思わないし、確信もない。
 その時の私は最悪の状況を考えていた。

「ん?乃梨子ちゃんどうしたの?」
 考え込んでいる私に気を遣った祐巳さまが話しかけてくる。
 別のことを話そうと、顔を上げた私の目に入ったのはクラブ棟だった。
「今日は…瞳子は帰っているみたいですね」
「そうだね、明かりも消えてるし」
 少しだけ寂しそうな目をして祐巳さまは答えた。

「そういえば、祐巳さま。昨日の帰りに猫の声がしませんでした?」
「ん?瞳子と話してたから、気付かなかったかも。どうしたの?」
「いえ、なんとなく気になって。猫の遠吠えみたいな感じだったので」
「乃梨子ちゃんも疲れているんだよ。今日はゆっくり休んで、ね?」
「はい」
 その時。

 にゃーおーん。
 どこかで猫の鳴き声が聞こえたような気がした。
 不思議と、祐巳さまと桂さまが気付いている様子はなかった。



 次の日、やはり瞳子は昼休みも放課後も休むとのことだった。

「昨日は、三つ目の場面で効かなくなったし、時計が…と言うより時間が動いたんだよね」
 放課後、視聴覚室で祐巳さまが確認するように聞いていた。
「そうですね。となると、見て欲しくないからそんなことをしてると考えると、三つ目の場面にヒントが入っているのか…」
「逆に、そっちに注意向けることで、実は他に入っているか」
 私の後を、桂さまが受ける。
「それか、消えてる部分か…。まあ、それは確認しようがないけどね」
 そして祐巳さまが、後を補う。
 消えている部分と三つ目の場面は、確認出来ない、または確認し辛いので、やはり調べるとしたら、前半ということになる。
 昨日と同様、コマ送りしながら、考えることとなった。

「そういえば、ここってどこなんだろうねえ」
「林なんて日本中どこでもありそうだけど、こんな映像で特定出来るかな?」
「そうですね」
 一つ目の場面で出てきたのは、そんな疑問。
 他の場面でも言えることだけれど、実際にある場所で撮影したのなら、そこにヒントがあるかも知れない。

「あれ、これって…」
 そんな中、桂さまが何かを見つけたようだった。
「どれ?」
「ここ、ここ。この木の幹の所なんだけど…」
 と、猫がいるすぐ後ろではなく、隣の木の幹を指していた。
「あれ、爪の研ぎ跡?」
「みたいですね」
「昨日は気付かなかったのに…」
 確かに木の皮が剥げて、猫が爪を研いだ跡のように見える。
「これ、言って良いか分かんないんだけど…」
 桂さまが、遠慮がちに話し始めた。
「何?」
「…昨日は無かったと思うんだよね。この場面しっかり観察してたし。ついでに言うと、今日の昼休みにランチが爪研ぎしてるの見たんだけど…」
「ランチって何のことです?」
「あ、乃梨子ちゃんは何て呼んでるのかな、リリアンに住み着いてる灰色っぽい猫のことだよ。志摩子さんと同じでゴロンタ?」
「あ、運慶のことですね」
「運慶?」
「あ、いえ。そのことはいいんですけど、猫が爪研ぎしていた跡がビデオに映っていたということは…」
「誰かが、ビデオをすり替えたってこと?」
 祐巳さま、おそらく違います。

「ビデオが現在の状況も含めて変化しているとすると、この場所はリリアンの中ってことになるんじゃないでしょうか」
「とすると」
「ビデオの場面はリリアン内部ではないでしょうか」
 呪いで休み始めた生徒のことで、一つ疑問があった。
 これだけ大規模に呪いが広がっていたら、報道されてもいいのではないだろうか。
 少なくとも一週間は過ぎているはずだし、いくらリリアン生がお嬢様で、身内が隠していても、それ以外で発生しているなら情報が漏れていてもおかしくはない。
 それが、例えばリリアンの中だけに流行っているなら、少しは説明がつく。
 もっとも、この調子だとリリアン外に広がるのも時間の問題と言えそうだけど。

「桂さん、ここってどこだったの?」
「えーっと、クラブ棟の近く。お昼はクラブ棟で食べていたから」
「行ってみます?」
「そうね」
「行ってみよっか。一場面だけでも何か手がかりがあるかも知れないし」
「そうですね」
「あ、時間は確認しておいたがいいよね?えっと四時三十五分か」
「やっぱり、この場面だと普通に時間は流れてるみたいですね」
「ビデオは持って行ったがいいよね」
「あ、私持ちますよ」
 こうして、私たちはクラブ棟の近くのビデオに映っているという木の場所に行ってみることにした。

「ここがランチが爪研いでたとこ?」
「そ、だからビデオで真ん中に映ってる木は…あれかな」
 クラブ棟の側、例のビデオに映っていた木にやってきた。見た目変わったところはないようだけれど。
「ここに何か埋めてあるとか?」
「もしくは木の下?」
「それだと解除なんて出来ないってことじゃないですか。何かヒントになるものが…」
 周りを見ても目立って変わったところはない。
「あ、ちょっとスコップ借りて来るね。一応掘ってみよ」
 そう言うと桂さまはクラブ棟の方へと走っていった。

「そういえば瞳子は今日はどうしてた?」
「今日、ですか?」
「うん」
 桂さまを待っていると祐巳さまが雑談、というよりは心配そうに話しかけてきた。
「特に、まあいつも通りなんですけど…でも祐巳さま、今日は会っていらっしゃらないんですか?」
「あ、いや。今日会うには会ったんだけど、なんか瞳子、そわそわと言うかおずおずと言うか…いつもと違ってたから。何か言うかなとか思ってたんだけど、結局言わないで帰っちゃった」
「そうですか。でも祐巳さまに言わないのだったら、私に聞かれても答えようがないですよ」
「うーん、なんだったのかなあ」
 こう言ってはなんだけど、祐巳さまは鈍い所があったりする。その祐巳さまが変だと思ったのだとしたら、何かありそうだけれど。
 残念ながら、教室にいる間の瞳子はいつもと同じ様にしか見えなかった。

「スコップ借りて来たよー」
 悩む間もなく、桂さまが戻ってきた。
 時間が欲しい時には時間がない、というものだろうか。



「結局、何も手がかりはなかったね」
 あの後、しばらく木の周りなどを調べていたけれど、結局は何も見つからず、渋々と戻ってきたのだった。
「あと三日…もないよ、ね。こんな調子だと…はう、何にされるんだか」
 桂さまが、いわゆる変化後のことを考えているのか、ふらふらっとイスに腰掛けた。
「まあ気にしても始まらないし。桂さんも自分の為だけって訳じゃないでしょ。必死になってるの」
「まあ、ね」
 桂さまが微かに笑う、少し哀しげに。
 運動部の場合、新入生がすぐ二年生の妹になることが多い。桂さまも例外ではないようだ。

「だったら、もう少しがんばろっ」
 言って、祐巳さまはビデオをセットした。
「うん。あのね祐巳さん」
「うん?」
「さっきね、道具返す時にちょっとだけ練習見てきたの。それで遅くなったんだけど」
「うん」
 うぃぃぃん。動き出すビデオ。

 先程、何も見つからずに帰るときに道具を返しに行った桂さまが、借りに行った時より少し遅れて帰ってきた。
 その時は、トイレに行っていたと聞いていたけれど。

「あの子に言われて、ちょっとだけフォーム見てたんだ。それが酷いのよ。前に注意しといたんだけど、腕の角度が直ってなくてね。あれじゃ肘に負担かかるんだって、言った、のに」
「桂さん…」
「…あとね、バックに打たれた時の反応遅いから、きちんと練習しといてって言ったら、こん…うくっ…今度、相手…して、下さいね…って…。私が、行かな…かったら、どうすんの…」
「桂さん」
 桂さまの肩を抱きしめる祐巳さま。
 私は立ちつくしているしかなかった。

「…私が、いなくなったら…っ…どうすんのって話だよ、ね。」
「桂さん…」
「祐巳さん、私怖いの…。自分が、変わるのが怖いんじゃ…なくて…うくっ…。あの子に、その姿を見られたらどうしよう、あの子に…っ…呪いが、かかった、らって…」
「桂さんっ」
「昨日も、そんな夢見て…起きて…ああ、夢だったんだ、って…」
「桂さん、いいからっ」
 更に強く抱きしめる祐巳さま。
 私には、何も言葉をかけることが出来なかった。
 その部屋には、二人の声と、モニターの音だけがしばらく響いていた。



「…寝ちゃったみたい。疲れていたのかな。しばらくそっとしとこ」
「はい」
 しばらくして、祐巳さまはそう言うと体を起こした。
「ごめんね、乃梨子ちゃん。時間取っちゃって」
「いえ、いいんですよ。それより、私たちだけでも続きを見ましょう」
「そうだね」
 ぴっ。
 流れたままで道路の場面に入っていたビデオを止めようと、私は停止ボタンを押した。

「…あれ?」
 ぴっ。ぴっ。

「あ、あれ?また止まらなくなってる」
「なんで…いまさら」
 ぴっ。ぴっ。ぴっ。

「の、乃梨子ちゃん、あれ」
 見ると、校舎の場面に切り替わっている。
「もう無理ってことでしょうか」
「そうなんだろうけど、いまさら…」
 場面が進み、見慣れたくはないけれど、見慣れた赤い文面が浮かび上がる。

 かっしゃーん。

「「え?」」
 背後から響く金属音に、私たちは同時に振り向いた。
 と、その時。

 キーンコーンカーンコーン。

 響くチャイムの音。
 私は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。

「なん、で…」
 隣の祐巳さまの顔が絶望の色に染め上がっていく。
 私は何も出来ずに、ただ見ているだけしか出来なかった。



 にゃーおーん。
 猫の声が、聞こえた、気がした。



 あと二日。


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