〜乃梨子のあらすじ紹介〜
ついに第2の不思議の解明にも成功した一行! 順調に進む探索と、順調に減り続ける精神力、加速度的に増大する疲労度! もうやめて! 山百合会のライフはゼロよ!
果たして我々は最後まで七不思議に付き合えるのか!? ぶっちゃけ、途中で作者のネタギレを期待したくなる大冒険はまだまだ続く!
とりあえず、私は明日可南子さんを見て笑わない自信がありません! マリア様、きっと壊れるであろう友情の修理機材一式をお貸し下さいお願いしますっ!
【No:2725】>【No:2726】>これ
「次の謎は特別教室棟になります」
お腹側からノートを取り出した菜々ちゃんは、一行を先導して1階へ降りた。祐巳たちも重い足取りでその後に続く。
「なんですか、皆さん。なんか元気ないですよ?」
「そりゃ、元気もなくなるわよ。菜々、マトモな不思議はないわけ? って言うか、菜々が関与してない不思議はないわけ!?」
由乃さんの的確なツッコミに、菜々ちゃんは自信満々に頷いた。
「ご安心下さい、お姉さま。そもそも魔の13階段で私が言ったセリフをお忘れですか?」
「?」
首を捻る由乃さんは祐巳を見た――けど、祐巳も同様に首を捻る。なんというか、魔の13階段では(トイレのカナコさまも同じだけど)どうでも良いことが発生しすぎたせいで、何一つとして明確に覚えていることがない。ただただ、徒労だったという印象だけは強烈に焼きついている。
「――なるほど、そういうことね。中途半端に5個とかだとインパクトに欠ける――確か、そう言っていたわよね、菜々さん?」
「ご名答です」
その点、さすがは新聞部の真美さんである。どんな状況でも意識と記憶をしっかり保持していた。言われてみれば確かにそんなことを、菜々ちゃんが言っていたような気がする。
「つまり、裏を返せば菜々さんが手を入れる前から、既に5個の不思議が存在していた。そこに魔の13階段とトイレのカナコさまを追加して七不思議にしたわけね?」
真美さんの指摘に菜々ちゃんが頷き、乃梨子ちゃんが第2の謎の部分でぶふっと噴き出した。気持ちは分かるけど、自重しないと可南子ちゃんとの友情は火星方面へすっ飛んで行っちゃうよ、乃梨子ちゃん。
「その通りです、これまでのはいわゆる余興、刺身のツマみたいなものです。ここからはマジもの、私の調査でも原因が解明できなかったものがほとんどですから」
菜々ちゃんが自慢げに言う。でも「ほとんど」ってことは、解明できたものもあるわけだ。その不思議は正直、見なくても良いんじゃないかと思わなくもない。
「今度しょうもない内容だったら、本気で怒るわよ?」
「それは理不尽ですよ、お姉さま。ここから先の謎には、私はノータッチなんですから」
由乃さんの睨みを菜々ちゃんが華麗にかわしたところで、祐巳たちは1階に到着した。昇降口の方を見れば、そろそろ空が朱に染まりつつある。なんだかんだで由乃さんのお説教が長引いたりしたため、思った以上に時間が経っているようだ。
「――そろそろ瞳子の方も練習が終わる頃かな?」
「そうですね。一度部室棟に寄っておいた方が良いんじゃないですか? 万が一、練習を終えた瞳子が薔薇の館に向かって、祐巳さまはもちろん、誰一人いない状態だったら、確実にむくれますよ」
「だよねぇ……」
乃梨子ちゃんの勧めもあって、祐巳は一度演劇部に顔を出す旨を申し出た。どうせ大した謎ではないだろうから、先に回っててくれても良いとも言ったけれど、そこで由乃さんが反対する。
「ダメよ、祐巳さん。そんなこと言って逃げるつもりでしょう!?」
「に、逃げないよ! 私は逃げるつもりなんて、さらさらないよ!」
「――その言い回しだと、瞳子ちゃんが行かないって言ったから、そのまま帰ったとか、言い訳するつもりね!」
うわ、由乃さん鋭い! ――と言うか、祐巳の魂胆はバレバレなのか、他の面々も(志摩子さんを除いて)祐巳を糾弾するような視線である。百面相は健在だ。
「あくまでも私達はここで祐巳さんを待ち続けるわよ。いい、祐巳さん。何時間でも待ってるから、意地でも瞳子ちゃん連れて戻ってきなさいよね。大体、瞳子ちゃんだけ免れるってのもズルイわよ!」
そう言う由乃さんに見送られ、祐巳は演劇部へ送り込まれることになった。なんていうか、由乃さんの中では既に七不思議ツアーは罰ゲームと同等の扱いになっているようだ。まぁ、祐巳にも気持ちは分かる。
このまま逃げたいところだけど、由乃さんたちは祐巳の帰りを待っている――まさか現代の日本で、リアルな走れメロスを体験できるとは思わなかった。おお、セリヌンティウス・由乃よ、許しておくれ。このメロス・祐巳は一度どころか徹頭徹尾、このまま逃げてしまいたいと思い続けていました。ごめんなさい。
以前、瞳子が教えてくれたメロスの一幕をアレンジして心の中で呟いた祐巳は、昇降口を出たところで声を掛けられた。
「ごきげんよう、紅薔薇さま」
「ごきげんよう……って、笙子ちゃん」
反射的に紅薔薇さまスマイル(祐巳としては極力大人びた笑みのつもり)を向けた相手をみて、祐巳はちょっと相好を崩した。
「久しぶりだね、笙子ちゃん。こんなところで何してるの?」
「え、いや、それは……べ、別に、何も……」
祐巳の問いに笙子ちゃんが挙動不審にきょろきょろと周囲を見ながらモジモジし始める。それだけで祐巳はピンと来た。
「――蔦子さんを待ってる?」
「う……いえその、別に約束をしているわけではないんですけども」
真っ赤な顔でモジモジする笙子ちゃんに、祐巳はちょっとだけ心が癒される思いだった。いつまでも初々しいのは、やはり二人が未だに姉妹になっていないからだろうか。是非とも菜々ちゃんに見習って欲しい。
今後も姉妹になる気はない二人だけど、こうして待ち合わせして帰る(というか待ち伏せだけど、合流したら一緒に帰るのだから待ち合わせと同じようなものだ)辺りは、姉妹とほとんど変わらない。姉妹と言う形式を取らなくても、二人はしっかりとした絆を築いているのだ。それはそれで十分、幸せなことだろう。
「そ、それはともかく! 紅薔薇さまは何をしてらっしゃるんですか?」
「んー……何をしているんだろうねー……」
何かを誤魔化すかのような笙子ちゃんの問いに、祐巳は首を捻る。ホント、何をしているんだろうか、一体。
「え……と?」
「あー、うん。気にしないで。それじゃ、急いでるから。今度、薔薇の館にも遊びにきてね」
戸惑ったような笙子ちゃんにひらひらと手を振って、祐巳は部室棟に向かって小走りに駆け出した。
でもホント……山百合会の幹部が雁首揃えて、一体何をしているんだろう……。
冷静に考えたら、きっと負けだ。
結局、演劇部まで足を運んだ祐巳だったが、その努力は見事に空振りに終わった。演劇部の練習が長引いているということで、瞳子の帰りはまだまだ先になると、典さんに言われたのだ。
とりあえず典さんに瞳子への伝言――先に帰るか、遅くなるかもだけど薔薇の館で待ってて欲しいとの伝言――をお願いして、祐巳は昇降口に取って返す。練習の見学に後ろ髪を引かれたけれど、祐巳を待っている由乃さんを待たせた時の報復と、4度目の瞳子の雷が怖いので遠慮しておいた。
昇降口に戻ってみると、まだ笙子ちゃんがいたので手を振っておく。蔦子さんは現像とかの作業が入ると帰りが遅くなるのに、じっと待ち続ける笙子ちゃんは、本当に健気だ。蔦子さんも笙子ちゃんに応えてあげれば良いのに。
「――祐巳さん、瞳子ちゃんは? まさか、逃がしたんじゃないでしょうね!?」
戻った祐巳を迎えたのは、由乃さんのそんな疑いの目だった。マリア様、親友ってなんなんでしょうね。
「違うってば。練習が長引いてるんだって」
「ふーん……まぁ、良いわ。祐巳さんは戻ってきたし」
自分が犠牲になっても犠牲者は少ない方が良いと思うのか、自分が犠牲になる以上道連れは多い方が良いと思うのか――由乃さんは後者だったらしい。
「それでは、紅薔薇さまも戻りましたし、次に参りましょう! 第3の謎……音楽室の肖像画の謎です!」
ベッタベタだなぁ、と。
菜々ちゃんを除く全員が、同じ表情になった。
「ありがちですよね、肖像画。確か、私が通っていた小学校にもありました」
リリアンの初等部にはそういった類の話はなかったけれど、どうやら乃梨子ちゃんの通っていた小学校には、同じような話があったらしい。
っていうか、小学校か。そうだよね、普通は小学校レベルの話だよね、こういうのって。
「確か、ベートーベンの目が夜中に動くとか光るとか、そんな話だったと思います」
「――で、そのオチは?」
「まぁ、他愛のない悪戯なんですけどね。動いたっていうのは気のせいで、光ってたっていうのは、誰かが目の部分に画鋲を刺していただけで」
由乃さんの問いに乃梨子ちゃんが苦笑して答える。なるほど、確かに目の部分に画鋲が刺さっていれば、光の加減によっては光ったりするだろう。
「だってさ、菜々?」
「ふふふ、甘いですよ、お姉さま。私も最初、この話を聞いた時はそんなことではないかと思いましたが、この謎はもっと謎に満ちたものでした」
牽制するような由乃さんに、菜々ちゃんが不敵に笑う。そんな菜々ちゃんの様子に、ちょっとだけ期待が大きく――は、ならないから不思議だ。むしろ菜々ちゃんが不敵に笑うと、余計に期待が低くなる気がする。
小指の先程度の期待を抱きながら音楽室へ向かって廊下を進んでいくと、やがて、微かにピアノの音が聞こえてきた。
「そういえば、誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえてくる、というのも定番ですよね」
「まぁ、この時間なら普通に誰かがピアノを弾いているだけでしょうけど」
言いながら由乃さんが扉をノックすると、ピアノの音が止まり、「どうぞ」という答えが返ってきた。これが幽霊だったら律儀な幽霊なのだけど、残念なことに扉を開けてみると、一人の生徒がピアノから立ち上がるところだった。
「――あら、雪那ちゃん?」
「あ、白薔薇さま……!」
その生徒を見た志摩子さんが驚いたように言い、雪那ちゃんと呼ばれた生徒が、同じく驚いたように言い、パッと頬に桜を散らせた。
瞬間、祐巳の背後で不穏な空気が「メラッ」という擬音を伴って立ち上ったような気がしたけれど――気のせいだということにしておこう。背後には乃梨子ちゃんしかいないことだし。気のせい、気のせい。
「こちら、環境整備委員会で一緒の福島雪那ちゃん。一年生よ」
「はじめまして、紅薔薇さま、黄薔薇さま、真美さま、白薔薇のつぼみ」
志摩子さんに紹介されて、雪那ちゃんがぺこりと頭を下げる。一年生ということで、菜々ちゃんとは面識があったのだろう、菜々ちゃんには「ごきげんよう、菜々さん」と笑いかけた。
「ごきげんよう、雪那さん。確かこの間もピアノ弾いてたよね?」
「ええ。ピアノを弾くのも好きだから。合唱部が使っていない時は、時々使わせてもらっているの」
「菜々、知り合い?」
親しげな様子の菜々ちゃんと雪那ちゃんに、由乃さんが尋ねる。
「ハイ。七不思議を調べに以前、ここに来た時にもピアノを弾いていたので。環境整備委員会所属の美術部員で、趣味がピアノと乗馬という多趣味な方です。環境整備委員会の活動で、かつて柿や栗、イチジク、キウイなどの苗木を持参したという面白い方でもあります」
「そ、それは……どうせ植えるなら食べられる方が良いかと思って……」
菜々ちゃんの紹介に雪那ちゃんが顔を赤くして俯く。趣味の園芸ならともかく、学校の活動で果物の苗木を率先して植えるというのは、中々のセンスである。特に柿とかなんて、実をつけるまで何年もかかったような気がするのだけど。
ちなみに雪那ちゃんの持参した果実の苗木は、絶賛成長中らしい。何年か後の環境整備委員は、雪那ちゃんの植えた果実を楽しめるようになるかもしれない。きっと柿・栗・イチジクの伝説の人として、後世に語り継がれることだろう。
「え、えっと……菜々さん? もしかして、また七不思議のこと?」
「ええ、そうです。そうですとも。存在自体がちょっと不思議な雪那さんの登場で毒気を抜かれましたが、七不思議ですよ、お姉さま! なんですか、その『ちぇ、覚えてたか』みたいな表情は?」
「見たまんまよ」
「そんな風に言っていられるのも今の内ですよ! リリアン女学園七不思議、第3の不思議! 音楽室の肖像画の謎! 皆さん、教室の後ろをご覧下さい!」
菜々ちゃんが大袈裟な身振りで教室の後ろを指し示し、祐巳たちは「やれやれ」という風情で視線を教室の後ろの壁に向け――
――そして、全員がぴたり、と動きを止めて固まった。
「……そうなんです」
祐巳たちの驚きを余所に、一人菜々ちゃんだけが冷静に言葉を紡ぐ。
「リリアン女学園の音楽室に――肖像画なんて、元々貼ってないんですよね」
「アホか――――――――――――っ!」
由乃さんの絶叫と、ゴンッという拳骨の音が音楽室に鳴り響いた。
「いや、確かに考えてみれば、肖像画って見た記憶なかったよねー」
「そうですよね。普段、気にしていなかったですから、てっきり肖像画はある、と思い込んでいました。事前に菜々ちゃんが『次の不思議は音楽室の肖像画の謎』と言っていましたから、それで」
「ミスリードというやつよね。13階段やカナコさまとは違って、現場ではなく事前に謎の概要を説明したところに、意味があったというわけか。中々やるじゃない、菜々さんも」
アホらしくて肩透かしで拍子抜けな第3の不思議だったけれど、祐巳と乃梨子ちゃん、そして真美さんはちょっとだけ感心していた。全く、これっぽっちも怪談の要素はない話だけれど。
「でも、確かに不思議よね。肖像画はないのに、肖像画の謎があるなんて。どういうことかしら?」
志摩子さんだけは素直に首を捻っているのはこれまでと一緒だ。志摩子さん、素直すぎるのも考え物だよ。
「これは不思議というより、製作者の話術の勝利って感じかしらね」
真美さんが苦笑しながら『音楽室の肖像画の謎は、謎自体が謎。百聞は一見にしかず』とメモを執る。
「まぁ、考えてみれば。七不思議なんてこんなものでしょうね。解明してしまえばなんてことはない話ってことよね」
「――それは違いますよ、真美さま」
肩を竦めた真美さんに、由乃さんの文句と叱責を華麗に受け流していた菜々ちゃんが反対意見を口にする。
「確かに、ここまでは大したことのない七不思議ばかりでしたけど、ここから先は本物ですよ」
「どの口が言うか! あんた、ついさっきも似たようなこと言ってたじゃないの!」
由乃さんのツッコミは「えー、そうでしたっけ?」と軽くとぼけて受け流す菜々ちゃん。なんていうか、もうちょっとお姉さまを頑張ろうよ、由乃さん……。
「――まぁ、確かにここまでは肩透かしが続きましたけど、お陰で良い感じの時間になりました」
由乃さんの怒りが一通り通り過ぎたところで、菜々ちゃんがそんなことを言い出した。
「少々、時間が早かったですからね。ですが、そろそろ暗くなり始めましたし、良い感じのシチュエーションです」
菜々ちゃんはそう言うと、胸元から七不思議調査書を引っ張り出し、それを由乃さんに手渡した。
ノートを受け取った由乃さんは、目を瞬いている。
「それ、もう見ても良いですよ、お姉さま」
「見ても、いい?」
「ハイ。ここから先は、そのノートを見られても困りませんし」
にこり、と笑って菜々ちゃんが言う。
「だってこの先――残りの4つの不思議は、本物でオチなんて物は存在しませんから」
その瞬間、ピュウと一筋の風が窓から吹き込んで、音楽室の気温が少し下がったかのような錯覚を祐巳は感じた。
お気楽な七不思議観戦ツアーが最後までお気楽のまま続くのかどうか――
夕焼けで真っ赤に染まった空には、徐々に夜の色が混ざりだし、その空に溶け込むようにチャイムがゆっくりと鳴り響いていた。
>第4の不思議につづく
※ホラー風味のSSに触発され、便乗して書いています。
※投票の「感動だ」を「怖かった」に……変えないで良いです……。
※いずれ、きっと、ホラーな展開になるに違いないかもしれません。
※ちなみに意外と七不思議を扱ったSSが多い……ネタが被ってもご愛嬌ということでひとつ。
※くだらないオチが続いて増長なことを反省しつつ、とりあえず前フリ終了。
※次回からはきっとホラーです。自信ありませんが。