【2730】 みんなでやろうか?冬の醍醐味誰も止めなかった  (いぬいぬ 2008-08-15 23:51:12)


「 ごきげんよう 」
 さわやかな挨拶が、放課後のリリアンにこだまする。
 ここはマリア様のお庭。
 そこに集うのは、穢れを知らぬ乙女たち。
 だから、いくら東京に積もった雪が珍しいからとはいえ、興奮してはしゃぎまわるような、はしたない生徒など存在していようはずもない。
 ないったらない。
 だからきっと、「わははははは!」などと高笑いしながら駆けてゆくあの三つ編みの少女は、幻覚にちがいないのだ。







「 雪合戦をやるわよ!!」
 薔薇の館の会議室の扉を「どかん!」と開いた途端そう宣言したのは、次期黄薔薇さま、島津由乃だった。
「 …雪合戦? 」
 不思議そうに問い返す祐巳に、由乃はまるで散歩に行く直前の子犬みたいな笑顔で「うん!」と力いっぱい答えた。
 …こんな落ち着きの無いのが次の黄薔薇さまで良いのだろうか? などと、乃梨子は志摩子に緑茶など淹れながら思ったりしていたのだが、もちろん顔には出さない。
 今にも校庭に飛び出して大暴れしそうな、ウズウズした顔の由乃を見て、祐巳と志摩子は「どうしよう?」と無言でお互いの顔を見つめあった。
 この場合の「どうしよう?」とは、もちろん「どうやってこの興奮状態のイケイケ暴走列車を止めようか?」という意味である。
 折り悪く、季節は3月の末。卒業式を無事終えたばかりという今、由乃の暴走を力技一発で止められそうな最強の紅薔薇さま、祥子はもういないのだ。
 …ついでに、止められる確立は低そうだが、暴走する由乃のサンドバッグくらいにはなりそうな黄薔薇さま、令もいなかった。
 つまり、このイケイケ状態な由乃を止められそうな人物は今、消去法で行くと、同じ薔薇さまの祐巳と志摩子くらいしかいないのである。
 乃梨子と瞳子も、ヘタに自分たちが口出しをすれば話がこじれそうだなと思ったらしく、成り行きを見守っていた。
 そんな中、巨大彗星を命がけで止める映画“アルマゲドン”の登場人物並みの決意で由乃にまったを掛けたのは、志摩子だった。
「 由乃さん、体育でもないのに校庭で騒いだりしては、先生方のお叱りを受けるのではなくて?」
 まずは正攻法。自分には力技で由乃を止めるのは無理と判断した志摩子は、代わりに由乃を止めてくれそうな存在を持ち出して、由乃と交渉する気のようだ。
 だが、そんな志摩子の思いをあざ笑うかのごとく、由乃は元気良く「その辺は大丈夫!」と言い放つ。
「 あの由乃さん、大丈夫って言われても… 」
 また根拠も無く暴走し始めているのかと思った志摩子があわてて突っ込むが、由乃はむしろ自信満々に語りだした。
「 さっき職員室に寄って、先生方には許可を取ってきたわ! 」
「 …そう、許可を取ってあるなら大丈夫ね 」
「 し、志摩子さん!? 」
 由乃の言葉の勢いに、うっかり同意してしまった志摩子にあわてて突っ込む祐巳。
「 由乃さん、許可を取ってきたって、どうやって? 」
 志摩子が予想外に役立たずだったので白から紅へ選手交代… いや、その前に、はしたなく騒ぐような生徒には厳しい先生方を、いったいどうやって説得したのか純粋に不思議だった祐巳がそう聞くと、由乃は「フフン」と高慢な感じに笑うと、嬉しそうに説明しだした。
「 良い? 祐巳さん。世の中には、公式ルールにのっとった雪合戦というものが存在するの 」
「 公式ルール? 」
 ますます訳が分からないといった顔の祐巳に、由乃は偉そうに説明を続ける。
「 簡単に言うと、40m×10mのコートを真ん中で敵味方の陣地に分けて、陣地内にあるシャトーやシェルターって呼ばれる障壁で雪球を避けながら、相手陣地にあるフラッグを奪い合うのよ! 」
 どうよ!? とばかりに得意げな顔の由乃だったが、正直、雪合戦の公式ルールというものを初めて聞いた由乃以外の4人は、きょとんとした顔だ。
 4人がきょとんとした顔なのは、何も雪合戦の公式ルールというものを初めて聞いたからだけではなく、由乃が肝心なことを説明していないせいでもあった。
「 いやだから由乃さん、公式ルールはともかく、私が聞きたいのは、どうやって先生方を説得したのかってことで… 」
 話しがなかなか噛み合わず弱りきった顔の祐巳に、由乃は無茶なことを要求しだした。
「 もう祐巳さんたら、なんでここまで言って分からないのよ! 」
 いや、今の説明では誰にも分からないと思います。てゆーかホントに説明する気ありますか? そんなことを思いつつも、やはり顔には出さない乃梨子。
 一方、瞳子は姉をバカにされたとでも思ったのか、由乃を見る目が険しくなり始めていた。
 そんなつぼみふたりの思惑などどこ吹く風とばかりに、由乃は益々“舌”好調になる。
「 仕方ないわね、ここまで言っても分からない祐巳さんにも納得できるように説明してあげるわよ 」
「 ああ、うん、お願い…………って、今の私が悪かったのかなぁ 」
 あまりにも偉そうな由乃の勢いに思わずお願いしてしまった後で、ふと疑問にかられた祐巳だったが、そんな祐巳のぼやきなど、由乃は当然のようにスルーだ。
「 今、みんなが私の説明を聞いてきょとんとした顔をしてたことからも分かるように、公式ルールに沿ったスポーツとしての雪合戦が存在することは、あまり知られていないわ。そこで、私たち山百合会が体験リポートするという形で公式ルールにのっとった雪合戦をして、それをリリアン瓦版で紹介するってことで許可を取ってきたのよ! 今度こそ分かった?! 」
「 …分かったけど、また疑問が増えちゃったんだけど 」
「 なんでよ!? これ以上無いくらい完璧な… バカでも分かる説明だったじゃない! 」
「 ……私、バカじゃないもん 」
 まるで、物分かりの悪い生徒を叱る女教師のような由乃の剣幕に、祐巳は段々、本当に自分の頭が悪いような気がしてきてしまったようで…
「 瞳子… 私、バカじゃないよね? 」
 自信を失い、泣きそうな顔で自分にすがる姉を、瞳子は「今がチャンス!」とばかりにそっと抱きしめた。
 そのままよしよしと頭をなでてなぐさめてやりながら、締まりの無い顔で姉のぬくもりを堪能した後、瞳子は緩みきった頬を音速で引き締め直すと、戦意喪失してしまった姉の代わりに由乃に噛み付いた。
「 由乃さま! 今の説明では納得できない部分があるのは確かですわ! 」
「 ……瞳子ちゃん、そんな頭の鈍いところまで祐巳さんに似ちゃったの? 」
「 あ、頭が鈍いって… お姉さまをバカにしないで下さい! 」
「 バカじゃないもん! 」
「 バカの語源は“無知”や“迷妄”を意味するサンスクリット語だという説が… 」
「 まあ、乃梨子は博識なのね 」
「 いや乃梨子ちゃん、今はそんな語源なんかどうでもいいから。それよりも今、瞳子ちゃんが私に言った… 」
「 お姉さまはちょっと頭の回転が人より遅いことがあるだけです! 」
「 瞳子までバカにしたー!! 」
「 確かに祐巳さまは人よりちょっとアレなことが… 」
「 ちょっと待ってってば。瞳子ちゃんが言う“納得できない部分”て何よ? 」
「 乃梨子、“人よりアレ”だなんて言ってはダメよ 」
「 …ごめんなさい、お姉さま 」
「 真実は時として人を傷つけるものよ 」
「 そうですね、人は本当のことを言われると怒るって言いますし 」
「 乃梨子ちゃんも志摩子さんもヒドいこと言ったー!! 」
「 お姉さま、瞳子はお姉さまが少しくらいアレでも決して見捨てたりはしませんわ 」
「 いやちょっと瞳子ちゃん、私が聞きたいのはそんなことじゃなくてね… 」
「 それって結局、私がバカってこと!? 」
「 あ、自覚あったんだ 」
「 乃梨子! あなた私のお姉さまをバカにする気!? 」
「 自分だって“頭の回転が人より遅い”とか言ってたじゃない… 」
「 …早いとは言えませんから 」
「 私もそう思うけど、祐巳さんの価値は頭の良さでは無いと思うの 」
「 うわーん!! みんなが私をバカにするー!! 」
「 瞳子ちゃんてば、私が聞いたことに答え… 」
「 祐巳さん、人は頭が良いからって幸せとは限らないのよ? 」
「 うわーん!! 志摩子さんが励ますフリしてトドメを刺すようなこと言ったー!! 」
「 ちょっとみんな落ち着いて。で、瞳子ちゃん、私の質問に… 」
「 祐巳さま、お姉さまは祐巳さまのためを思って、あえて言いにくいことを正直にですね… 」
「 …話しがややこしくなるから、白薔薇姉妹は少し黙っててくれない? 」
「 乃梨子! 志摩子さま! 人の大事なお姉さまをアホの子みたいに扱わないで下さい! 」
「 アホの子って言った!? ねえ瞳子! 今、私のことアホの子って言った!? 」
「 祐巳さん、今、私が瞳子ちゃんと話してるんだから… 」
「 別にアホの子とまでは言ってないけど… 瞳子が祐巳さまを猫可愛がりしてるのは分かった 」
「 “バカな子ほど可愛い”というものかしら? 瞳子ちゃん 」
「 バカじゃないもん! 」
「 否定はしません! 」
「 瞳子!? そこは否定しとこうよ!! 」
「 良いから人の話を……… 」
「 ところで祐巳さまって、テストの結果で言うと、学年でどのくらいの位置に? 」
「 乃梨子、そんな残酷なことはここでは言えないわ 」
「 ちょっと志摩子さん!? 私、最近頑張ってて、真ん中よりは上にいるよ!? 」
「 話しを…… 」
「 お姉さま、瞳子は信じますわ 」
「 ちょっと瞳子! そんな優しく微笑みながら言われたら、私がウソ吐いてるみたいじゃない!! 」
「 ………… 」
「 てゆーかウソですよね? 」
「 ウソかも知れないわね 」
「 ウソじゃないもん!! 」

「 やかましゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! (意訳:みなさん、少しお静かになさってくださらないこと?) 」

 あまりにも話しが進まないことにブチ切れて、絶叫する由乃。 
 そもそも話しの進まない原因は、自分が祐巳のことをアホの子扱いしたことにあるのだが、そんなことはお構い無しで。
「 いい加減、人の話しを聞きなさいよ!! 」
 ブチ切れた由乃の剣幕に、さすがに押し黙る一同。
 祐巳だけが、会議室の端っこのほうにうずくまりながら、いまだに「バカじゃないもん…」とかつぶやき続けていたりするが。
 ちなみに先ほど話題に出た祐巳の成績… テストにおける学年での順位だが、祐巳の言う“真ん中より上”どころか、最近は頑張っているせいか、学年でも上位3分の1、“上の下”くらいには食い込んでいたりする。
 だがしかし、肝心なのは祐巳のテストの成績ではなく、白薔薇姉妹も瞳子も、そんな祐巳の成績を知っていてわざとアホの子扱いして祐巳の反応を楽しんでたりしているということだった。
 …来年度は、さぞかし打たれ強い紅薔薇さまが誕生することだろう。(合掌)
 まあそんな軽いSの群れの話はともかく。静かになった会議室を見渡し、由乃はふぅと一息吐くと、瞳子に話しかけた。
「 で、瞳子ちゃん。さっき言ってた“納得できない部分”て何? 」
 真顔で問う由乃。それを受けて瞳子は…
「 ……なんでしたっけ? 」
 素で忘れていた。
 どうやら先ほどの“祐巳、アホの子騒動”で、すっかり記憶から抜け落ちてしまったようである。
「 なんでしたっけ?って… 私に聞かれても分かる訳無いじゃない! 」
「 ちょっと待って下さい由乃さま。え〜と…何の話をしてましたっけ? 」
 本気で考え込んでいる瞳子の横で、乃梨子がボソリと一言。
「 祐巳さまがアレだという話しを… 」
「 バカじゃないもん!! 」
 トラウマにでもなったのか、乃梨子の一言に過敏に反応する祐巳。
 そして、そんな祐巳を慈愛に満ちた目で満足そうに眺める3人。この3人はもう、人としてダメなような気がする。
「 ……良いから白薔薇姉妹は黙ってなさいったら 」
「 え〜と… あ、そうですわ! 」
「 思い出した? 」
「 ええ 」
 これでやっと話しが進むと、由乃がほっとする横で、瞳子が先ほど言いかけたことの続きを話しだした。
「 先ほど、由乃さまは“リリアン瓦版で紹介する”とおっしゃっていましたけれど、肝心の新聞部は取材の件を引き受けてくれたのですか? 」
 瞳子の言うことはもっともだ。いくら先生方の許可を取り付けたとはいえ、新聞部がそれを記事にしてくれないことには、体験リポートを口実に雪合戦の許可を取り付けた先生方からすれば、「話が違うじゃないか」ということになり、後々問題になりかねない。
 ついでに言うと、これは別に瞳子だけが気づいた訳では無く…
「 そ、そうだよ! 私もそこが気になったんだから! けっして由乃さんの言ってることが理解できなかったんじゃないんだからね!? 」
 そう。祐巳もこのことに思い当たっていたのだが、先ほどのアホの子騒動で言い出すタイミングを逃し、本人もすっかり忘れていたのだ。
 …最初からそう言えば“アホの子疑惑”など掛けられることも無かったような気もするのだが、やはりその辺を考えると祐巳は少しアレなのだろうか?
 まあ祐巳がアレかどうかはともかく。自分の計画のミスを指摘され、うろたえるかと思われた由乃だが、逆にニヤリと笑うと、右手に持っていたロープを強く握り締めた。
 …………ロープ?
「 フ… そこに抜かりがあるとでも思ったの? 」
 悪役みたいにニヤリと笑いながらそう言うと、由乃は握っていたロープを強く引き寄せながら叫んだ。
「 取材班カモーン!! 」
 そして、由乃がグイっと引き寄せたロープによって、二人の少女が会議室に引き込まれたのだった。




 


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