UPできるうちに。
祐巳 【No:2739】→【】
聖 【ここ】
■■ 佐藤聖の場合
今年受験を控えている佐藤聖は、ニヤニヤしながら目の前の光景を見ていた。
朝から会議だなんて面倒の極みなだけだと思っていたけれど、なんともまぁ楽しくなったものだ。
そもそもの原因は、蓉子の策略(そう大したものでもないけどね)にある。
蓉子は妹の祥子に【男嫌いを直させよう】と画策していたのである。それも独断で。
そろそろ文化祭1週間とちょっと前、というこの時季、配役も変えられないこの時季に!
蓉子は祥子に令が王子様の代役である事をバラした。
もともと沸点の近かった祥子はいっきに怒り、自分の姉につっかかっている。
「お姉さま!こんな事聞いていませんわよ!」
「だって、花寺との会議を何かと理由をつけてサボっていたのは貴女だし、自業自得ではないの?」
「酷いわ!」
しまいには机を殴って叫んで飛び出していってしまった。
早朝会議なのでまだ教室に行くのは早かろうに。まぁ楽しいからいいけど。
「ふふ、蓉子ってば。もし祥子が役を降りるなんて言ったらどうするの?」
「そのへんは大丈夫よ。私の妹なのだし、中途半端に投げ出したりしないわ」
江利子が思っても無い心配をし、蓉子が不適に笑った。
親友のこういう所が好き過ぎるわ。ほんと。
少し祥子に同情しつつも、私は江利子のように「もっと面白く」なる事を期待した。
しかし祥子のことは私もかっているのだ。このままで終わるはずがない。
「ふふふ、これからどうなるやら……」
■ ■ ■
今回の仕事、私は補佐を命じられていた。
なんでも、現場に本命のヤングガンが突入するから、周りの邪魔なのを排除しろとの御達しだ。
スコープから覗き見る光景からは、蟻の巣をつついたような騒ぎようだった。
それも仕方在るまい。なんせ暴力団本部に殴りこみに来る奴がいるのだから。
そんなに大きな組織ではないとはいえ、やはり警戒は足りてない。
どっかの巨大組織と共同戦線を張っていたというのもあるか。
ドンッ
サイレンサーが効いているので音が小さい。
向こうまでは絶対に届いていないはずだから、てんてこ舞い、かな?
冷静になれば着弾の状況から狙撃方向を特定できるはずなのに、混乱するばかり。
ドンッ
「ちぇ、つまんないの」
ドンッ
「どうせなら私が突入したかったのになぁ」
ドンッ
「白猫の意地悪」
まるで真っ赤な薔薇が咲くように、人間の頭が吹っ飛んでいく。
ドンッ
突入しているヤングガンは見えないけど、きっと楽しんでるんだろうなぁ。
世界の悪に手を染める人間を、悪の鉄槌で裁くというのが私は好きだった。
ドンッ
■ ■ ■
お弁当を持って出向いた先は、薔薇の館だった。
さっき白猫から今夜の仕事についてのメールを貰い、授業中こっそり読んだ。
ちょっと予定が変わって、今回は補佐になったようである。
「蓉子蓉子、ご飯食べようよ」
「聖、先に貴女だけで食べてて」
「え〜」
せっかく蓉子と一緒に食べようって思ったのに…そんなの放課後でいいじゃん。
凸光らせてるだけで据え膳まってる奴とか使ってさ。
「ねぇ一緒に食べよ?美味しく食べたいじゃん」
「………聖。私忙しいの。誰かさん達が職務放棄してくれちゃったから」
「へぇ〜、でもご飯は食べないと。倒れるかんね」
「………………もぅいいわ。頂きましょう」
「やった!」
蓉子と食べたいがためにここまで来たんだし、目的は果たさなきゃね♪
黒に赤色の蝶という、なんとも蓉子らしくないお弁当包みを見ながら嬉しく思う。
やっぱり食事というものは、好きな人と一緒じゃないと味気ない。
「いただきます」
「いただきまーす」
うん、美味しい。
心配かけないように(冷凍もの敷き詰めて)作ったお弁当だけど、やっぱり、美味しいや。
今日も今日とて、私は蓉子と一緒にお昼を食べた。
■ ■ ■
「はい、佐藤聖」
『私だ。今回の補佐についてはよくやってくれた』
「それなんだけど、今度は私が突入したい」
『どうしてだ?』
「狙撃ってのが性に合わないの」
『そうか。考慮しておこう』
「よろしくね」
■ ■ ■
時は放課後にうつり、やっぱり祥子は怒り心頭中だった。
しかも祥子の諦めが悪いものだから、蓉子は祥子に妹がいないという事まで持ち出し始めた。
文化祭というこの時季にまだ妹の候補すらいないのだから、祥子にしては分が悪い。
「横暴ですわ!お姉さまの意地悪!」
「祥子!待ちなさい!」
とうとう追い詰められ、会議室から出て行こうとした直後、それは起きた。
ドアをノックしようとしていた志摩子が反射的に身をちぢこませ、祥子も驚いてさっと退く。
しかし退いた先には別の誰かがいて。
「ん?」
別の誰かは祥子を見て、たいして驚いた表情もせずに避けた。
しかし咄嗟の事で足がもつれたのか、その誰かを巻き込んで転んでしまいそうになった。
「ん」
「きゃ!」
誰かは自然な手つきで祥子の腰に腕を回し、転倒を防いだ。
令くらいのしっかりした人なら、「よかった」だけ思ってすんだかもしれない。
でも、現在祥子の体重を支えているのは、とっても小柄な少女。
私と同じブロンドの髪。くりくりとしたその眼は灰色で、光を反射してキラキラしている。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ、ありがとう」
祥子に手をかして、自ら立たせてあげる。
小柄な少女のどこにそんな力があったのかとも思ったが、怪我がないのならいいか。
祥子は祥子で少女をみながらキョドっていた。あ、挙動不審って意味ね。
「あ、貴女……」
「はい。今朝はありがとうございました」
「ええ……構わないわ」
今朝?今朝って事ば祥子が発狂して出て行った後の話しか?
思わぬところで【妹候補】が現れた。………そして、江利子の眼が光だす。
【なんか聖に似た子が面白い事を連れて来てくれたわ。しめしめ】って顔してる。
蓉子は知らない子と私を見比べている。いや、血縁とかじゃないから。
「えっと……とりあえず祥子、入ってもらいなさい」
「あ、はい。お姉さま」
その可愛らしい子は、祐巳ちゃんと言った。
周りを全く見ていないような顔をして、彼女はとても周りをよく見ている。
私が視線を向けただけで、首をかしげながら私を見つめるのだ。
このヤングガンである私より、視線に敏感とは。
侮り難しこの少女。
「はぁ……そもそも、スールが一体何を指しているのかすら、私には分かりません」
■ ■ ■
「あーあ。疲れたぁ」
今日という一日を思い出しながら、私はベッドに横になった。
祐巳ちゃんに申し込んで、振られた時の祥子のあの表情。
真っ白ってより背中に漬物石を乗せたって感じだったけど、見てて楽しかった。
もしかしたら、祥子は祐巳ちゃんを妹にするって決めてたのかもしれない。
姉妹制度について何も知らなかったってのは結構驚いたけどね。
「さぁて、祥子にチャンスでも作ってあげないとね」
このままだと、大嫌いな男と手を繋ぐはめになるわ妹にゃ逃げられるわで、あまりにも可哀想だ。
ならせめて、妹にする協力だけでも惜しまずやってやろうではないか。楽しそうだし。
手を銃のような形にして、天井に向けて構える。
「祐巳ちゃん、覚悟してね」
山百合会を楽しくさせるためにも、祥子と蓉子のためにも、是非入ってもらおうか。
個人的に見て、なかなか興味深い子だしね。
くっくっく。私は部屋でほくそえんだ。また明日が楽しみだった。