【2740】 秋の夜長に踊る歌姫  (さおだけ 2008-08-30 17:19:48)


UPできるうちに。

祐巳 【No:2739】→【】
聖  【ここ】



 
 ■■ 佐藤聖の場合


今年受験を控えている佐藤聖は、ニヤニヤしながら目の前の光景を見ていた。
朝から会議だなんて面倒の極みなだけだと思っていたけれど、なんともまぁ楽しくなったものだ。
そもそもの原因は、蓉子の策略(そう大したものでもないけどね)にある。
蓉子は妹の祥子に【男嫌いを直させよう】と画策していたのである。それも独断で。
そろそろ文化祭1週間とちょっと前、というこの時季、配役も変えられないこの時季に!
蓉子は祥子に令が王子様の代役である事をバラした。
もともと沸点の近かった祥子はいっきに怒り、自分の姉につっかかっている。

「お姉さま!こんな事聞いていませんわよ!」

「だって、花寺との会議を何かと理由をつけてサボっていたのは貴女だし、自業自得ではないの?」

「酷いわ!」

しまいには机を殴って叫んで飛び出していってしまった。
早朝会議なのでまだ教室に行くのは早かろうに。まぁ楽しいからいいけど。

「ふふ、蓉子ってば。もし祥子が役を降りるなんて言ったらどうするの?」

「そのへんは大丈夫よ。私の妹なのだし、中途半端に投げ出したりしないわ」

江利子が思っても無い心配をし、蓉子が不適に笑った。
親友のこういう所が好き過ぎるわ。ほんと。
少し祥子に同情しつつも、私は江利子のように「もっと面白く」なる事を期待した。
しかし祥子のことは私もかっているのだ。このままで終わるはずがない。

「ふふふ、これからどうなるやら……」


 ■ ■ ■


今回の仕事、私は補佐を命じられていた。
なんでも、現場に本命のヤングガンが突入するから、周りの邪魔なのを排除しろとの御達しだ。
スコープから覗き見る光景からは、蟻の巣をつついたような騒ぎようだった。
それも仕方在るまい。なんせ暴力団本部に殴りこみに来る奴がいるのだから。
そんなに大きな組織ではないとはいえ、やはり警戒は足りてない。
どっかの巨大組織と共同戦線を張っていたというのもあるか。
 ドンッ
サイレンサーが効いているので音が小さい。
向こうまでは絶対に届いていないはずだから、てんてこ舞い、かな?
冷静になれば着弾の状況から狙撃方向を特定できるはずなのに、混乱するばかり。
 ドンッ

「ちぇ、つまんないの」

 ドンッ

「どうせなら私が突入したかったのになぁ」

 ドンッ

「白猫の意地悪」

まるで真っ赤な薔薇が咲くように、人間の頭が吹っ飛んでいく。 
 ドンッ
突入しているヤングガンは見えないけど、きっと楽しんでるんだろうなぁ。
世界の悪に手を染める人間を、悪の鉄槌で裁くというのが私は好きだった。
 ドンッ


 ■ ■ ■


お弁当を持って出向いた先は、薔薇の館だった。
さっき白猫から今夜の仕事についてのメールを貰い、授業中こっそり読んだ。
ちょっと予定が変わって、今回は補佐になったようである。

「蓉子蓉子、ご飯食べようよ」

「聖、先に貴女だけで食べてて」

「え〜」

せっかく蓉子と一緒に食べようって思ったのに…そんなの放課後でいいじゃん。
凸光らせてるだけで据え膳まってる奴とか使ってさ。

「ねぇ一緒に食べよ?美味しく食べたいじゃん」

「………聖。私忙しいの。誰かさん達が職務放棄してくれちゃったから」

「へぇ〜、でもご飯は食べないと。倒れるかんね」

「………………もぅいいわ。頂きましょう」

「やった!」

蓉子と食べたいがためにここまで来たんだし、目的は果たさなきゃね♪
黒に赤色の蝶という、なんとも蓉子らしくないお弁当包みを見ながら嬉しく思う。
やっぱり食事というものは、好きな人と一緒じゃないと味気ない。

「いただきます」

「いただきまーす」

うん、美味しい。
心配かけないように(冷凍もの敷き詰めて)作ったお弁当だけど、やっぱり、美味しいや。
今日も今日とて、私は蓉子と一緒にお昼を食べた。


 ■ ■ ■


「はい、佐藤聖」

『私だ。今回の補佐についてはよくやってくれた』

「それなんだけど、今度は私が突入したい」

『どうしてだ?』

「狙撃ってのが性に合わないの」

『そうか。考慮しておこう』

「よろしくね」


 ■ ■ ■


時は放課後にうつり、やっぱり祥子は怒り心頭中だった。
しかも祥子の諦めが悪いものだから、蓉子は祥子に妹がいないという事まで持ち出し始めた。
文化祭というこの時季にまだ妹の候補すらいないのだから、祥子にしては分が悪い。

「横暴ですわ!お姉さまの意地悪!」

「祥子!待ちなさい!」

とうとう追い詰められ、会議室から出て行こうとした直後、それは起きた。
ドアをノックしようとしていた志摩子が反射的に身をちぢこませ、祥子も驚いてさっと退く。
しかし退いた先には別の誰かがいて。

「ん?」

別の誰かは祥子を見て、たいして驚いた表情もせずに避けた。
しかし咄嗟の事で足がもつれたのか、その誰かを巻き込んで転んでしまいそうになった。

「ん」

「きゃ!」

誰かは自然な手つきで祥子の腰に腕を回し、転倒を防いだ。
令くらいのしっかりした人なら、「よかった」だけ思ってすんだかもしれない。
でも、現在祥子の体重を支えているのは、とっても小柄な少女。
私と同じブロンドの髪。くりくりとしたその眼は灰色で、光を反射してキラキラしている。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ、ありがとう」

祥子に手をかして、自ら立たせてあげる。
小柄な少女のどこにそんな力があったのかとも思ったが、怪我がないのならいいか。
祥子は祥子で少女をみながらキョドっていた。あ、挙動不審って意味ね。

「あ、貴女……」

「はい。今朝はありがとうございました」

「ええ……構わないわ」

今朝?今朝って事ば祥子が発狂して出て行った後の話しか?
思わぬところで【妹候補】が現れた。………そして、江利子の眼が光だす。
【なんか聖に似た子が面白い事を連れて来てくれたわ。しめしめ】って顔してる。
蓉子は知らない子と私を見比べている。いや、血縁とかじゃないから。

「えっと……とりあえず祥子、入ってもらいなさい」

「あ、はい。お姉さま」

その可愛らしい子は、祐巳ちゃんと言った。
周りを全く見ていないような顔をして、彼女はとても周りをよく見ている。
私が視線を向けただけで、首をかしげながら私を見つめるのだ。
このヤングガンである私より、視線に敏感とは。
侮り難しこの少女。

「はぁ……そもそも、スールが一体何を指しているのかすら、私には分かりません」


 ■ ■ ■


「あーあ。疲れたぁ」

今日という一日を思い出しながら、私はベッドに横になった。
祐巳ちゃんに申し込んで、振られた時の祥子のあの表情。
真っ白ってより背中に漬物石を乗せたって感じだったけど、見てて楽しかった。
もしかしたら、祥子は祐巳ちゃんを妹にするって決めてたのかもしれない。
姉妹制度について何も知らなかったってのは結構驚いたけどね。

「さぁて、祥子にチャンスでも作ってあげないとね」

このままだと、大嫌いな男と手を繋ぐはめになるわ妹にゃ逃げられるわで、あまりにも可哀想だ。
ならせめて、妹にする協力だけでも惜しまずやってやろうではないか。楽しそうだし。
手を銃のような形にして、天井に向けて構える。

「祐巳ちゃん、覚悟してね」

山百合会を楽しくさせるためにも、祥子と蓉子のためにも、是非入ってもらおうか。
個人的に見て、なかなか興味深い子だしね。
くっくっく。私は部屋でほくそえんだ。また明日が楽しみだった。



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