【2742】 姉妹になれない  (さおだけ 2008-08-31 01:07:11)


聖と蓉子がメイン、なはずです。

祐巳 【No:2739】→【ここ】
聖  【No:2740】





私は授業をサボって空を見上げていた。
立ち入り禁止のこの屋上には休み時間ですら人はこない。
そもそも【誰かがいる】という概念すら持っていないこの生徒は、たとえ探していても見つけられないだろう。

今日という日、紅薔薇の蕾(祥子さま)の誘いを蹴った人物として有名となった。
曰く、【祥子さまでも姉として不足していると正面から言った】とか。
曰く、【本当はお姉さまにしたい人物がいるから】だとか。
いやいやいや。そんなの居ませんて。
なんか一々否定するのも面倒になって、休み時間の入る前である今、私はサボっている。
4時間目の終わるチャイムが聞こえてきて、私は傍らにおいた弁当を見やった。

「…………空が堕ちてくる、か……」

昔に杞という国があり、その人達が【空が落ちてくる】と心配したのが語源。
杞の人達の憂い。それが杞憂。
といっても今の私にはそう心配している事もないし、ただ漠然と故事成語を思い出しただけなのだが。
だけど不思議なものだ。この目の前にただただ広がっている空というものは。
【空】という名詞でありながら形容詞では【空き】という何も無い事を指す。
空には何も無い。それゆえに【空】という。

「ごきげんよう、祐巳さん」

「うん、ごきげんよう」

ぼんやりと空に浮いている雲を見つめて、私は言葉を返した。
というか……誰かいた。

「誰?」

ゆっくりと起き上がり、困ったなぁと思う。
学校では気がおけないと思っているせいか、どうも油断しがちである。
戦場に出ればこんなことは殆どありえないというのに、一般人にまで背後を取られるし。
起き上がって見てみると、そこには何故か祥子さまがいた。
寝転んでいた私に近づき、隣に座った。

「志摩子から貴女がいないと聞いて、探していたの」

「そうだったんですか。でもよく分かりましたね」

「ええ。なんとなくだけど、今日はいい天気だったから」

傍らに重箱を抱え、同じように上を見上げた。
秋にしては陽射しが強いけど、今日はとても心地よい晴天だった。

「それで……どうして探していたんですか?」

探していたと言っていた手前、なにか用件があるのだろう。
じゃなきゃ昨日振った相手に会おうとは思わないだろうし。
祥子さまはきょとん、として、私を見た。

「いえ、別に?」

「はい?」

「ただ、貴女とお弁当を食べようと思って」

「はい?」

なんと申されましたかしら、この人。
まじまじと祥子さまを見ていると、なんだか恥らったように頬に朱を落とした。
恥らう理由は分かんないけど、まぁ、いいか。うん。お腹すいたし。

「じゃぁ、食べましょうか」

「そうね」

いただきます。


 ■ ■ ■


『私だ。悪いが仕事だ』

「仕事って……今学校なんですけど……」

『この間殺した堂本宗告の息子だ。お前を狙ってるらしい』

「それはいいんですけど……」

『武器は現地調達で、近くにあるホテル【エリュシオン】で待機しろ』

「現地調達って…ここ学校ですってば。しかもラブホですか」

『いいな?放課後までには終わらせろ』

「6限目までサボらせるつもりですか……」

銃に装弾されている銃弾と、残りは現地調達。
5時間目の始りを告げるチャイムを聞きながら私は困っていた。
人間の身体は結構脆いので殺すのは簡単なのだが、如何せん証拠が残りやすい。
廃材でもてきとうにかっぱらって来るか……鉄パイプとかでいいかな?
 

 ■ ■ ■


「お願いがあるんだ」

「はぁ……なんでしょうか、(えっと……)聖さま」

なんか弛んでる気がしたので気配に敏感になっていて、今度は不意打ちではなかった。
振り返った先には先日私と間違えたというブロンドの綺麗な人が立っていた。
が、その表情はニヤニヤしているので折角の美人は台無しだった。
とはいうものの、認めたくはないが綺麗なのは変わらない。

「君に是非、シンデレラをやってもらいたい」

「灰被りを、ですか?」

「そう」

演劇かぁ……この時季に聞くって事は、もしかしなくても文化祭と関係があるよね?
えええええ……面倒だなぁ。でもなぁ。うーん。あー…いやぁうん…まぁいいか。

「時間がある限りでいいなら、協力は惜しみませんが?」

「よし!じゃぁ今から集合」

「はぁ……」

聖さまに手をひかれ、体育館に向かって小走りで駆けていく。
灰被りかぁ……よく分かんないんだけど、「この焼けた下駄を履いて、死ぬまで踊りなさい」って言うのかな?
でもそれって祥子さまの方がにあ(ゲフンゲフン!)


 ■ ■ ■


自分の体温が移り、それは少し冷たいくらいになった。
 ガギンッ!
鉄の塊は歪に歪み、赤い彩りを付け足されてそこにあった。
頭蓋骨がなまじ固いものだから殴ると腕がじぃんとする。
 ガキンッ!ガキンッ!ガキンッ!
中身が飛び出てくる様を適当に見やりながら、とにかく目標を探す。

「この化け物!」

「ん?」

鉄パイプをもう一度振り上げると、真横から悲鳴があがった。
怒鳴っているように見えるが、はっきり言って悲鳴に近い声だった。
ターゲット、発見。

「き、貴様みたいな餓鬼に、親父が……」

「五月蝿い」

 ガキンッ!
足元に転がっていたターゲットの仲間らしきものに振り下ろした。
面倒なことに、ターゲットはこちらに銃口を向けている。
カトロフか。
オーソドックスなことで。
ゆっくりと近づいて、鉄パイプを向ける。
銃口は震えに震えまくっているし、撃っても当たりはしないだろう。

「ひ、ひぃぃ!?」

さっとまん前まで行き、足で銃をけっとばした。
 ブン……ッ!
続けて鉄パイプを振り上げ、真上に掲げる。
こういう間は恐怖に陥るだけだし、あまり作る方も好きではない。
しかしたまに、ほんのたまに、間を作ってしまう。

「た、たすけ……」

「ごきげんよう」

赦しを乞われても、私に改めるという選択肢はない。
神ではないけれど、やはりそれと同じように、私は助けを求める声を無視した。
 ガキンッ!


 ■ ■ ■


「というわけで……この賭けは私の総取りって事で!」

聖さまは私の手を掲げ、体育館に叫んだ。
皆さんぽかんと私を、そしてパッと見(外見だけ)似ている聖さまを見つめた。
暫く沈黙だったものの、その意味を理解したらしい蓉子さまが怒鳴った。

「聖!それはどういう事!?」

「だぁからぁ〜祐巳ちゃんは私が勧誘して、OK貰ったの」

「!」

え、なんで皆さんこっちを睨むんですか?
しかも祥子さまの視線とか頬っぺたに刺さりまくって風穴空きそうなんですか。
ん?ハンカチ?うん、持って?……ちょ、破れましたが……?

「私ではなく……貴女は聖様を選んだというの!?」

「はい?」

「しかも聖さまには志摩子がいると知っていて!酷いわ!」

「はぁ…すみません」

敗れたハンカチを体育館の床にたたきつけながら、私を睨む。
その目にはだんだん涙まで溜まって来るではないか。可愛すぎて悶えそうだ。
心がきゅんとした。きゅんって。

「なんかよく分からないのですが……その、祥子さまは好きですよ?」

「なんで疑問系なのよ!適当なこと言わないで!」

「ごめんなさい…」

でもどうすれば良いっていうんですかぁ……。
と、ポケットに入れていた携帯(直してない)がブルブル震えている。
もしかして白猫かな?とにかく電話できる所までいかないと……。

「すみません、トイレ行って来てもいいですか?」

「うん?どーぞどーぞ」

「祐巳!貴女逃げるつもりなのねッ!?」

「あーはいはい。すぐ戻ってきますからー」

さっさと電話に出ないと、白猫が怒っちゃうもん。
体育館裏まで駆け足で向かっていく。
ちなみにこの学園は携帯の持込を禁止しているので、バレたら五月蝿いのだ。

「はい、福沢祐巳」


 ■ ■ ■


「あ、祐巳ちゃんお帰り〜♪」

「はい、ただいまです」

体育館に戻ると、祥子さまの機嫌が少しなおっていた。
何か勘違いされていた様だし、もしかして聖さまがそれを解いてくれたのかもしれなかった。
私はさっき祥子さまと約束した通りすぐに帰ってきた事を報告した。

「ただいま、祥子さま」

「………おかえりなさい」

「はい」

挨拶を完了させると、祥子さまはやっぱり拗ねた顔をして、でもとある本を渡した。
【山百合会演劇 シンデレラ】と書かれている。
えっと……たしか山百合会って生徒会の事だよね?ややこしいなぁもぅ。

「シンデレラを演じてくれるのよね?」

「確かに承諾はしましたが……いかんせん状況が掴めていません」

「そう。では説明するわね」

長いので要約すると、祥子さまはシンデレラをやりたくないそうだ。
………うん。終わり。あと代役として何故か私が推薦され、連れて来た人が勝ち。
なんかそんな感じの賭けがあったようだけど、祥子さまは教えてくれなかった。

「それは台本。憶えてきてね」

「はい。分かりました」

シンデレラ。私はその物語りを実際に読んだ事がない。
今度時間があれば読んでみようか。それも、近いうちに。



一つ戻る   一つ進む