【2793】 いつでも全力全開!もう魔王に行けます  (篠原 2008-11-30 14:09:06)


「魔王召喚?」
 志摩子の問いに、乃梨子は重々しく頷いた。


 『真・マリア転生 リリアン黙示録』【No:2760】から続きます。


「このところあちこちで悪魔が目立って暴れていたのと、関係あるのかしら」
「かもしれません」
 魔王クラスの召喚ともなると、儀式が大掛かりかつ複雑になるというだけでなく、大量の生贄が必要になる。より即物的な言い方をするなら、魔王という高位のアクマをこの世界に実体化させる為に膨大な量の生体マグネタイトを必要とする、ということだ。
 その為の手っ取り早い方法として考えられるのは『狩り』だ。単に生体マグネタイトを集めるだけなら対象はヒトでもアクマでも構わないが、効率を考えるならより量の多いアクマを狩るか、大勢のヒトを集めてまとめて狩るかだろう。過去、町1つ丸ごと犠牲に、なんて話も聞かないではない。
「いずれにしろ、ほおっておくわけにはいかないわね」
 志摩子にしてみればそれは当然の話だった。
 ヒトが狩られるのは論外。アクマが狩られる分には構わないが、その結果として魔王が召喚されるのは看過できない。
「それで誰が何を召喚しようとしているの?」
「それが、動いているのはどうも下っ端の悪魔ばかりのようで、カオスですからね。下級の悪魔が勝手に動いているだけなのかも」
「でもそれだと、あちこちで連動して悪魔が暴れている説明が付かないわ」
「そうですね。裏で糸を引いているものがいるのか」
 もっと高位のアクマか、あるいはヒトか。
「そんな大掛かりな儀式を、下級の悪魔が成功させられるとも思えないし」
「まあ、下級の悪魔だと、そこまで深く考えていない可能性もあるけど」
「……そうね」
「あと、すみません。魔王の正体についても、今のところはわかっていません。大層立派な魔王らしい、と噂が流れているくらいで」
「そう」
 志摩子にしてみれば、召喚される魔王自体に興味があるわけではない。召喚されてしまった場合の対策を講じる材料にしたかっただけで、召喚そのものを阻止できれば問題ない話だし、調べている間に召喚されてしまっては本末転倒だ。
「志摩子さん? まさか、また自分で行く気じゃないよね? 召喚儀式を阻止するだけなら適当な部隊を差し向ければ済む話だよ」
 立ち上がった志摩子に乃梨子は慌てたように待ったをかける。
「そうね、それで阻止できれば良いのだけれど」
 万が一、魔王が召喚されてしまった場合、ヘタな部隊では手におえないだろう。
 『魔王』。文字通り悪魔の王として君臨する、カオスの陣営でも頂点に立つ種族の1つである。
 ロウとカオスには対になるような種族があるが(天使に対する堕天使、魔神に対する破壊神のような)、魔王に対するロウの種族となると、もはや神霊、大天使クラスくらいしかない。神霊とはメシア教でいうところの唯一神及びその分身体を指す。分身体というのは唯一神の一側面、一部が具現化した姿、とでもいうべき存在だ。逆に言えば神霊や大天使に対するのが魔王ということになる。
 生半可な戦力ではなすすべも無く壊滅、ということにもなりかねない。
 付け加えるなら、部隊を揃えていては時間が掛かる。だから少数精鋭で先行した方が良いというのが志摩子の意見だった。
「編成は既にやらせているし、天使も動かせるから」
 召喚の儀式を行うにはまだ時間がかかるだろうとの予測もあった。
「では揃ったら後を追わせましょう」
 決定、である。


 乗り込んでいった先で、志摩子は意外な顔を見つけた。
「あら、祐巳さん?」
「し、志摩子さん!?」
 飛び跳ねるように反応をする祐巳。
「ごきげんよう。偶然ね」
「……ご、ごきげんよう」
 普通に挨拶する志摩子も志摩子だが、思わず挨拶を返す祐巳も祐巳だった。
「一人なの?」
「う、うん」
 志摩子の問いに祐巳は複雑そうな表情を見せる。
 何せ可南子は黄薔薇ファミリーにやられていまだ戦闘不能だし、瞳子は白薔薇、というか目の前の志摩子に氷付けにされたダメージが残っていて無理できないのだ。
「志摩子さんこそ一人? 乃梨子ちゃんは?」
「今ちょっと用を頼んでいるから、後で合流するわ」
「そ、そう」
「それで祐巳さんはどうしてここへ?」
「ええと、ここで『まおうのしょうかん』とかがされるらしくて」
 もちろん予想はついていたが、それでも志摩子は祐巳の説明に驚きの色を見せた。
 メシア教という大組織が得ていた情報に近いものを、ほぼ単独で手に入れていたらしい瞳子の情報網はあなどれない。
「ええと、財力をバックにしたとか、地下の情報網があるとか、らしいよ」
 詳しいことは祐巳も知らない。
「止めに来た、ということでよいのかしら」
「うん、そう。さすがに魔王とか召喚されたら厄介そうだし」
「それなら目的は同じね。ここは協力しましょう。祐巳さんが力を貸してくれるなら心強いわ」
「うん、私も志摩子が協力してくれるなら心強いけど」
「決まりね」
 そう言って、志摩子は嬉しそうに微笑んだ。
「それに、志摩子さんに話したいことがあったんだ」
「何かしら」
「瞳子のこと」
「……」
「どうして瞳子を……その、あそこまでする必要あったのかな」
「だって……」
 何故か、少し拗ねたような志摩子さんの表情はちょっと珍しくて、すごく可愛かった。
「瞳子ちゃんも悪いのよ。うちの乃梨子を誘惑するから」
「ゆ、誘惑!?」
「ええ。ニュートラルに来ないかなんて」
「……それ勧誘っていうんじゃ」
「……そうとも言うわね」
 瞳子、そんなことしてたんだ。
 っていうか、そんな理由で氷付けにされたのか。
「でも志摩子さん? 乃梨子ちゃんが――」
「もちろん、乃梨子は断ったわよ」
「もし、乃梨子ちゃんが受け入れてたら、どうするつもりだったの?」
「残念だけれど、乃梨子が自分で考えて選んだ結果なら、仕方無いわ」
 その後で、カオス共々ニュートラルを潰すことになるけれど。
 表情も変えずにそう言う志摩子に、祐巳は空恐ろしいものを感じた。
「それはないよ、志摩子さん」
 ふいに横合いからかけられた言葉に、祐巳がまた跳び上がる。
 乃梨子だった。
「前に言ったよね。そばにくっついて離れないからって」
「……ええ、そうだったね」
「それに、私はもう決めてしまったから。最後まで志摩子さんに付いて行くって」
「乃梨子」
 志摩子の顔に嬉しそうな、それでいて何故か複雑そうな表情が浮かぶ。
「ありがとう」
「……いえ」
 今度は乃梨子が、照れたように顔を逸らす。見ていた祐巳のほうが恥ずかしかったりしたのだが。
「それはともかく」
 と、祐巳の方を見る乃梨子。視線に気付いた志摩子が応えた。
「偶然そこで会って、ご一緒しましょうということになったのよ」
 まるでお昼をご一緒しましょうみたいな言い様だった。
「いいんですか?」
「今、優先すべきことは何?」
「魔王召喚を阻止すること、です」
「そのとおり」
 よくできましたと言わんばかりの笑顔。
「目的は同じだから、それまでは共闘することにしたの」
「祐巳さまもそれで?」
「うん」
「わかりました」
 納得できた、というわけではない。小競り合いをしたばかりの間柄だ。しかも直接ぶつかりあった同士でとりあえずの共闘ができるという2人の関係が、乃梨子にはよくわからない。ただ、そういう関係なのだろうと思うだけだ。
「ところで、祐巳さま。瞳子は、その、どうでしょう」
 変な聞き方になってしまったが、それでも祐巳は察したようだ。
「ああ、うん。おかげさまで」
「そうですか」
 乃梨子のあからさまにホッとした表情を見て、祐巳がクスリと笑った。本当のところはまだ全然大丈夫ではないのだが。直接的なダメージよりもむしろ、氷付けにされている間に消耗した体力、というか生命力みたいなものの回復が追いつかないらしい。これ以上負担をかけたくなかったから祐巳は一人でこっそりと出てきたのだ。
 ……………帰ったら怒られるかなぁ。
 思わずビクリとした祐巳の横で、志摩子は乃梨子に問い掛ける。
「それで、乃梨子?」
「ああ、はい。準備は概ね。罠は、だいたい処理してきました」
「そう、ご苦労様」
「罠?」
「祐巳さん、来る途中でトラップを見なかった?」
「え? ううん。特には」
「そう……、凄いわね」
 何か感心したように志摩子は頷いた。
 来る途中、属性に反応して発動し、アクマが現れる類のトラップが仕掛けられていたらしい。
「あ、私ニュートラルだから罠が反応しなかったってこと?」
「ええ、たぶんそうだと思うのだけれど、かなり露骨に、それこそ警戒色のように仕掛けられていたのに、全然気付かなかったのも凄いわ」
 警戒色、厳密には警告色というべきだが、ようは危険だから手を出すなと知らせる為の目立つ色彩や模様のことだ。
「ええと」
 さすがは祐巳さんね、などと続けているところを見ると誉めてるつもりなのかもしれないが、祐巳にはちっとも誉められている気はしなかった。
「さて、では行きましょうか」
 召喚の儀式が行われる場所は、目の前だった。



「ヒャッハー」
「ヒーホー!」
「マオウマオウ」
「ゴリッパナマオウ!」
 薄暗い闇の中、蠢く影は人外の姿。
 描かれた魔法陣がうっすらと光を放ち、その後方には巨大な釜のようなものが設置されていた。
「ここみたいだね」
 意を決したように、祐巳が踏み込む。
 薄暗かったせいで、気付くのが遅れた。
「祐巳さま!」
「あ」
 鳴り響く警報。
 トラップだ。
 そして1体のアクマが現れる。
「ニュートラルには反応しないんじゃなかったっけ?」
「それはまた別の種類ですね。っていうか、ただの赤外線センサーに連動させているだけみたいなので、たぶん属性関係無しに誰が通っても反応します」
 乃梨子の冷静な解説が祐巳には痛かった。
 現れたそれはギョロリと視線を祐巳に向けた。
 その姿を端的に言うなら、一つ目の黒い巨象(2本足)、といったところか。
「なんか強そうなんだけど、これが魔王?」
「いえ、まだ召喚の儀式は行われていないはず。それはトラップで呼ばれた別物よ」
「とにかく、行きます」
 乃梨子が前に出る。
「乃梨子、ダメよ!」
「えっ!?」
 祐巳の目には、とび込んだ乃梨子がいきなりはじき飛ばされたように見えたが、何が起こったのかわからない。
「しまっ……た」
「ギリメカラ」
 志摩子が呟くように言った。
「ぎりめから?」
「ええ、邪鬼だったか、邪神だったか。とにかく非常に厄介な特性を持つアクマよ」
「どっちにしろ邪悪っぽいんだね。厄介?」
「ギリメカラは『物理反射』というレアスキルを持ってるんです」
 よろよろと立ち上がりながら乃梨子が言った。
 レアスキル『物理反射』。物理攻撃を全て跳ね返すという、非常に珍しい特殊能力だ。
「直接攻撃が効かないってこと?」
 物理的な攻撃が効かない、どころか自分に跳ね返ってくるという、とんでもない能力である。
「ええ、オートで戦っていて知らぬ間に全滅していた、なんていう悲劇が何度も繰り返されてきた恐ろしいアクマよ」
「おーと?」
「誰もが1度は通る道ですね」
 ちょっと遠い目をして乃梨子が言った。
 1度と言わず何度も通って泣かされていたりしてもちっとも不思議は無い話だ。

  ※ このお話はフィクションです。

「ど、どうすれば!?」
 慌てる祐巳に、志摩子は落ち着いて答えを返す。
「物理攻撃は効かない、ということは、魔法は効くということよ」
「あ、そういうことか」
 祐巳は手にした杖をかまえる。杖の先端からこぼれ出るように炎が出現。
「アギダイン」
 火炎系単体攻撃用高位呪文による業火が、唸りを上げて飛翔する。
 志摩子の足元からはあふれ出る冷気が氷となって地を這い、目標の足元に到達して氷の華を咲かせ、ダメージを与えると同時にその動きを絡め取る。氷結系単体攻撃用高位呪文、ブフダインのアレンジだ。さらに着弾した炎が連鎖的な爆発を起こしながら上半身を焼き尽くす。
 もともと祐巳は魔法の方が得意だし、志摩子は剣も魔法もどちらもハイレベルでこなす。乃梨子は剣よりで、魔法も使えないわけではないが、2人の桁違いの魔法の威力を見て後方支援(見物)を決め込んだ。
 連続して叩き込まれる強力な魔法の攻撃は、程なくして厄介なアクマを沈めることに成功した。


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