藤堂姉妹 【No:2781】の続き
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掃除も終わり、さあ帰ろうと意気込んでいた時だった。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
背後から聞こえてきた声に気づき後ろを振り返ると、上級生であろうと思われる麗しき女性が二人、にこやかに祐巳を見つめていた。
何やら周りが騒がしい。一体この二人は誰だろう?
「あなた、藤堂さんよね?」
知的な雰囲気の女性がにっこりと問う。
「はい。えっと・・・私に何か?」
「ちょっと話があるの。薔薇の館まで来てくれないかしら?」
若干オドオドとした口調で祐巳が肯定すると、ヘアバンドが特徴的な女性が有無を言わさぬ圧力で誘いの言葉を述べた。
(えっ、これって・・・・俗に言う呼び出し?!わー初めて見た。
って、何で何で?!何で私が呼び出しをされるの?私何かまずいことでもした??
そりゃ入学当初は挨拶の仕方も知らなかったし、廊下を走ったりもしたけれど、最近は自分で言うのもなんだけどお嬢様らしくなってきたと思うんだけど・・・)
祐巳が一人悶々と考え込んでいる中、麗しき二人の上級生はクラスメイトに掃除用具を託し、祐巳の肩を抱いて教室を後にした。
「座って頂戴」
気が付けば祐巳は薔薇の館にやってきていた。
「急にこんなところまで連れてきちゃって、ごめんなさいね」
「え、あ、いえ。それで、えっと・・・私に何の用でしょうか?」
いったい何を言われるのだろうと恐る恐る伺い聞くと、知的な雰囲気をした女性は少し驚いた顔をした後、ほほ笑みながら自己紹介を始めた。
どうやら祐巳が二人のことを知らないことに気がついたようだ。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は紅薔薇さまこと水野蓉子。で、こっちが黄薔薇さまこと鳥居江利子よ。
今日は藤堂さん、あなたに聞きたいことがあって薔薇の館にお連れしたの」
「はぁ。何でしょうか?」
「あなたはお姉さまはいるの?」
「はい?」
紅薔薇さまの思いがけない質問に、祐巳は素っ頓狂な声を出した。
「お姉さまがいるのかいないのか、簡単な質問でしょう?
念のために言うけれど、私たちは血のつながったご姉妹のことを聞いているのではないのよ」
黄薔薇さまの言葉に、ようやく祐巳は思い出していた。
入学早々、仲良くなった蔦子さんに聞いた、リリアンの特殊な生徒会のことを。そして姉妹制度のことを。
どちらにしても祐巳に姉はいない。
「いませんけど・・・」
「そう。それを聞いて安心したわ」
にっこりとほほ笑みあう二人に、祐巳は訳がわからなかった。
一体何故、祐巳に姉がいないことが良かったのか。
「それじゃ、藤堂志摩子さん。本題に入らせてもらうわ」
「はぁ」
・・・って、今、志摩子って言った?
「山百合会の手伝いを引き受けてくれないかしら」
「あ、あの・・・」
「あら?リリアンの生徒はみんな山百合会のメンバーなんだから、手伝うことに問題はないでしょう?」
黄薔薇さまが目を細めながら言った。何だ?この圧力感は。
「いや、えっとですね・・・」
私は志摩子じゃないです。そう言いかけた時、バンッ!と乱暴に扉が開いた。
「何やっているのよ!」
エキゾチックな顔立ちの女性が、もの凄い形相で入り込んできた。
「何、って」
「ねえ?」
驚く祐巳を余所に、紅薔薇さまと黄薔薇さまは笑いながら首をすくめていた。
「今日の放課後の集会は、『都合により中止』になったんじゃなかったかしら?」
「集会は中止よ。私と江利子は、個人的な用事でここに残っているだけのことだわ」
「よくあることでしょ?あなた、何が気に入らないのよ」
「全部、気に入らないわね」
ポンポンと続けられる会話に、祐巳は全くついていけない。
きっとこの人が残りの薔薇さま、白薔薇さまなんだろうなー。と、ぼんやりと考えていた。
「まず、お二人に伺いたいわ。どうしてこちらのお客さまが、この場にいらっしゃるのかということを」
「お客さま?ああ、藤堂志摩子さんのこと?」
まるで独り言のように呟く紅薔薇さまの声に、自分は志摩子ではないと伝え忘れていたことに気付いた。
「藤堂志摩子さんには、山百合会をお手伝いしてしてもらおうかと思っているのよ」
「・・・何ですって?そういうお節介やめてもらえない!?」
何故だか怒り狂う白薔薇さま。
これ以上誤解されたままではまずい。
「あのー・・・」
「あなたはちょっと黙ってて!」
ピシャリと言い放つ白薔薇さまにくじけそうになるが、ここで言わないともっとまずいことになる。
「いや、そのですね・・・」
「何かしら?聞かせてちょうだい」
「ちょっと!蓉子!!」
「聖、少し黙りなさい。それが嫌なら出て行って」
「・・・・・・・・・わかったわよっ」
しぶしぶ了解をすると、不快を露わにした顔のまま手近にあった椅子に腰かけた。
「それで、何のお話かしら?」
「その・・・私は志摩子ではないんです。
言い出すのが遅くなってしまって申し訳ありません」
「は?」
「私は藤堂祐巳。志摩子の双子の姉なんです」
思いがけない祐巳の発言に、今まで騒がしかったはずの薔薇の館に静寂が襲いかかる。
気まずい。非常に気まずい。
・・・逃げよう。
「あの!えっと、志摩子に山百合会の仕事を手伝ってほしいんですよね?
私、伝えておきます!それでは、失礼します!」
そういい終わるや一目散に祐巳は薔薇の館を脱出した。
「ねえ、志摩子」
「どうしたの?祐巳」
夕食の後、祐巳は志摩子に今日の出来事を話した。
「それで、志摩子に手伝ってもらいたいらしいんだって」
「そう言われても・・・」
「志摩子は生徒会・・・じゃなくて、山百合会の人と知り合いなの?
きれいな人だね。紅薔薇さまも黄薔薇さまも白薔薇さまも」
「きれいなら、祐巳もきれいよ」
「それを言うなら、志摩子の方がきれいだよ!」
うふふあはは。
二人はシスコン。
そして今宵も更けていく。