【283】 護身術一歩進んだテクニック  (いぬいぬ 2005-07-31 14:54:01)


※このSSは、乃梨子がモノスゴイ汚れ役を演じています。乃梨子ファンの方や、下品な下ネタの嫌いな方は、読まない事をお薦めします。


「みんなに、簡単な護身術を考えてきて欲しいの」
放課後の薔薇の館で、祥子は他のメンバーに提案した。
「なんでまた急に?」
令が、一同を代表して、祥子に質問する。
「最近、登下校時を狙った痴漢が増えているらしいのよ。地元の警察から、生徒に注意をうながすように、連絡が入ったわ」
「痴漢ですか・・・」
祐巳が実感無さそうに呟く。
「でも祥子さま、それなら、警察の方に護身術を教えてもらったほうが、より有効では?」
由乃が発言する。確かに、警察ならその道のプロだ。有効な手段も知っているだろう。
「確かに、警察は犯罪者を制圧する手段に長けているわ。でもそれは、護身術と言うより武術なの」
「・・・その護身術は、リリアンの生徒には使いこなせないって事ですか?」
「理解が早いわ、乃梨子ちゃん。そもそも今回みんなに考えてもらいたいのは、相手を取り押さえるのではなく、短時間で良いから相手の行動を止めて、その隙に逃げるという方法なの」
祥子の言葉を聞き、令が納得した顔をする。
「ああ、なるほど。それなら、同じ女子高生のほうが、自分に合った方法を思いつくかもって事ね?」
「そうよ。幸い、この薔薇の館には、運動部に所属してない人間も多いから、全く鍛えていない人間でも使える手段を思いつけると思うの。それに、この学園の生徒の自主性を重んじる気風にも合っているしね」
祥子の言葉に全員が納得した。要は身の丈に合った「相手を短時間止める方法」を考えれば良いのだ。
「では次の土曜、つまり三日後にここで発表会を開きます。みんな、何かアイディアを持ってくるように。それでは今日の会議は終了よ」
祥子の言葉で、全員が家路についた。



そして土曜日
「・・・・・・で、ボクは何でココに呼ばれたのかな?さっちゃん」
何故か薔薇の館には、柏木優の姿があった。祐巳はそれだけで少し不機嫌になっていた。
「令の提案なのだけど、やはり実際に男性の体格に試してみないと、有効かどうか判らないんじゃないかって」
「おやおや、実験台って訳かい?」
両手を広げてみせて「イヤハヤ、マイッタナァ」とでも言いたげに、キザな仕草でジェスチャーを加える。祐巳はそれだけで尻尾を膨らませて威嚇しだし(たように見え)た。
「リリアンの防犯に協力してくれるって言い出したのは優さんでしょう?」
「いや、協力はするさ。でもボクは、どちらかと言えば、攻められるより攻めるほうでね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「はっはっはっ。冗談だよ、さっちゃん」
「・・・・・・あなたが言うと、冗談に聞こえないのよ」
「まあまあ、そう怒らないで。謹んで協力させていただくよ」
そう言うと優は、胸の前に手を当てて一礼する。まるでこれからダンスに誘うかのようなポーズを取った。祐巳はそれだけでシャーっと唸り声を上げて牙を剥い(たかのように思え)た。
「・・・それでは発表会を始めます」
祥子が気を取り直して宣言すると、一同が背筋を正した。
「その前に由乃ちゃん」
「はい?」
「・・・・・・あなた失格」
「何でですか?!まだ何も見せてないのに!」
「その手に持っている催涙スプレー。それを使う気だったのでしょう?」
「いけませんか?軽くて使いやすいし、犯罪者の行動は止められるしで、一石二鳥じゃないですか!」
「奪い取られたら、どうするの?」
「・・・・・・・・・・・・あっ」
由乃は指摘された事に反論できず、おとなしく席に着いた。
「基本的に武器の使用はNGよ。奪い取られる危険があるから。奪い取られた武器は、相手が使ってしまうからね」
「・・・それじゃあ、私もダメですね」
志摩子が残念そうに言う。
「あなた何を持ってきたの?」
祥子は興味を持ち、聞いてみた。すると志摩子は「大したものではないのですけど」とか言いながら、カバンの中から鞘に納まった短い日本刀を取り出した。全長約四十cm、いわゆる“脇差”というやつであった。
「な、何考えてるの!奪われたらどうとかっていう事の前に、そんな物持ち歩いたら銃刀法違反で自分が捕まるわよ!っていうかアナタ、良くそんな物持って通学できたわね!」
懐に脇差を忍ばせて通学する少女。考えてみれば、かなりシュールな光景である。
祥子は思わず大声で怒鳴ったが・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああっ?」
志摩子の反応は、トコトン鈍かった。
「気付かなかったわ。私ったら・・・」
「気付こうよ志摩子さん。ってゆーかドコから持ってきたの?そんな物騒な物」
祐巳が思わずつっ込むと、志摩子はおっとりと喋り出した。
「父が、大和撫子の身を護る武器と言えば、昔から薙刀かコレだって・・・」
「ああー、あのお父様かぁ。なんか納得」
「とにかく!武器は禁止よ!ましてや日本刀だなんて・・・」
「あの、脇差って言うんですけど・・・」
志摩子は律儀に訂正してみたが
「どっちでも良いわよ!そんな事!」
やはり祥子に一蹴された。
「まったく・・・何を考えているのよ」
「そんなに言うなら、祥子がまず見本を示してあげれば?」
と、令が言った。祥子は一瞬令をにらんだが、令は決して嫌味で言っている訳ではなかったので、まずは自分が手本を見せる事にした。
「判ったわ。じゃあ優さん、お手伝いお願いね」
「フッ・・・お手柔らかに頼むよ」
優はそう言って髪を掻き揚げた。祐巳はそれを見てなんだか呆れてしまい、威嚇するのをやめた。
祥子は静かに優と対峙する。
「ボクは何かアクションを起こしたほうが良いのかい?」
「いえ、そのままで結構よ。余程武道の心得が無い限り、つかまってしまえば大声を上げるくらいしか出来なくなるわ。この発表会はあくまでも、つかまる前に相手の動きを止める方法を模索する物よ」
「なるほど、了解した」
そのまま優は立ち尽くしている。
数秒後、祥子はふいにポケットに手を入れた。そして・・・

チャリ────ン・・・・・・

小銭をばら撒いた。
「・・・・・・・・・・・・何それ?」
思わず令が祥子に問いかけた。
「人間の習性を利用したのよ。誰でも小銭が落ちた音を聞けば、地面に目を向けるでしょう?その隙に逃げるのよ」
確かに、人間の悲しい習性として、小銭の音には反応してしまうものだ。しかし、なんだか発想が・・・その・・・庶民を見下しているような気が・・・
祐巳は「なんだかストリートチルドレンを自分から遠ざけるために、わざと遠くに小銭をばら撒く一部地域のお金持ちみたいだなぁ」とか思ったが、なんとなく怖くて口には出せなかった。
「いや・・・まあ・・・・・・条件反射を利用したって所はスゴイ・・・かな?うん」
「何よ令、なんだか不服そうね?」
「いや、そんな事は無いよ?ただね、ちょっと経済的には厳しいかなー?って」
「たかだか数百円で助かるなら安いものでしょう?」
(いや・・・そうじゃなくて・・・・・・・・・金で解決するって発想がどうも・・・)
令は説明するのが面倒になり、話を進める事にした。
「じゃあ次、祐巳ちゃん行ってみる?」
「それじゃあ、福沢祐巳、発表させてもらいます」
祐巳はそう言って、優の前に立った。
(・・・なんだか、真正面に立たれると緊張感無さ過ぎて、襲おうって気にさせない子だなぁ)
優はそんな事を考えて立っていた。すると突然、祐巳が窓の方を見て、ビクッと身をすくめた。
(・・・?)
優も何気なく窓の方を見た。
(何も無いじゃないか)
視線を正面に戻すと、すでにそこには祐巳の姿は無かった。
「・・・・・・あっ」
間の抜けた声を上げる優の横で、祐巳の声がした。
「これも、お姉さまのように人間の習性を利用してみたんです。何かに注目している人がいると、それが何か判らなくても思わず同じ方向を見てしまうと聞いた事があったんで、昨夜祐麒で実験してみたら、うまくいったんです」
一同が「おおー」と関心の声を上げる。
「スゴイわ祐巳さん!普段からは想像できないくらいの頭脳プレーじゃない」
「本当に。祐巳さんが考えたとは思えないくらい素晴らしいアイディアだわ」
「まさかあの祐巳さまが人間の習性を利用するなんて・・・」
「いや、驚いた!祐巳ちゃんが騙されるんじゃなく騙す方に回れるなんて」
「・・・・・・・・・・・・祐巳。私よりもウケたわね?」
全員が賞賛・・・・・・・・・だかなんだか判らないが、とりあえず驚きの声を上げた。一部、単なるひがみも聞こえていたが。
「えっと・・・・・・ありがとう・・・ございます・・・・・・・・・・みんな実は私の事キライですか?」
祐巳も素直に喜んで良いのかどうか判らなかった。
そんな祐巳を励ましたのは、なんと優であった。
「祐巳ちゃん。これは、素直に賞賛に値するアイディアだよ。目の前で見ていて騙されたボクが言うんだから、間違い無いよ?」
そんなふうに、優しく祐巳を称えた。
祐巳はニッコリ笑うと、優の目を真っ直ぐ見てハッキリとこう言った。
「柏木さんに褒められても嬉しくありませんよ?」
「・・・・・・フッ。以外と手厳しいね祐巳ちゃん」
どうやらニッコリ笑うというよりも「嘲笑」だったようだ。
笑顔を崩さずに髪を掻き揚げてみせた優だが、ちょっぴり傷ついていた。
「いやあ祐巳ちゃん、本当に良かったよ。祥子のアイディアより良いんじゃないかな?うん」
「偉そうに・・・そう言う令は、どんなアイディアを持ってきたのよ?」
祥子が不機嫌に言うと、令は自信満々に言い放った。
「私のは“コレ”よ」
言いながら、右手を掲げてみせた。
「手?令、判っているの?武術の心得が無い子もいるのよ?」
祥子がたしなめるように言うが、令は余裕の微笑みを見せた。
「別に空手チョップとかを使えって訳じゃないわよ。アイディアは、この手に“塗って”あるわ」
「“塗って”ある?」
祥子が不思議そうに聞き返した。
「そう。白コショウを塗って・・・っていうかまぶしてあるの。コレなら、相手の目鼻に触れるだけで有効だから、先手を取ってしまえば、かなり有効だと思わない?」
あいかわらず自信満々な令に、祥子は一言呟く。
「・・・・・・・・・令。目ヤニが付いてるわよ?」
「え?嘘、ドコ?」
そう言われた令は、目元を擦った。
右手で。
「・・・・・・うあぁぁぁぁ?!目がぁ!私の目がぁぁぁぁ!!」
「馬鹿ね。そんな手で日常生活が送れる訳無いじゃないの」
祥子は冷たく吐き捨てた。恐らく、自分のアイディアに賞賛が無かった事に対する八つ当たりであろう。
床でのた打ち回る令と、その令を必死に押さえつけてタオルで顔を拭こうとしている由乃を置き去りにして、祥子は発表会を進めた。
「じゃあ、最後。乃梨子ちゃん?」
「はい」
乃梨子は静かに立ち上がった。
「私のアイディアは、ちょっと実行するのに覚悟がいるかも知れません。それが最大の欠点ですね。しかし、実行すると決めさえすれば、確実な効果があります」
乃梨子はそう言うと、優の前に立った。
「お手柔らかにね?ラストバッターさん」
優がそう言い終えたと同時に、乃梨子は前に出た。
(?!)
とっさの事で、優が反応できずにいると、乃梨子は鷲づかみにした。

キ○タマを

「うごぁぁぁぁあっ!!」
突然の激痛に、思わず優は絶叫していた。それはそうだろう、そこは、女性には判らない“急所”なのだから。なんと表現すれば良いのだろう?股間にある全ての神経を、台の上にムキだしで乗せて、ハンマーで叩いたような感じだろうか?
「ぐぁぁぁっ!!キ、キン○マは反則・・・うおわぁぁあぁぁっ!?」
乃梨子はつかんでいたモノを捻りあげ、優に足払いをかけて倒した。そして冷静に語り出す。
「これは、発想の転換です。襲われる前に襲う事で相手の虚をつき、しかも女子の握力でも効果的な痛みを与える事ができます」
言いながら、乃梨子はさらに優に馬乗りになった。
「そしてこちらが襲う立場になってしまえば、相手は突然の事態に萎縮し、次の行動には移れません」
確かに優は、イキナリの展開と痛みに、どうする事もできずにいた。
・・・だってまだつかまれていたから。キンタ○を。
「確かに有効みたいね。いうなれば、痴漢撃退の一歩進んだテクニックというトコロかしら?」
祥子は激痛にうめく優を見下ろしながら呟いた。
「でも、それには相当な覚悟がいるわ。一長一短ってトコロね、難しいものだわ。もう一度考え直してみる必要がありそうね」
そう言いながら、祥子は祐巳を伴なって、薔薇の館から出て行こうとしている。
「ぬおわぁぁぁっ!さ!さっちゃん!!ちょ・・・ま・・・・・イダダダダ?!」
「お姉さま、ほっといて良いんですか?」
祐巳がチラっと優の方を見ながら聞く。
「・・・・・・祐巳」
「はい?」
「アレに係わりたい?」
祥子が優(と優に馬乗りになった乃梨子)を指差して祐巳に問いただす。
「・・・・・・・・・帰りましょう、お姉さま」
「ええ、それが良いわ」
「そんな?!ボクはどうなぁぁぁぁぁぁぁっ!!!放し・・・てぇぇぇっ!!」
紅薔薇姉妹は、薔薇の館から出て行った。
「き、君ぃ!いつまでそうしてる・・・うわ!何?ちょ・・・ええっ?!」
抗議する優を物ともせず、乃梨子は優のシャツを引き裂きにかかった。
「何してるんだ?!ていうかもう終わりで良いだろう?さっちゃん達帰ったぞ!」
もはや泣きの入っている優が懇願するが、乃梨子はボソッと呟いた。
「人間って、どのくらいの傷からトラウマになるんでしょうね?」
表情が無いのが、メチャメチャ怖かった。
「たぁぁあすけてぇぇぇぇぇぇ!!マジでぇぇぇぇぇぇ!」
優の心にはすでにトラウマが植えつけられていてもおかしくなかった。
逃げ出そうとしても、切り裂かれたシャツが体を縛り付けていて、マトモに動けない。優は絶望感に支配されつつある中、視界の中に一筋の光を見出した。
「藤堂さん!ちょっと、妹さんを止めてくれ!!頼むから!」
そう。仲良く床に転がっている黄薔薇姉妹はともかく、志摩子がまだ薔薇の館の中に残っていたのだ。
「・・・・・・・・・え?」
だがしかし、この反応の鈍さで果たして乃梨子を止められるのか?だいたい、優と乃梨子の攻防の意味が、今ひとつ判って無いようで、不思議そうにこちらを見ている。
しかし、優に残された希望は彼女だけなのだ。優はもう一度、必死の思いで呼びかけた。
「頼む!藤堂さん!助けてくれ!!」
志摩子は何か考え込んだ後、オモムロにこう言った。
「えっと・・・乃梨子?」
「何?志摩子さん」
「・・・・・・・・・・何か手伝う事はある?」
「助けるのはそっちじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


その後、何があったのかは、白薔薇姉妹も優(生きてた)も決して口を割らなかったので、この発表会の結末は永遠の謎となった。
ちなみにこの後、リリアンには恐ろしい痴女が出るという噂が広がり、結果的にリリアンの痴漢被害は減少したと言う。


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