【282】 ダンス・イン・ザ・パラレル  (いぬいぬ 2005-07-31 05:00:49)


さわやかな朝日の中、今日も福沢祐巳はリリアン女学園への道を、てくてくと歩いていた。
「良い天気だなぁ。今日は何か良い事ありそうな気がするな」
上機嫌で歩いている祐巳に、誰かが挨拶の声をかけてくる。
「ごきげんよう」
声の主は志摩子だった。
「ごきげんよう、志摩子さん」
そう元気良く返事をする祐巳に、志摩子はなんだか不思議なモノを見るような目を向けている。
「どうしたの?志摩子さん」
「・・・・・・・・・志摩子“さん”?」
「え?何かおかしい?」
「祐巳“ちゃん”。あまり口うるさくする気は無いけれど、上級生には“さま”をつけるものでしょう?」
「・・・・・・・・・え?」
「昨日までは、ちゃんと志摩子“さま”って呼んでくれてたじゃない」
「え?え?じょ、上級生?」
志摩子が何を言っているのか、祐巳にはさっぱり判らなかった。それはそうだろう、昨日までは確かに同級生だった人物が、突然上級生だと主張し始めたのだから。
(えっと・・・今日はエイプリル・フールじゃないし・・・そもそも志摩子さんはこんな嘘つく人じゃないはずだし)
混乱する祐巳に、突然うしろから抱きつく者が現れた。
「ふぎゃぁ!!」
「あっはっは。祐巳ちゃん、相変わらず個性的な悲鳴上げるね。もしかして前世は猫?」
そんな事をしでかす人間も、そんなからかい方をする人間も、祐巳には一人しか思い当たらない。
でもおかしい、いくらなんでも大学をほっぽりだして、朝からこんな事をしに来るほど、あの人も暇じゃないはず。祐巳はそう思いながら振り返った。
「もう!こんな朝からどうしたんですか聖・・・」
そして、振り返ったまま固まってしまった。
「あれ?どうしたの祐巳“ちゃん”。おーい」
そう言いながら、祐巳の顔の前でヒラヒラと手を振っているのは、なんと乃梨子であった。
「な・な・な・なん・・・」
「まったく。朝から元気ね紅薔薇さま」
言葉にならないほど混乱している祐巳に、志摩子がさらに追い討ちとなる言葉を言った。
(紅薔薇さま?!乃梨子ちゃんが?)
「あら、ご挨拶ね、白薔薇さま。スキンシップよスキンシップ♪」
志摩子はそんな乃梨子に溜息をつきながら、小言を言い出した。
「ほんとに・・・あなたと良い、あなたの孫と良い、なんで紅薔薇家はスキンシップ過多なのかしら・・・」
「あはははは!スキンシップ過多は否定できないな」
乃梨子はさらにとんでもない事を言い出した。
「蓉子は私の隔世遺伝なのよ、きっと」
(蓉子?!いや、蓉子さまはたしかに紅薔薇の一員だけど、スキンシップ過多って?)
自分のイメージとあまりにもかけはなれた乃梨子と蓉子に、祐巳は頭がクラクラしてきた。
(え?ちょっと待って。乃梨子ちゃんの孫って事は、乃梨子ちゃん三年生?そんで、蓉子さまが一年生って事?)
もはや祐巳の中の常識は、跡形も無く破壊されている。そんな祐巳に、さらに二人の人物が追い討ちをかけてくる。
「・・・・・・お姉さま。お戯れも程々にしないと・・・」
苦々しい顔で、聖が乃梨子に苦言を呈する。
(お姉さま?!乃梨子ちゃんが聖さまの?)
祐巳は、真面目な顔でそう注意している聖を、信じられない思いで見つめていた。
「あら聖、ごきげんよう。ずいぶんな朝の挨拶じゃない?」
乃梨子がウインク(祐巳の中では、これもありえなかった)しながら、聖に言い返した。
「お願いですから、もう少し自制心という物を身に付けて下さい・・・」
聖が溜息と共に意見する。その生真面目そうな聖に、祐巳は(あんたが言うな)と、内心ツッコミを入れていた。
「おおげさね、聖は。このくらいのスキンシップなんて、大した事ないじゃない。ねぇ?蓉子“ちゃん”」
乃梨子は蓉子に問いかけた。そこで祐巳はまた、ありえない光景を目にする。
「そうですね、お姉さまは少し生真面目すぎます。このくらいなら、挨拶のうちですわ」
そう言いながら、蓉子が聖の腕にしがみついた。それもご丁寧に胸を押し付けるようにして。
「ちょ・・・蓉子!あなたまでそんな事するなんて!」
(うわー・・・赤面する聖さまって初めて見るなぁ)
祐巳は少しだけ状況に慣れつつあった。
赤面する聖を挟み、乃梨子と蓉子が微笑む。
(なんて言うか・・・普段マジメな人が反動でイッキに壊れちゃったみたい)
祐巳は内心、とても失礼な事を考えていた。だが、確かに“あの”真面目そうな乃梨子と蓉子を知る者なら、“この”嬉しそうにスキンシップを楽しむ二人を見て、そんな感想を持つかも知れない。いや、むしろ「大丈夫ですか?!」と声をかけないだけ、祐巳は冷静かも知れない。
(それにしても・・・この状況はなんなんだろう?・・・あ!もしかして、パラレル・ワールドってヤツ?)
そう、確かに祐巳はパラレル・ワールドに迷い込んでいた。
パラレル・ワールド。それは、自分の住む世界と隣り合わせでありながら、少しづつ自分の世界とは何かがズレている世界。祐巳はSF小説で読んだ知識を思い出していた。何がきっかけで迷い込んだのかは判らないが、間違い無く、ココは祐巳の住んでいた世界ではなさそうだ。
(うわ、どうしよう?とりあえず、自分の周りの事を観察しなきゃ。へたに動いたら“この”世界で変人扱いされちゃうだろうから)
意外にも窮地に強い祐巳だった。パニックにならずに状況判断ができるのだから、その度胸は大した物だ。
(えっと・・・とりあえず紅薔薇家は・・・)

三年生 “紅薔薇さま” 乃梨子
二年生 “蕾” 聖
一年生 “蕾の妹” 蓉子

(って事で良いみたいだけど・・・そういえば志摩子さんは乃梨子ちゃんに白薔薇さまって呼ばれてたっけ)
少ない脳細胞で、必死に状況を整理しようとしている祐巳に、挨拶してくる者がいた。
「ごきげんよう、祐巳」
(瞳子ちゃんだ・・・って呼び捨て?・・・・・・という事は、上級生?)
「ごきげんよう・・・・・・瞳子さま」
祐巳はとりあえず、上級生としての瞳子に挨拶を返す。しかし、瞳子は不思議そうな顔で祐巳を見つめている。
(あれ?間違えたかな?でも、私の事呼び捨てにしたって事は上級生じゃ・・・あっ!乃梨子ちゃんみたいに、同級生でも呼び捨てにする人もいたんだっけ)
祐巳があれこれ考えていると、志摩子がとんでもない事を言い出した。
「どうしたの?祐巳“ちゃん”。お姉さまの顔を忘れちゃったの?」
「お姉さま?!」
祐巳は思わず声に出してしまっていた。その声を聞いた瞳子が、突然泣きそうな顔になる。
「祐巳・・・確かに私は可南子“ちゃん”とも仲良くしてたけど、妹にしたのはあなたよ!それとも、こんな頼りない姉じゃあ嫌なの?」
(うわー、瞳子ちゃんも、こんな感情むき出しの顔するんだぁ・・・って可南子ちゃんも私と同級生なのか)
祐巳が思わず「良いもの見ちゃった」みたいな感慨に浸っていると、志摩子が尚も爆弾を投下する。
「瞳子・・・あなた本当に顔に出易いわねぇ。祐巳“ちゃん”も困っているじゃない。その百面相も相変わらずね?」
(百面相?瞳子ちゃんが?それに“頼りない姉”とか言ってたな・・・)
爆弾は瞳子からも投下された。
「・・・私は祐巳みたいに“女優”じゃありませんから。お姉さまだってそんな私で良いって言ってくれたじゃないですか」
拗ねた顔(祐巳はまた“良いもの見た”と思っていた)で言う瞳子。どうやら志摩子が瞳子の姉らしい。
(私が“女優”って・・・想像つかないなぁ、この世界本来の私。ん?志摩子さんが白薔薇さまだったから・・・瞳子ちゃんはその蕾?そんでもって私がその妹?)
つまり

三年生 “白薔薇さま” 志摩子
二年生 “蕾” 瞳子
一年生 “蕾の妹” 祐巳

らしい。
(うわー。私、白薔薇家なのかぁ・・・)
祐巳がそんな事を考えている横で、瞳子がまだ心配そうに祐巳を見つめていた。
「・・・お姉さま。そんな情けない顔をしないで下さい。仮にも白薔薇の蕾なのですから、もう少し威厳を持っていただかないと・・・」
祐巳はとりあえず、自分の知る瞳子を演じてみた。
状況に慣れただけでなく、順応までし始めている祐巳であった。なかなかズ太い神経かも知れない。
どうやら、この世界本来の祐巳は、祐巳の知る瞳子に近いらしく、目の前の瞳子は、やっと安心した表情を見せた。
「うん、ごめんね祐巳。私ももう少ししっかりしなきゃね」
そう言って微笑む瞳子に、祐巳は(カワイイなぁ・・・これはこれでアリだな)などと考えていた。
順応早すぎないか?祐巳。
(それにしても、みんなユカイな事になってるのに、志摩子さんは上級生になっただけで、そんなに変わって無いなぁ)
祐巳がそんな事を考えていると、突然、瞳子が志摩子に詰め寄った。
「お姉さま、出して下さい」
「・・・・・・・・・何を?」
「とぼけないで下さい!今朝、小寓寺の住職、つまりお姉さまのお父様から電話がありました。また仏像を持ち出したんですって?!」
「・・・・・・・・・バレたか」
志摩子は溜息をつき、カバンから仏像を取り出した。
「まったく・・・まだ諦めてなかったんですか?“リリアン仏教化計画”」
(仏教化計画?!何それ?)
「だって私、キリスト教嫌いなんだもの・・・」
拗ねた口調で志摩子がとんでもない事を言い出した。
(キリスト教が嫌い?えぇっ?!“こっち”の志摩子さんて、シスター目指してないの?)
祐巳が驚いていると、尚も志摩子が言う。
「お寺の娘なんだから、周りを仏像で囲まれてたほうが落ち着くのよ。あなたも私の家に来た事があるんだから、判るでしょう?」
志摩子が訴えかけるが、瞳子は即座に否定した。
「また白々しい事を言って・・・お姉さまはただ単に仏像マニアなだけでしょう?」
「・・・良いじゃない。お寺の娘が仏像マニアで何が悪いの?だいたい、私は最初からリリアンに通う気は無かったって言ったじゃない」
(うわ〜、乃梨子ちゃんのパワーアップ・バージョン・・・・・・てゆーかタチ悪いバージョン?)
どうやら、志摩子もイイ感じに壊れているらしい。その隣りでは、乃梨子が「仏像なんか、ドコが良いんだか」などと言って、祐巳の混乱に拍車をかけていたりする。
(それにしても、私のいた“あの”世界に“この”世界の私が行ってるんだろうか?だとしたら、同じように苦労してるだろうなぁ・・・)
いや、意外と順応してるかも知れないぞ?なんせ“あっち”もオマエなんだから。
(あれ?そう言えば、黄薔薇家は?)
祐巳に他人の事を気にする余裕が出てきた頃、見覚えのある顔が三人、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。向こうもこちらに気付いて挨拶してくる。
「ごきげんよう」
まず由乃が挨拶をしてきた。その後ろには、令と江利子の姿が見える。
(ああ、この世界でも、黄薔薇家の構成は同じなんだ・・・・・・・・・なんかツマンナイな)
祐巳が内心、失礼な感想を述べていると、黄薔薇家からも爆弾が投下された。
「どうしたの?みんなで集まっちゃって。何かあったの?志摩子」
由乃が志摩子に質問した。
(えっ?由乃さんが三年生なの?一番ちっさいのに?)
祐巳が失礼極まりない感想を持っていると、さらに爆弾投下。こんどは令からだった。
「由乃さま、相変わらず面白そうな事に飢えてますね。そんなに面白い事が好きなら、鏡でもご覧になったらいかがですか?」
なんと、令が由乃に嫌味タップリな発言をカマしたのだ。
(ええっ?!由乃さんと令さま仲悪いの?)
祐巳が驚いていると、さらに信じられない光景が展開された。
「令・・・お姉さまに失礼な事言わないの」
江利子がオロオロと令を止めに入ったのだ。
(うわぁ、江利子さまが間に挟まれてオロオロする立場なんだ・・・あの、面白い事のためなら傍若無人そうな江利子さまが。これはこれで面白いなぁ)
祐巳が失礼な喜びかたをしている横で、黄薔薇家はさらにヒートアップしてゆく。
「あら?令ちゃん。鏡を見るくらいなら、令ちゃんを見ていたほうが飽きないわよ?」
余裕シャクシャクで、由乃が令をいなしている。
「どういう意味ですか!黄薔薇さま!」
令がエキサイトしている。なかなかの青信号っぷりだ。
「言葉のとおりよ?令ちゃん。あなたの顔も性格も飽きないわぁ♪」
「・・・性格なら、無駄に捻じ曲がってそうな黄薔薇さまのほうが、見てて飽きないんじゃないですか?」
「・・・・・・なかなか言うようになったじゃない」
「二人とも・・・そのへんにしといたほうが・・・」
江利子が困った顔で言うと、左右から同時に言われる。
『江利子(ちゃん)は黙ってて!』
「・・・・・・はい」
うなだれる江利子。それを見て、祐巳は笑いをこらえるのに必死だった。
(へたれてる!へたれてるよ!江利子さまが!ぷぷっ!ヤバイ、笑いそうだ)
祐巳は大喜びだった。
・・・ずいぶん余裕あるなオイ。異世界に飛ばされた身分で。
(いや〜、面白いな、この世界。・・・・・・あれ?でも何か足りないような?)
祐巳はふと、違和感を覚えた。何か大切な事を忘れているような気がするのだ。
(ん〜と・・・あれぇ?何が足りないんだろう・・・・・・え〜と・・・)
祐巳は必死に思い出そうとしている。
(ん〜・・・あっ!!)
そして思い出した。
(私のお姉さま!祥子さまがいない!うっわ、すっかり忘れてたわ!)
・・・オマエ、本当に祥子の妹か?
元いた“あっち”の世界なら、確実に祥子にシバき倒されているであろう、祐巳の祥子に対する扱いだが、一度思い出してしまうと、祐巳は祥子の所在を確認せずにはいられなくなった。
(どこにいるんだろう?てゆーかどんな存在なんだろう?“この”世界の祥子さま。あれ?えっと、黄薔薇家が)

三年生 “黄薔薇さま” 由乃
二年生 “蕾” 江利子
一年生 “蕾の妹” 令

(・・・だったから・・・・・・山百合会の幹部じゃ無い?!うわ、何してるんだろう?“この”世界の祥子さま)
祥子の存在が気になって仕方ない祐巳は、なんとなく周りを見回してみた。
(ここにいるとは限らないかもなぁ)
しかし、そこはやはり“あっち”の世界で姉妹だった二人、強い繋がりがあったようで・・・
(・・・ん?あれは!)
見つけたのだ。
(祥子さま・・・ってカメラ構えてる?!)
茂みの中に。
どうやら、“コッチ”の世界では、蔦子ではなく、祥子がカメラちゃんとして君臨しているらしい。
(そうなんだぁ・・・“こっち”では祥子さま、あのポジションなんだぁ・・・)
祐巳が祥子を見つけてホっとしていると、由乃が叫んだ。
「あ!また来てるわよ、あの変態!」
明らかに祥子を指差して叫んでいる。
(え?どういう事?“こっち”の世界じゃ、“カメラちゃん”は認知されてないの?)
祐巳が驚いていると、祥子は逃げ出してしまったようだ。
「まったく、忌々しい!今度来たら、竹刀で成敗してやるわ」
令が憤慨した様子で言う。祐巳は、状況が判らず、思わず隣りにいた瞳子に事情を聞いてみた。
「あの、お姉さま・・・今のはいったい?」
「あれ?祐巳は知らなかった?今の変態」
逆に不思議そうに聞き返されてしまったが、瞳子は説明してくれた。
「リリアンの生徒を狙う、変態カメラウーマンよ。隙あらば狙ってくるから、あなたも気を付けてね?」
「でも、同じ女性なんですから、変態扱いは可哀そうな気が・・・」
さすがにいたたまれなくなって、祐巳がフォローを入れると、逆に瞳子に聞かれた。
「だって、あの人ハタチ越えてるのよ?」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
「元々はリリアンの生徒だったらしいけど、青春の輝きを撮るのが自分の使命だとか言い出して、もう何年もリリアンに潜み続けてるらしいのよ」
瞳子は呆れ果てた様子で言う。
「なんか、どこかの財閥の一人娘らしくて、働かなくてもカメラにお金かけられるんだそうよ。世の中間違ってるわよね」
忌々しげに聖が呟く。
「いわゆるアレね・・・えっと・・・・・・ニート?」
乃梨子がトドメとなる一言を言う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イヤ」
「どうしたの?祐巳ちゃん」
江利子が心配そうに聞いてくるが、祐巳はもう限界だった。
「そんなお姉さまはイヤァァァァァァァァァッ!!!!」
祐巳が絶叫する。
「どうしたの祐巳!私が何?」
瞳子も心配そうだが、もはや祐巳の耳には届いていなかった。
「こんな設定、もうイヤァァァッ!!」
祐巳はただ泣き叫ぶばかりであった。







「・・・・・・・・・・・・・・・巳。祐巳」
「うぅ・・・もうイヤ・・・・・・耐えられない・・・・・・」
「祐巳!どうしたの?何がイヤなの?」
「うぇあ?・・・・・・あれ?夢?」
「もう・・・・・・うなされてるから、心配したのよ?」
そう言って微笑んだのは、祥子だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お姉さま?」
祐巳は恐る恐る聞いてみた。
「そうよ?大丈夫?祐巳。まだ寝ぼけているのかしら」
「いえ!おかげで目が覚めました!」
祐巳は慌てて立ち上がった。
「良かった。あまり心配をかけないでね?祐巳」
「ごめんなさい、お姉さま」
祐巳は祥子の胸に飛び込み、思いっきり甘えてみた。
「どうしたの?こんなに甘えてくるなんて、珍しいわね」
「・・・・・・もう少しだけ、このままで良いですか?お姉さま」
「ええ。あなたが安心するまで好きにしなさい」
今はただ、祥子の暖かさが嬉しかった。祐巳は心の中で祥子に謝る。
(ごめんなさい、お姉さま)
やはり祐巳にとって、一番大切なのは祥子だったようだ。
(“あっち”は“あっち”で面白かったけど、やっぱりお姉さまがいないと、私はダメみたいです)
そんな祐巳を、祥子も黙って抱きしめている。
そして祥子は、こう祐巳に問いかけてきた。
「祐巳。寝ぼけて、あの約束まで忘れていないでしょうね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「もう・・・本当に忘れてないでしょうね?クリスマス・イブの午後五時。M駅の三〜四番線ホームだからね」
「ソレって・・・・・・」
「一緒に逃げましょう。祐巳」
「どっかで聞いた覚えが・・・」
「大丈夫、私たちはきっとうまくやっていける。知らない土地に行って、誰にも邪魔されずに生きていきましょう」
「生きて?」
「そうよ」
祐巳はうつむいて振るえ出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違う」
「祐巳?」
「ここも違────う!!ドコ?私の本当のお姉さまはドコ?!」
祐巳はすでに錯乱していた。
「祐巳?!何を言っているの?私はココよ?」
「イィィィィィヤァァァァァァァァァッ!!!!!もう、おうち帰るぅ〜!!」
お聖堂の裏手に、祐巳の絶叫が響き渡った。





ガンバレ祐巳!そのうちパラレル・ワールドを全て通過したら、一周して元に戻ってくるはずだ!







・・・・・・たぶん。


一つ戻る   一つ進む