【No:2843】の続き、です。
人ってつくづく現金なものだ。
祐巳は、少しだけ自分に呆れた。
あれだけ辛く、苦しかった訓練のことだ。たった一つ、祐巳が自分が人並みに、いや、それ以上にこなせる訓練を見つけたのである。
『この世界』にやってきてからというもの、常に圧倒されっぱなしだった祐巳にとって、戦術機の操縦は、初めてすんなりと受け入れることのできることだった。今までの訓練に比べれば格段に楽で、こう言ってはなんだが、訓練するのが楽しくすらある。相性がよかったのだろうか。コックピットで感じる振動に慣れて嘔吐しなくなってからは、祐巳は戦術機が見せてくれる光景に夢中になった。何冊もある分厚い教本も隅々まで読み込んだ。戦術機は、これから祐巳が軍人になるにあたり、戦場で命を預けることになる兵器だ。
今までと違って、その訓練がゲームみたいで楽しいから、ここまでのめり込むのだろうか。
そんなの、どうだっていい。動機なんて、他人から見ればどうでもいいことだ。大事なのは、結果を出すこと。自分も楽しいし、それで操縦技術が向上するのなら、いいことだらけだ。
今、祐巳は調子がいい。操縦訓練や、戦術機に関する座学の割合が増えたせいで、祐巳の苦手だった訓練が減っているということもある。それにしたって、ついこの前まで世界が終わったみたいな――ある意味間違いではないのだけれど――悲壮感を背負っていたのに。
この日の訓練は、実機による模擬戦闘訓練だった。仮想敵は2機の教官機。こちらは、1個小隊の4機で相対する。
「03と04は先行して。01と02で支援するわ」
「了解」
この模擬戦で、小隊を率いる克美が採った戦術は、オーソドックスなものだった。祐巳と景さんの2機で教官機を足止めし、克美さんと静さんが仕留めるのだ。数的有利を生かした確固撃破を目論む。
BETAとの戦闘を想定しての訓練というよりは、操縦訓練の一環としての性格の方が強い。現状では、対戦術機戦が起きる――つまり人間同士で戦争をする――余裕なんて人類にはない。
今訓練をしている演習場は、BETAの本州侵攻の際に放棄された旧川崎市にある。廃墟となった建造物が遮蔽物になっており、敵の位置を常にレーダーが追っていてくれるとは限らない。だが、その条件は向こうも同じ。移動の際に生じる音や、砂塵を捉えてだいたいの目星をつける。
04の機体を操縦する祐巳は、突撃前衛の役割を担っている。敵と一番近い距離で交戦することになるので、隊の中でも一番の腕利きが突撃前衛となる。たった4機からなる小さな所帯だけれど、これが今の祐巳の居場所だ。
「行きます」
2機の教官機の動きを察知した祐巳が距離を詰めべく、突撃した。それに、景さんの03が追随する。
「援護射撃」
そのままだと単なる標的に過ぎない03と04だが、相手に撃たせないために克美さんの01と静さんの02が弾をばら撒いて祐巳たちの前進を支援する。対戦術機戦闘においては、ここで敵の砲撃を受けて撃墜するリスクを減らす、という程度の気休めに過ぎない。いくら万全を期しても、敵も牽制のつもりで撃った弾に被弾してしまうことだってあるのだ。けれど、同時に祐巳の動きに釣られて敵が応射してくると、そこから正確な位置を割り出すことも可能だ。
この廃墟と化した町並みは、祐巳たちや他の衛士の訓練にも使用されているので、訓練用のペイント弾であちこちカラフルに彩られている。そんな中を風を切り、砂塵を巻き上げながら進撃する。網膜に直接投影される各種情報が目まぐるしく変化する。
援護射撃開始直後は、相手も隠れている。だが、数秒経過して射線がずれているのを確認すると、撃ち返して来る。それに被弾しなければ、今度はこちらが遮蔽に隠れる番になる。そして、相手の射撃をやり過ごし、その攻撃位置を割り出してまたこちらが前進する、ということを繰り返して距離を詰める。教官機の方としては、祐巳と景さんとの距離を逆に詰めて接近戦に持ち込み、味方を誤射するというリスクを発生させて克美さんと静さんの援護射撃を封じるという戦術を選択することもできる。事実、過去に何度もそれをやられているけれど、今は一定の距離を保ちながら戦うことを選択しているようだ。
2機とはいえ、技術に勝る教官機はそう簡単には足を止めてくれない。
「後方に敵機!」
その時、02の静さんが悲鳴を上げるように叫んだ。
「回り込まれた!?」
克美さんの声も緊迫している。
戦術機部隊は、2機連携(エレメント)を最小の単位として運用されるのだけれど、もちろん実際の戦場で杓子定規にその通りになるわけがない。教官たちは祐巳と景さんと、克美さんと静さんの距離が離れたと見るや、分断して2対1の形に持ち込んだのだ。気付かなかった。完全な不意打ちである。
「01、02、撃墜判定」
戦術機管制官がいるCP(コマンドポスト)からの通信で、克美さんと静さんが撃破されたのを知る。それとほぼ同時に、01、02との機体の情報リンクが解除された。
残る祐巳たちもペイント弾の一斉射に曝される。それを何とかビルの陰に隠れてやり過ごした。
「03、撃墜判定」
今の攻撃で、景さんもやられてしまった。教官に翻弄されるのは、仕方がないとはいえ、何もできないままに、3機が撃破された。
だが、今の攻撃で、距離が近い方の教官機の正確な位置が判明した。01と02を撃破した方の教官機とは若干距離がある。祐巳は、遠い方の教官機に牽制射撃を行い、それに応じて遮蔽物に隠れたと見るや、近い方の教官機に一斉射撃を行いながら突っ込んだ。隠れているために命中することはないけれど、位置が分かっているため集弾が正確なので、向こうは動けない。
祐巳はペイント弾を撃っていた突撃砲を機体の腰の部分に固定すると、近接戦用の模擬刀を装備した。一気に距離を詰めて、攻撃する。教官機は回避したが、祐巳も簡単には逃がさない。再度模擬刀で斬りかかる。今度は逃がさず、教官機1撃破。その直後に、位置を割り出されたがために遠くにいた方の教官機の狙撃を受けて祐巳の機体にも撃破判定が下された。
「本当にすごいわね。教官を撃墜するだなんて」
夜。寝る前に今日の模擬戦の反省会を行う。もちろん、訓練の直後に教官を交えてブリーフィングを行っているのだけれど、自分たちにどんな戦い方ができるか、するべきなのかということを話し合うには時間が足りないのだ。
「いいえ。皆さんが粘ってくれたおかげで相手の正確な位置が分かりました。それでたまたま残った私がやっただけですよ」
克美さんに褒められた祐巳は謙遜ではなく、事実として言った。
「けれど教官と格闘戦をして勝つとはね」
「そんなあなたと組む私は、追随するのが精一杯で戦闘どころではないわ」
静さんと景さんも苦笑する。まだひよっこの訓練兵が、元は歴戦の衛士である教官を有利な状況設定だったとはいえ、撃破したということが皆のテンションを上げていた。この成果は訓練分隊全体で共有すべきものだ。戦術機に乗る前。落ちこぼれ状態だった祐巳を、三人は引っ張り上げてくれたのだ。やっと祐巳もその長所を分隊のために反映することができるようになったのだ。元より出し惜しみするつもりはない。
「やっぱり問題は、祐巳と私たちの操縦技術がかけ離れていることね。そして、指揮官である私が祐巳のことを上手く使えていない」
克美さんの、こうして自分の指揮官としての落ち度を問題意識として分隊に共有させるところに、祐巳としては感服せざるを得ない。つまらない見栄なんて張らず、また皆に表明することで自分を追い込む。他人にも厳しい克美さんだけれど、自分にも誰よりも厳しい。そして克美さんならば、そう遠くないうちに、あっさりとこの問題を解決してみせるのだろう。きっちりと指揮を採って、なのにそれが当然みたいな顔をして。
「景だけではなく、静と私も祐巳とエレメントを組んで、祐巳の機動に追随できるようにならないと。明日から、早朝と夕食後にシミュレーターを使用できるように申請してみるわ」
「祐巳、いい? 私たちに遠慮せずに好きに動いてね。あなたの技術と機動は教官相手にも通用している。あなたは私たちのことなんて考えずにどんどん強くなってちょうだい」
「あら? シミュレーターならいいけれど、実機で祐巳の機動を追ったら、今の静ならもたないわよ」
静さんの言葉に、克美さんが唇の端を少しだけ吊り上げて指摘した。
「ほんと……一番体力がないと思っていたのに、あれだけ戦術機を振り回しても平然としているんだから……」
いつも祐巳の背中を追いかけている景さんは呆れるばかりだ。
この夜は、訓練のこと以外にも会話が弾んだ。