【288】 最高峰祐巳と瞳子と乃梨子  (くにぃ 2005-08-01 22:22:03)


「瞳子、ちょっといい?」
ある日の放課後、乃梨子は教室で帰りの支度をしている瞳子を呼び止めた。
「なんですの?」
「話があるんだけど、少し時間もらえないかな」
まじめな顔であらたまって聞いてくる乃梨子の様子に少し訝しんだが、別に早く帰る用事もないし、瞳子は承諾した。
「今日は演劇部もお休みですし、構いませんわよ」




「で、どこへ行くんですの?」
「行けば分かるから」
そう言って乃梨子が瞳子を引っ張ってきたのは講堂の裏手だった。そしてそこには一人の上級生が待っていた。
「ごきげんよう、瞳子ちゃん」
にっこり微笑んで挨拶する祐巳さまに返事も返さず、瞳子は険しい顔で振り返って乃梨子に言う。
「これはどういうことですの? 私は乃梨子さんに力になって欲しいことなんて無いと言ったはずですが」
「違うのよ、瞳子ちゃん。これは私と乃梨子ちゃんの勝負なの」
問いつめられている乃梨子の代わりに祐巳さまが応えた。その言葉を乃梨子が引き継いで続ける。
「実は今日のお昼休み、薔薇の館で祐巳さまとお弁当を食べている時に瞳子のことが話題になってね」
「瞳子のことが?」


 × × ×


「ねえねえ乃梨子ちゃん、最近瞳子ちゃんどうしてる?」
 いつものように祐巳さまは唐突に話題を振ってくる。お昼休み、薔薇の館は珍しく祐巳さまと乃梨子の二人きりだった。
「どうしてるとおっしゃいますと?」
「学園祭以来あまり会わなくなっちゃったから。せっかく懐いてくれたと思ったのに、ここにも顔を出さないしどうしたのかなって思って」

 祐巳さまの方から振ってきた瞳子話に、とっさにこれは使えると思った乃梨子は幾分冷たく言ってみる。
「もしかしたら祐巳さまが思ってらっしゃるほど瞳子は祐巳さまに懐いていないのかも知れませんね」
するとめずらしくちょっとムッとした顔で祐巳さまが言い返してきた。
「えー、そんなことないと思うけどな。最初の頃はちょっときつい子だなって思ってたけど、だんだん素直に話を聞いてくれるようになったし」

釣れた! 心の中でガッツポーズを取った乃梨子だが、念には念を入れてもう一押し付け加えて祐巳さまを煽ってみた。
「悪いですが瞳子は祐巳さまより私の方に懐いています。祐巳さまの場合、祐巳さまが瞳子にちょっかいを出して初めて関係が成立するわけですが、私の場合は頼んでもいないのに(いらない)お世話までしてくれるくらいですから」

祐巳さまと乃梨子の間には瞳子を巡って静かに火花が飛び散っていた。ただしお互い違う意味の火花だったが。


 × × ×


「とまあ、こんなことがあってね」
「それで瞳子ちゃん自身にどっちに懐いているか、この勝負の判定をしてもらおうってことになったの」
「いい加減になさってください。お二人とも瞳子に失礼ですわ。なんですの、懐いてるって。人を犬や猫の子みたいに」
瞳子はいつものようにやかましく抗議するが、祐巳さまは全く気にする様子がない。もちろん乃梨子も。

「瞳子ちゃんと祐巳はもう仲よしだよね。学園祭の時もフジマツ縁日村に私に会いに来てくれたじゃない」
「あれはたまたま近くを通りかかったら祐巳さまがいらっしゃったからご挨拶したまでです」
「そのあと一緒に学園祭デートしたし」
「なっ、それは祐巳さまが勝手に引っ張り回しただけじゃないですか!」
「でも瞳子ちゃんの方から『だったら瞳子がご案内しますぅ』ってウルウルお目々で誘ってきたんだよね」
「うそ言わないでください!」
「瞳子、あんた意外と頑張ってたんだね」
そんな乃梨子の茶々に、瞳子は真っ赤になって反論する。
「ほっといてください! とにかくっ! 私はどちらにも懐いてなどいません。特に祐巳さま!」
「ほんとにそれでいいの? 瞳子」
「乃梨子さんもいちいち場をかき混ぜないでください! もう帰らせていただきますわ!」
そう言い残して立ち去ろうとする瞳子の腕をつかんで祐巳さまが言う。

「まあまあ瞳子ちゃん。ここは先輩の顔を立てると思って一言『祐巳さまの方が好きですぅ』って言ってくれない?そうすれば素敵な特典がもれなくもらえるよ」
「なんですの。特典って」
振り返りうんざりした顔で聞く瞳子に、祐巳さまは爆弾を落とした。
「お姉さまからいただいた、私の大切な『ろ』の付くものをあ・げ・る♪」
「祐巳さま大好きです!」
「変わり身早っ!」
自分の思惑の斜め上を行く突然の展開に、乃梨子は置いて行かれそうだった。

「そうじゃないわ、瞳子ちゃん。こうよ。『祐巳さま、大好きですぅ(ウルウル)』」
「祐巳さま、大好きですぅ(ウルウル)」
「よしよし、いい子ね。私も瞳子ちゃんのこと大好きよ」
「うれしい。祐巳さま」
両手の指をを絡ませ、目を潤ませて迫真の演技指導をする祐巳さまに素直に従う瞳子。その瞳子を優しく抱き寄せる祐巳さま。そしてその二人をあっけに取られてただ傍観する乃梨子。
それにしても瞳子、今までのやせ我慢は何だったの。まあ、あんたがそれでいいんならいいんだけどね。

自分の描いた絵とはかなり違ったが、結果的には予想以上にうまくいったみたいだから良しとするか。乃梨子がそう思っていると祐巳さまが振り返って乃梨子に微笑んで言う。
「私の勝ちね。あー楽しかった。じゃあごきげんよう」
「あの、祐巳さま。『ろ』の付くものを頂けるんじゃ……」
瞳子と乃梨子を残して立ち去ろうとする祐巳さまに、瞳子はあわてて追いすがると言った。
「へっ? あっそうそう、忘れる所だった。ごめんごめん」
「もー、祐巳さまったらお茶目さんなんだから」
すねたように可愛く言う瞳子にちょっと待っててと言って、祐巳さまが鞄の中から取り出したものは。
「はい。約束のごほうび」
「……祐巳さま、これは……」
「この間お姉さまが融小父様と海外に行った時のお土産なの。それを瞳子ちゃんにも一つあ・げ・る♪」
そう言って手渡されたのは棒付きのきれいなキャンディだった。
「祐巳さま、ご冗談を……」
こめかみをピクピクさせつつ、取り繕った笑顔で言う瞳子に祐巳さまは。
「あっ、想像してたものと違っちゃった? ごめんね。でもじゃあ、瞳子ちゃんは一体何を期待してたのかなー?」
いつもと変わらない優しい笑顔で無邪気に言う祐巳さま。

「うっ。……嫌いです! 祐巳さまも乃梨子さんも大嫌いです!」
大声でそう言い残し、しかし手にはしっかりとロリーポップを握りしめたまま走り去る瞳子。それを祐巳さまの後ろから呆然と見送った乃梨子は難詰する口調で祐巳さまに言った。
「いくら何でもちょっとやり過ぎじゃないですか? あれじゃ瞳子が……」
「そうね。ちょっと悪いことしちゃったかも。でも瞳子ちゃんのこと好きって言ったのは本当よ。それに私も瞳子ちゃんには以前随分鍛えてもらったから、人としてお返しをしないとね。あとね」
祐巳さまは乃梨子に背を向けたまま応える。

「乃梨子ちゃん。瞳子ちゃんならともかく私をはめようなんて十年早いわよ。だから瞳子ちゃんを慰めるのは乃梨子ちゃんの罰ゲームね」
そう言って振り返った祐巳さまはしかし、やはりいつもと同じ天使の笑顔だった。

怖い。怖すぎる。
その笑顔を見て乃梨子は心底震え上がり、そして悟ったのだった。
薔薇の館で真に恐ろしいのは一体誰なのかを。


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