R15くらいのギャルゲーのノリです。
ハッキリ言ってヤラシイです。
お嫌いな方はすみません。
その日、集まる予定はなかったのだが、私は薔薇の館にいた。
「お姉さま、ごきげんよう。こちらにいらしたのですね」
「ごきげんよう、祥子。ちょっと本を読んでから帰ろうと思ってね」
「お飲み物は?」
「まだあるわ」
「そうですか」
祥子は自分の飲み物を用意せずに私の隣の席に着いた。
すぐには気付かなかったが、祥子の視線を感じた。
「どうしたの?」
私は本から視線を上げて祥子の方を向いた。
「いえ……なんでもありません」
祥子はうつむいてしまった。
「そう」
再び本に視線を移すが、再び祥子の視線を感じる。
祥子は何か口にするでもなく、本を読むでもなかった。ただ、私の様子をうかがっているような、そんな感じだった。
「なあに? 何かあるの?」
気になってもう一度聞いた。
「い、いえ……」
「あら、あなたは何かする事もなく、さっきから私の事をジロジロ見ているだけじゃない」
「そ、その……」
祥子は赤くなってうつむいた。
「前にも言ったけど、言いたい事があるならちゃんといいなさい」
祥子は黙って、何か考えていたようだったが、意を決したように私に言った。
「お姉さま、唇にキスさせてください」
「は?」
言っている意味がすぐにわからずに変な声を出してしまった。
頭の中で反芻して驚いて聞き返してしまった。
「今、キスって言ったわよね?」
「言いました」
赤くなりながら祥子は答えた。
「どうしたの? 何故?」
「お姉さまの事が好きだからです」
「目が泳いでるわよ」
すかさず私は言ってやった。
「好きなのは本当です」
気まずそうに祥子は答えた。
「じゃあ、キスしたい理由が好きだからは、なし、でいいわね?」
祥子は視線をそらしてしまった。
「一体何があったの?」
まさか、祥子に限っていじめに遭ってるなんて事はないだろうが、こういう子は「いじめに遭ってる?」なんて聞こうものなら絶対に最後まで隠してしまうから聞き方には充分注意しなくてはいけない。
「……フラグが……」
視線を合わせないまま祥子はつぶやいていた。
「何?」
「……お姉さまは私の事が好きですか?」
向き直って祥子が聞いてきた。
「妹にするくらいには。キスしたいとまでは思わなかったけど。それが、何か?」
祥子は難しい顔をしてまた視線をそらしてしまった。
「ねえ、あなたは私を試しているの?」
「そんな事はありません!」
少し苛立ちが出てしまったようで、きつく聞いてしまった。祥子は慌てて返事をする。
「思い違いだったらごめんなさい」
私は心の中で自分に落ち着くよう言い聞かせながら祥子に言った。
「私にはあなたが何か悩んでいて、それが原因で私とキスをしなければならないようにしか見えないのよ」
私をキスをして解決するような悩みなのか、そもそもキスして解決する悩みとは何なのかまあ、その辺はこの際ちょっと考えない事にしなければ話は進まない。
「……全てお話します」
しばらく考えた後に祥子は言った。
「あの、桂さんという生徒の苗字が今、フグ田なんです」
何だ、その話の飛躍ぶりは。
しかし、やっと祥子が喋る気になったのだ。ツッコミをいれて邪魔してはいけない。我慢しよう。
「フグ田ルートなら令の体操着イベントをクリアしなくてはいけなかったのに、さっきフラグ回収に失敗したんです」
例の体操着イベント?
フラグ回収?
「それで、フグ田ルートで祐巳を攻略するには、薔薇の館でお姉さまと口づけするしかないんです」
フグタルート?
ユミを攻略?
「……ごめんなさい、何を言っているか理解できないから、もうちょっと、わかりやすく説明してくれないかしら?」
私は頭を抱えた。
「つまり、私が妹を作るためには今、お姉さまとキスするしかないんです!」
祥子は大真面目に言った。
「ちょっと待ちなさい、あなたが妹を作ることと、あなたと私がキスする事に何の因果関係があるというの? 全然脈絡ないじゃない」
「フラグは一見関係のないイベントでも立つことがあるんです。お姉さまだって、私を攻略する時に江利子さまにタイの結び方を習うイベントをクリアしたじゃありませんか」
祥子は立ち上がった。
「イベントって? 攻略って何!? 妹が欲しいなら新入生のタイを片っぱしから直すとかして探しなさい!」
私も立ち上がり、一歩下がった。
「ここでキスしないと祐巳との出会いがないんです」
一歩私に近づく祥子の眼は座っていた。
「それ、おかしいでしょう!? 冷静になりなさい。名前がわかってるなら普通に会いに行って口説けばいいだけじゃないの」
また一歩下がった。
「お姉さまは、私に妹ができなくてもよろしいんですか?」
泣きそうな顔をして祥子はまた一歩近付いてきた。
「妹なら一緒になんとかしてあげるから、キスは諦めなさい!」
私はまた一歩下がった。
「祐巳は諦められません」
祥子が前に出るのと私が下がるのとは同時だったが、私はいつの間にか壁際に追い詰められていた。
「お姉さま」
祥子が私の手をつかんだ。
手を振りほどこうとするが、向こうも必死で、抵抗する私と迫る祥子は激しくもみ合った。
「離しなさい!」
「離しません!」
はずみで私は壁に頭をぶつけた。
軽い脳震盪を起こして崩れ落ちる。
「お姉さま!」
祥子は驚いて私の肩を抱くように支える。
次の瞬間、祥子は抵抗できない私にキスする態勢になっていた。
不意に横から手が伸びて、私の唇をガードした。
「悪いけど、ここはキスさせるわけにはいかない」
「聖!」
もみ合っていて気付かなかったが、聖が来ていた。
聖は祥子を引き剥がしてくれた。
「白薔薇さま、邪魔しないでください!」
物凄い目で睨みつけながら祥子は聖に向って言った。
「いや、ここで2人にキスされると私の『志摩子フラグ』が消えるんだよね」
……ちょっと待った、あなたも「フラグ」なの?
「いや〜、静と図書館イベントクリアした後に気づいたんだけど、桂さんがフグ田の時はクリアしちゃいけなかったんだって?」
「それは桂さんの苗字が野比の時です。静さんフラグが立ったようですから、そのまま静さんを妹にすればよろしいのでは?」
「いやいや。静フラグは去年のクリスマスで立たない項目を選んだからダメなのよ。まあ、私は志摩子狙いだからまだチャンスはあるんだけど」
全然わからない会話だが、2人の間では通じているらしい。
「白薔薇さま、まさか、お姉さまとのフラグを!?」
はい? 私?
「そう。これなら祥子と祐巳ちゃんとのフラグは築山三奈子イベントクリアで狙えるはず」
築山三奈子? 何が何だかワカラナイ??
「わかりました。お姉さま、私、これからミルクホールで三奈子さんとマスタード・タラモ・サンドを食べてきます」
祥子は嬉しそうに階段を駆け下りていった。
「何なの?」
「さて、と……」
聖は扉を閉めて、私をいきなり抱き締めた。
「何? さっきから何なの?」
「蓉子、私と一線を越えてほしい」
「な、何バカなこと言ってるのよ!?」
私は聖を突き飛ばした。
「真剣なんだ。これは」
めげずに聖は私の肩に手をかけた。
「志摩子だの攻略だの言ってたのは何よ!?」
私はその手を振り払った。
「……あれ、なんだ知ってるんじゃん」
おどけたように聖は言った。
「知らないわよ!?」
「ここで、蓉子と私が一線を越えると志摩子が私の妹に、祐巳ちゃんが祥子の妹になる。フラグ回収に失敗した時は、蓉子フラグを立てたら取り返せるんだよね?」
「何その半疑問形は!? 私に聞かない! そんな事で一線を越えるとか軽々しく言わない!! そもそも『蓉子フラグ』なんてない!!」
「フラグがなくてもいい機会だから──」
以降の事は覚えていない。
私は聖を折檻したかもしれないし、薔薇の館を出たかもしれない。
そもそも質の悪い夢だったのかもしれない。
気づくとその日、集まる予定はなかったのだが、私は薔薇の館にいた。
「ごきげんよう。あら、蓉子、良かったわ」
江利子が入ってきた。
「ごきげんよう。どうしたの? 江利子」
江利子はいきなり後ろから私を抱きしめた。
「……何なの?」
「桂さんの苗字が野原の時は蓉子を食べちゃうと由乃ちゃんが早く手術を受けてくれるっていうから──」
「お前もかっ!!」