【2906】 黒薔薇幻想曲  (パレスチナ自治区 2009-03-28 07:38:31)


ごきげんよう。【No:2902】の続きです。
オリキャラメインです。【No:2831】を先に読んでいただけると2割増ほどでお楽しみいただけるかもしれません。
今回は新キャラ連続投入ですので予め連絡しておきます。


「ここはね、こうやって…」
「は、はい…」

今は放課後。
最近俺は山百合会の手伝いで薔薇の館に来ている。
いつも部活で美華柚様が不在で、元々人数の少なかった山百合会は人手不足なのだ。
檸奈さんが美華柚様の妹になったのだが、それだけでは人手不足は解消されない。
そこでつい先日俺は檸奈さんと小夜子様にお願いされて手伝いに来ることになった。

もうすぐ会議の時間だ。
「ねえ小夜子、咲はまだ来ないの?」
「咲さんですか?」
「ええ、貴女たちは確か同じクラスよね?」
「はい。今日は咲さん、お掃除は無かった筈です」
「ふう。さぼりかしら」
「咲さんに限ってそれは無いと思いますけど」
ベイユ様は少しイライラしているようだ。
「ねえベイユ。私が探してこようか?」
「菜々さん。探しに行った先でイチャイチャしてくるんじゃないでしょうね?」
「し、しないわよ…」
「…なんで今噛んだの?」
「あはは〜…」
図星だったみたい。菜々様はとっても自由な人だ。
「ベイユ様〜、私が探してきましょうか?」
「檸奈ちゃんが?いいわよ。咲の事だもの、たぶん下級生とかに捉まっているだけよ。それに行き違いになったら貴女に申し訳ないし」
「そうですか、わかりました」
「ふう、早く来ないかしら…」

十数分後、咲様が現れた。
「みなさま、遅れてすみません」
「まったくよ。何してたの?」
「その…お手伝いの子を探してました」
「放課後になってから探していたの?今どんな時期か分かっているの?忙しいんだから放課後になって用事が無いのならさっさと来なさい」
「すみません…」
「ねえ咲、お手伝いの子は見つかったの?」
「はい」
「どこにいるの?」
「あ、ほら蛍ちゃんみなさまにご挨拶をして」
咲様は後ろを向いて誰かに話しかけている。
「……はい」
そして咲様の後ろの誰かは恥ずかしそうに俯きながら前に出てきた。
「「「「「…………!!」」」」」
蛍ちゃんと呼ばれた女の子を一目見た俺たちは思わず息をのんだ。
蛍さんはその名の通り、儚さを感じさせる女の子だった。
彼女は真っ白だった。顔も手も頸筋も…
そして髪の毛までもが真っ白だった。
「…ごきげんよう…みなさま、…はじめまして。…1年李組15番仙山蛍です。…よろしく…お願いします」
少し小さめの声はなぜかよく通る聞き取りやすい声だった。
咲様と蛍さん以外は全員フリーズしている。
「みなさまどうなさいました?」
キョトンとしている俺たちに咲様が話しかけてくる。いち早く解凍したのはやはり紅薔薇様ベイユ様。
「あ、ええ。ご、ごきげんよう蛍ちゃん。来てくれてありがとう歓迎するわ。ごめんなさいね、貴女があまりに綺麗だったものだから…その、つい魅入ってしまったの」
「………そう、ですか」
「……」
少しだけ微妙な空気が流れた。

「さて今日は学園祭の出し物を決めるわ」
「今年は演劇にしない?ここ2年ぐらいやってないし」
「演劇ねえ…」
「演劇だったら美華柚さんはどうなりますか?演劇部もやりますよね?」
「そうですよね。美華柚さん二つも演劇に出るのはつらいですよね」
「まあ仮に演劇にするとしたら美華柚には衣装の方で協力してもらうわ。あの子服作るの好きだから」
「美華柚って器用よね〜。それならやっぱり演劇にしよう。演劇部と勝負しよう!」
「お姉さま勝負って…」
とんとん拍子で話が進んでいる。俺達1年生3人はただ黙って座っているだけだ。
「それじゃあ演劇でいいわね。演目は何にしましょうか。演劇部とかぶったら問題だし」
「演劇部は『ロミオとジュリエット』だって美華柚お姉さまが言ってましたよ」
「檸奈ちゃん、ありがとう。それなら私たちは…」

2時間ほど話し合ってようやく決まった。
演目は『カルメン』だ。
自由なジプシー女のカルメンに、竜騎兵隊のドン・ホセが恋をするお話だ。
二人は近づくものの、気まぐれな女カルメンは売れっ子闘牛士エスカミーリオになびき始める。
そんなカルメンを一途に思っているドン・ホセは竜騎兵隊をやめたり泥棒をやったりするが、カルメンは振り向いてくれない。
激しい嫉妬に駆られたドン・ホセはカルメンを殺してしまうというお話だ。
配役はお手伝いに来る花寺の都合を聞いてからになった。

次の日、『カルメン』を詳しく調べるために図書室へ行った。
そこで蛍さんに会った。
「ご、ごきげんよう、蛍さん」
「……ごきげんよう」
「蛍さんもカルメンの事を調べに?」
「……」
俺の問いに無言で頷いた。

本を探して数分後、ようやく見つかったが…
「…どうしてこんなに高い所にあるんだろう…」
「…」
俺も蛍さんも身長が足りない。椅子を使っても足りない。
「困ったね…」
「…うん」
困っていると…
「あら出雲ちゃん、どの本が欲しいの?」
この間キセルさんと写真撮影の時に俺たちを注意してきた綺麗な先輩だ。
実のところ、この人には何回も助けてもらっている。
それなのに俺はこの人の名前を知らない。
「あっ、あの『カルメン』なんですけど」
「『カルメン』ね。確かに高い所にあるわね。…よいしょっと。はい取れたわ」
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
「ふふ、委員なのだから当然の事をしたまでよ。借りていきたいのならあっちのカウンターでお願いね」
「はい」
「それじゃあね」
そう言って綺麗な先輩は去って行った。
また名前を聞くのを忘れてしまった。
「蛍さん、今の人の名前、知ってますか?」
「…蟹名紗耶香様、…去年の山百合会選挙に出て落選してる…」
「そうなんだ…」
「…何年か前に在校していた蟹名静様の実の妹だったか従妹だよ…確か…その人も選挙に出て落選したらしいよ」
「詳しいですね」
「…私、ずっとリリアンだから…」
「へ〜」
蟹名紗耶香様か…今度会ったらもう少しお話ししてみたいな…

放課後、今日は配役を決めるみたいだ。
今日は美華柚様も来ている。
そして今日も見慣れぬ人が二人来ている。
「ベイユ、花寺の人たちは劇に参加するの?」
「今年は花寺の生徒会も演劇をやるんですって。だから裏方だけ手伝ってくれるわ」
「何やるか聞いてる?」
「確か『河童のさんぺい』だって言っていたわ」
「…はあ?何それ?」
「知らないわよ。本人がそう言っていたんだからそうなんでしょ」
ちょっと楽しみなのは俺だけなのかな。
「それでお姉さま。配役はどうしますか?」
「そうね、『カルメン』は小夜子か咲か檸奈ちゃんね」
「ど、どうしてですか?!お姉さまやベイユ様は?」
「私たちは3年でしょ、基本的に裏方よ」
「うう…」
「私的には檸奈ちゃんがいいと思うわ」
「菜々様?!どうして私なんですか?」
「だって檸奈ちゃんは美華柚の妹になったばっかでしょ?早くみんなに顔を覚えてもらいましょうよ」
「…そうですね」
菜々様の発言で咲様は嬉しそうな顔をしている。
「咲、嬉しそうな顔してるけど貴女だって劇に出ることには変わりはないわよ」
「え、えっと主役じゃなければ大丈夫です」
「まったく…」

こうして主役の『カルメン』は檸奈さん、咲様は『ミカエラ』になった。
「残りなんだけど、殺陣のシーンがあるのよね」
「そんなのどうするんですか、私できませんよ?」
「そう言うと思って私も助っ人を呼んできたのよ」
「それがカリンニコフ姉妹なわけ?」
「そうよ、二人は息もぴったりだし」
「そうね〜」
「それじゃ二人ともみんなに挨拶して」
ベイユ様に呼ばれてきたというカリンニコフ姉妹が俺たちに向き直る。
「ごきげんようみなさん、あたしは姉のエオウィン・カリンニコフよ。よろしくね。ほらあんたも」
「何がほらだよ。自分が先に挨拶したくせに、あんたに言われなくても大丈夫だよ」
「なんですって!」
カリンニコフ姉妹はいきなり言い争いを始めてしまった。
確かに息はぴったりだと思う。
「二人ともやめなさい」
「…はい」
エオウィン様は苦虫をつぶしたような顔をしているが妹さんの方はどこ吹く風、知らんぷりだ。
「ごきげんよう、ボクは妹のユセスレイア。よろしく。あと、別にエオウィンとは『姉妹の契り』を交わしたわけじゃなくて普通に血が繋がってる実の姉妹だからあしからず」
金髪を一つのお下げにまとめた彼女は妙に堂々としていて同じ1年生とは思えなかった。
一見仲の悪そうな二人だが、二人きりになると結構百合百合しいらしい。
剣術を幼いころから習っていたという彼女らは殺陣のシーンがある『ドン・ホセ』と『竜騎兵隊の隊長』に決まった。
『ドン・ホセ』はユセスさん、『竜騎兵隊の隊長』はエオウィン様。
残る『エスカミーリオ』は小夜子様になった。
お手伝いの俺と蛍さんは裏方兼エキストラに。
俺まで劇に出なくちゃいけないなんて、ちょっと荷が重いかもしれない。

山百合会の会議が終わって少しピアノが弾きたくなって音楽室に来た。
劇に出ることになって少し気が重くなったからだ。
放課後の誰もいない音楽室は何とも言えない雰囲気がある。
ピアノの椅子に座って蓋を開ける。
鍵盤はよく手入れされているらしく輝いて見える。
少し指を慣らしてから曲に入る。
「演劇部は『ロミオとジュリエット』かー」
俺はそう呟いてチャイコフスキー作曲『幻想序曲ロミオとジュリエット』を弾き出す。
本来は管弦楽曲のこの曲はお母さんがピアノで弾けるように編曲したのだ。
お母さんは音楽大学の教授だ。主に作曲なんかを研究しているらしい。ピアノの腕はかなりのものでファンもいる。
そんな母親を持つ俺は小さい頃からお母さんにピアノを教わっていた。
お母さんの指導は普段のおちゃらけっぷりからは想像もつかないほど厳しかったが、上手に弾けると凄く褒めてくれるのでそれが嬉しくてピアノを習うのは大好きだった。
今でも週に1回くらい教わっている。結構楽しみなのだ。
しばらくして曲が終わりもう一曲弾き出す。
今度はブラームス作曲『悲劇的序曲』だ。これもお母さんが編曲したものだ。
ブラームスといえばかなりのピアノ技術を必要とするピアノ協奏曲を2曲残している。
俺はその2曲が大好きだ。
お母さんが熱狂的なクラシック愛好家なので俺にもそれが伝染している。
有名な作曲家ではチャイコフスキーやブラームス、マイナー作曲家ではイタリアのジュゼッペ・マルトゥッチ、アメリカのアミー・ビーチなんかが好きだ。
もちろんこの他にも好きな作曲家はたくさんいる。
お母さんと趣味を共有できるのはすごく幸せなことだと思う。
そんなこんなでもう少しで今弾いている曲が終わる。次は何を弾こうかな。
そうしていたら…
「出雲ちゃん、今の貴女ってそんなに悲劇的なの?」
誰かに声をかけられた。
ピアノを弾くことに夢中で誰かが近くにいることに全く気がつかなかった。
「…!!」
「ごめんなさいね、驚かせてしまったわね」
「いいえ、大丈夫です」
何が大丈夫なのかはわからない…
「貴女、なかなかのピアニストなのね。とってもよかったわ」
「ありがとうございます…あ!」
紗耶香様だ!
「ふふ、今日図書室で会ったわね」
「そうですね、さっきはありがとうございました」
「もう、いいって言ってるのに。そこまで感謝してくれているのなら一曲お願いしようかな」
「はい」
「じゃあね、ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』を弾いてくれる?」
「わかりました」
もう一度ピアノに向き合い曲を弾き出す。
『亡き王女のためのパヴァーヌ』は初めてお母さんに教えてもらった曲だ。
懐かしい…久しぶりに弾いたが大好きな曲なので指が自然に出てくる。
凄く気分よく弾くことができた。
「うん、凄くよかったわ」
「…あのう、拙い演奏で…」
「だからそんなことないわ」
「ありがとうございます」
「ねえ、貴女って四季潟圭さんの娘なんでしょ?」
「お母さんを知ってるんですか?!」
「もちろんよ、音楽をやっている者なら当然よ。あれ?でも彼女の子供は一人で息子だったような…」
「そ、それは…!」
「まあ、どっちでもいいわね。目の前にいる貴女がとても素敵な子だから」
「…ありがとうございます」
面と向かってそんなこと言われると恥ずかしい…
「ふふ、貴女って思ってることがすぐに顔に出ちゃうのね。可愛いわ」
「…うう」
「ねえ、出雲ちゃん、私の妹にならない?」
「妹ですか?」
「ええ、妹よ。残りの学園生活をね貴女と一緒に過ごしたいの。ピアノを弾いてもらったりしながら放課後に黄昏れるの。あとねえ、白薔薇様に一つくらい何か勝ちたいのよね」
勝ちたいって…それより…
「残りのって紗耶香様は…」
「私は3年生よ。後半年くらいで卒業ね」
「じゃあ姉妹でいられるのは半年だけなんですね。なんだかさみしいです」
本当にさみしいだろうな。こんな素敵なお姉さまとたった半年しか一緒にいられないなんて。
「私が卒業した後、新しくお姉さまを作ってもいいから、ね?」
?今この人はなんと言ったのだろう。聞き間違えていなければ新しくお姉さまを作ってもいい、そう言った筈だ。
「ご冗談ですよね?」
「何が?」
「紗耶香様が卒業した後云々っていうところです」
「いいえ、冗談じゃないわ。貴女を妹にしたいって言う人はいっぱいいるだろうし。独占禁止よ、貴女みたいな子は」
姉妹って普通一対一の筈だ。
「それに姉妹って言ったってこの学園にいる間だけのことだし」
この人はリリアンに通う乙女たちみんなが憧れる『姉妹制度』をそんな風に考えているのか。
なんだか凄く悲しい…
「紗耶香様は『姉妹』の関係をそんな風に、そんなに軽く考えているんですか?」
「え?」
「この学園にいる間だけに関係でしかない、なんてありえないですよ。お母さんだって当時自分のお姉さまだった人と今でも仲良くしています。そんな二人を見て私は何度も素敵だって思ったり羨ましいって思ったりしました」
「そ、そういう人たちだってなかには…」
「それに、お姉さまって呼んでいいのはその人ただ一人の筈です。私はこの学園にまだ半年もいないですけど『姉妹制度』ってそういうものだと思うんです」
「……」
「だから、だからそんな風に『姉妹制度』を軽く思っている人の妹にはなれません」
「…そう」
「そういう訳ですので失礼させていただきます、ごきげんよう紗耶香様」
「…ごきげんよう出雲ちゃん」
俺はこの場にいたくなくて逃げるように音楽室を後にした。

「歴史って繰り返されるものなのね…」
そんな呟きが聞こえたような気がした…


言い訳
「ロサ・カニーナ」の出雲版です。
ほとんど原作と一緒のような気がしますが…
この話だけだと意味がわからないですが今後の展開において必要なので許してください。
カリンニコフ姉妹なんですが、クラシック愛好家にはこの言葉を使う人がいます。
カリンニコフとはロシアの作曲家で1901年に35歳という若さで死んでしまった人です。
そしてカリンニコフ姉妹とは彼が残した2曲の交響曲を指します。
第一番が姉、第二番が妹です。
自治区はこの二つの曲が大好きなので、カリンニコフ姉妹を出しました。
作中の出雲の音楽的な趣味はそのまま私に当てはまります。
現代音楽は一切聴かない偏屈です。
こんな変な奴ですがこれからもよろしくお願いします。
此処まで読んでくださってありがとうございました。



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