【2908】 危険を顧みない嘘つきも恋のうち  (柊雅史 2009-03-30 02:06:05)


〜はじめに〜
このSSはめでたく次のドラマが始まるまでの4週間をもたせるべく某局で復活した「33分探偵」のパロディになっています。
前作【No:2767】も合わせてお楽しみください。
あと、少なくとも関東地方では33分探偵が放送中ですので、元ネタを確認したい人は見ると良いと思います。


     †   †   †


 カシャッという小さな音を耳にして、彼女は着替えの手を止めた。
 部活棟の更衣室。山百合会の仕事があるため、早めに部活を切り上げてきたこともあり、室内には彼女以外の姿はない。
 脱いだばかりのジャージの上着を引き寄せて、じっと耳を澄ます。恐怖と不安から鼓動が早くなるのを感じながら、ゆっくりと腹式の呼吸を繰り返す。
 ――カシャ。
 再び、小さな機械音。空耳ではなく、確かに聞こえたのを確認し――脳裏に浮かんだ『盗撮』の文字を認識しながら、大きく息を吸い込んだ。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 部活動で鍛え上げた発声技能をフル活用して、最大音量で叫んだ途端。
 ガタタ、と慌てたような物音が、部屋の中央に並んだロッカーの向こう側から聞こえてくる。ロッカーを挟んだ向こう側。間違いなく、そこに誰かがいる。
 途端に恐怖が襲ってくるが、部活で鍛えた声量は伊達ではない。手早く制服を被りながら、普段でも出さないような大声で叫び声を上げ続ける。女優としては失格なのかもしれないが、背に腹は変えられない。喉が潰れても構うものかという覚悟で、肺活量の許す限りで絶叫する。
 その覚悟が実ったのか、見えない相手は慌てた様子でバタバタと足音を立てながら扉の方へ向かい――乱暴な手付きで扉を開けると、素早く更衣室を出て行った。
 一瞬、その後姿を確認し――ひらり、とスカートが翻るのを見て、彼女は憤然と走り出した。
 見えたスカートは間違いなく、リリアン女学園の制服のそれだった。相手が同じ生徒であるならば、恐れることはない。

 瞬時にそう判断し――松平瞳子は、飛びつくようにして扉を開けた。


     †   †   †


「なるほど、事情は分かったわ」
 瞳子の話を聞いて、祐巳は困ったように頷いた。噛み付きそうな顔の瞳子が睨んでいる相手は、イヤになるくらいに見知った顔だった。本日ばかりは丸眼鏡の奥の目が、申し訳なさそうに伏せられている。
「まぁ、蔦子さんならいつかやるとは思ったけども」
 呆れたように言ったのは由乃さん。その意見にはまぁ、祐巳も同意だ。
「でも、どうしましょうか。瞳子ちゃんはシスターには話していないのよね?」
「はい。お姉さまのお友達ですし、山百合会とも深い関わりがある方ですし。まずはお姉さまにお伝えしようと」
 志摩子さんの問いに瞳子が頷く。確かにシスターや先生に事情が知られてしまったら、話が大きくなっていたかもしれない。その点、蔦子さんの友達として、瞳子の冷静な判断には感謝である。
「まぁ、蔦子さんだし。写真を没収して、反省文ってところが妥当じゃないかな? あと、イベントの時とかのお手伝いとか」
 祐巳の提案に由乃さんも志摩子さんも頷く。更衣室の盗撮はさすがに行き過ぎだとは思うけど、蔦子さんには祐巳たち山百合会も様々なイベントで無償協力してもらっている。一度の過ちくらいは見逃しても良いんじゃないだろうか。
「瞳子もそれで良い?」
「写真を処分して頂けるなら、それで構いませんわ」
 被害者の瞳子もそう言ったので、蔦子さんも安堵の表情になり、素直にフィルムを差し出した。
「蔦子さんは来週までに反省文を提出してね。それじゃ、仕事に戻ろうか?」
 これにて一件落着、と祐巳がしめたところで、由乃さんが「あぁ、そうだった!」と顔をしかめた。
 現在、山百合会は部費の補正予算を作成する仕事に忙殺されている。数字との格闘に挫けそうだったところに、瞳子が血相を変えて飛び込んで来たものだから、由乃さんなんかは「渡りに船!」とばかりに鉛筆を投げ捨てていたけれど、事件が解決した以上、遊んでいる時間は今の山百合会にはないのである。
「ほらほら、由乃さん。そんな顔しないで、頑張ろうよ。もう少しで楽になるんだから」
 祐巳が苦笑しながら由乃さんの背中をぐいぐい押した時だった。

「――本当に、これで解決なのでしょうか!?」

 これまで沈黙を保っていた菜々ちゃんが、突然そんなことを言い出した。ちなみに菜々ちゃんは、由乃さんの次に数字との格闘に飽きていた人物である。
「蔦子さまが部室棟の更衣室を盗撮した――果たして、そうなのでしょうか?」
「いやいや、菜々ちゃん? そうなのでしょうかも何も、蔦子さんはこうして罪を認めているわけで――」
「それで良いのですか!? それだと放課後いっぱい、時間が潰せませんよ!?」
「な、菜々……!!」
 菜々ちゃんの本音爆発な主張に、由乃さんが女神でも見るような視線を向けた。
 そんな由乃さんに力強く頷きを返して、菜々ちゃんは宣言した。


「この簡単な事件……私が放課後いっぱい持たせてみせます!」


 普通に書けばたった5分で終わる超簡単な事件を、
 仕事をサボリたいお姉さまのため放課後いっぱいまでなんとかもたせる名探偵
 その名も、放課後探偵有馬菜々
 次々に繰り出される推理にガンガン増える一方の容疑者
 その果てに真犯人は見付かるのか見付からないのか?
 ただいま……放課後、16時です。


 Case.02 放課後の盗撮魔


「まずは事件を整理してみましょう」
 ひとまず乃梨子ちゃんの用意した紅茶で一息ついた後、菜々ちゃんが言った。
 ちなみにテーブルを囲んでいるのは、山百合会のフルメンバー。蔦子さんは教室に戻り、反省文を書いている。
「事件の概要はこうです。瞳子さまが部活を終え、制服に着替えに更衣室へ向かった。その最中、シャッター音に気付いて悲鳴を上げ――何者かが廊下に逃げたのを追った。そして中庭で慌てて逃げる蔦子さまを捕まえた。良ろしいですね、それで?」
「ええ、そうですけど……?」
 菜々ちゃんの確認に、瞳子が頷く。
「そこが私の気になったところなのです!」
 すかさず、菜々ちゃんが大仰に両手を広げて言う。
「蔦子さまと言えば、眼鏡っ子のくせにあらゆる面で平均点以上を叩き出す、ドン臭さが売りの眼鏡っ子属性をとことん無視した、何気に高スペックなお方です。一方、瞳子さまと言えば体育祭である意味大活躍が約束された、意外と運動音痴な可愛らしいお方!」
「……お姉さま、ぐーで殴っても良いですか?」
「まぁまぁ、落ち着いて。瞳子のそんなところも、私は大好きだよ?」
 物騒な許可を求めてくる瞳子をどうにか宥める。でも確かに、蔦子さんは何気に運動神経も良い一方で、瞳子の運動神経はお世辞にも誉められたものではない。そこがまた可愛いところなのだけど、そんな瞳子に蔦子さんがあっさり捕まったと言うのは、珍しいことである。
「もしも本気で蔦子さまが逃げようとしているのなら、こんな事態はあり得ません。となると、真相は別のところにあるのではないでしょうか? つまり、蔦子さまは盗撮犯ではなく、別に犯人がいる、と……」
「なるほど……一理あるわね」
 菜々ちゃんの主張に由乃さんが頷く。祐巳もちょっとだけ、前回の菜々ちゃん理論に比べれば説得力がある、と思ったりして。
「別に犯人がいる……それは誰なの、菜々?」
 由乃さんの問いに、菜々ちゃんが力強く頷いてから、くるっと祐巳の方を見た。
「福沢祐巳さま――ぶっちゃけ、瞳子さまのことが大好きですよね?」
「え? ま、まぁ、好きだけど?」
 菜々ちゃんの問いに頷く。瞳子が隣で「もう、お姉さまったら……」なんて呟きながら、さりげなくすりすりと肩を摺り寄せてきた。ぶっちゃけ、こんな瞳子を好きじゃない福沢祐巳なんて、もはや福沢祐巳ではないと祐巳は断言できるのだ。
「行き過ぎた姉妹愛、それがついに一線を越えたのではないでしょうか!? 瞳子さまへの愛情が堤防を乗り越え、溢れ出した結果、ついに祐巳さまは凶行に及んだのです! 毎晩恒例の、瞳子さまの写真を眺めてなんとなくハァハァする日課を充実させるため、瞳子さまの下着写真をゲットしようと、祐巳さまは盗撮を決意したのではないでしょうか!」
「は、ハァハァする日課なんてないよ!」
 菜々ちゃんの主張には、当然祐巳も反論する。
「第一、私は今日、ずっと薔薇の館にいたじゃない! 物理的に不可能だよ!」
「そこは遠隔操作ですよ!」
「遠隔操作!?」
 菜々ちゃんが自信満々に断言する。
「そう、遠隔操作です。皆さん、七五三とかで写真屋さんに撮ってもらう時のことを思い浮かべてください。彼らはシャッターを押していましたか?」
「確かに、何かコードみたいなのを押してたわね」
 菜々ちゃんの問いに由乃さんが頷く。
「そう、シャッターを切るのであれば、その場にいる必要はないのです! 祐巳さまはあらかじめ瞳子さまが使うロッカーが写る位置にカメラを仕掛け、ケーブルを取り付けます。そのケーブルは更衣室から中庭を経由し、薔薇の館まで引き込まれました」
「……いや、ケーブル気付かれるんじゃないかな?」
 乃梨子ちゃんの冷静なツッコミは華麗にスルーされた。
「そして祐巳さまは頃合を見て、シャッターを切る。瞳子さまがその音に気付いて悲鳴を上げたところ、たまたま更衣室にいた誰かが驚いて逃げ出した。その後を追った瞳子さまですが、生来の残念な運動神経が災いして、その人物には逃げられてしまったものの、たまたまそこを通った蔦子さまを捕まえた、というわけです」
「でも菜々ちゃん、ケーブルなんてどこにもないわ」
 乃梨子ちゃんに続いて志摩子さんからもツッコミを頂いて、さすがの菜々ちゃんも一瞬言葉を詰まらせるが。
「もちろん、ケーブルはすぐに回収したのです。祐巳さまといえば、考え事をした時に出る地引網漁のジェスチャー。予算に悩むフリをしながら地引網漁を始める祐巳さまに、山百合会の面々はいつものことかと気づかない」
「いや、さすがに気付くと思うんだけど?」
 乃梨子ちゃんのツッコミはやっぱりスルーだ。菜々ちゃん基準では、つぼみのツッコミはスルー可で、薔薇さまのツッコミはスルー出来ないのかもしれない。
「カメラに接続されたケーブルは、なんか上手い具合に外れて引き寄せられ、祐巳さまの両手に手繰り寄せられます。全てを回収した祐巳さまは、さりげなくケーブルを写真部に返しに行く」
「無駄に律儀だし! それに私、部屋から出てない!」
「かくしてケーブルを隠滅し、祐巳さまは蔦子さまに罪を着せた上で瞳子さまの着替え写真をゲットできたのです! 今夜はいつも以上にエレクトリカル・パレードですよ!」
「ゆ、祐巳さん……なんて恐ろしいことを!」
 由乃さんが恐れ戦くけれど、冤罪もいいところである。
「お待ちなさい、菜々さん! その推理には大きなミスがありますわ!」
 案の定、瞳子が祐巳のフォローをしてくれた。
「なぜなら……そんなことをしなくても、お姉さまは瞳子の下着写真を既に保有しております!!」
 ふぉ、フォローになってないよ、瞳子! 真実だけど、それは言っちゃダメだよ瞳子!
「ど、どういうことですか!?」
「どうもこうも、瞳子はお姉さまが望むなら下着姿だろうとそれ以上だろうと、応える準備がございますとも! つい先日、お姉さまのリクエストで枕元に置くための写真として、ネグリジェやら下着やら、なんかそこまでって感じの写真まで、既にお姉さまはお持ちです! 今更そんな、着替え写真など!!」
「わー! 瞳子、ストップ! ストップトーキング!!」
 慌てて祐巳は瞳子を止めたけれど……なんか由乃さんの祐巳を見る目が、若干引いているように見えたのは、気のせいだろうか。
 ちなみに乃梨子ちゃんの祐巳を見る目が、なんとなく同志を見付けた時の親しみ満開な視線だった気がするのは、多分気のせいではないだろう。
「――とにかく」
 こほんと咳払いを一つして、瞳子が冷静さを取り戻す。
「お姉さまには動機がありません」
「なるほど、それは盲点でした。となれば、残るは一人」
 菜々ちゃんがくるっと向きを変え、乃梨子ちゃんに向き直る。
「言うまでもなくガチの乃梨子さまはついに親友の秘密写真を」
「誰がガチだ誰が。第一、志摩子さんならともかく瞳子の着替え姿なんてクラスで見飽きてるってば」
「ぅわ乃梨子ちゃんズルイ!」
 思わず抗議した祐巳を見るみんなの目が白い(瞳子除く)。
「でも確かに乃梨子ちゃんは無理があるんじゃない? 乃梨子ちゃんの好みは志摩子さんなわけで」
 由乃さんが志摩子さんと瞳子を見比べて言う。視線が顔より少し下を左右したことに、瞳子が顔をしかめた。
「お姉さま、ぐーで殴って良いですか?」
「まぁまぁ、落ち着いて。瞳子のそんな控え目なところも、私は好きだよ?」
 瞳子を宥めてから、祐巳も菜々ちゃんに言う。
「第一、そんな長いシャッターケーブルなんて、さすがにないんじゃないかな?」
「そ、そうかもしれません」
 うろたえる菜々ちゃんに、更に瞳子が追い討ちをかけた。
「それに言い忘れていましたが、菜々さんのお話の根拠の部分ですけど……実際に蔦子さまを捕まえたのは、私ではありませんし。たまたま中庭を通りかかった可南子さんに、捕まえていただいたのですわ」
 瞳子の語った新たな事実に、菜々ちゃんが「なんだってー!」とばかりに顔をしかめる。確かに高スペックな蔦子さんだけど、相手が可南子ちゃんなら話は別だ。何しろ可南子ちゃんは、いまやバスケ部の立派なエースである。
「これで謎が解けたね。じゃあ、お仕事に戻ろうか?」
「お待ちください、紅薔薇さま!」
 一件落着と再びしめた祐巳に、菜々ちゃんが言う。
「それで良いのですか!? まだ時間は17時にもなっていませんよ! これでは放課後いっぱい、潰れないではありませんか!」
「いや、別に私たちは時間を潰したいわけでは――」
「そうよね、菜々!」
 ぐいっと祐巳を押しのけて、由乃さんが立ち上がった。
「こうなったら、聞き込みね、菜々!」
「ええ、お姉さま! 聞き込みです!」
 揃って走り始める黄薔薇姉妹。
 その後姿を見送って、紅白の薔薇姉妹は壮大なため息の合唱を漏らして壁の時計を見上げた。

 
 ただいま、16時30分です。
 
 
「祐巳さん、菜々! 面白い証言が見付かったわよ!」
 由乃さんが戻って来たのは、祐巳たちが乃梨子ちゃんの用意した紅茶を飲み終わり、ついでに片付けも終えた頃だった。
「お姉さま、ナイスです! 早速証言を聞きましょう!」
 由乃さんとは違い、薔薇の館を飛び出ていった1分後には戻って来て、「あ、私も片付け手伝います」とのたまった菜々ちゃんが、再び放課後探偵モードに切り替わる。
「今回の証言者も前回に引き続き、なんだかどっちが喋っているか良く分からないふわふわした感じの2年生コンビよ」
「またもやなんだかどっちが喋っているか良く分からないふわふわした感じの2年生コンビですか」
「かしらかしら」
「そんなことないかしら」
「私が美幸で」
「私が敦子かしら」
「いい加減覚えて欲しいかしら」
「うわぁ、本当にどっちがどっちか分かんないよね……」
 相変わらずふわふわしている二人に祐巳は感心する。
「それでお姉さま、お二人の証言とは?」
「任せなさい! さぁあなたたち、どっちが喋っているか分からない感じでふわふわと証言しなさい!」
 由乃さんに促されて、瞳子の級友である美幸ちゃんと敦子ちゃんがふわふわと証言を始める。
「かしらかしら、目撃かしら」
「何をかしら?」
「武嶋蔦子さまかしら」
「確かに見たかしら」
「部室棟の方から走ってきたかしら」
「窓からバッチリ目撃かしら」
「うわー、やっぱりどっちが喋ってるか分かんなくなってくるなぁ……」
 なんとなく頭がくらくらしてくる祐巳だけれど、菜々ちゃんはどうにか理解できたらしい。
「なるほど、蔦子さまを目撃したわけですね。もう少し詳しい状況をお願いできますか?」
「あなたたち、もっともっとどっちが喋っているか分からない感じでふわふわと、もう少し詳しい証言をしてちょうだい!」
 菜々ちゃんのリクエストを由乃さんが伝え、美幸ちゃんと敦子ちゃんが更にふわふわしながら証言する。
「かしらかしら」
「聖書朗読クラブの最中かしら」
「窓の向こうを蔦子さまが走っていったかしら」
「驚きかしら」
「間違いなく更衣室の方からきたかしら」
「かしらかしら」
「以上かしら」
 二人の証言に、思わず祐巳は頭を抱えた。
「あぁ、もう! どっちが美幸ちゃんでどっちが敦子ちゃんか、分からないよ!」
「大丈夫です、お姉さま。私は既にお二人の区別は諦めてますから!」
 慰めてくれる瞳子だけど、それは友達としてどうなんだろうか。
「なるほど……どちらが喋っているか良く分かりませんでしたけど、あの方たちは更衣室の方から逃げる蔦子さまを目撃した、と。そういうわけですね、お姉さま?」
「ええ、そうよ。ただ、この証言はむしろ蔦子さんの罪を強固にするものに思えるけれど……」
 退場した美幸ちゃんと敦子ちゃんの証言を、菜々ちゃんと由乃さんが吟味している。
「いえ……やはり私の睨んだ通り、この事件は一筋縄ではいかないようです。むしろ今日中に解決できるかどうか、不安になって参りました」
「どうするつもり、菜々?」
「今回は蔦子さまが容疑者ですし……あそこでもう少し詳しい状況を聞きましょう」
 菜々ちゃんがそう言って、祐巳たちの方を向く。これはきっと「ついて来い!」と言うことなのだろう。
 祐巳たちは仕事の山に後ろ髪を引かれながらも、渋々と菜々ちゃんの後についていくことにした。


『新聞部』
 そんな張り紙のある扉の前で、菜々ちゃんは足を止めた。どうやら菜々ちゃんの目当ては新聞部だったようだ。
 なんで新聞部が関係してくるのだろう、今回の事件で。
「――お姉さま、これって何か分かりますか?」
「何よ、日出美? 適当に打った文字じゃないの?」
「違いますよ。この文字列をですね、こうやってペイントに貼り付けて、それから塗り潰しをすると――」
「ああっ! 白地の文字が浮かんできた!?」
「そうなんですよ、不思議ですよね。ええ。ところでお姉さま、お姉さまのボディもクリックして塗り潰すと何か文字が見えてくるかも知れませんよぉ」
「へ? な、何を?」
「ですからぁ、こうやってツツーと。そうすると赤く染まったお姉さまのうなじやらなんやらにステキな聖痕が浮かび上がっても私は一向に驚かないです!」
「ちょ、ちょっと日出美――!?」
「さぁお姉さま、私の手でステキに塗り潰しを――!」
「失礼いたします、ごきげんよう!!」
 扉の向こうから聞こえてきた日出美ちゃんの声が、限界水位を突破しようとした瞬間、菜々ちゃんが勢い良く部屋に飛び込んでいた。
 ガタガタガタと音を立てて日出美ちゃんが真美さんから距離を取り、手にしていた筆を背中に隠す。
「あら、祐巳さんじゃない、どうしたの?」
 祐巳たちに気付いた真美さんの背後で、日出美ちゃんが盛大な舌打ちを披露してくれた。
「そうそう、これ。駅前の美味しいケーキ屋さんリスト。新聞部の総力を挙げて調べたのよ。プレゼントするわ」
「あ、ありがとう」
「いいえ、祐巳さんのためですもの。それとこれが、特に私のオススメのお店。今度是非一緒に行きましょうね」
「う、うん……」
 真美さんがしな垂れかかるようにして手渡してくるメモ用紙を、菜々ちゃんが横からさっと受け取った。
「ありがとうございます、真美さま。ところで日出美さま、頼んでおいた例のものは?」
「ええ、終わってるわよ。これが回収したフィルムに写っていた写真。確かに着替え中の生徒の写真もあったわね」
 見れば望遠レンズか何かで撮ったのか、祐巳の着替え写真がバッチリ写っていた。
「つ、蔦子さんってば……」
 思わず頬が引きつる祐巳の両脇から、サッと二人の人物が手を伸ばしていた。
 瞳子と菜々ちゃん――壮絶な写真の奪い合いは、運動神経の差で菜々ちゃんに軍配が上がる。
「な、菜々さん? それはあなたには無用のものだと思うのですけど、ケーキ食べ放題とかで手を打ちません?」
 何か取引を持ちかける瞳子を菜々ちゃんは華麗に無視する。
「ありがとうございました。それでは、私たちはこれで」
「分かりましたわ、ケーキ食べ放題を3回! 3回でいかがです!?」
 立ち去る菜々ちゃんの後を、瞳子が慌てて追いかける。そんな写真くらい、リクエストがあれば別に撮らせてあげるのに。
「あ、もう行くの? じゃあ祐巳さん、またね」
「う、うん……」
 いつもとは明らかに違う変なテンションで、真美さんがひらひらと手を振る。
 前回の蔦子さん&笙子ちゃんの時もそうだったけど……やっぱり今回もここはミスキャストだと思うよ、菜々ちゃん……。


「ますます複雑になる事件。情報を求めて私は、ついにあの方を頼ることにした……」
 菜々ちゃんが自分でナレーションを入れながら、リリアン女学園の中庭を疾駆する。前回同様スケートをしているみたいな変な動作で突き進むのは、やっぱり仕様なんだろう。
「ワンモアセッ! しっかりついてきやがれ愚民ども!」
 何故か大学の敷地内で、鬼軍曹風のフィットネスを行っているお方がいる。浮かんだ汗がきらりと光る額を見て、由乃さんが「また出たよ」と呟いた。
 やっぱり今回も出てきたか、江利子さま!!
「――情報が欲しいのですが」
「さぁ、次は大胸筋を意識してワンモアセッ! てめぇら戦場で生き抜きたければ死ぬ気でついて来い!」
 ひそひそと声を掛けた菜々ちゃんを江利子さまは無視して、次のステップへ進む。
 菜々ちゃんは周囲を警戒しつつ、懐から一枚の紙――さっきの争奪戦で勝ち取った写真――を取り出し、江利子さまに渡した。
 江利子さまは同じく周囲を警戒し、そっと写真を懐にしまう。瞳子が「あぁ……」と打ちひしがれたような声を漏らした。
「――例のカメラちゃん盗撮事件のことね?」
「はい」
「確かにカメラちゃんは時々、着替え中の姿を盗撮していたけれど、それは祐巳ちゃんに限ってのことだったわ。あれは純粋に、カメラちゃんの趣味だから」
「なるほど……」
「それに以前、カメラちゃんが興味深いことを言っていた」
「興味深いこと? それは一体?」
「ワンモアセッ! てめぇらもっと太股を意識しやがれ! 銃弾は遠慮してくれねーぞ!」
 菜々ちゃんが今度は志摩子さんの着替え写真を取り出して江利子さまに渡す。今度の写真は自前のようだ。前回の由乃さんに引き続き、なぜそんなものを常備しているのかは謎だ。
「ぅほああああぁぁぁぁぁぁ! なんじゃその写真はーーーーーーーーー!」
 乃梨子ちゃんがいきなり烈火の如く叫びだしたけれど、江利子さまも菜々ちゃんも頓着しなかった。
「カメラちゃん曰く、更衣室には絶好の盗撮ポイントがあるそうよ。彼女はそこから祐巳ちゃんの着替えを撮ることを日課にしていたわ」
「日課って。蔦子さんってば……」
 ため息を吐く祐巳とは違い、菜々ちゃんは満足げに頷いていた。

 
 夕暮れに薔薇の館は赤く染まっていた。
 下校時間まで――残り、30分――


「さて、それでは今回の事件の真犯人をお話しましょう」
 薔薇の館の執務室で、菜々ちゃんが名探偵よろしく語り始めた。
 ただ、間違いなく迷う方の迷探偵だと思う。
 ちなみに現在、薔薇の館には山百合会のメンバーに加え、反省文を書き終えた蔦子さんと、蔦子さんを捕まえた可南子ちゃん、そして蔦子さんに付き合っていた笙子ちゃんまで集っていた。
 ぐるりと一同を見回した後、菜々ちゃんはゆっくりと歩きだし――そしてある人物の前に立つ。
「藤堂志摩子さま、あなたですね!」
「え、わたし?」
 菜々ちゃんの指摘に志摩子さんがきょとんとした顔になり、一同がざわめく。
「考えてみれば不思議なのです。思い返せば今回、志摩子さまは何故かほとんど声を発していません! これは明らかに不自然! 恐らく下手なことを言ってボロが出るのを恐れたのでしょう!」
「そ、そう言われてみれば、確かに! 志摩子さん、まさかあなたがこんなことをするとは思わなかったわ!」
 菜々ちゃんの推理というかただの言いがかりを聞いて、由乃さんが志摩子さんに迫る。
「さぁ、神妙にお縄につきなさい!」
「と思ったこともありましたが、考えてみれば志摩子さまは元々影の薄い空気みたいなものですので、別に不思議でもなんでもありませんでした」
「そうよねー。志摩子さん、私は志摩子さんの影の薄さを信じていたわ!」
 何気に酷いことを言う菜々ちゃんに同調し、由乃さんがもっと酷いことを言って引き下がる。あぁ、志摩子さんがさめざめと泣いちゃってるよ。
「志摩子さまには動機がない。動機がありそうに見えた祐巳さまにも乃梨子さまにも、やはり動機はなかった……」
 さめざめ泣く志摩子さんと、そんな志摩子さんを必死に励ましている乃梨子ちゃんを放置して、菜々ちゃんは再度ゆっくりと歩き出す。
「となれば、動機を持つ人物は一人しか残っていません。それはつまり――」
 菜々ちゃんが足を止め、その人物を見上げる。
「細川可南子さま、あなたですね!」
「……なぜそうなるんです?」
「あなたは最近、瞳子さまと非常に仲良くなられた。それはもう、親友と呼んでも構わない間柄になったようですが――そこに、友情以外の感情がないと言い切れますか?」
「言い切れますわよ! 当たり前ですわ!」
 瞳子が身震いして断言するけれど、可南子ちゃんは菜々ちゃんの推理を面白そうに聞いていた。
「なるほど。でも仮に私が瞳子さんに友情以上の物を抱いていたとして――どうやって私が瞳子さんの着替え写真を撮るのかしら? 私は体育館にいて、瞳子さんの悲鳴を聞いて駆けつけたのだけど? その点はバスケ部の人間なら、誰でも証言してくれるはずよ」
「それは当然――」
「遠隔操作はないよ、菜々ちゃん。そんな長いケーブル、ないから」
「……」
 祐巳の忠告に菜々ちゃんが言葉につまり、しばし宙に視線を漂わせ――
「そ、それは当然、ピタゴラスイッチです!」
「ピタゴラスイッチ……」
 菜々ちゃんの弾き出した答えに、一同が唖然とする。
「その通りです。ご覧の通り、可南子さまは背が非常に高いですから、高い位置にも容易に手が届きます。装置を作るのにこれほど有利なことがあるでしょうか!」
「まぁ、それはそうだけども」
 由乃さんの同意を得て、菜々ちゃんが勇気をありがとうとばかりに両手を広げる。
「可南子さまはバスケ部。当然、装置のスイッチはバスケのフープに仕掛けられました。可南子さまは瞳子さまが更衣室に入ったのを、その人一倍高い視点から確認。華麗なるドリブルでゴールに近寄ると、ダンクシュートを決めます」
「凄い、全国レベルだね、可南子ちゃん!」
「いえ、祐巳さま。私もさすがにダンクは無理です」
「するとフープに仕掛けられていた糸が切れ、糸に支えられていた振り子が動き出す。振り子の行く先にはドミノが仕掛けられていたのです! そう、体育館中に!!」
「バスケやってた! たった今、バスケやってたよ! ドミノ倒されちゃうよ、菜々ちゃん!」
 思わずツッコミを入れた祐巳だが、菜々ちゃんは気にしない。ついでに菜々ちゃん以外の面々が、祐巳のことを「ツッコミ役よろしく!」とばかりに見てきた。最初にツッコミを入れてしまった祐巳の負けだ。
「ドミノは途中、マリア様の絵などのモザイク画を完成させつつ体育館の外へ」
「いや、モザイク画意味ないし!」
「体育館の外に出たドミノは、廊下を突き進み部室棟へ。階段を上手いこと上り、屋上へ出ると、最後の一枚が雨どいに落下。雨どいをダストシュートのごとく落下し、更衣室の脇に仕掛けられた巧妙な仕掛けによって、ひょいと飛び出てきます」
「巧妙過ぎるよ! ドミノ選手権もびっくりだよ!」
「そして開いていた窓から更衣室に飛び込んだドミノは、見事に仕掛けられていたシャッターに落下。瞳子さまの着替えを激写した――というわけです!」
 菜々ちゃんの推理に全員が息を呑む。
「なるほど……それで、そのドミノはどこにあるのかしら?」
 可南子ちゃんの疑問はもっともだ。というか、そこ以外にも疑問だらけなのだけども。
「それは当然、回収したのです。可南子さまは瞳子さまの悲鳴を聞くと、モップを手にしました。きっと武器にするのだろうと誰も疑問には思わないことでしょう」
「思う思う」
「そして可南子さんはモップで体育館、廊下、部室棟のドミノを掻き集め、更には雨どいに仕掛けられた巧妙な仕掛けを、鍛え上げた日曜大工の腕で素早く修理。そのまま中庭に向かい、たまたま通りかかった蔦子さまを捕獲した、というわけです!」
「な、なんて巧妙なトリック……可南子ちゃん、あなたが犯人だったなんて! おとなしく捕まりなさい!」
 由乃さんが可南子ちゃんに迫る。
「でも、菜々さん? 今日のバスケ部の部活内容は筋トレで、ボールは使ってないのだけど?」
 可南子ちゃんが繰り出した、もっと他にも色々あるだろうに、何故かチョイスしたどうでも良い箇所へのツッコミに、菜々ちゃんが「それは盲点だった!」とばかりに天井を仰ぎ見る。
「ダメだわ、菜々。筋トレではピタゴラスイッチが起動できないもの」
「いえ、お姉さま。確かにそのままではピタゴラスイッチは起動できませんが、相手は可南子さまです。その高身長を活かした、なんやかんやで上手いことフープの糸を切り落としたのですよ」
「なるほど……それで、そのなんやかんやってのは、何なのよ?」
「なんやかんやとは――」
 菜々ちゃんが振り向きざま、自信満々に言い切る。
「なんやかんやですよ!」
 ガビーン。
 言い切った菜々ちゃんに、そんな擬音が室内を満たす。
「……ダメじゃん」
 由乃さんが全員の意見を代弁した。
「菜々、ダメよ。やはり可南子ちゃんが犯人というのには、無理があるわ」
「……そのようですね。しかし――これで今度こそ、この事件の真相が見えてきたようです」
 ちらり、と時計を見て菜々ちゃんが言う。時刻は既に17時15分――あと15分で、下校時刻になる。前回同様、ちょうど良い頃合だ。もはや今日の仕事は再開できない、という意味で。
「一見すると、もはや動機のある人物は全員、無実が証明されたように思えます。しかし、その動機と言う点でもう一人だけ、無実が証明されていない人物がいる」
「瞳子の着替えを盗撮する動機を持つ人物が、他にいるの?」
 祐巳の問いに菜々ちゃんが頷いた。
「ある意味で、もう一人だけ動機を持つ人物がいるのです。それは――」
 菜々ちゃんがスッと手を上げてから、ビシッとその人物を指差す。
「内藤笙子さま、あなたです!」


「……え?」
 意外な菜々ちゃんの指摘に、一同の目が点になった。
 それはそうだろう……何しろ笙子ちゃんは、今まで全く話に絡んでこなかった人物なのだ。犯人が最後の最後の謎解きまで顔どころか名前すら出てこないなんて、そんな展開あり得るわけがない。
「……はい、そうです。本当は……私が、犯人です」
 あり得ちゃったーーーーーーーーーーーーー!!
「え、えぇえ!? あ、いや。コホン。やはりそうでしたか!」
 誰よりも菜々ちゃんが驚きの声を上げてから、取り繕うようにして力強く頷いていた。
「笙子ちゃん、それは……」
「いいのです、蔦子さま。私のことを庇おうとしてくださったその心だけで、笙子は満足です」
「笙子ちゃん……」
 戸惑いからか視線をきょろきょろとさ迷わせている菜々ちゃんの前では、蔦子さんと笙子ちゃんが熱っぽい視線を合わせている。
 蔦子さんが罪を認めたから、蔦子さんが犯人に間違いないと祐巳も他のメンバーも思っていたけれど……そうだった。このパターンがあり得たのだ。
 蔦子さんが誰かを庇っているというパターン。普段から盗撮を繰り返していて「仕方ないなぁ」と軽く許してもらえる蔦子さんが、罪を被って誰かを守ろうとするというパターン。
 姉妹はいない蔦子さんだけど、それが笙子ちゃんであればあり得る展開なのだ。
「まさか……本当に真犯人が見付かるなんて……」
 瞳子が呆然と呟く。それには祐巳も同意だし、何より多分、菜々ちゃんも同意してくれることだろう。
「でも、どうして? どうして笙子ちゃんが盗撮を?」
 由乃さんがもっともな疑問を口にする。
「それは――笙子さまの、蔦子さまへの愛情が動機です」
「……その通りです」
「ぅわまた当たった!」
 菜々ちゃんの台詞に笙子ちゃんが頷き、思わず由乃さんが驚きの声を上げる。
 でも由乃さんの気持ちは凄いよく分かる。これでは菜々ちゃんは、迷探偵ではなく名探偵みたいではないか。
「笙子さまは蔦子さまに認めてもらいたかった。それで考えたのです。紅薔薇のつぼみの着替え写真というレア写真を撮れば、蔦子さまにも認めてもらえるに違いない、と!」
 菜々ちゃんが絶好調に推理を展開する。
「そう思った笙子さまは更衣室に潜み、盗撮に及んだというわけです。お二人は姉妹ではありません。笙子さまはその関係をどうにかしたかったのでしょう。悲しい事件です」
「いえ、それは全然違いますが」
 顔を伏せた菜々ちゃんを、笙子ちゃんが間髪入れずに否定する。菜々ちゃんが「しまったー!」とばかりに天井を仰ぎ見た。
「私は別に、紅薔薇のつぼみの着替え写真を撮っていたわけではありません」
 首を振る笙子ちゃんに、祐巳は「あ、そうか!」と声を上げていた。
「笙子ちゃんは、蔦子さんを盗撮していたんだ!」
「はい、そうです。蔦子さまはその……更衣室を盗撮できるポイントをご存知でしたので」
 笙子ちゃんが言い難そうに言う。
「つまりそれは、発想を逆転させれば『更衣室から蔦子さんを盗撮可能なポイント』になるわけだね!」
「ちょっとちょっと、祐巳さん!」
 祐巳の台詞に由乃さんが慌ててストップをかける。
「気持ちは分かるけど、今回の主役は菜々だから! 祐巳さんが活躍する推理物じゃないから、自重して! あと、逆転とか言っちゃダメ!! 作品が変わっちゃうわよ!」
 由乃さんが指差す方を見れば、菜々ちゃんが打ちひしがれたように膝を抱え、床にのの字を書いていた。
「う……ごめん……」
 反省した祐巳は、影を背負っている菜々ちゃんに謝っておいた。
「つまり……真相はこういうことですか?」
 志摩子さんを慰め終えた乃梨子ちゃんが手を上げる。
「瞳子が上げた悲鳴に、蔦子さまを盗撮していた笙子さんが慌てて逃げる。その後を追った瞳子ですが、走力の差で引き離されるばかり。それと同時に、更衣室の盗撮をしようとしていた蔦子さまも、その盗撮ポイントから慌てて逃げ出した。そこに可南子さんがやってきて――」
「私と蔦子さまを間違えて、捕まえてしまったわけです」
 乃梨子ちゃんのまとめを、笙子ちゃんが悄然と続けた。
「私はすぐに真相に気付きましたが、薔薇の館から出てきた蔦子さまに、黙っているように言われて。大したお咎めはなかったから、って」
「まぁ、真相はどうあれ、私が更衣室の盗撮をしようとしていたのは事実だし。実際、祐巳さんの盗撮はちょくちょくやってるし、ね」
 蔦子さんがバツが悪そうに言う。
「それに、さ。写真が苦手だからって、いつも逃げてばっかりだった私にも原因があるのは、間違いないからね……」
 そう言って「ごめんね」と笙子ちゃんに言った蔦子さんの目は、妹に向ける姉のそれだったように、祐巳には見えた。
「……どうやらこれで一件落着のようですね」
 しんみりした空気の中、菜々ちゃんが呟く。
「――どうにか、放課後いっぱいまでもちましたし」
 同時に、下校時刻を告げるチャイムが、ゆっくりと響き渡った……。


「それにしても、あっさり片付いたと思った事件で、本当に放課後いっぱい持たせるなんて、さすが菜々ね! しかも今回は本当に真犯人まで見付けちゃうんだもの!」
 見事に補正予算との格闘を回避した由乃さんが、上機嫌で言う。でも由乃さん、その仕事は普通に明日に回されるだけなんだよ、現実は。
「いえ、私だけの手柄ではありませんよ、お姉さま」
 そんな由乃さんに、菜々ちゃんがいつになく由乃さんにくっ付きながら言う。
「確かに蔦子さまが簡単に見付かる盗撮を行うなんて不自然だとは思いましたが――蔦子さまが犯人ではないと確信できたのは、お姉さまが連れて来てくれた証人のお陰です」
「証人って……あの、なんだかどっちが喋っているか良く分からないふわふわした感じの2年生コンビのこと?」
「はい。あの証言を聞いて、私は自分の直感を確信しました。蔦子さまが犯人だということはあり得ない、と」
 頷く菜々ちゃんに由乃さんは首を捻っていたけれど――二人の証言を思い出した祐巳は、なるほどと頷いた。
 今思えば、菜々ちゃんの言う通りだ。あの二人の証言は、ふわふわしてたりどっちがどっちか分からないことを除いてまとめれば、こういうことになる。
『部室から窓の外に、逃げていく蔦子さまを見た』
 それは即ち、蔦子さんが部室棟の中ではなく、外にいたことになる。その時点で、更衣室から廊下に逃げた犯人は、蔦子さんではあり得ないのだ。
「ですから、今回の手柄は私とお姉さまのものですよ」
「よく分からないけど……役に立てたなら、嬉しいわね」
 微笑む菜々ちゃんに、由乃さんが嬉しそうに応じる。なんとも騒がしい姉妹だけど、コンビネーションは確かに抜群かもしれない。
「いつか――」
 祐巳と並んで黄薔薇姉妹を眺めていた瞳子が、ぽつりと言った。
「笙子さんたちも、いつかは姉妹になれるのでしょうか?」
「どうかな……それは、どうなるか分からないけれど」
 瞳子の問いに、祐巳は笙子ちゃんを庇う蔦子さんの様子を思い出した。
 自分が危険に晒されたとしても、笙子ちゃんを庇って嘘の自白をした蔦子さん。そこには十分過ぎるほど、相手のことを想う気持ちが存在すると思うから。

「きっとあの二人には、姉妹かどうかなんて形はもう、必要ないんだと思うよ」

 振り返れば、二人並んで歩く蔦子さんと笙子ちゃんの姿がある。
 その二人の様子を見れば、誰もが同じような感想を抱くことだろう。
 まるで仲の良い姉妹みたいだ――と。




 放課後探偵有馬菜々
   Case.02 放課後の盗撮魔 〜完〜


一つ戻る   一つ進む