【2951】 推定姉妹有言実行シスターズの小冒険  (かいず 2009-05-23 02:07:58)


突然ですが、皆さまごきげんよう
有馬菜々です。
紆余曲折ありましたが、私は晴れてこの春にリリアン女学園に無事に入学することになりました。
あ、これはどうもどうも。
ご声援、ありがとうございます。
あのう、おめでとうのお言葉だけなんて寂しいことをおっしゃらずに、
もし入学祝などを頂けるのでしたら、ありがたく受け取らせていただきますよ?
・・・・・・・。

あ、もしかして困らせてしまいました?
もう、冗談ですよ。
私はそのお気持ちだけで充分嬉しいですから。

なんて、こんなこという私。
ちょっぴり可愛らしいですよね?


さてさて、冗談はこのくらいにして。話を進めますね。
さすがの私もですね、晴れて高等部生なるということで凄く緊張するかなーとか思っていたのですけれど、
実際は全然違いましたね。
特別にテンションが上がるわけでも、緊張するわけでもなく。
気持ちはサラリと自然体。
そう、自然体なんです。
振り返ってみると、去年は由乃さまとの出会った場所がトイレなだけに運命的な出会いをしてから、
それから他の薔薇さま方とも仲良くしていただいたりして・・・。
変に度胸が付いてしまったんですかねぇ。
そう、リリアン度胸がです。
あ、トイレのくだりは流していただいて結構です。トイレなだけに。

まあ、お姉さまから言わせると「あんたは元々肝っ玉がでかい!神経が図太い!態度がずうずうしい!」とのことですが。
これって失礼な話だと思いませんか?
あっと、失礼。話がそれてしまいました。
ええとですね、先ほどは気持ちが「自然体」と言いましたが、決して無心ではないんです。
むしろ逆です。
車で例えたらアイドリング状態なんです。
いつでもエンジンが暖まっていて、グリーンのスタートランプが付けばタイヤをきしませ、煙を噴き上げながら
一気に飛び出せてしまう感じです。
えーと、うまく説明できないですね。今の話、忘れてください。
え?面倒くさくなって、説明を諦めたんだろうって?
まあまあ、そんな時もあるということで。
若輩者ゆえ、ご勘弁を。


・・・おっと、先ほどからなにか騒がしいと思ったら、お姉さまが私を呼んでいるようです。
こんなに離れていても声が聞こえるなんて、これが姉妹の絆でしょうか。
いや、単にお姉さまの声が大きいだけですね。
今がお昼休みで良かったです。

両手を腰に当てて、フンと私を見るお姿。
さすが、私のお姉さま。
仁王立ちが良くお似合いです。
ふふっ、素敵ですよ。
あー、はいはい。そんなにむくれた顔をされなくても、いいじゃないですか。
あなたの菜々は、すぐにあなたの傍に飛んで行きまから。





薔薇さま達は、昼休みに薔薇の館で昼ごはんを食べることが多い。
もちろん、全員がそろわない事もある。
何か行事の打ち合わせなどをしなきゃならない、急な仕事がある等の事情を除いて、
特に集まる約束をしているわけでもないからだ。
普段は仕事仲間で仲良しな彼女達であるが、特に珍しいことではない。
昼ごはんをどこで食べようと各自の自由なのだから。

ちなみに今日の昼休みにここに集ったメンバーは、紅薔薇姉妹に白薔薇姉妹であった。
黄薔薇姉妹はまだ来ていない。

「由乃さん、『私だけ仲間はずれにされた』なんて怒ったりしないかしら」

「でも、志摩子さん。こればかりは仕方が無いですよ」

「そうだねぇ。もしかしたら、菜々ちゃんと一緒にいるのかな」

「何か用事があるのかもしれませんね」

などと薔薇の館の住人達は、談笑しながら昼ごはんを食べ、妹達が淹れてくれた食後の紅茶を楽しんでいていた。
いつもの暖かい空間。
フーフーと紅茶を冷ましてながら、チビリチビリと紅茶を飲んでいた祐巳の口からふいに言葉がこぼれた。

「最近、由乃さんの様子がおかしいと思わない?」

その言葉を聞いて他のみんなは由乃の顔を思い浮かべて少し考える。

「そうかしら?いつもどおりだと思うわよ、祐巳さん」

「そうですよ、お姉さま。由乃様はいつもあんな感じのお方ですよ」

「そうですねぇ、祐巳さま。私も志摩子さんや瞳子と同じ意見です」

みんなの意見は同じ。全会一致で島津由乃はいつもどおり。
ちなみに志摩子、瞳子、乃梨子の順で発言である。
島津由乃は、いつもあんな感じ。
私の考えすぎかしらと祐巳は首をひねる。
確かにどこが変かといわれたらうまく説明できないのだけれど、何かひっかかるなぁと。


そのまま深く潜っていこうとした祐巳の思考が突然に引き上げられたのは、ギシギシと階段を登る音が聞こえたからだった。
噂をすればなんとやら、由乃さんかな?と祐巳がドアを見るのと同時に「うんこらせ」という小声とともにドアが少しだけ開けられた。

「あっ・・・、皆さまごきげんよう」

びっくり顔でドアから顔を出したのは、菜々だった。
室内の状況を見て、先輩たちが食後のお茶の最中だというのが分かったのだろう。
由乃と一緒にじゃれている時は奔放な性格と思われがちな菜々であるが、生まれも育ちも根っからの体育会系である。
薔薇の館で一番目下の自分が、先輩たちより遅れてここに来たというのがとても申し訳なく思えたのだ。

「皆さま、いらしていたのですね。すいません、遅れてしまいました・・・。早速、お茶をお入れしますので・・・」

菜々は本当にすまなそうな顔をして、少しだけ開けたドアから隠れるように顔だけチョコンと出している。
瞳子と乃梨子は、そんな菜々の顔を見て少しほほえましく思った。

「菜々ちゃん、そんな心配をしなくても大丈夫ですわ。私達でもうお茶はいれましたし。そんなしょんぼりした顔をしていないで、入っていらっしゃいな」

「そうだよ。それに今日の昼休みに全員でここでランチするなんて約束していなかったんだしさ。ほら、菜々ちゃんも早くお弁当食べないと
昼休みが終わっちゃうよ?」

トホホ顔をした菜々は、先輩たちの顔をそっと見る。
瞳子も乃梨子も、そして紅薔薇さまも白薔薇さまも「そうだよー」「そうだわ」とニッコリと微笑んでいた。
先ほどまで心細くなっていた菜々であったが、先輩方の暖かい言葉をもらって勇気100倍。
いつもの笑顔が戻った菜々は、「本当にすいませんでした。では、失礼します」と一礼してドアを開けた。


「うおう・・・」
室内にいたメンバーから、腹の底から声がもれた。

「よいこらせ」と部屋の中に入ってきた菜々の右手には、「毎度おなじみ」のパンパンにふくらんだエコバッグをぶら下げていた。
そのエコバッグの中には購買部で購入したであろうサンドウィッチやカレーパン、そしてあんぱん、ジャムパン、クリームパン等がどっちゃりと詰まっていた。
あの混雑する売店でこれだけの量の惣菜パンや菓子パンを獲得するためには、スピードと勘、そして同級生や先輩を出し抜ける鉄の心が
ないと成し遂げることが出来ない偉業である。
先ほどまでの「可愛いらしい後輩風味のしょんぼり顔」は何だったんだろうと祐巳たちは思った。

ちなみに菜々が持つお気に入りのエコバッグは由乃の姉、支倉令のお手製で入学祝いにプレゼントしてもらった物である。
白地の布に可愛い黒猫がプリントされていて、後で由乃も令におねだりをして欲しがった一品である。


「菜々ちゃんは、今日も満タンだねぇ」と感心した声で祐巳がたずねると、
「はい紅薔薇さま、やはり人間は身体が資本ですから」と屈託の無い笑顔で答える菜々。

その会話を聞きながら、乃梨子はいつも悩むのだ「あれだけの食べ物が、あんな小さな身体のどこに入っていくのだろう」と。

「あれだけ食べて、太る気配はまったくないし・・・。後でお菓子とかもバンバン食べているし、本当にズルイ。私も剣道を始めようかしら」
そんな乃梨子を志摩子はニコニコと見つめながら「乃梨子、心の声が外に漏れているわ」と思った。


菜々は育ち盛りだ、だからよく食べる。
これが、この春から薔薇の館の住人となった有馬菜々に対する、みんなの認識であった。
ゴクリと誰かが息を呑む音がした。
瞳子であった。
普段から小食である瞳子にとっては、菜々の「一人フードファイト」がいまだに見慣れないのである。
見ているだけでお腹いっぱいになってしまう。
顔色が少し悪くなってきた、午後の体育は休むかもしれない。

先ほどまで乃梨子を見つめていた志摩子もまた、菜々が持ってきた山盛りパンに触発されて、空想の旅に出発していた。

「これだけ色々な種類のパンがあるのだから、ぎんなんパンもあったりするのかしら。でも、こんなこと言ったら『志摩子さんったら、またギンナン?』って乃梨子に笑われちゃう・・・」

「でももしかしたら、パン生地にぎんなんを練りこんだり、砂糖で煮詰めてアンコ状にしたぎんなんパンは存在しているかもしれないわ・・・」

「そうだわ!そうだとしたら、具がユリネのカレーパンなんてアリじゃなくて?」

と途方も無い空想パンに思いをはせていた。

そんな先輩方の心の内を知ってか知らずか、菜々はウキウキ気分を無表情で器用に表しながら、エコバッグの中から一つ一つ慎重にパンを取り出す。
まるで美術品を鑑定するかのように、真剣な表情である。
「リリアン一のフードファイター」の菜々は、物事の流れや段取りを重要視する方針である。食べる順番を決めているのだ。
そして、なぜかパンでピラミッドを作っていたりする。
テーブルの上にそびえ立つ、パンのピラミッド。
たぶんその天辺にちょんと置いたサンドウィッチを最初に食べるのだろう。

もはやルンルン気分が隠し切れない菜々は、バッグの底からおもむろに取り出した1リットルの紙パック牛乳の角を丁寧に開けて、
そこに長いストローを刺した。
菜々的には、直接パックに口をつけて飲むのが一番美味しいのだが、ここはリリアンの中枢部である薔薇の館だ。
我慢、我慢である。
この場合、ストローの選択はテーブルマナーとして最良の答えであるといえた。
なお、最高な答えはコップに注いで飲むのが正解なのだが「そんな細かいことは考えなくてよろしい」とマリア様もおっしゃるに違いないと
菜々は勝手に思うのだ。
これで準備オーケー。
もう、何人たりとも菜々の食欲をとめることはできない。
そして「いただきます」の開始3秒でサンドウィッチの包装は丁寧に剥がされ、その5秒後には彼女の胃袋に収まっていた。
秒食であった。

菜々を除く全員が、テーブルに置かれたパンのピラミッドがメリメリと磨り減っていくのに目を奪われていたが
いち早く祐巳はハッと我に返り、菜々に先ほどの疑問をぶつけてみた。

「な、菜々ちゃん、最近の由乃さんの調子はどう?」

「ふぁい、ふぁふぁふぁるふぁわ。ふぉうぇいふぁふぁわぁ・・・」

「ごめん、食べてからでいいよ」


ご馳走様でした。
食事は、礼に始まり、礼に終わる。
「食道」には「武道」に通じるものがあると、菜々は常々説いていた。
姉の由乃は「あんた、何言ってるんの?」と首をひねっていたのはある意味で当然かもしれない。
菜々は持参したおしぼりでそっと口元を拭き、満を持して紅薔薇さまの質問に答える。


「はい、紅薔薇さま。お姉さまはいつもどおりだと思うのですが、何かありましたか?」

「ううん、特別に何かあったって訳じゃないんだけれど・・・。私、今年も由乃さんと同じクラスでよく一緒に行動するんだけれど、
どうもいつもと違うんだよね。突然、ぶつぶつ言い出したり、そうかと思えば上の空のときもあるし。
ねぇ菜々ちゃん、由乃さん、本当に大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。今日は会合があるので、お姉さまはそのことで頭がイッパイだったんだと思います」

「会合?」

「はい、軍団由乃の会合です」

「「軍団由乃?!」」

祐巳はもちろん、菜々と祐巳の会話をのほほんと聞いていた他の3人も、驚きの声をあげた。

「はい、由乃さまの、由乃さまによる、由乃さまのための軍団という触れ込みでおなじみの。軍団由乃ですよ?」

きょとんとした顔で答える菜々。
いや、知らないから。そんなのおなじみじゃないから、と菜々以外の全員がツッこんだ。

「まぁ、おなじみというのは冗談なんですけれど、軍団由乃は実在するんですよ。つい最近できたばかりなんです。
会合は今日の夕方に薔薇の館で開催されるんですけれど、その準備でお姉さまも忙しいみたいです。現に、私も先ほどお姉さまに
つかまって、『今日開催するわよ!」と言われて今日の議題を聞きましたし」

確かに今日は仕事が無いので、夕方は薔薇の館は開いている。
どうやら、軍団由乃の会合は仕事がヒマで薔薇の館が開いているときを狙って、突発的に開催されているらしい。
祐巳達は、菜々から提供された突然の情報に驚きを隠せない。
それも、軍団由乃て。なんというネーミング。
いち早くショックから立ち直った乃梨子は、菜々に質問した。

「それで、その軍団由乃のメンバーはどんな人達がいるの?どんなことを議論しているの?」

祐巳、志摩子、瞳子もウンウンとうなずく。
あの由乃が自分達に内緒で何かを行っている。
心配もあるのだが、興味もわくのは当然である。

「ああ、それでしたら、こっそりとのぞいてみませんか?私が手引きさせていただきますので」

由乃の妹である菜々があっさりと言った。
この学園内で一番由乃と距離が近い菜々は、もちろん軍団由乃に関係しているだろう。
そんなに簡単に手引きしていいの?
菜々ちゃん、あとで由乃さんに裏切り者とか言われたりしないだろうかと、祐巳は心配になってきた。

「大丈夫ですよ、紅薔薇さま。全ては菜々にお任せください」

祐巳の百面相から心の中をズバッと読んだ菜々は、自信満面に答えた。



つづく


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