【2975】 知っているの令ちゃん山百合事変  (bqex 2009-06-24 09:45:29)


幻想曲シリーズ

※注意事項※
登場人物が天に召される描写があります。
パラレルワールドを題材にしています。
連載で【No:2956】→【No:2961】→【No:2964】→【これ】→【No:2981】→【No:2982】→【No:2996】→【No:3010】→【No:3013】→【No:3015】→【No:3020】(完結)になります。
以上を踏まえて、お読みください。



「あの、由乃さまとお呼びした方がよろしいでしょうか? それとも、由乃さん?」

 由乃は今、1年菊組の生徒に囲まれていた。

「どっちでも構わないけれど」

 由乃は別の事を考えているので適当に返事をしていた。
 やっぱりさあ、リリアンに通うのはマズイんじゃないかって思うわけだ。
 こちらの世界では由乃は死んでいるのだから。
 死んでしまった人間がひょこり現れて元気に登校してすぐに消えてしまう。
 それでいいの? って、由乃は何度も自問自答する。
 だが、もしリリアンに通わずに何をするのかと聞かれれば答えられっこないのだ。
 学校が嫌いなわけじゃない、むしろ好きだ。今まで学校に行きたくないと思った事なんかない。

(パラレルワールドってやっぱりみんな信じてくれてないみたいだしなあ)

 1つ年下のクラスメイト達は「由乃さん」と呼ぶ事に決めて勝手に盛り上がっている。

(ん? たしか、この子……)

 取り囲んでいるうちの一人と目が合った。この子は、そうだ、向こうの世界でも1年菊組に所属の内藤笙子ちゃん。由乃とは茶話会で見知った程度の間だが、元の世界では卒業した江利子さまのクラスメイトでライバルだった内藤克美さまの実妹という因縁を持つ。茶話会後は蔦子さんのお気に入りとなり、剣道の大会にも連れだって来ていた。
 ふーん、この子と一緒か。6日間だけだけど。

「元黄薔薇のつぼみの妹とこうしてお近づきになれて嬉しいわ」

 そう言って笙子ちゃんが微笑む。

「あら、令さまとは姉妹なのだから、元は余計かしら」

 昨日由乃と令ちゃんは「復縁」した。正確には別の世界の由乃と令ちゃんなのだが、それで令ちゃんがリリアンに通う気になってくれたのだからよしとしたい。

「ん? でも、令さまは元黄薔薇のつぼみなのですから、そうなるんじゃなくて?」

 他のクラスメイトが言う。
 ……ん? ちょっと待て、何か大事な事を忘れているんじゃなかろうか。
 由乃は昨日の記憶を手繰る。
 祐巳さんなら地引網のようにえっちらおっちら引っ張るゼスチャーなんかするだろうが、それはしない。
 何かが引っ掛かってきた。

 『令はね、由乃ちゃんが亡くなる直前に由乃ちゃんと喧嘩別れして落ち込んでいて、それでも学校には来ていたのよ。ところが、由乃ちゃんが亡くなってひどく塞ぎ込んでしまって、学校どころか自宅の部屋にこもったきりになってしまったのよ』

 ……と、いう事はこっちの世界の令ちゃんは選挙に出なかった!?
 つまり、現段階では「黄薔薇のつぼみ(元)」としか表現できない立場なわけ?

「ねえ、今の薔薇さまって、誰と誰と誰?」

 当然の疑問をみんなにぶつけた。

「紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)は小笠原祥子さま」

 それは向こうと一緒。

「白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)は藤堂志摩子さま」

 それもおんなじ。

「そして、ドゥジエーム・ロサ・キネンシスの福沢祐巳さま」

 祐巳さんが薔薇さま!?
 悪いけど、全然そんな貫禄なんてないじゃないのっ!
 って、なんとかロサ・キネンシスって何?
 黄薔薇さまじゃないのっ?
 いや、祐巳さんが黄薔薇さまっていうのも変だけどさあ──

「その、ド、ドジ──」

「ドゥジエーム・ロサ・キネンシス、『2本目の紅薔薇』という意味で、選挙に当選した時にリリアンかわら版で募集して決めたそうです」

 フランス語かな? 言いづらいよ、「ドゥジエーム」だなんて。黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)よりはいいけど。
 昨日乃梨子ちゃんは志摩子さんを「お姉さま」って呼んでいたから白薔薇のつぼみ(ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン)で間違いないだろう。

「あの、令さまは黄薔薇のつぼみとして復帰されるのかしら?」

「え、ええ」

 曖昧に微笑む。
 そんな状況だって全然思わなかった。
 誰を3人目の薔薇さまだと思っていたのかと聞かれたら選挙に出なかった令ちゃんと答えていたかもしれない。
 気付いたら始業ベルが鳴ってその話はそこで終わりになった。



 昼休み、由乃は2年菊組に令ちゃんを迎えに行った。
 一緒に薔薇の館でお弁当を食べると祥子さまと約束したからだった。
 2年菊組の教室では令ちゃんを取り囲んで令ちゃんのクラスメイトが楽しそうにおしゃべりなんかしちゃってる。

「あら、由乃さん。今、お姉さまをお呼びするわね」

 見知った顔が取り次いでくれる。
 向こうの世界でも由乃と同じクラスになった事がある生徒だった。
 令ちゃんが出てくる。

「行こう」

「どこへ?」

 令ちゃんはきょとんとした表情で聞いてくる。

「薔薇の館よ。昨日祥子さまと約束したでしょう?」

「ああ、今日は行かないよ」

 今さら薔薇の館に行かないですって!?

「どうしてっ!?」

「少しでも馴染んでおきたくて新しいクラスメイトと一緒にお弁当を食べようと思って。あ、由乃と昔同じクラスだったっていう人もいるよ。一緒に食べない?」

「……いいっ!」

 由乃はくるりと令ちゃんに背を向けると速足で歩きだした。
 そりゃあ、由乃が帰った後も令ちゃんはそのクラスに通い続けるんですから、馴染む努力は必要でしょうけれど、今日くらい薔薇の館に来なさいよっ!

「あれ? 由乃」

 令ちゃんの声を振り切るようにズンズン進む。
 外に出て、中庭を突っ切って薔薇の館に向かう途中でパシャリとやられた。

「ごきげんよう。お久しぶりね」

 やはり武嶋蔦子さんである。隣にいるのは山口真美さん。
 向こうの世界では2人ともクラスメイトで友人である。

「ごきげんよう。心霊写真になってるかもよ?」

「御冗談を」

 蔦子さんに笑顔で軽くいなされる。

「由乃さん、私を覚えているかしら?」

 そういえば真美さんとは2年になってからは体育祭実行委員をやったりしてたけど、去年の今頃はお互いに顔を見知っている程度だったか。そしてそのまま死に別れたからこんな他人行儀な挨拶になるわけね。

「山口真美さん、新聞部部長でリリアンかわら版編集長、姉は築山三奈子さま、妹は──」

「妹はいないわ」

 向こうでは日出実ちゃんという可愛い妹が出来て、みんなで冷やかし半分にお祝いしてあげたばかりなのに。
 あ、そうか。
 茶話会は由乃がきっかけで開催されたイベントだから、茶話会というきっかけがなくて姉妹になれてないんだ。同じ新聞部のなのに、意外と真美さんってオクテなの?

「そう。それは残念ね」

 ええ、笑顔で真美さんは本題に入る。

「学校の発表と連動して由乃さんの死亡記事を載せてしまった事の訂正号外を出すのだけれど、それに添える本人のコメントを頂けないかしら」

 やはりそうきたか。

「ごめんなさい、実はこちらにはそう長く居ないのよ」

「あら、どちらかに行くの?」

「ええ。だから、訂正記事を出してもすぐにいなくなってしまってがっかりさせると思うわ」

「それでも、行先は天国じゃないんでしょう? じゃあ、訂正記事は書かせてもらうわ」

 やはりあの真美さんが引くわけないか。でも、この2人になら話してもいいだろう。

「うーん。実はね、私は『島津由乃が死ななかったパラレルワールドの由乃』で、『島津由乃が死んでしまった世界』に来てしまったの。それで生き返らせたなんてみんなに誤解させてしまってるわけ。ごめんなさいね」

「はあっ!?」

 真美さんが声を上げる。
 やっぱり信じてもらえなかったか。
 蔦子さんは驚いた真美さんの顔をパシャリと写している。

「と、とにかく号外は出すわ」

 足早に去っていく真美さんと蔦子さんと別れて薔薇の館に着いた。
 ギシギシと階段を上っていくと祐巳さんと祥子さまが深刻そうな顔をして何やら話していた。

「あら、部外者がお邪魔だったかしら?」

 言った後「しまった!」と思ったが取り消せないし、失言に限って聞き逃してくれないものだ。

「部外者だなんて! 由乃ちゃん!?」

 物凄い剣幕で祥子さまに手を掴まれてしまった。

「そうだよ、由乃さん、ひどいよ!」

 姉妹水入らずを邪魔してしまってという意味だったのだが、今の由乃たちは薔薇の館の正式メンバーじゃないのだ。過敏に反応されてしまった。

「さあ、一緒にお昼にしましょう。あら? 令は?」

「今日はクラスに馴染むために教室でお昼を食べるそうです」

「まあ、それは仕方がないわね」

 祥子さまの声のテンションが落ちる。
 祐巳さんはどんよりしている。
 叱られてたのかな。
 気まずいなあ。
 扉をあけると心配そうに白薔薇姉妹が見ている。

「ごきげんよう、由乃さん」

 志摩子さんが由乃を見て挨拶する。

「ごきげんよう。令ちゃんは今日は教室でお昼を食べるって」

 由乃が席に着くと乃梨子ちゃんがお茶を淹れてくれた。
 紅薔薇姉妹は一度お弁当を広げたらしく黙ってお弁当を食べ始めた。

「ありがとう。こっちの世界でも乃梨子ちゃんはしっかりしてるね」

「いえ」

 志摩子さんが嬉しそうにしている。乃梨子ちゃんがその隣の席に座る。

「そういえば、祐巳さんって薔薇さまなんだって?」

「ん? まあ、一応」

 すごい低いテンションで返される。

「一応って何よ? ちゃんと選挙で選ばれたんでしょう?」

「そりゃあ、そうだけど」

「じゃあ、立派に薔薇さまじゃない」

「うん」

 今日の祐巳さんはノリが悪いなあ。

「ドゥジエーム・ロサ・キネンシスだっけ?」

「うん。黄薔薇さまは令さまか由乃さんだから」

 そうか。やっぱりそうか。みんな令ちゃんが戻ってくるって信じて待っててくれてたんだね。

「ありがとう。令ちゃんがあんなに情けない事になっちゃってたのに祐巳さんが立派に薔薇さまやっててくれたんだね」

 祐巳さんは箸を落として大粒の涙を流し始めた。
 わっ! わっ! 祐巳さんってそんなに涙もろいタイプだっけ?
 それとも何か辛い目に遭ってたのっ?

「由乃さんにそう言ってもらって、私……私……」

「あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃ……」

 ハンカチで涙を拭いているけど間に合わない。
 参ったな。泣かせるとかそんなつもりじゃなかったのに。
 あちゃ〜。
 祥子さまに助けを求めるように視線を送ると祥子さまはこのまま泣かせてあげてって顔をしている。
 いいのか、それで。
 白薔薇姉妹は感極まったような表情でいる。
 もう、こっちの世界はどうなってるわけ?

 元いた世界とそっくりな環境で、そこにいる人達がほとんど同じ性格だったりするとある意味錯覚をおこしてしまって、向こうの世界とは違うんだって事を忘れていたり、向こうと同じだって思い込んでいたりするって事は、ある。

 島津由乃はやってしまったようである。

 泣きながらお弁当を食べる祐巳さんと、なんと声をかけていいのかわからない残りのメンバーでの湿っぽい食事会になってしまった。



 放課後。
 由乃は登校する時に令ちゃんから今日は剣道部に行くから薔薇の館には終わるまでは行けないと聞かされていた。
 そのまま帰っても良かったのだが、昼休みにあんな空気にしてしまって、でも、行かないと今度は令ちゃんを連れて行きづらくなってしまうので、悩んだ末に行くことにした。
 さすがに授業中も泣き続けるってことはないと思ったし、もし、たいして変わらないのであれば、別の話題でせめて賑やかにするくらいはしないと。
 扉を開けると乃梨子ちゃんが掃除をしていた。

「あ、手伝うよ」

 由乃はカバンを置くと掃除を始める。

「さっきは変な事になってしまってごめんなさいね。まさか、あんな事になるとは思わなかったから」

 掃除をしながら乃梨子ちゃんに話しかける。

「いえ、祐巳さまはまだちょっと不安定みたいですね」

「まだって、何かあったの?」

「あ、いや……」

 乃梨子ちゃんは思案した末に由乃に話し始めた。

「紅薔薇のつぼみの事をご存知ですか?」

 向こうでは祐巳さんの事である。

「祐巳さん、は、この世界じゃ薔薇さまだから……え? 祥子さまに新たな妹!?」

「祐巳さまの妹が紅薔薇のつぼみです」

 つまり、紅薔薇さんちは紅薔薇さま、2本目の紅薔薇、紅薔薇のつぼみという構成になっているらしい。
 ……え?

「ええっ!! 祐巳さんに妹がいるのっ!?」

 思わず乃梨子ちゃんの腕をつかむ。
 冷静に乃梨子ちゃんが引き剥がす。

「ご存じないのですか?」

「全然」

 向こうには候補ならいる。何かありそうな、なさそうな、祐巳さんが気になってるらしくてちょっかい出してる下級生が1人。

「こっちの世界ではいたんです。松平瞳子をご存じですか?」

「うん。縦ロールだよね。あ、瞳子ちゃんが妹なの?」

 縦ロールってと苦笑しながら乃梨子ちゃんは言った。

「瞳子はいろいろあったんですが、後夜祭の時にロザリオをもらって祐巳さまの妹になったのですが」

 ですが!?

「先週マリア様の前で祐巳さまにロザリオを返してしまって、新聞部に『山百合事変』と書かれる騒ぎになってしまったんです」

「な、なんですってーっ!!」

「驚かれるのも無理はありません。そんなリリアン生らしからぬ大胆不敵で姉を姉とも思わない不遜な行動をとるなんて信じられないでしょう? しかし、これは事実なんです」

 いや、驚いたのはそうじゃなくて。

「あら、ごめんなさい。私と同じ事をする下級生がいるとは思わなかったものだから」

「は?」

 乃梨子ちゃんは首をかしげる。

「だから、私も令ちゃんにロザリオを返した事があるって言ってるのよ!」

 乃梨子ちゃんの口が「え」の形で固まっている。

「こっちの世界じゃどうか知らないけれど、私の時は『黄薔薇革命』だったわ」

「し、失礼しました!」

 乃梨子ちゃんは先ほど瞳子ちゃんにぶつけた言葉がそのまま由乃に向かってしまったと気付いて慌てて謝罪する。

「リリアン生らしからぬ大胆不敵で姉を姉とも思わない不遜な由乃さんは向こうの乃梨子ちゃんに世話になってるから、ちゃんと質問に答えてくれさえすればちょっとくらいは許すわよ」

 首に腕をかけるように乃梨子ちゃんを捕まえる。
 ひっと乃梨子ちゃんが悲鳴を上げると同時に志摩子さんが入ってきた。

「ごきげんよう。あら、乃梨子。仲良くしてもらってたのね」

 腕を外すと乃梨子ちゃんは脱兎のごとく流しに逃げてお茶の準備を始めた。

「まあ、あと5日半くらいはいるわけだから仲良く、ね?」

「まあ、そうなの」

 乃梨子ちゃんは嫌だというオーラを出していたのだが、志摩子さんはまったく気付かなかったみたいだった。

「ねえ、瞳子ちゃんが祐巳さんの妹だったの?」

「ええ、本当よ」

 静かに志摩子さんが答える。

「あの2人に何があったのかは知らないけれど、今は見守る事にしましょうって祥子さまが。ああ、そういえば由乃さんと令さまにも似たような事があったわね」

 向こうでもありましたとも。由乃は入院してたから当時の騒ぎなんて全然知らないけど。

「ふーん。乃梨子ちゃんも大変だね。あの先輩とあの友人との間に進んで板ばさみにならなくてもいいのに」

「気になるのよね」

 代わりに志摩子さんが答える。

「まあ、気にはなるわね」

 志摩子さんと2人で顔を見合わせた。
 その時ごきげんようと祐巳さんが入ってきたので話題を変える。

「こっちでも志摩子さんと乃梨子ちゃんって仲いいよね」

「ええ。ありがとう」

 志摩子さんは本当に嬉しそうだ。

「やっぱり仏像デートとかしてるの?」

「え?」

「仏像と教会と交互に見に行ったり……しないの?」

「ええと」

 志摩子さんが困惑した表情になる。

「あれ、こっちの世界じゃ志摩子さんの実家ってお寺じゃないの?」

 志摩子さんの顔が青ざめる。

「もしかして、こっちの世界じゃまだみんなに言ってないっていうか、タブーだったわけ?」

 志摩子さんは気の毒なほどがっくりと落ち込んでしまった。

「え? 志摩子さんの実家ってお寺なの?」

 ばっちり祐巳さん聞いちゃってたよ。
 福沢祐巳は今日はキーワードをとらえるアンテナが冴えている。
 それに引き換え島津由乃はNGワード放射器と化している。
 またやってしまった。
 しかし、出てしまった言葉は取り消す事なんて出来ない。

「2人だけの秘密だったんです」

 乃梨子ちゃんがかろうじて、そう言った。

「でも、向こうの世界じゃ令ちゃんの母方のお祖父さんは小寓寺の檀家だし、体育祭で志摩子さんのお父さんはお坊さんの格好で楽しそうに走ってたし、学園祭の時に手伝いに来てた花寺の人達の口ぶりからして有名な話だったみたいだったけど」

 志摩子さんがますます落ち込んでしまった。
 フォローのつもりでまた変な事を言ってしまったようだ。
 ああ、これは祐巳さんの得意芸だよ。

「そ、それは向こうの世界の話じゃないですか。あのお坊さんはどの生徒の関係者だかわからなかったし、『藤堂』は『二条』よりはありがちな苗字なんです」

 乃梨子ちゃんが反論するが、そうやって切り抜けただけで同じ状況らしい事がうかがえる。

「それに、聞いた話じゃ志摩子さんのお父さん、その秘密がバレるかどうか檀家で賭けをしてたって」

「それはそっちの世界の話です。一緒にしないでください!」

 乃梨子ちゃんの口調がきつくなる。

「うーん、秘密だっていうならみんなには言わないけど、これだけは言っておくね。向こうの志摩子さんはみんなの前で告白した後、すごくすっきりして、いい顔してたよ」

「そんな事言っても、こっちとは違いますから!」

 乃梨子ちゃんがキッと睨みつけてくる。
 ところが、肝心の志摩子さんはというとうつむいて何も言えなくなってしまったのだ。

「秘密なのね。じゃあ、私も黙ってる」

 祐巳さんの言葉に志摩子さんが涙目でうなずく。
 祐巳さんが顔に出やすいって言ってもさすがに小寓寺までは口にしないとわからないとは思うから大丈夫だよ、志摩子さん。

 その後祥子さまが来て、向こうの世界と変わらない仕事を始めた。
 助かった。
 パラレルワールド恐るべし。こんなに違うなんて。



 仕事が終わって片づけていると令ちゃんが迎えに来てくれた。

「明日は部活がないからこっちにくるよ」

 交流試合が終わって3年生はほとんど引退状態になっているので剣道部はそれほど忙しくはない。

「そう。待ってるわ」

 祥子さまがやっと穏やかな表情になる。

「うん。1年休学して、全く同じ条件とは言えないけど、出来れば1年前の途切れたところからやり直したいと思って」

「ええ。そうね」

 でも、1年前と条件は変わってしまう。
 クラスメイトは1年上に進んでいるし、由乃はあと5日半しかこの世界にはいられない。
 令ちゃんは大丈夫なのだろうか。
 由乃が帰ってしまってまた引きこもったりしないのだろうか。
 みんなで薔薇の館を出て、マリア様のお庭でお祈りをして校門のところで別れる。

「令ちゃん」

 由乃は切り出した。

「昨日も言ったけど、あと5日半で私は帰っちゃうんだよ。大丈夫なの?」

 うん、とうなずいた後令ちゃんは言った。

「昨日、薔薇の館に行ってみんなの顔を見た時に、私はなんて馬鹿な事をしてたんだろうって思った。由乃の言うとおり、閉じこもって由乃の事だけ考えてきたけれど、何の解決にもならなかった。私には待っていて心配してくれて支えてくれる仲間がいたのに、ずっと気付かないふりして。でも、間違いだったってわかったから、もう引きこもったりしないよ」

「本当に?」

「うん。それに、由乃はマリア様と一緒に見ててくれてるんでしょう?」

 令ちゃんはそう言って微笑んだ。

「当たり前じゃない」

 弱くて、情けなくて、本当は優しくて、頼りになる、由乃の一番大好きで大切なひとだもの。見るなって言われたって見ちゃうわよ。

「じゃあ、大丈夫」

 あと5日半。令ちゃんが本当に大丈夫かどうかはわからない。
 その時が来るまで由乃だってどうなる事か。
 ここは由乃のいないパラレルワールドなんだから、由乃の知らない、思いがけない事があるのかもしれない。

「そうだ。令ちゃん知ってた? 祐巳さん薔薇さまなんだって?」

 由乃は話題を変えた。

「うん。選挙の結果が出た時にお姉さまが言ってた」

 ああ、江利子さまってあれでも令ちゃんのお姉さまだもんね。

「じゃあ、山百合事変って知ってる?」

「山百合事変?」

 令ちゃんは聞き返す。
 由乃は薔薇の館で聞いた祐巳さんと瞳子ちゃんの話をした。

「祐巳ちゃんに妹が出来てロザリオを返された……わずか1ヶ月で」

 令ちゃんは口元に手をあてる。

「祥子さまは見守っててって」

「祥子がそういうんじゃ、私たちがしゃしゃり出るような事は出来ないわ」

「……そうだね」

 去年、もし、入院先にまで祥子さまが押しかけてきて私たちの中を取り持とうだなんてしてくれたら、心遣いはありがたいと思っても、大きなお世話でしかないその行為にきっと反発してうまくまとまるものもまとまらなくなっただろう。つまり、そういう感じである。実際はそんな事なかったからわからないけれど。

「でも、由乃は祐巳ちゃんの友達として祐巳ちゃんに手を貸してあげるくらいはしちゃうんでしょう?」

「わかる?」

「うん。由乃は随分祐巳ちゃんの事気に入ってたから」

 山百合会に入ったばかりの祐巳さんを呼び出して、あの時は──

「もしかして、やきもち妬いてくれた?」

「そんな事はないよ。むしろ、由乃にいい友達が出来てくれて嬉しい」

 そうだね。由乃も祥子さまに嫉妬した事はない。むしろ2人の間にちゃんと絆がある事は羨ましいし、祐巳さんや志摩子さんとそんな風になれたらと憧れる。
 だから令ちゃんは今日は薔薇の館に来なかったんだ。たぶん。
 クラスに友達が出来ていたら、由乃が5日半後に帰る時に少しでも心配の種が減る。
 由乃を5日半後にちゃんと送り出すために令ちゃんは準備を始めているんだ。
 なんだ、由乃が思っているよりしっかりしてるじゃないか、令ちゃんってば。
 そう思うとお昼の自分の言動がより幼稚に見えてくる。
 いや、あんなの大人気ないって由乃だってわかっちゃいるんだ。
 頭の中じゃわかっちゃいるんだけど、治せない。
 いつでもGOGO突っ走っちゃうんだ。島津由乃は。

「ただいま」

「お帰り、由乃。今日は外で食事会だから支度しなさい」

「は?」

「当たり前でしょう? 由乃がこっちにいる間は記念日よ。今日は由乃の好きな中華のフルコースよ」

「そんな事しなくたって──」

「お母さんたちには記念日なのよ。さあさあ」

 こうして今日も島津支倉両家による豪華ディナーである。
 毎日ごちそうって、いいのかしら?
 こっちの由乃、本当にごめん。
 ああ、あと5日間か。

続く【No:2981】


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