【2990】 祐巳と祐麒酒代官スキンシップしやがる  (ピヨ吉 2009-07-24 16:37:13)


三月某日。

―――慣れ親しんだものとの別れの季節―――
―――新しいものとの出会いの季節―――

そんな春の兆しを感じつつ、福沢家では今日もゆるやかな時間に満ちていた。




〜〜〜  祐巳と祐麒 酒代官スキンシップしやがる   〜〜〜




昼食を食べ終え、心地よい満腹感と、これまた心地よい春の陽気に浸る午後。
福沢祐麒はそんな至福の時間を自室のベットの上で過ごしていた。


ただいま春休みの真っ只中。
花寺、リリアンの両校ともに卒業式を無事に終え、ホッと一息つくような休養期間。
この休養期間が終われば晴れて祐麒たちも3年生である。



思えば波乱に満ちた2年間だった。
うっかり柏木に捕まってしまい、あっさり生徒会長にされ、平々凡々だった生活が一気に崩れ去った。
中学時代後半には、高校生活に希望なんて持てるような精神状態では無かったが、いざ新生活が始まってしまえば、そんなこと考える余裕すら無くなっていた。

―――いや、色々と考え込んでたっけ?だからこそアイツ等と・・・。

まだまだ青臭く生意気で強情だった入学当初のころに思いを馳せるが、いかんせん記憶が曖昧だ。
何せこの2年間は、自分の人生の中でも特に色濃いものだったのだから。

―――決して苦い思い出だったような気がするから、思い出すのを止めた訳じゃないぞ。うん。

勝手に思い出に耽り、勝手に自己完結する祐麒。
所詮は心地よい一時の、取り留めの無い思考である。今はこの至福を満喫しようじゃないか。



ふと、姉の祐巳について思う。

姉は姉でこの2年間、色々とあったようだ。色々と・・・。

―――もっと、取り乱すかと思ってた。

つい先日の卒業式のことを思い出す。
祐巳にとっては最愛の姉との別れの日。
もちろんその日に至るまでには年末年始、それこそもっと前から色々な珍事があった。
珍事と言えば祐巳は怒るだろうが、花寺で日々起きる暴力的惨事に比べれば微笑ましく思える。
無論、祐巳にとっては真剣な悩みであったことを祐麒は知っている。
だからこそ、繊細で一途な姉の心を弟は心配していたのだ。

―――いや。祐巳はそんなにヤワじゃなかったな・・・。

16年――もうすぐ17年になるが――、それこそ産まれた時からずっと傍にいたのだ。
彼女の本質は誰よりも知っているつもりである。
それこそ彼女の敬愛する姉よりも、寵愛する妹よりもだ。まだ、負けるつもりはいない。

―――勝つ気もさらさら無いけど。

姉は姉である。
大切な存在であるが、だからこそ姉は姉であるとしか言いようのない。

それに恋や何だの、祐麒にはまだよく分からない。
興味が無いわけじゃないが、男だらけの花寺ではあまり同世代の女性と接する機会も少ないし、自分に彼女が出来るというような現実感が持てない。
たぶん姉の祐巳も同じような感じではないだろうか。色んな意味で似たもの姉弟だから。





各 < 実際は、祐巳も祐麒も同世代のリリアン花寺の生徒よりは異性に接する機会は多い。
々 < 祐巳は山百合会を、祐麒は生徒会を通じて両校にいる互いの友人たちとの交友も多い。
友 < なおかつ二人とも山百合会幹部、生徒会長という肩書きだ。
人 < 庶民派だろが何だろうが、本人たちの知らないところではモテているのである。
談 < 祐巳にはファンクラブ(非公式)があったぐらいだ、祐麒にだってあるいは・・・。






―――俺に彼女ねぇ・・・。

考えながら体を起こす。
何でもないことを考えていたようで、変な思考にハマってしまった。
気分転換に何か冷たいものでも飲もうと思い部屋を出る。

階段を下りながら、ふと思い出す。
そういえば以前、祐巳に好みのタイプを聞かれたことがあったような。

―――アレは何の時だったけか?

祐巳の何気ない質問だ。
おそらく何の意図も無いだろうと思い、割と適当に答えてしまったように思う。
いや、あまり深く考えずに答えたということは、そのまま素直に答えたということなのか。
その判断は祐麒のみぞ知るところである。

―――まあ、いいや。

台所に続く扉を開きながら、思考を中断する。
今は喉の渇きを癒すのが先だ。




麦茶でも飲もうかと台所に足を踏み入れると、テーブルの上に見慣れぬ一升瓶が一本。

―――???
―――そう言えば昼食の後、祐巳が台所で何かゴソゴソとしていたな。

近づいて瓶のラベルを見てみる。

「げっ・・・」

思わず声に出た。
そして前言撤回をせねばなるまい。

テーブルの上にあった一升瓶は、今まで何度か目にして、つい数週間前にも見たものだった。
そのラベルにはでかでかと「あまざけ」と書かれている。

あまざけ、甘酒。
己の記憶をたどっていく。
あまざけ、お正月や雛祭りなんかで飲むもの。あまい飲みもの。



そう、あまいのだ。



あまい。甘い。アマイ。AMAI。

甘いが好きなヤツといえば、蟻。

―――いやいや、現実逃避をするな。それよりもまず・・・ッ!!??

まずココから逃げなければ。
そう思った瞬間、何かが背後からシナ垂れかかるように覆い被さってきた。







「うふん♪」







耳元で奏でられる吐息。

―――思えば目の前の一升瓶を見た時から嫌な予感がしてたんだ。

考えながら無反応を決め込む祐麒。




「もう・・・やっと降りてきたんだ祐麒」

―――耳を貸すな。

「ずっと一人で寂しかったんだから」

―――騙されるな、祐麒(オレ)。

「今日はお父さんもお母さんも帰ってこないんだしさ」

―――例え救いの手が来ないとしても。

「ねぇ・・・。たまには私とお話ししようよ」

―――罠だと知っているだろう。

「・・・・・・・」

―――耐えるんだ、祐麒(オレ)!!

「・・・。お姉さまに言いつけるわよ」

「喜んで、お相手させて頂きます♪」


福沢祐麒、まだまだ命はおしいのであった。






場所を台所からリビングへと移し、祐巳をソファへと下ろしながらリビングの惨状を見やる。
ソファの前にあるテーブルの上には、甘酒の一升瓶、甘酒が少し残っているコップが1つ、雛あられの残りらしきもの、その他お菓子の残骸。

ぽんぽん。―――気付いていないフリをする。

ぽんぽん!―――祐巳が自分の隣の席を叩きながら自分を見ているような気がしないでもない。

ぽんぽんっ!!―――後が怖いしなぁ。

1ラウンド30秒、TKO負け。結局、祐巳の隣に座らされる祐麒。
これから始まる酒池肉林を前に、せめて仏様とマリア様に祈りをささげる時間が欲しかった。




「もう、焦らさないでよ♪」

「何のことやら」

「意地悪なんだから」

「身に覚えがない」

「そんなこと言って、ほんとは祐麒も嬉しいんでしょ♪」


言いながら祐麒の腕を、胸で抱え込むように捕まえる祐巳。
それをモガキながら振りほどこうとする祐麒。


「私のことそんなに嫌い・・・」

「嫌いじゃない」

「じゃあ♪」

「そうい問題じゃないだろ」

「むー」

「お前、リリアンに通う淑女だろう」

「うー」

「それにもう薔薇様になったんだし、少しは自重しろよ」

「るー」

「いや、泣きマネしてもダメだから」

「ちゅー♪」

「ッ!!!話の趣旨がズレてる」


不機嫌、落ち込み、涙目になり、キスを迫り抱きついてくる。
咄嗟にかわせたのは、祐巳の突飛な行動に慣れている祐麒だからこそだろう。
そんな祐麒だからこそ安心して祐巳も甘えてくるのだろう。


「だいたい高三にもなって甘酒で酔うなよな」

「違うもん。酔ってないもん」

「はぁぁ」


急にソッポを向き、テーブルのコップを手に取る祐巳。
コップの残りの甘酒をチビチビと飲みつつ、お菓子に手をつけている。・・・と。


「はい♪」   差し出される祐巳の手。

「はい、祐麒♪」  その手を無視する。

「はい、あ〜〜ん♪」   甘酒やお菓子より甘い、それ。

「あっ・・・。口移しの方がいいのかな??」

「いえ、そのままで、ありがたく、ちょうだいたてまつります」

「あは、祐麒。変なにほんご〜♪」


これはもう、終末の時がくるまで諦めるしかない。そう思う祐麒であった。







「あつい」

―――え?

「なんか、あつい」


そう言って薄黄色いカーディガンを脱ぎだす祐巳。
今の祐巳の格好といえば、純白のキャミソールに、柔らかそうなフリルが特徴の薄いグリーンのミニスカート。
ほんのり薄紅色に上気した肌とあいまって、その姿は祐麒にサクラを連想させた。

祐巳はソファに座る祐麒とは反対側にカーディガンを無造作に脱ぎ捨てた。
祐麒からは少し死角になっていたが、見れば他にも靴下やブラが脱ぎ捨ててあった。
あとで片付けておかなければ。


―――って、ブラぁ!!??


「あ、あの、祐巳さん。あれは?」

「ん?息苦しかったからさっき取った」

「さっき?」

「祐麒が降りてくる前。だって寂しかったんだもん」

―――いや、意味分からんて。


もう考えるのは止そう。
福沢祐麒にとっての癒しの春は、まだまだ遠いようだ。







「ついで♪」

5分後。
今度は空になったコップを差し出しながら、可愛く首を傾げて上目づかいで見つめてくる祐巳。
無視したい。
が、大人しく一升瓶を手に取り、コップの半分くらいまで甘酒を注いでやる祐麒。
あまり祐巳を刺激してはいけない。
これまでの人生の中で幾重もの経験を経て得られた究極の教訓である。


「ありがとう♪」


そう言い、そのまま一口だけコップの中身を飲む祐巳。
白い喉がゴクリと動く。同時にキャミソールの胸元がわずかに上下したように見えた。
その姿が妙に艶かしく感じられ、思わず目を反らす祐麒。


「はい、今度は祐麒ね」


と、弟の手にコップを握らせてくる姉。
俺にも飲めと?
いやいや、それはいいんだけど。いいんだけどさ・・・。


「あの、まだ、コップに、残って・・・」


そう。まだコップの中には甘酒が残っている。
祐巳の飲みかけた甘酒が。
あまい、あまざけ。


「私の杯が、受けられないって言うのかい?」

「えぇ?何でこの場面で極道のノリ・・・」

「のり?乃梨子の姐さんの方がいいっていうのかい?」

「いや、もう、何でもないです」


ゴクリ。
目をつむり、一気に飲み干す。

―――あまざけって、こんなに、あまかったけ。

思考が、まとまらない。

―――何か、一気に酔ってきたような、気がすr

と、思考すら中断させられる。







「いいこだね〜〜♪祐麒はいいこ〜いいこ〜〜♪♪」







抱きしめられていた。
その胸に頭を抱かれるようにして抱きしめられていた。


懐かしい感覚。


そして、先程も体験した感覚。
台所からリビングへ祐巳をおんぶしたまま祐麒は移動した。
もちろん背中には総丘の感触を感じていた。
その時はまだ、下着を着けていないことも知らなかったし、カーディガンという防護壁の存在もあった。


でも今は、薄いキャミソールが、一枚だけ。


祐麒は混乱していた。
混乱していたが、同時に冷静でもあった。
普段なら声をあげて怒っているところだが、今日は妙に落着いている。
それに、あったかいなぁ〜とか、やわらかいなぁ〜とか、ふかふかだなぁ〜とか、おひさまみたいだなぁ〜とか、いがいときやせしてるんだなぁ〜とか、かんがえてしまう。
あまざけの、せいだろうか。

―――なんか、もう、このままで、いいや。


祐麒がそう結論を出した時。








ティロリロリ〜〜〜〜ン♪♪ (パシャ)








―――え?





何か聞き覚えのある、今は思い出したくない音が鳴り響いていた。

そして・・・。



「えへ〜〜♪記念に撮っちゃった♪♪」



姉からの、死刑宣告。






―――――Nooooooooooooooooooooooooo!!!





「あの、祐巳、さま」

「ん?」

「いったい何を、いや何ですかその手のモノは?」

「祐麒はケータイ知らないの?」

「そちらにおわすケータイ様で何が、どのようで、ごわすか?」

「あは、また変なにほんご〜〜♪こちらのケータイ様で写真を撮っていたでごわすよ」

「しゃしん?てナニ?」

「私と祐麒の、ツーショット♪♪」

「な、なして」

「欲しかったから」

「け、消して」

「イヤ」

「可愛い弟からのお願いだから」

「お姉さまと柏木さんに送って自慢しよ〜〜♪」

「や、やめて下さい。お願いですから!!」

「ど〜うっしよっかな〜〜♪」

「て言うか、何で祐巳が柏木のメアド知ってるの!?」

「ん〜、メル友だから」

「アイツ!!殺っ・・・」

「と言うのは冗談で〜、お姉さまがもしものためにって教えて下さったの」

「じゃ、じゃあ、今は使わなくていいんじゃないのかなぁ」

「でも〜自慢したいし〜」

「ほら、祥子さんに、もしもの時にって言われてるんだろ?」

「今が、そのもしもだし〜」

「いやいや、どこが」

「祐麒に襲われてるとこだから、かな〜」

「マジ、勘弁して下さいッ!!何でも言うこと聞きますんで!!」

「ん♪よろし〜♪」



こうして福沢家では、仲睦まじい姉弟の長い夜が始まろうとしていた。

ちなみに、この会話の間も弟くんの頭はもちろんお姉さんの胸に抱かれたままでしたとさ。




めでたし、めでたし。








<  おまけ  〜〜 後日談 〜〜  >


「まったくあの二人は高校3年生にもなって、どんちゃん騒ぎして」

母、みきは怒っていた。

「帰ってきたら、食べっぱなし、飲みっぱなし、脱ぎっぱなしで」

騒ぐだけ騒いで、後片付けをしない子どもたちに怒っていた。

「いったい何を考えているのかしら」

弟は色々考えてましたけど、最終的に放棄しましたよ。



「けどあの二人、よく甘酒の瓶に入れといた水を二本とも飲み干したわね」



え?雰囲気だけで酔えちゃうんですか?

それは何とも、仲のいい似たもの姉弟ですね。




おしまい。


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