薔薇の館の外から薔薇さま達とつぼみ達が中の様子をうかがっている。
「まずい事になった」
祐巳が薔薇の館を見つめたまま言う。
「こんな事になろうとは」
苦虫をかみつぶしたように由乃が言う。
「ああ、マリア様、私たちを守ってください」
志摩子が祈り始めた。
「しっかりしてください。とにかく、まだ何もかもが終わったわけではないんですから」
乃梨子は言ったが、乃梨子自身動揺が全くないかと言えばそうではない。
「どうするんですか?」
菜々が不安そうに一同の顔を見る。
「どうもこうもありません。こうなったら戦うのみです」
瞳子が震えながら言う。
「瞳子、やっぱりここは──」
「私は援軍を呼んできます! 30分だけお待ちを!」
瞳子は風のように走り去った。
「逃げたわね」
「逃げましたね」
「逃げたのかしら?」
「逃げたのかもしれません」
「いや、瞳子はそんな事はしない」
一同の言葉に姉である祐巳だけがきっぱりと瞳子の逃亡を否定した。
「とにかく、私たちは瞳子を信じて戦おう。このままじゃあ、歴代の薔薇さま方、蓉子さま、聖さま、江利子さま、令さま、そして祥子さまに顔向けできないよ」
祐巳はみんなの顔を見て言う。
「わかったわ。私も一緒に戦うわ」
由乃が言う。
「私も、お供します」
菜々が言う。
「私も、行くわ」
志摩子が言った。
「志摩子さん!」
「乃梨子はいいのよ。ここで瞳子ちゃんを待っていて」
志摩子は乃梨子を見て優しく微笑んだ。
「いいえ、ここで待つのは志摩子さんです。薔薇さまが全滅してどうするんですか? こういう時のために妹はいるんです」
乃梨子は言い切った。
祐巳が乃梨子の肩に手をあてて静かに言った。
「じゃあ、志摩子さんと乃梨子ちゃんは瞳子の連れてくる援軍を待っていて。そして、20分、20分たっても私が戻ってこなかったら──」
「祐巳さん! 私たちも行くって言ってるでしょう!?」
由乃が言う。
「私たち」、菜々が行くのは由乃の中では決定事項らしい。
「由乃さん、菜々ちゃん、もう、戻れないかもしれないんだよ。いいんだね?」
祐巳が確認する。
「何を言ってるの。私たちは仲間よ」
由乃が祐巳の手をとる。
「由乃さん……」
全員が顔を見合わせて頷く。
「じゃあ、行こう。志摩子さん、あとは任せたよ」
祐巳の言葉に志摩子がうなずく。
「乃梨子ちゃん、無事に帰ってきたら熱いお茶をお願いね」
死にフラグを立てて由乃が言う。
「大丈夫です。私が付いてますから。では、後で」
菜々まで死にフラグを立て始めた。
3人は意を決したように扉を開いて突入した。
「……」
「ぎひゃあーーーーぁ!!」
乃梨子たちが見守っていると由乃と思われるけたたましい悲鳴が上がった。
「お姉さまっ!!」
菜々の絶叫が聞こえる。
──島津由乃、殉職。
「不意を突かれた。島津由乃一生の不覚!」
「由乃さん……」
志摩子が不安そうにつぶやいた。
「菜々ちゃん!! ここは何とかするから、由乃さんを連れて逃げて!」
祐巳の声が聞こえてきた。
「し、しかしっ! あっ! いやあぁーーっ!!」
菜々の悲鳴が聞こえてくる。
「危ないっ!!」
ドドン!! と大きな音がして、急に静かになる。
「ま、まさか──」
乃梨子の不安が現実のものとなる。
──福沢祐巳、殉職。
「とりあえず、菜々ちゃんは守ったよ。由乃さん」
ドン! ゴロゴロゴロ!!
何かが転げ落ちるような音がする。
扉が開く。
菜々が出てくる。
背中に由乃を背負っていた。
「も、申し訳ありません! お姉さまを連れてくるのが精いっぱいで、紅薔薇さまを……」
菜々は涙ぐむ。
「菜々ちゃん、あなたは頑張ったわ」
志摩子が優しくなぐさめた。
「お姉さま、私が行きます」
「乃梨子!」
「言ったでしょう? 薔薇さまが全滅してどうするんですか? お姉さまはここで待っていてください。必ず祐巳さまを連れて帰ってきますから」
さわやかに微笑むと乃梨子は薔薇の館にダッシュした。
「乃梨子! 駄目!」
薔薇の館に向かって走り出そうとした志摩子の手を菜々が握ってとめた。
「白薔薇さま! 白薔薇さまは乃梨子さまの思いを無駄にするおつもりですか!?」
「乃梨子の、思い……」
「無念なのは私だって同じです。でも、今は瞳子さまの連れてくる援軍を待つ以外方法はないんです。ここは乃梨子さまが紅薔薇さまを救出するのを信じて待つんです」
菜々の目に光るものがあった。
志摩子と思いは同じなのだ。
「わかったわ」
志摩子はただただ乃梨子を信じて待つ事にした。
乃梨子が突入してからどのくらい経ったであろう。
5分? 10分?
やがて扉がゆっくりと開いた。
「乃梨子っ!!」
志摩子は乃梨子に駆け寄った。
乃梨子の肩には祐巳の姿もあった。
「い、言ったでしょ? 必ず……連れて……帰って、くる、って……」
乃梨子はそう言いながら倒れた。
──二条乃梨子、殉職
「思ったより悲惨な状況でした。よくぞ菜々ちゃんは生還した」
「乃梨子ーっ!!」
「白薔薇さま、お待たせしました」
肩で大きく息をして、自慢の縦ロールを乱して瞳子が帰ってきた。
後ろには蔦子、笙子、真美、日出実を連れている。
「聞いたわ。苦戦してるんだって?」
「ええ。でも……」
「任せて。志摩子さん」
「これは薔薇の館での出来事。私も行きます!」
志摩子は言った。
「白薔薇さま! 白薔薇さまにもしもの事があったら、私──」
瞳子が志摩子の手を取って止める。
「瞳子ちゃん。もう、私は見てるだけなのは嫌なの。私も、薔薇さまとしてこの薔薇の館の危機に立ち向かうわ」
「では、私も連れて行ってください! でなければお姉さまに申し開きもできません!!」
瞳子の決意の表情に志摩子は静かにうなずいた。
「わかったわ。その代わり、私は瞳子ちゃんを守れないかもしれない。覚悟はいい?」
「覚悟の上です」
静かにうなずく瞳子に志摩子は微笑みかけるとゆっくりと薔薇の館に向かって歩き始めた。
「行こう」
「ええ」
「待ってください」
「菜々ちゃん、あなたはここで待っていて。そして、みんなをお願い」
志摩子は優しく菜々の頬をなでるとそのまま振り返りもせずに薔薇の館に入った。
瞳子、蔦子、真美、笙子、日出実も後を追う。
(あの惨状を、どうやって……)
「きゃあーっ!」
「いやあぁーっ!」
「ひいぃーっ!」
「や、やめてーっ!」
「来ないでーっ!!」
薔薇の館の扉が勢い良く開き、蔦子、笙子が飛び出してくる。
「な、何なのよ、あれ?」
「あんなに酷い事になってるだなんて!!」
蔦子と笙子は涙目になって菜々に詰め寄る。
「あ、いえ……」
その時、薔薇の館の扉からまた二人が出てくる。
真美と日出実である。
「ごめん、私たちには荷が勝ちすぎた」
真美と日出実はその場に崩れ落ちる。
瞳子の呼んできた援軍は全く役に立たなかった。
「白薔薇さまと、瞳子さまは?」
「まだ中で格闘してるみたいだけど……」
深刻な表情で真美が首を振る。
「そ、そんな……」
「あ、瞳子さん!」
笙子の声に一同が注目する。
薔薇の館の扉の所に瞳子が現れた。
しかし、身動き一つしない。
「と、瞳子さまっ!!」
菜々が駆け寄る。瞳子は扉を開けたところで力尽き、立ち往生という壮絶な姿になってしまったのだった。
──松平瞳子、殉職
「もう、思い出したくもありません!!」
「ろ、白薔薇さまっ!! 白薔薇さまっ!!」
菜々は半狂乱になって薔薇の館に突入する。
「菜々ちゃん!」
瞳子を何とか扉の所から運んできた蔦子の制止の声も届かない。
ガシャン!! バリン!!
窓ガラスの割れる音がする。
「黄薔薇のつぼみ!!」
日出実が叫ぶ。
「ど、どうしたの? みんな!?」
そこに桂が通りかかった。
「桂さん……いや、桂さんまで殉職させるわけにはいかない」
真美が目を伏せる。
「ああーっ!!」
菜々の悲鳴が聞こえる。
──有馬菜々、殉職
「私って、やっぱり詰めが甘いようです」
「気にしないで」
蔦子が言う。
「気になるよ! だって、友達が困ってるんだよ? 私にできる事はないの?」
蔦子、笙子、真美、日出実は互いの顔を見やる。
「どうする?」
「でも、巻き込めないよ」
「もしかしたら……」
「話すだけ話してみる?」
4人は意を決して言った。
「桂さん、ゴキブリ退治はお得意?」
一方、薔薇の館の中。
──藤堂志摩子、かなり前に殉職。
「モウ、イヤ……」