【3016】 残り火  (パレスチナ自治区 2009-08-07 01:02:09)


ごきげんよう。【No:3009】の続きです。

一日の終わり。
パソコンを起動し、『フリーセル』をプレイする。
ただひたすらに、何度も何度も…
嫌な事を忘れるためなのか、それとも他に理由があるのか。それすらもわからずにただひたすらに、何度も何度も…
なんと陳腐な娯楽なのだろう。無駄な時間だけが過ぎてゆく。
つまらない…
それでもやり続ける。

いつかやらなくなる日は来るのだろうか…

あゆみさんや黄薔薇姉妹が復縁したのが影響して「復縁ブーム」が到来した。
まあ、あっという間の出来事だったが…
ただ、それで終わりという訳では無かった。

恋歌さんがわたしに山百合会のメンバーの写真を見せてくれている。
リリアンというマリア様の庭に通う者ならやっぱり知っておくべきだと押し切られた。
どうも恋歌さんには敵わない。
「それで、このお方が『黄薔薇様』、鳥居江利子様です」
『ろさ・ふぇてぃだ』ね。この人、凸広いな…
黄薔薇革命ってこの人の妹たちが引き起こしてんだよね…
この人、何してたんだろう?
「ねえ、この人、黄薔薇革命のとき…」
「…?あ、ああ。確か親知らずがどうたらこうたら…みたいです」
「どうたらって。病気だったのね」
「はい。このお方が本調子だったらあれは起こらなかったかもしれないですね…」
「…そうね」
まあ、病気なら仕方がないだろう。口の中が痛いなんて日常生活にも影響があるだろうし。黄薔薇革命の事でこの人を責めるのはおかしいと思う。

「そして『黄薔薇の蕾』の支倉令様とその『妹』の島津由乃さんです」
この二人は…まさしくわたしがあの日見た二人だ。
なんでもベストスール賞をもらった人たちなんだとか。
そんな二人が…まして、リリアンの象徴の一つ『黄薔薇』を冠する二人があんなことすれば純粋培養のお嬢様たちへの影響は計り知れない。
なぜか言いようのない怒りが込み上げてきた。
この二人はあれだけの騒動を起こして今は平然と学校に通っている。
しかも復縁までして、以前よりも仲がよくなっているらしい。
「祐沙さん?」
「……へ?」
「お顔が強張っていましてよ?どうかなさったのですか?」
「……そんな。大丈夫よ」
「いいえ。聡明な貴女の事です。いろいろあるのでしょう?」
「聡明って、わたしが?!そ、そんなことあるわけないじゃない!」
「あらあら、怒らせてしまいましたか?ご謙遜なさらなくても大丈夫ですよ」
「ちょっ!面と向かってそんなこと…」
「うふふふ。恥ずかしいのですか?百面相していますわよ?」
「お願い!もうやめてよ、恥ずかしい…」
「可愛らしいですね、祐沙さんは」
やっぱり敵わないな…

「結構の数の姉妹が復縁できたようですね」
「そうみたいね。まったく、何考えてんだか…」
「まあ、そうおっしゃらずに。でも、何組かは結局破局したまま終わってしまいました」
「……まあ、自業自得だけど…その一言で片付けたくはないわね」
「そうですね」
このクラスにも破局したままの姉妹の子はいる。
何とも悲痛だ。今にも死にそうな顔をしている。
そんなにお姉さまを愛しているのなら…いや、止そう。きりがない。
本当にこれで『黄薔薇革命』は終焉を迎えてもいいのだろうか…

いや、いいわけがない!

放課後、わたしは恋歌さんと一緒に『薔薇の館』へと足を運んだ。
『紅薔薇様』はここを生徒であふれる場所にしたいそうだ。
でもこんな頼りない建物にたくさんの人が来たら簡単に崩れそう…

「祐沙さん。いったい何をなさるんですか?」
「少しお話してくるだけよ。なんなら貴女はここで待っていてもいいわよ」
「いいえ、貴女を一人で戦わせはしません。一緒に居させてください」
「あ、ありがと…」
「いいえ、こちらこそ」
恋歌さんは恥ずかしい言葉でも平気で相手に伝えることができる。
素晴らしいとも、羨ましいとも思う。だから普段、彼女には敵わないのだ。

「祐沙さん。会議中とありますが…」
「関係無いわ。笑い声が聞こえるもの」
「貴女ってどうしてそんなにかっこいいのですか?」
「な、ななな。…何言ってるのよ?!」
「本心を言葉にしただけです」
「恋歌さんお願いだから…わたし、そういう風に言われるの慣れてない…」
「じゃあ、鍛えなくてはね、祐沙さん」
「………くぅ〜」
でも彼女からは勇気をもらった気がする。実を言うとちょっとだけ怖気づいていたから…
でも、もう大丈夫。

ビスケットのような扉を開ける。
「失礼します」
「何の用?!今は会議中と書いてあるのが見えなかったの?!!」
長い黒髪を携えた人がヒステリック気味に怒鳴って来た。
「…ひぃ」
恋歌さんは完全にひるんだのか、わたしの腰に抱きついてかろうじて立っている。
今の恋歌さんの顔を見ることが出来ないのが悔しい。
きっと可愛い顔をしている筈だ。
恋歌さんがわたしに抱きついているせいで、彼女の体温が伝わってくる。
そのおかげでわたしは不思議と怒鳴ってくる彼女が全く怖くなかった。
「会議中ですか…優雅にお茶会をしているようにしか見えませんけどね」
「なんですって?!!」
「まあまあ、祥子。落ち着いて」
この前わたしに抱きついてきた人だ。
「聖様!落ち着いていられますか!あの子は私たちを侮辱しているのですよ?!!」
「侮辱も何もどう見たってお茶会じゃないですか」
「今、ちょうど休憩中だったんだ。許してよ、祐沙ちゃん」
「休憩中ですか…図書委員の人たちは昼休みも放課後も一生懸命、私たちが図書室を使いやすいようにってがんばってくださっていましたが?ねえ、恋歌さん」
「……?!え?!そ、そうですね!そうでした!!」
無茶振りしてごめんね、恋歌さん。
「は〜あ…えらい人ってどこ行ってもこんなものなのね。日本の国会みたい」
「祐沙ちゃん何気にきついね…」
「貴女!大概にしなさい!」
「わたし、間違った事なんて言っていませんよ?事実じゃないですか」
「貴女、祐巳のような顔をしているくせに…?」
なぜか黒髪の少女『祥子』さんは勢いが無くなった。
「祐巳?もう一人?」
「へ〜。貴女祐巳のこと知っているんですか」
「私の妹よ…」
祥子さんは驚きが隠せないらしい。
というか、ここにいる人たち(聖を除いて)みんな幽霊でも見ているかのように固まっている。
すると聖様は、
「ねえ祐巳ちゃん、祐沙ちゃんの隣に立ってよ」
「わ、わたしがもう一人…」
今の声の方を向くと、『もう一人』のわたし、『福沢祐巳』がショックを受けて佇んでいた。
「はじめまして、福沢祐巳さん。どうやらわたしの事は全く知らないみたいね」
「……え?ええ?」
目を白黒させたまま、祐巳はわたしの隣に立った。
「聖、貴女あの子の事知っているの?」
「うん、運命的な出会いをしたんだ〜。ね、祐沙ちゃん」
「そうでしたか?いきなり抱きつかれて凄く不快でしたよ」
「そんなこと言わないでよ〜。祐巳ちゃんかと思ったんだもん」
そう言いながらわたしと祐巳に近づいて来て…
「ぎゃう!!」「……やっぱり」
それより今の「ぎゃう!!」って…
「あ〜。祐巳ちゃんの怪獣の鳴き声…可愛いな〜」
「せ、聖様〜。やめてくださいよ〜」
「や〜だ。ふふふ、ダブル祐巳ちゃんを抱きしめることに成功しました、紅薔薇様!」
「聖。やめなさい」
「はいはい。しっかし相変わらず祐沙ちゃんは反応薄いね」
「厭だとあの時言いましたが?」
「はいはい、そうだったね。もう少し可愛げが無いと素敵なお姉さまに会えないぞ〜」
「…どうでもいいです」
「貴女!『姉妹制度』を侮辱なさる気?!」
祥子さん、上級生なので祥子様か…再びヒステリックに叫ぶ。
この人は無視だ…
「ね、ねえ…貴女は…」
隣で祐巳がいまだショックから立ち直ることができず、情けない声で聞いてくる。
「わたしは松原祐沙。まあ、今は貴女の事はどうでもいいの。わたしは『黄薔薇の蕾の妹』に用事があるの」
「わ、私?!」
お下げの子が驚いた反応をする。
「そうよ。貴女」
「ねえ、令ちゃん。私あの子に何かしたかな…」
「わからないよ、由乃。なんで私が知ってるの?」
…自覚がないのか。じゃあ、とことんわからせてやるわ…
「とりあえず、退院おめでとう」
「え?あ、ありがとう」
「術後の調子はどう?」
「ばっちりよ。すこぶる良好よ」
「そう。それはよかった」
「令様とも仲直り出来て…」
「ええ、凄くうれしいわ」
「そう…」
思ったとおり、この女は何も分かっていない。
わたしがここに来た理由。無理もないとは思うが…
少しトーンを落として問いかける。
「ねえ、理恵さんって知ってる?」
「理恵?誰よそれ」
「じゃあ、和美さんは?」
「知らないわよ」
「美貴子さんは?淑恵さんは?!春奈さんは?!!」
「し、知らないわ」
「そう。じゃあ教えてあげるわ!お姉さまにロザリオ返して、そのまま破局しちゃった人たちよ!!」
「そ、それがどうしたっていうのよ!!」
「それがどうしたですって?!!本気でそんなこと言っているの?!!」
「はあ?!当たり前じゃない?!!自業自得でしょ?!!」
「確かにそうよ。でもねあんたに一番責任があるのよ!!」
わたしは由乃さんの胸倉を掴んで無理やり立たせた。
彼女は唇が触れ合うくらいの距離でわたしに怒鳴りつけてくる。
「何すんのよ!!」
「あんたは何で令様にロザリオを返したの?」
「はあ?!あんた『黄薔薇革命』を蒸し返す気?!」
「そうよ。そもそも『黄薔薇革命』は終わっていないわ」
「なんでよ?!」
「それより理由は?」
「……。令ちゃんの隣を歩きたかったの。支えられているだけじゃ嫌だったの」
「そう…いいお話じゃない」
「だから。もういいでしょ?!」
「いいわけないわ!」
「どうしてよ?!」
「それでロザリオを返して、学園中に悪影響を与えて、あんたは令様とちゃっかり仲直りして…それで御咎め無しなんて…許されるわけない!」
「だから!ロザリオ返した子たちは自業自得でしょ?!」
「そうよ。だけどね、この学園には貴女たちに憧れている子たちがたくさんいるのよ。少しでも貴女たちに近づきたいって思っているの。影響されない方がおかしいわ」
「……でも」
「本来生徒たちの模範であるべき貴女たちが、ただの我儘で学園中を振りまわして…こんなの…こんなの…」
「……な、なに泣いてんのよ。さっきまでの勢いはどうしたのよ」
「……う…る…さいわ…ね…」
最近感情的になるとどうしても涙が出てきてしまう。
「……だから!山百合会の人たちが何も裁きをしないなら…わたしが代わりに下してやるわ!!!」

ぱあん!!

「いったいわね!!何すんのよ?!!」

ぱあん!!

由乃さんの頬をひっぱたいた後、わたしの頬にも鋭い痛みが走った。
「……そう。…それが貴女の答えなのね。何も反省していないじゃない」
わたしの想いが彼女に伝わらず、悔しくて睨んでしまった。
「……!」
「…今の痛みはすぐに消えるでしょう。だけどね、不運にも貴女たちの我儘に振り回されて、結果最悪のルートに堕ちてしまった人たちの痛みはこんなもんじゃないわ」
「………」
「……今にも死んでしまいそうな子だっているもの。相手に一方的に拒絶されるのってとても辛いの。貴女にそれがわかるの?」
「……いいえ」
「…いい?貴女のしたことは既に取り返しがつかない。もちろん何度も言うけど最悪の結果を招いたのは彼女たちの自業自得。だけど全校から慕われている貴女たちにも責任があるの。お願いだからこれ以上みんなの期待を裏切るのはやめてほしい…」
「……わかったわ。ごめんなさい」
「別にわたしに謝らないでほしいわ。わたしはただお母さんが通ったこの学園が理不尽な涙や感情で汚されたくないだけ…」
「……そう」
「ひっぱたいてごめんなさい。貴女に目を覚ましてほしくて…」
「いいわ。私の方こそ…」

「由乃ちゃん、次の生徒集会でみんなに謝罪をしましょうか…」
「…はい」
「…由乃、私も一緒に…」
「それでは駄目よ、令ちゃん。令ちゃんも含めて被害者なんだから、私一人でみんなに謝るわ」
そんな由乃さんはなんだか勇ましかった。さすが島津の姓を引く人だ。
彼女の竹を割ったような性格は好感が持てた。
これで『黄薔薇革命』がようやく終焉するだろう。

「祐沙ちゃん、ありがとう」
「…?何がですか」
「何がって、貴女はこんなにもリリアンの事を考えてくれているじゃない」
「そのことについてはさっき言いましたが?」
「ふふふ、そうだったわね。でも貴女のおかげで改めてこの学園について考えなければならないことが見つかったから」
「そうですか、それはよかったですね」
「貴女!!お姉さまに失礼です!!」
「祥子。いいの。祐沙ちゃん、本当にありがとう」
「……はい」
「じゃあ、お礼も兼ねてお茶でもどう?」
「………紅茶は嫌いですから結構です。もう用は済んだので失礼します」
「そう、残念。また遊びに来てね」
「……それはどうでしょうね」

こうして恋歌さんと一緒に薔薇の館を後にした。

「私、何の役にも立たなかったですね…」
悲しそうな恋歌さん。そんな顔も可愛い人だ。
「一緒にいてくれただけでも嬉しかったんだけど。本当に」
「そうですか」
「うん!」
嬉しそうに微笑む恋歌さん。やっぱり笑った顔の方が可愛いな。


「待って!」
「…?」
振り返ると祐巳が追いかけてきていた。
「……何か用?」
「ね、ね………はぁはぁ…」
「紅薔薇の蕾の妹、落ち着いてください」
「そうよ」
「……ご、ごめ……」

……………

「ねえ、祐沙ちゃんはわたしと関係があるんでしょう?」
「……そんなことか…」
「そんなことって…」
「貴女はわたしの事を知らずに育ったのね?」
「……え?じゃあ…」
「ねえ、祐巳さん」
「な、何?」
「今まで幸せだった?これからも幸せ?」
「え?う、うんそうだよ、きっと」
「そう、よかった。幸せじゃないなんて言ったら許さないつもりだったから。それじゃあね」
「あ!ちょっと」
やっぱり『実の』両親はわたしの事なんて忘れていた。
……最悪だ

「祐沙さん、やっぱり…」
「恋歌さん、その話はやめてね?」
「……はい」

今日も『フリーセル』をやるだろう。
ただひたすらに…
いつかやらなくなる日は来るのだろうか…

あとがき
黄薔薇革命後に由乃たちに何か制裁があった様な記述が特に無いことからこんな話に…
今回は(も)外部から来たキャラが主人公なので、出来事を冷静に見ることが出来るのです。
由乃さん、原作キャラの中では一番好きかもしれません。
由乃×志摩子(逆でもいいです)が百合百合していたら最高かもです。
志摩乃梨も好きなんですけど…
フリーセル、パソコンに初めからあったトランプゲーム。
なぜか延々とやってしまいます。別に楽しいわけじゃないんですけどね。
祐沙ちゃんに言わせたい台詞、今回全部できたから満足です。
次は『いばらの森』のあたりですね。
そろそろもう一人のヒロインと絡ませていこうと思います。
難しそう…
ここまで読んでくださってありがとうございました。
またよろしくお願いします。

※2009年8月7日、一部修正しました。
※2009年8月8日、文字の色を変えました。


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