【303】 若気の至り真美が取り付く島もない  (篠原 2005-08-04 22:26:58)


 原稿一本パーになって再起不能に陥ったお姉さまを見て、真美はうんざりしていた。原稿といってもリリアン瓦版の記事ではなく、息抜きに書いていたというわけのわからない小説だ。そんなことをやっているから学内東○ポだの記者より小説家が向いているだの言われるのだ。
 この人はいつもこうだ。イエローローズ事件といい、先代薔薇さま方のご卒業の時といい、【No:135】のこといい、わけのわからないことに夢中になるは、わけのわからないことでぼろぼろになるは、わけのわからない暴走をするは、根本的にダメ人間なのだ。

「どうしてその情熱の5%でも受験勉強にまわせないんですか?」
「失礼な。13%くらいはまわしてるわよ」
「……それはまた微妙な数字ですね」
 呆れたという表情を隠しもせず真美は冷たく言い返した。
 その微妙にいいかげんなところが、ますます真美をいらいらさせるのをわかっているのかいないのか。
「真美、あなたね……」
「なんですか?」
 たぶんかわいげのないとか思っているのだろう。真美だって自分にかわいげがないことくらいわかっている。
「もう、姉が本気で落ち込んでいるのに慰めの一言も無いの? というかね、慰めなさい」
「は?」
 固まった。そもそも腰に手をあてて胸をはって言うことじゃないでしょう。しかも命令口調。
「私が、お姉さまを慰めるんですか?」
「そうよ」
 慰めるって、どうすれば?
「えーと、よしよし……?」
 とりあえず頭を撫でてみる。
「あなた、私をバカにしてる?」
「とんでもない」
 呆れているだけです。慰めると言われて頭を撫でることしか思い付かなかった自分もちょっとアレだけど。
「あーもう、あいかわらず固いわね。えいっ」
 力の抜けそうな掛け声と共に体を投げ出してくるお姉さまに、真美は上半身を仰け反らせた。避けようとして、というよりは条件反射に近い。結果、ボスッと真美の膝の上に倒れ込む形になるお姉さま。
「なっ!」
 いわゆる膝枕状態だ。故意か偶然かはわからないが。いや、これはこれでとか呟いてるところをみると偶然らしい。
「ちょっと、お姉さまっ。冗談はやめてください! 日出実もそろそろ来るんですから」
 もう、このダメ人間が! 思わず心の中でも毒づく真美だが、無理矢理立ち上がってお姉さまを転げ落とす、というのはさすがにためらわれる。おそらくそこまでわかっていてやっているのだろうが、それがまた腹立たしい。
 そもそもスール制度というのはかなりハッキリとした上下関係の構築で。余程のことがないかぎり、妹は姉には逆らえないものなのだ(もちろん例外はいるけど)。
「あー、なんか眠くなってきたかも」
「ちょっ……」
 真美はため息をついた。
 たぶん落ち込んでいたのは本当なのだろう。………その理由はともかくとして。ストレスもたまるだろうし、それに、ここのところなんだか疲れてもいるようでもあった。目を閉じてしまったお姉さまのここ最近の様子を思い出して、真美はその頭にそっと手を伸ばす。
 まあ、いろいろと暴走しがちなダメ人間ではあるけれど、少なくとも悪人ではないし、才能はある人なのだ。それは間違いなく。それがどうして無駄な方向にばかり向けられるのかと思うと歯痒くもあるし、腹立たしくもあるが、それがお姉さま『らしい』とも思えるから困ったものだ。その勢いが良い方に発揮された場合の成果は賞賛するにやぶさかでないのだが。編集長としての手腕は高く評価されているし、記者としての能力は正直まだまだ及ばない、とも思っている。
 一応尊敬だってしているのだ。そんなことを言えば調子に乗るのは目に見えているから言わないけれど。

 カシャッ

「「えっ!?」」
 不意打ちだった。突然のシャッター音に、二人はそろってはじかれたように音のした方向に顔を向ける。そこにいたのはもちろん自他共に認める写真部のエース、武嶋蔦子その人だった。
「ごきげんよう、御二方」
 挨拶がシャッター音の後、というのがいかにも蔦子さんらしい。真美にとっては気が合う(嗜好が合う)友人と言ってもいいが、対等の立場にいたいというか、弱みを握られたくない微妙に緊張感のある関係でもある。乙女心は複雑なのだ。ちょっと違うか? よりにもよってその蔦子さんに見られたどころか写真に撮られるとは。
「失礼、あまりに………なシーンだったので、つい」
 思わず睨んでしまった真美の視線をそよと受け流して、蔦子さんはしれっと言ってのけた。
「肝心なところが聞こえなかったけど」
「いえ、珍しい写真が撮れたなと思っただけで、他意はありませんから」
「珍しいって………」
 珍しくお姉さまも歯切れが悪い。そういえばお姉さまは蔦子さんが苦手らしかった。はっきりそう言ったことはないけど、見ていればそれくらいはわかる。
「結構良い写真が撮れたと思いますよ。『安らぎのひととき』とでも題しましょうか」
 眼鏡の奥の瞳が細められる。
「………」
 絶対、からかってる。
「うまく撮れていたら持ってきますよ。それではごきげんよう、三奈子さま、真美さん、そして……」
 何故かそこで横を向く蔦子さん。
「日出実ちゃん」
「えっ!?」
「ご、ごきげんよう、みなさま」
 さっさとその場を離れていく蔦子さんの背中を思わず睨みつける真美に、日出実は心配そうに声をかけた。
「何かあったんでしょうか?」
「別に、なんでもないわよ」
 ちょっとシャクだったが、日出実がさっきのシーンを見ていなかったらしいことには少し安堵した。さすがに、あんなところを妹に見られるのは恥ずかしいから。


「え?」
 その時の写真を見せられた真美は言葉を失った。
 誰よこれは? それがとっさに思ったことだ。いや、間違いなく自分達、真美とお姉さまの写真なのだが。
 それは美しい写真だった。お姉さまのこんな安らいだ顔は初めて見る気がする。そしていつになくやさしい表情をしてその頭をなでる自分の姿。
 ぶっちゃけありえない。頬が火照ってくるのを自覚する。
「これ、お姉さまにも見せたの?」
「ええ、三奈子さまも喜んでくれたわよ」
 あの人がこれを見て素直に喜んだのだろうか? うまく想像できなかった。
「三奈子さまもああ見えて結構姉バカな方だから」
「は?」
「ああ、気付いてなかったの?」
 結構わかりやすいと思うんだけどね。そういって蔦子さんは笑ったけれど、それはない、と思う。
「それで、この写真を公開していいという許可を……」
「絶対ダメ!」
「……それは残念」
 ひょいと写真を取り返した蔦子さんは当然のことのように言った。
「それじゃこの写真はこちらで処分しておくわね」
「あ、え?」
 くれるんじゃないの?
「気が変わったらいつでも言ってちょうだい」
 ……そういうことですか。
「変わりません」
 写真にちょっとだけ未練を感じながらも、絶対に許可なんて出すものかと思う真美だったが、その後、三奈子さまの説得、哀願、命令、泣き落とし等によって写真の公開を迫られることになったりするのだった。


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