【3054】 もしも桂が  (bqex 2009-09-05 01:36:12)


もしも桂さんが勇者だったら



 ある日、桂が廊下を歩いていると、山村先生に声をかけられた。

「桂さん、あなたの力でリリアンを救ってほしいの」

「……は?」

 当然だが、桂は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。

「山村先生にそう頼まれ、桂さんは快く引き受けました」

 と山村先生は言った。

「ちょっと待ってください! おかしいじゃないですか? なんで一般の一生徒がそんな事しなくちゃいけないんですか? リリアンを救うんだったら薔薇さまとか、もっと有力な生徒にお願いすればいいじゃないですか」

 桂は先生相手だったが、ここで反論しておかないともっと大変な事になると思って突っ込んだ。

「桂さん、こういうストーリーにありがちな事に、薔薇さま方は敵勢力に協力していたり、操られていたりしているの。そして、だいたい勇者は辺境の無名の若者。つまり、あなたが最適なのよ」

 山村先生は熱弁をふるった。

「な、なんて無茶苦茶な理論なんですか」

 桂はちょっと引いていた。

「山村先生にそう頼まれ、桂さんは快く引き受けました」

 と山村先生は言った。

「私、引き受けるだなんて言ってません」

 桂は逃げるように立ち去ろうとしたが、山村先生は回り込んで通せんぼした。

「山村先生にそう頼まれ、桂さんは快く引き受けました」

 と山村先生は言った。

「ああっ、なんですか、その、『はい』と答えないとゲームオーバーになるか、進めない展開は?」

 桂は廊下の隅に追い込まれてしまった。

「山村先生にそう頼まれ、桂さんは快く引き受けました!」

 と山村先生は言った。
 桂に選択肢はないようだった。
 山村先生にそう頼まれ、桂は快く引き受けた。

「あーっ! 地の文章にまで裏切られたっ!」

 泣く泣く、桂の冒険が始まった。

「で、具体的にはどうすればいいんですか?」

 山村先生は100円を桂に差し出した。

「これを使って頑張って」

 山村先生はリリアンOGらしくさわやかな笑顔でそう言った。

「100円って……ミルクホールのジュースぐらいしか買えないじゃないですかっ!」

 ちなみに、ミルクホールのカニパンは120円なので買えない。

「地の文章も、そんな余計な情報はいらないっ!」

「仕方ないな。じゃあ、困った事があったら、保健室の保科先生か、職員室の香取先生を頼りなさい」

「先生を頼ってはいけないんですか?」

「私のここでのイベントは桂さんを出発させるだけで、余所ではなんらかのイベントが……」

「そんな、メタな情報いりません!」

「じゃあ、頑張って」

 山村先生は何度話しかけても「じゃあ、頑張って」としか言ってくれなかった。
 本当に廊下では桂を出発させるだけらしい。

(仕方がない。とりあえず、薔薇の館に行って、志摩子さんなり祐巳さんなりに事情を話して勇者ごっこを終わらせよう)

 桂は友人を頼り、薔薇の館に向かった。
 しかし。

「桂さま、いきなり最終決戦の地、パンデモニウムな薔薇の館に乗り込むなんて、非常識すぎます」

 薔薇の館の前にいた、乃梨子ちゃんに桂は非常識呼ばわりされてしまった。

「何が非常識よ! 非常識なのは、そっちじゃない」

 イライラしながら桂は言った。

「桂さまは、RPGとかなさらないんですか?」

「ゲームとか、あんまり……」

「では、仕方がありませんね。敵の私がこんな事を言うのは筋違いですが、攻略情報をお教えしましょう」

 乃梨子ちゃんのレクチャーによると、桂はまず、校舎、ミルクホール、クラブハウス、体育館、グラウンドなどで情報収集に励みつつ、仲間を集い、パーティーが4人になったら山百合会メンバーを倒して薔薇の館に乗り込めばいいという。

「わかりましたか?」

「いや、だから、なんでそんな回りくどい事しなきゃいけないわけよ?」

「それは、桂さまが勇者だからです」

 さも当然というように乃梨子ちゃんは言う。

「ちなみに、ここで乃梨子ちゃんを倒すわけにはいかないの?」

「一応私はブゥトンですから、レベル40はないと戦闘モードに突入すらしません」

 唇の端を微かに上げ、嘲笑するように乃梨子ちゃんは答えた。

「何なの、それは?」

「ああ、そこも説明しなくてはいけないんですね」

 乃梨子ちゃんの更なる説明によると、現在桂のレベルは1で、戦闘などにより経験値を積む事でレベルアップする事によりスキルやら凄い装備やらが使えるようになるらしい。

「スキルって、何?」

 桂は聞いた。

「この場合、スキルとは、技とか、魔法とか、そんな感じのものです」

「乃梨子ちゃんも使えるの?」

「……特別ですよ?」

 そう言って乃梨子ちゃんは中庭の木に向かって呪文を唱え始めた。

「バイオレンスブリザード!」

 乃梨子ちゃんの声とともに、暴風雪が吹き荒れ、木が悲惨な状態になった。

「な、何してるわけっ!?」

「これが私の基本スキルで、他にもいろいろありますが、バトルのネタバレになるのでこれぐらいで勘弁してください」

「いや、だからって、木をあんなにしちゃいけないでしょう?」

「桂さまのために、特別に実演したまでです」

「あなたのお姉さまは環境整備委員会でしょう? 怒られるんじゃないの?」

 乃梨子ちゃんはフッと笑って言った。

「その怒られた事が私の桂さまを倒すモチベーションになるのです」

 つまり、逆恨みというかやつあたりというかそういう事だろう。

「あと、装備って、何?」

「武器とか、防具とか、まあ、そんな感じのものです」

 さらっと乃梨子ちゃんが答える。

「あとは聞きこみで他の人に聞いてください」

 乃梨子ちゃんは何度話しかけても「あとは聞きこみで他の人に聞いてください」としか言ってくれなかった。
 レベルアップして戦闘モードになるまで無理らしい。

(しかしなあ……)

 仲間といっても、こんなふざけた事に誰が付き合ってくれるというのだ、と桂は憂鬱な足取りで校舎に戻った。

「あら、桂さん」

 声をかけてきたのは写真部のエースこと蔦子さんだった。

「蔦子さん。ごきげんよう」

 蔦子さんは桂のため息を見逃さなかった。

「桂さん、何か悩みでもあるの?」

「うーん、悩みというか、何というか」

「話すだけ、話してみない? 解決しないかもしれないけれど、楽にはなると思うよ」

 悩んだ末に、桂は蔦子さんに勇者ごっこの顛末を話した。

「なるほど。つまり、桂さんはパーティーメンバーを集めているけれど、思うように集まらなくて苦戦している、と」

「いや、そんなところちっとも全然全く悩んでないんだけど」

 桂は否定する、が嫌な予感がする。

「友達の頼みは断れないわ。一緒にリリアンを救いましょう!」

「いや、おかしいでしょう!? いつ、私が蔦子さんを誘ったのよ?」

 蔦子がパーティーに加わった。

「地の文章、勝手にパーティーとか加えるとか書かないで!」

「あ、私の現在のパラメータをオープンするね」

 名前:蔦子
 レベル:1
 クラス:メイジ
 HP:15
 MP:25
 スキル:ウィンドスラッシュ(3)

「って、何なのよ、それ?」

「あれ、もしかして桂さんは自分のパラメータを把握していない? しっかりしてよ。レベル1なんだから雑魚にさっくりやられちゃう危険があるのよ。じゃあ、オープンするから、ちゃんと覚えてね」

 名前:桂
 レベル:1
 クラス:シーフ
 HP:25
 MP:15
 スキル:ポイズン(6)

「って、何なの!? この、日常生活とはかけ離れた個人情報は?」

「名前とレベルは知ってるのよね。クラスっていうのはその人の役割みたいなもので、HPは体力っていうかとにかく0になると死亡だから気をつけて。MPはスキルを唱えるのに必要なポイントで、スキルの後ろの数字の分だけ消費するとスキルを使えるの。足りないとスキルは使えないから、計算して使わないとね」

 蔦子は桂を無視してどんどん話を進めていく。

「へー、なるほど……って、そんな情報いらないっ! ああ、蔦子さんまで勇者ごっこにズッポリハマってるだなんて」

 桂は頭を抱えた。

「あれ、二人とも何をやっているの?」

 そこに通りかかったのは新聞部の真美さんだった。

「あ、真美さん。蔦子さんを止めて」

 桂は真美さんにすがりつくように頼んだ。

「蔦子さんってば、勇者ごっこにハマっちゃったらしくて──」

「ごっこじゃないでしょう。それに、勇者は桂さん」

「えっ、桂さんが勇者ですって」

 真美さんが驚く。
 あちゃ〜、というように桂は額に手をあてる。

「実は長い間勇者を探していたのよ。やっと巡り合えて嬉しいわ。ご一緒させて」

 真美がパーティーに加わった。

「あーっ! またこのパターンかっ」

「じゃあ、私のパラメータをオープンするね」

 名前:真美
 レベル:1
 クラス:プリースト
 HP:20
 MP:20
 スキル:ヒール(2)

「あとはスレイヤーね」

「あー、いたいた。探したわ」

 ふり返るとそこには剣道部のちさとさんが立っていた。

「山村先生から勇者の桂さんを助けるように言われてきたの。もちろん、パーティーに加えてくれるわよね?」

 ちさとがパーティーに加わった。

「パラメーター、オープン」

 名前:ちさと
 レベル:1
 クラス:スレイヤー
 HP:30
 MP:10
 スキル:スマッシュ(4)

「これでパーティーが揃ったわね」

 喜ぶ蔦子、真美、ちさと。

「って、ちょっと、なんで、話がどんどんそっちに進むのよ!?」

「さあ、桂さん。リリアンを救いましょう」

「誰か、リリアンじゃなくって私を救って!」

 桂の運命や、いかに!?

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